TKY転機
その後、度々映子は信二の処へやって来た。何をするわけでもなく、ただ信二のベッドの下に布団を敷き眠った。全く恋愛感情を抱かない信二に映子は「私がゲイだったら、一緒に寝るの?」その質問に信二は「こればかりはわからないよ。ただ君が女性だということだけ分かっている。興味がないだけ」すると映子は「ゲイと思って」ベッドの上に横になっている信二の上に馬乗りになった。信二は咄嗟にはね除けようとしたが映子は信二に馬乗りになったまましがみついた。信二は抵抗するのを諦め、笑って言った。「冗談よせよ」映子は「だって信ちゃんオトコじゃないの」そう言って自分の上半身をはだけ大きなそしてふくよかな女を信二の顔上にさらした。同時に後ろ手で信二の下半身を確認するかのように手をやった。暫しまさぐっていたが、全く反応がない信二に映子は諦めと多少落胆の表情を浮かべ彼から離れたのだった。
映子ははだけた上半身を元に戻し、黙って信二の部屋を後にした。部屋には重い空気が漂い、信二は横になったまま天井をみつめたままだった。
その後、映子は信二の部屋へ来ることはなかった。
大学二年の夏、信二の部屋の外に軽快なマフラー音と共にヘルメット姿の拓也が現れた。拓也はメットを外しながら「中古のバイク手に入れたで。400ccだ。信二後ろに乗れや!」そう言って持ってきたもうひとつの小さなヘルメットを信二に投げた。信二はメットを被りバイクの後ろに股がった。「いいか、後ろのバーをしっかり掴むんや!そうや、」信二は言われた通り、右手でバーを握り左手を拓也の肩に載せた。拓也はセルを回し、軽快な音を立てゆっくりと走り出した。アパートの前の街道を抜け、三車線の大通りへと出、バイクは疾走した。夏の風が感じられた。「気持ちええなー」信二はバイクの後ろで拓也にそう叫んだ。「そうか!振り落とされんごとしっかりつかまっとれ!」バイクは車を縫うようにして大通りの交差点の先頭に立ち、信号が変わるや否や一気に加速していった。
それ以来、度々信二は拓也の後ろに乗り、街道筋を走った。全てを忘れることができた。ただ感じるのは風と季節の匂いだけであった。
程なく信二は拓也に誘われるかのように二輪車の免許を取り、同じく中古のバイクを購入した。暇な時は拓也と並び、都会を快走した。
唯一自らの存在を認識することが出来、己の内部に変化を感じるのだった。"強くあらねば"そう風が教えているかのようだった。
鈴虫が鳴き、また都会にも秋が来た。多少朝夕は肌寒さを感じたが日中は残暑が続いた。彼岸を過ぎた頃、信二はバイクに股がり一人遠出に出た。いつも拓也が先頭を走り、その後ろをついて行くだけだったが今日は一人走った。甲州街道に出、調布から中央高速へ上がり西へひた走った。無心でアクセルを回した。心地良い秋風が信二を向かえた。
多摩川を越えそのまま河口湖へ向かった。湖面に富士がくっきり浮かびその堂々した山の頂きには既に白く輝いていた。
河口湖のほとりにバイクを止め、信二は辺りを散策した。湖面を走る白い帆を眺めながら、変わっていく自分を感じていた。湖は静かに波をたて遊覧船が観光客を乗せ色づき始めた山々を背景にゆっくり進んでいた。一時間ほど湖の周りを歩いてバイクに戻るともう一台止まっていた。拓也だった。「心配で後を追いかけたんや」メットを脱ぎながら照れくさそうに笑って言った。「昨日、河口湖へ行くと言ってたからな、かっ飛ばして追いかけたぜ」信二は男の友情のようなものを感じ黙って笑った。「一緒に東名まで抜けてはしるか」拓也の言葉に応え、二人はバイクに股がり、富士の裾野をひた走った。バイクでの滑走が男としての自信を信二に芽生えさせていった。
二人は御殿場から東名に入ってアクセルを全開にして東京へと向かった。秋の夕暮れは早かった。多摩川を渡った頃には既に夕暮れ時で走りながら都心のビルの赤色灯が輝いて見えた。
