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第5話

「おい凛。まさかまたさっきと同じ作戦でいくのか?」


 新たな聖戦へと駆け出した僕らは廊下の曲がり角で身を潜めていた。


「はい。曲がり角ドキドキ大作戦でいきます」


 その名前やめてほしいなあ。


「――あ。信用してませんね。大丈夫です。前回の上崎さんという悪鬼と当たってしまった体験を活かして、今回は人選をしようというわけです」


「でも人選って言っても見た目は信用ならないぞ。上崎さんの時なんて華奢なんて印象を持った瞬間半殺しだからな」


「はははー。まあ、そうですね」


 僕は全く笑えないよ。 全くな。


「ならどうするんだ? まさか案なんてありませんなんて言わないよな」


「ここまで来て言いませんよ。私はやるときはやる女ですから」


 本当かよ。 


「ところで――前回はターゲットは両手に何か持ってましたか?」


「うん? なんだ突然? いや、持っていなかったな」


「ですよね。ターゲットは両手が自由……。つまりいつでも臨戦態勢に入ることができるということです」


「その極端な考えはどうかと思うがそうだな」


「というわけで今回は両手がふさがっている女の子を狙いましょうということです。これで前のような悲劇は避けられ先輩と女の子はイチャコラし放題です」


 屈託のない笑顔の凛。凛はもう既に僕たちの成功を確信しているようだが、いまいち僕の不安は拭いきれない。


「そんなにうまくいくか?」


 考えが単純というか安直な気がしてならないんだが。それにイチャコラ言うな。


「あ、ほらグッドタイミングなことにあちらから丁度いいターゲットが来ますよ」


 うまく踏ん切りのつかない僕の意思とは反してターゲットとやらは来てしまったらしい。 


 曲がり角から顔を出してみると確かに一人の女の子がこちらに向かって歩いていた。


 あー、なるほどな。これなら条件にぴったりだ。


 学校指定の制服をいじくることなく纏っており、背丈は平均的。肩にかからない程度の長さの髪。胸元に()てがわれた左右対称に整えられたリボン。規則ではこのリボンの着用は義務付けられているはずなのだが実際に付けている人を見るのはこれが初めてだ。そんな彼女の容姿はまるで世間知らずのお嬢様か規則遵守の委員長のような印象を与えてくる。そして何よりも胸元に掲げられた辞書のように分厚く何語で書かれているのかさえわからない本。それを彼女はひたすらに見つめていた。


 これなら完璧だ。


 脅威となりうる両手は本を持つことによってふさがり、獲物を捉える視線は紙面へと落とされている。


 つまり……殺される心配はない!!


「ほら、文句なんて全く出ないでしょう。こんなチャンス滅多にありませんよ……。さあ先輩ちゃちゃっと決めちゃってください!!」


 はあ、仕方ない……。覚悟を決めるか。


 決心を固め、曲がり角から一歩下がる。そしてクラウチングスタートのように脚を折りたたみ、筋肉を緊張させる。


「おい、何してんだ?」


 ふと後ろを振り返ると当然のように僕の背中に両手を添えた凛がいた。


「ん? なにか問題でもありましたか? それはいけないですね……。即刻排除しなければなりません」


 そう思うならすぐに僕の背中から手を離して欲しい。


「いや、また凛が押すのか?」


「はいそうですけど」


 首を傾げ、頭上に疑問符を浮かべる凛。 


 なんでコイツは疑問に思えるんだ!?


「なんだか一抹の不安が残るというか、先の経験を活かすというか……」


「大丈夫です!! 今度こそはその経験を活かして先輩をアシストしてみせます!!」


 何度も言うが信用できないぞ。


 まあ、ここまで言ってくれる凛の厚意をないがしろにするのも申し訳ない。ここは任せるとしよう。


 ……それにしても僕って毎度こうやって損してないか?


「さあ、行きますよ先輩」


「おう! 頼むぜ凛!!」


「いざゆかん先輩のアガルタへ!!」


 トンッ。


 前回とは違ったやさしい音。突き飛ばすのでなく、背中をそっと押す感じ。


 いけるぜ!!


 加速する僕の体。そして徐々に詰まっていく僕と委員長の距離。しかし心配はいらない。なぜなら今回は凛の絶妙なアシストがついてるからな!


 ……ところで何のために凛に背中押してもらっているんだろうな。絶対いらないだろ。


 ヒョイ。


 ドスッ。


 いっつ!!


 委員長の胸元に飛びつくつもりだったはずが廊下の冷たい床に無様に飛び込む僕。痛っ、少し肘すりむいた。


 嘘だろ。今絶対当たったはずだぞ。


 なんだこの人は!? 衝突の寸前彼女の体がぶれやがった。まさかこの人も上崎さんと同じような戦闘民族だとでも言うのか!


「…………」


 何!? 無言だというのか。正面からぶつかってくる相手にいくら本を読んでいたとしても気づかないはずがない。


 ……もしかして僕。無視されてる?


「負けるかー!」


 上半身を狙う膝を曲げてからのカエル跳び。真後ろという完全な死角になるためよけられることはないはずだ。


 そしてそのまま彼女の細い背中を両手いっぱいに抱き込……。


 サッ。


 ガスッ。


 空中を飛ぶ僕の体。下方には屈んだらしく低くなった彼女の後頭部。 


 あー。僕今空を飛んでいるらしい。


 いって!!


 カエルのように伸ばした両腕で受身なんか取れるはずもなく、廊下のフローリングの床に強かに打ち付けられる鼻。


 やば、また血の味が。


 鼻腔に血が流れていくような感覚。もうこんなのばっか嫌だな。


 ……そういえば彼女は、規則順守の清純派委員長様はどこに行った?


