第2話
「先輩見ましたか!? あの男のモテ度百パー存分に発揮したあの見事な振り方! いや、あんなものは一朝一夕で身に付くようなものではありませんよ……、 おそらく今まで数多もの女性の告白を断ってきたことにより培われてきたんですよね!? そしてその連続振り伝説を聞きつけた女子が我こそはと、さらに増えるモテ男に恋する乙女……、 そしてモテ男の高校生活は告白されラッシュ!!」
教室という名の狭い物置に響く、けたたましい発狂。窓も助けてとばかりに震えている。
「うるさい少し落ち着け、あんなもんに憧れてどうするんだよ」
「先輩も指咥えながらみてましたよね? おまけにモテ男に自分を投影してましたよね?」
決してそんなことはしていないぞー。僕はモテ男だからなー。超リア充だ。
「いいからミーティング始めるぞ」
とは言っても、部員が二人しかいない部活なので、自ずと二つの机を向かい合わせる形になる。
「まあやっぱりなんといっても――]
まださっきの続きかよと、うんざりするような話の口火を切った彼女の名前は咲宮凛。腰まで伸びた漆塗りような光沢を放つ黒髪と、凛という名を見事に体現したかのような強く鋭い眼光を持つ高校生一年生。つまり僕の一つしたの後輩。端正な顔立ちに、スラリと伸びた長身と黒髪、その上、成績優秀という控えめに言う必要がないほどの完璧人間だ。超人と言ってもいい。
「――っというわけですよ、って、先輩聞いてませんよね? 目が私の昨日の夕御飯の干からびたさんまみたいになってますよ」
その例えはいるのか?
「あ、ああ大丈夫、 大丈夫。 めっちゃくっちゃ! 羨ましいっていう話だろ」
「それは先輩の本音ですよ! やっぱり羨ましいんじゃないですか。――っとに……今度こそ聞いていてくださいよ!」
あれ? 僕そんなこと言ってたか? どうにも頭がすっきりしない。いつも人のモテシーンを見たあとの脱力感と喪失感が押し寄せているのだろう。こんな僕はせめて夢の中だけでも、モテるとしよう。
あはは、レディたち少し待ってくれ僕もそこへ行くからさ。
「聞けっつてんでしょうが!」
「あぎゃっつ!!」
夢の中のモテモテパラダイスへと旅だった僕の心は、凛の怒号によって強制帰還させられた。
ところで凛の持っているリレーのバトンと、僕の後頭部の鈍痛は何なのだろう? あと凛が背中に隠すように持っている鉄パイプも気になるなあ……。
しかしさすが校舎の三階の隅の隅に位置する教室兼物置。この教室は体育祭や文化祭の用具から、校門に飾られていた前校長の銅像まで、学校中の余り物を詰め込んだ、というよりもただ投げ入れただけ、という場所なのだ。リレーのバトンくらいならそこらに転がっていても何ら不思議ではない。……鉄パイプは知らないが。
「ああ! 分かった、分かったからその手に握っている物騒なものを置いて、ミーティングを再開しようじゃないか」
「再開って……、一体誰のせいで中断していると思っているんですか?」
まだまだ不満はあるようだが、どうやらこれ以上糾弾するつもりはないらしく、おとなしくその手に握る凶器を床に投げ捨ててくれた。
……しかしその仕草が妙に様になっているように見えるのはなぜだろうか? まあ、どうでもいいのだが……。
「まあ、モテるための第一歩としてはやっぱり真似です」
凛は先ほどの発狂が嘘のように、落ち着きを払った声で告げる。
さっきのモテ男の話の続きだと思ったが論点は既にシフトしたらしい。
「金で彼女を買おうって作戦か? いくら俺がモテないからってそれは人としてどうかと思うぞ……」
「真似ですよ! ま、ね! 先輩絶対わざとですよね? あと自分で言って泣かないでください」
この教室ロクに掃除していないせいか埃っぽいなあー。目に悪い。
その時、凛がうんざりしたように、リレーのスタートで用いられる空砲を、床から拾い上げているのを僕の目は捉えた。
もうそろそろ起きろ僕の頭。あんなもので頭を撃ち抜かれたら僕の三半規管はたまったもんじゃない。
「真似って誰の真似をするって言うんだ? 恋愛映画のあるあるシチュエーションの再現でもするのか?」
「あんな安っぽい王子様お姫様ごっこと一緒にしないで下さい」
安っぽいとか言うな。恋愛映画って面白半分で見始めてもクライマックスには文字通り号泣だからな。
「あのモテ男の真似ですよ。身近に、そしてリアルを生きるあの方ならば、モテるための裏技とやらも熟知しているはずですよ」
「ああ、そういうことか。確かにそれなら良さそうだな。でも具体的にどんなところを真似するんだ?」
「私が知るわけないじゃないですか。だから今からあのモテ男の偵察に行こうというわけですよ」
「えー、今からか? 今日は眠いし、明日にしようぜ」
「そうですか……、なら」
カチャっ。
「あー! 目が覚めた! パッチリだ。 よし行こう」
空砲って形が形なだけに結構臨場感出るんだね。背筋が凍えた。
✽ ✽
「よし、 ここらで張り込みましょう」
階段の踊り場。三階と二階の中間に当たる人通りの割と多い場所だ。
「ホントにするのかよ」
放課後の夕日が差し込むこの場所で、僕らはさながらどこかの刑事ドラマのように張り込みをしていた。上階へと続く階段の影から、僕が座り、その上に凛が覆いかぶさるように立つという格好で下階への階段を注視する。
……張り込みをする刑事って、絶対に怪しいのは見張っている刑事だよな。
「こんなところに本当に来るのか?」
「当たり前じゃないですか先輩。このラッキーハプニングの宝庫で、あのラキハプに愛された神がいないわけないじゃないですか。根拠ありありです」
「その理由からもう信じられないんだよ。あとラキハプってなんだ? 新種のハブの名前か?」
「なんでハブが出てくるのかいささか不思議ですが……、まあ、ただのラッキーハプニングの略ですよ」
僕が聞きたいのはラッキーハプニングの意味だったのだが、これ以上追求するのも馬鹿らしいので止めておこう。
「あ! 来ましたよ先輩! ホシが現れましたよ」
頭上の凛を見るために上げていた視線を凛が指差す方へと向ける。その時凛の長い髪が暗幕のように僕の視線を遮っていたので、できるだけ優しく僕は彼女の髪を逸らす。
……どんだけサラサラな髪質してんだよ。
できるだけ優しく掴んだ凛の髪は触っている感覚すらなく、ただそれが当然であるかのように、僕の手から逃げていく。
……これがキューティクルってやつなのか?
