第10話
「おいおいモテ男君よ~。いきなりやめろ、ったー、どういうことだ~?」
体育倉庫の裏。告白スポットと名高い体育倉庫裏でモテ男と僕は七人の男たちと対峙していた。
リーダー格の男の絡みつくような声が僕たちを通り抜けると辺りは静寂に包まれた。そして僕たちと奴らの間に緊迫した空気が漂い始める。
今でこそ相手に動きは見られないが数では奴らの方に分がある。一瞬でもスキを見せたらすぐさま囲まれて終わりだろう。リーダー格の後ろの方に鉄パイプを舐め回す人斬りみたいなのいるし。あれ苦くないんだろうか……。
「だから女の子のメアドを集めて如何わしいことをするのをやめろと言っているんだ!」
重苦しい空気を切り裂くように勇ましく叫ぶモテ男。
ああー、いいところ持っていかれた……。僕が今そのセリフ言おうと思ったのに。
ここ埃っぽくて声が出にくいな。
「ははーん。つまりお前は俺たちメアドコレクターに楯突こうってんだなぁ!?」
突然、僕たちを威嚇するためか声を張り上げ、僕たちとの距離を詰めてくるリーダー格の男。
それにしても物凄い迫力だ。
……? もしかしてメアドコレクターって奴らの組織名か? もしそうだとしたらもっといい名前あっただろ。絶対英単語帳を開きながら考えた名前だ。
しかし凄いのはバックに闇の焔なんかを召喚させながらこの名前を恥ずかしげもなく名乗るリーダー格の男の方だろう。気に入っているのだろうか。いや『モテ男=神部』も似たようなものか。
……あれ? これヤバくないか……。
いつの間にか臨戦態勢に移行するメアドコレクターの面々。一人は腕にガントレットのような物を付け、一人は携帯を両手に握る。どうやって使うのだろうか? そして先ほど鉄パイプを舐め回していた仕事人フリークは鉄パイプを胸の前に掲げ、奴らの血を我が刀に捧げる、と呟いていた。
そして気が付けば四方八方メアドコレクターに囲まれる僕たち。逃げ場はないが……、
逃げる気もない。
ここに来たのはメアドコレクターを壊滅させるためだ。それに逃げたら逃げたで隅に隠れているであろう凛にも危害が加わる可能性もある。
「マズイな……」
珍しいモテ男の弱気な声。もしかして何の策も練らずに奴らの会合場所に来たというのだろうか。
なんというか豪快というか一直線というか危ない性格だ。
その内にジリジリと詰め寄ってくるメアドコレクター。あと数秒も経たずに奴らは襲いかかってくるだろう。
「かかれっ!」
リーダー格の男の声を皮切りに動き出すメアドコレクター。そこには確かな殺意が混じっていた。
だが、僕の心は落ち着いていた。凛=女の子。ということは女の子に見られているこの時こそ僕がカッコつけ、そしてモテ度を上げる最大のチャンスということじゃないか!
ふふっ。待たせたな……。ついに俺の本気を見せてやるぜ。奴らに地獄を見せてやる。
「うがあぁ!」
「がはっ」
「我の人生いかほどのも(以下略)」
俺の最強の能力……。念じただけで敵を倒す能力発動だ!
……あれ? なんで僕何にもしてないのに奴らが倒れていくんだ?
「っく。モテ男君よ~。まさかお前がそこまでの器だったとはよ~。完敗だ……。二度とこんなことはしねえ」
ガクッと倒れこむリーダー格の男。既にこの場で立っているのは僕とモテ男だけだった。
あれ? なんか解決しちゃってる?
ふと隣を見ると満足げな表情を浮かべながら制服の襟を正すモテ男。
まさか全部一人で倒しちゃったのか?
「ふ~。ありがとう。君のおかげで無事解決できたよ」
「お、おう」
曖昧に返事しちゃったけど僕何かしましたっけ?