 熱くなった鼻を抑えながら、体を起こし後ろを振り返る。 


 カッカッカ。 


 規則的に刻まれる足音。よし、未だに視線は本を捉えているが僕の元へと歩いて来ている。これなら委員長気質であるだろう彼女は「血が出てますよ。 ニコッ」なんて言ってハンカチを差し出してくれるに違いない。まさか鼻血が役にたつなんてな。


 この勝負……もらった!


 カッカッカ。 


 サッ。 


 カッカッカ。


 こいつは人間かあ! 僕の目の前で止まったと思ったらさりげなく、横に避けてスルーしやがった! 


 しかも本から一度たりとも目を離していないし。一応は心配してくれたあの気弱な子よりもタチが悪い。


 まさか僕……本当に無視されてる? 関わることさえ厭われているのだろうか。


 負けるか!


 ガッ。


「落ち着いてください先輩!」


 彼女への特攻を試みようとした矢先、いつの間に後ろに回り込んでいたのか凛が肩を掴む。


「無駄ですよ。先輩。彼女の異名は”silent(サイレント)reader(リーダー)” 本を読んでいる時の彼女の世界は外部から完全にシャットされ、何者も彼女の意識下に介入することは不可能です」


 なに! そうだったのか!


 とはならないが……。


 なんだよその妙にカッコイイ名前。聞いている僕のテンションが上がるじゃないか!


 というか上崎さんの時もそうだが、知っているならなぜ事前に教えてくれないんだ凛よ……。


「ならどうするんだ。このままじゃファーストインプレッションどころか僕の存在すら相手に認識させられないぞ」


「仕方ありませんね。ここは強硬手段でいきましょう。少々荒っぽいですが、 ”silent reader" という異名の権化である本を奪ってしまうのです。 そしてそのまま押し倒してしまえば完璧です。すべて丸く収まります」


「いや、それただの犯罪者だろ! 修復不能なくらいに印象悪くなるぞ!」


 それにこの作戦は元々事故を装わなければならないはずで、故意だと気づかれたらラブコメではなくエグザイルが始まってしまう。


「確かにそうですね。…………うん。なら今回は様子見ということ軽くおしゃべりするだけに止めておきましょう」


 ならこんな素性が不明瞭な人じゃなくてもいい気がするんだが……。


 それになんか強引で相手に悪い気がするし、自分の好きなものを取られて心穏やかな人はいないはずだ。


「まあ、大丈夫ですよ。それらの悪行も先輩のファーストインプレッション次第では好感度アップのカギになるはずです。いっそフラグでも立てちゃってください」


「うーん…………。フラグはどうか知らないが。練習としてするならいいだろう。よし! それで行ってみるか」


 良心の呵責に苛まれないわけじゃないが仕方ない。ここは潔くすべてが終わった後できちんと謝るとしよう。


「っとその前に…………、鼻から血流したままアプローチするつもりですか?」


「お、おうありがと」


 凛から差し出された赤いハンカチで血を拭き取る。そういえばまだこの前の青のレースのハンカチも返していない。この赤いハンカチにも血がついてしまったがこれと一緒に洗って返すとしよう。


「よし、じゃあ行ってくる」


 少し遠くに離れてしまった彼女の視線は本に落とされたままだった。ここしかない……、 チャンスはココだ!


「ちょっとごめんね……」


 背中から腕を回して彼女の細い指によって支えられた分厚い本をそっと指先で掴む。サイレントなんたらー、などという大仰な名前がついているもんだからきっと彼女にとっては肌身離さず持っておきたい宝石のような存在なのだろう。だから相当な力で引き抜かなければならないと思ったが、何語で書いてあるのかもわからないその本は僕の指と一緒に抵抗なく抜ける。


「…………」


 突然の出来事に固まってしまった彼女だったが、すぐに訝しげな表情を浮かべながら僕を睨みつける。両手は返せと言わんばかりに僕に突き出されていた。


 まあ睨まれるのは当然か。しかしこれであとは僕の華麗な話術で……。


 モテ男のように、モテ男のように……。


「やあ、君のその美しすぎる瞳が眩しすぎ……」


「ん」


 遮られる僕の決め台詞。なかなか無粋なことをしてくれる。だがここで相手のペースに持ち込ませるわけにはいかない。


「君のその瞳がう……」


「ん」


 またも遮られる。しかし僕も負けていられない。……あのモテ男を思い出せ。 あの速攻籠絡話術を!


「やあ……、君の……」


「ん!」


「や……」


「殺すぞ」


「すみませんでした」


 膝を折りたたみ、頭を床につけての土下座。本はもちろん家来が王様に献上するように彼女に差し出す。


「ふん!」


 委員長は僕の手から本を乱暴にひったくると、もう用はない、というように颯爽と立ち去る。視線は既に紙面に向けられていた。


「…………」


「うまくいきましたか先輩?」


「そう見えるか?」


「いえ、全く」


「だろうね」


 怖かった。今まで無表情だったのに「殺すぞ」だけが目がマジだったもん。


 女の子ってこわいな。


「凛帰るか」


「はい? まだアタックしないんですか?」


「僕はちっぽけな人間だったんだ……」


「って先輩。そんなにうなだれながら歩かないでください。夕日を浴びた背中がリストラされたサラリーマンのような哀愁を醸し出しています」


「僕は人生リストラだ」


「いや、意味わかりませんよ」


 そうして僕は重くなった足を引きずるようにして、部室に帰っていった。

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