「あ、すいません。髪なんて邪魔になるだけですよね。こんな邪魔なものさっさと切ってしまえばよかったです」
本人に髪質に対する自負はないらしく。乱暴に髪を振り払う。
せっかく良いもの持ってるのにな。少しは自慢すればいいのに。
「――って、 そんなこと言ってる場合じゃないです。 見てください短パン」
「誰だよ短パンて」
恋愛映画は嫌いなようだがどうやら刑事ものは好きらしい。
今度こそ凛の指差す方へと視線を向けると、今まさに一階への階段へと向かうモテ男がいた。
「追うぞ凛!」
「おうともですっ!」
短く合図を出し、階段の影から勢いよく飛び出す。もう奴の姿は見えないが、この角を曲がればすぐに見えるはずだ。
「凛跳べ!」
「はいともっ!」
先に二階に到達した僕が、未だ階段を駆け下りる凛に叫ぶ。それと同時に凛は躊躇なく残り十段はあるであろう高さから僕めがけて、跳躍する。
「ぐえっ」
凛の膝が僕の鼻に直撃した。二メートルはあるであろう高さからの膝蹴り。凛の細い体躯からなるそれは、芸術を感じさせるようなものだったが、残念ながら僕にはそんなものを感じる余裕はなかった。
そしてそのまま凛と共に後ろによろけるが、かろうじて凛を抱きかかえながら踏みとどまる。
うおっ、なんだこれは胸に押し付けられるようなこの温かい感……。
痛い! 鼻が猛烈に痛い!
こいつ時間差できやがった。なんてことしてくれてやがるんだ! 男子高校生の夢とも言える場面なのに、僕の体の感覚が鼻の痛みに全部持っていかれてやがる! ……精神を集中しろ僕。さすればこんな痛みまったく気にならないはずだ!
精神をトルソーに!
「惜しかったですねー先輩。カッコよく決めていたら、モテ男への道はグンと近づいてましたのに」
僕から離れた(離れてしまった)凛はシニカルな笑みを浮かべていた。しかしすぐに僕の異常事態に気がついたのか、申し訳なさげな表情を浮かべる。
「ごめんなさい……。涙が出るぐらい痛かったんですか?」
違うそこじゃないんだよ凛……。それにしてもニーキックって死ぬほど痛い。まだ鼻の奥が熱いし。人生ってうまくいかないんだな。
「って、そんなこと言ってる場合じゃない! 奴は?」
鈍く残る鼻の痛みを振り払うように奴のいる方を見るが、もう一階と二階の間に位置する踊り場の曲がり角を曲がる寸前だった。
「先輩行って!」
「おう!」
そう言って奴を目視し続けるため、一歩踏み出すがそんな必要はなかった。
「きゃあ!」
「うわっ!」
「あっ……」
「いっててて……て?」
「あ……あ、どこ触ってるんですかー!?」
「ご、ごめん! 悪かった! でも、怪我はないかい? まさか本当にこんなことが起きるなんてね……。そうだ、君とぶつかってしまったのも何かの運命かもしれないな」
「えっ……、そんなわけない、じゃない……」
「いやっ、そんなわけあるさ。確かに僕は感じている……。君という可憐な子とこんなにもロマンチックな出会いができたんだからさ」
(ツキューん)
鼻先数センチで交錯する二人のうっとりとした熱い視線。
そして二人から少し離れたところから注がれる嫉妬という冷たい視線。
「先輩……、どうしたんですか。指咥えて……。き、気持ち悪いです……」
凛の目が直視できないほど冷たい……。
「何でああなるんだよ!! あんな展開ありかよ!! ぶん殴られて終わりだろ!! しかもあいつまだ胸触ったままなんだぞ!! 僕なんてせっかくのチャンスをまんまと逃すし!! もうあんなの犯罪だろ!!」
「せ、先輩落ち着いてください! 歯ぎしりしすぎて口の端から血が溢れてますよ!」
確かに微かにではなく、尋常じゃないほどの血の味が口内に広がっていくが、今僕が見ている光景と比べたらそんなものは些事だった。
「ちくしょーー!! うらやましいぃぃーー!!」
「あ! 先輩待ってくださいよう!」
僕は疾駆した。未だ痛む鼻と心を優しくさすりながら。