というかモテ男メチャクチャ強い、もう上崎さんと同等に戦えるんじゃないかっていうくらい。そういえば僕が殴りかかった時も瞬殺だったもんな……。
「ん? どうした。泣いてるのか?」
「い、いやなんでもない」
僕の出番が……。
「そっか……。ならじゃあな。ありがと。お礼はいずれさせてもらうよ」
用事は全て済ませたのか颯爽と校門へと歩き出すモテ男。
誰もが見て瞬時にイケメンだと思うような整った造形。背はスラリと高く細いが、頼りがいのありそうな体格。実際にムチャクチャ強かったしな。
やっぱり羨ましい。
大事なことに気づいただろうがなんだろうが、やはり男は心の奥底ではモテたいと思い、モテることを一種のステータスに据えているのだ。
なら、モテないことはダメなことなのか?
いや、違う。少し前の僕ならイエスと答えていたところだが今なら自身を持ってはっきりと言える。
重要なのは他人から自分が大切な存在だと思われること……。
それだけあれば十分だ。
……でもやっぱり一生に一度でいいからモテてみたい。どうしてもこの願望だけは捨てることができなさそうだけど。
あ、そういえば一つモテ男に聞きたいことあるんだった。
「モテ男。一ついいか?」
ん? と言いながら歩を止め振り向くモテ男。
「大人しくて、背が低くて、見た目も中身も小動物みたいな女の子好きか?」
「もしそんな女の子がいるなら俺は高校生活の全てをその子に捧げるな」
一瞬の逡巡も見せずに断言するモテ男。
「ん? どうした? 嬉しそうな顔をして」
「いや、なんでもない」
この様子なら成功しそうだな。
「なら今度こそじゃあな」
後ろ手を振りながら沈みかけた夕日の中を歩いていくモテ男。
「あ、あと、最後に一ついいか?」
「んー?」
僕の方は振り返らずに背中で返事をする。あれ僕もやってみたいな。
「失礼だけど君の名前は?」
「っふ。笑わないでくれよ。川霧 萌適だ。変な名前だろ。今まで名乗るたびに揶揄されてきたんだよ」
「いや、いい名前だと思う」
僕は変な名前だとは思わないが、どうやらモテ男も名前の事で苦労していたらしい。
「…………あ」
だから昔、名前を揶揄されてた一人の少女を助けたのか。自分も名前にコンプレックスを持っていたからこそ。
まあ、この正義感の強く、衝動的な性格のこの男なら名前が絡んでなくても助けていただろうが。
「ははっ。俺の名前を教えて笑わなかった奴は久しぶりだ。ありがとな」
そしてもうこちらを振り返ることなく夕日の中に溶け込んでいくモテ男。
最後までカッコいい人だった……。
「モテ男カッコよかったですね! 無双系のゲーム見てるみたいでしたよ」
興奮冷めやまぬ、といった感じでここからでは死角になる窪みから飛び出してくる凛。
「あーあ。ようやく僕のカッコイイ姿を見せてやろうと思ったのにな」
「先輩。喧嘩なんて一度もやったことないって言ってませんでしたっけ? それに奴らに囲まれた時、先輩ずっと足で小刻みにリズム取ってましたよ」
「はい。すみません。とっても怖かったです」
正直モテ男の強さがチート級で助かった。だって奴ら四方八方から各々の武器を構えてにじり寄ってくるんだぞ。一人は得体の知れない呪文詠唱してたし。仕事人フリークにも程があるだろ。
「でも先輩もカッコよかったですよー」
「とか言いながら視線はモテ男が去っていった方に熱く注がれているのはなんでだろうな」
まあ、理由は明白だが。
「いやいや先輩がカッコよかったっていうのは本当ですよ」
満面の笑みといったように破顔する凛。
本当かどうかは定かではないがこんな笑顔を見せられたら素直に受け取るしかないな。
「ありがとな」
「っふ。先輩最近お礼言ってばっかりですね」
「いいんだ。言わせてくれ」
これからも長い付き合いになりそうだしな。
「…………」
「…………」
「夕日も沈みかけてるし、もうそろそろ帰るか」
「……そうですね」
徐々に明度を失っていく夕日の中、二人笑い合いながら並んで帰った。