冬の訪れは早かった。そして春になり、拓也は就職した。神奈川にあるオートバイのマフラーメーカーで勤務した。工場での昼夜問わず、働くようになった。良介はタカマツの勧めで台湾へと渡った。信二は大学生活を続け、暇を見つけては一人バイクでひた走った。走ることで自信が湧き、己を見いだそうとした。
映子が信二の部屋を後にして間もなく、映子は越していった。大学の近くの小さなアパートの部屋を借り、一人住むようになった。程なく映子から信二に連絡があり駅前の喫茶店で久しぶりに会うことにした。信二はバイクを走らせ、駅前の喫茶店に向かった。喫茶店には既に映子が座ってコーヒーをすすっていた。「久しぶりだな」ブーツにジャンパー姿の信二はヘルメットを脇に置いて言った。「ほんと久しぶりよね。信ちゃん変わったね!なんか別人みたいよ」信二の身なりと背筋に映子は以前とは異なる男を感じた。「拓也のお陰さ!バイクに乗るようになって自信が沸いてくる気がする」「羨ましいわ!でも良かった。」映子は微笑みながら語った。「バイク乗せてくれる?一度信ちゃんの後ろに乗ってみたいの。」映子は信二の目を覗き込むように言った。信二はコーヒーを持つ手がぎこちなく震えた。
信二は映子を乗せ、夜の都心を突き進んだ。映子の長いポニーテールがメットの外でなびき加速する度映子は驚きの声を上げていた。。首都高を抜けベイブリッジそして湾岸線を走り抜けて行った。信二の背中に否応なしに映子の身体を感じさせた。しかし以前のような拒否反応はなく、むしろ柔らかい映子の身体に押される度に熱くなるものを感じるようになっていった。
信二はそのままバイクを走らせ再び首都高に乗り、高井戸ランプから甲州街道を突き抜け映子をアパート迄送った。メットを脱いだ映子は髪をかき上げながら「すごく楽しかったわ!」興奮気味で言った。その夜信二は映子を抱いた。初めての異性との交わりであった。何度も何度も男を確認するかのように映子を激しく突いた。その都度、映子は大きく反応するのだった。二人が果てた後信二の胸に顔を乗せて映子が呟いた。「私、旅に出るから」映子のふくよかな胸を肌で感じながら「何処へ?」映子の背中をゆっくり擦りながら尋ねた。「インドに行くの」信二の身体に密着しながら言った。 「インド?どうしてインドなんかへ?」信二は驚いて彼女の瞳に目をやった。「全く違う世界に行って身を置きたいの」映子はそう言うと信二の唇を激しく吸った。何かしらを激しく求めるかのように。
三月程が経ち、映子は成田からインドへ本当に飛び立った。"タージマハルで待ってるから"この言葉を残し非日常を求め映子はインドへ旅立っていった。
信二にとって映子のその言葉は日々重みを増していった。信二は日々仕事と大学を往復する毎日を送った。休日にはバイクを走らせ様々な思いを巡らしていた。
周りの学生達が就職活動に躍起になる中、信二は何故かむなしさを感じていた。映子が去って3ヶ月過ぎ、自らもインドへとの思いが募っていった。ある日曜の朝、夜勤帰りの拓也が珍しく信二のアパートに軽快なエンジンを響かせやって来た。「映子ちゃんインドに行ったってな。変わった子だったけどやっぱり変わってたな!」拓也は信二を見るなりそう言った。暫く間を置き「俺も行こうと思ってる。」信二は躊躇いもなく拓也に語った。「そうか!映子ちゃん追いかけるか!そいもよか、お前にとって大きな転機になる!」「このまま同じ学生生活続けるより、冒険と思ってな」信二は決意を新たにし、拓也とバイクにエンジンをかけた。「日帰りで北陸まで行くか?」「ああ」信二はこれが二人の走り納めのような気がした。二台のバイクは交互に先頭を走り、甲府、長野を抜けて日本海へと向かって行った。




