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受験と僕と真面目少女

作者: 櫻井秋月

僕と七瀬が付き合い始めたのは高校一年生の初夏。

僕の一目ぼれで猛烈にアタックしたらすんなりOKをもらえた形でスタートした。

しかし、この七瀬という女の子は非常に難儀な子だった。恐らくだが、非常に感情を表に表すのが苦手なのだ。

デートをしていても楽しいのかどうか判らない。一応付いてきてくれてはいるが…。

楽しい?と訊けば、頷いて「うん」と応える。本当なのかどうなのか…。

そんな小柄でピンクの縁の眼鏡をかけた彼女は学校では非常に優秀な成績を修めており…学年では大体何時もトップを走る超秀才少女だったりもする。


そんな彼女の邪魔にならないように考えながらデートして…キスもしてみたりして。

とりあえず何だかんだ言いながら二人はずっと恋人をしていた。


「好き?」と訊けば「うん」と言う。

「楽しい?」と訊けば「うん」と頷く。

でも彼女から僕に対してそんなアクションは全くなく…大体僕が一方的に話しかけてる感じになっている。よくもまぁ、こんな感じで続いているものだと思いながら…。

それでも彼女はデートの時には弁当を作ってくれたりするし、僕が勉強で困った時には教えてくれたりもするし、何か困った時は僕を助けてくれる。逆に僕も助けたことは沢山あったけど。

何時の間にか気付かない内に僕の隣に立っていることもあるし、僕の右側が定位置になっているらしい…どこでもヒョイと現れては僕の隣を歩いていたりする。

登校の時も一緒だし、下校の時も一緒だ。

おはようのキスを嫌がらなければさよならのキスも嫌がられることは無い。


恐らく、彼女は自分のことを言葉で表現するのが非常に苦手なんだろうと思う。

というかそう思いたい。

正直ずっと付き合っていて、やはり未だ不安な所は沢山ある。

彼女は自分の事を全くと言っていいほど話してくれないからだ。

だから、もしかしたら彼女に他に別の男が居るかもしれないし、実際僕と付き合っているってのは僕が思っているだけで、彼女からしてみればただの友達なのかもしれないし。

そんな不安が僕の中で今もグルグルと駆け巡っている。

だって、そうじゃないか。人が人である以上は人は人の心を読めたりしない。

魔法や超能力なんて僕らの世界では夢物語だし、実際あったとしても少なくとも僕は使えない。だから言葉と言う心を伝える手段がなければ、僕は安心できないんだ。

言葉だって万能では無いけど、少なくとも少しはわかる筈だし。


それでも僕は彼女が好きだった。実際僕のタイプってのもあるけど、僕に愛ある行動を取ってくれる(僕主観の話。もしかしたら違うかもしれないけど)からだ。僕を好きで居てくれる(恐らくは…)彼女を僕が全力で愛さない手は無い。

まぁ、僕もやっぱり未だそういう恋愛経験とか浅い方だから、彼女しか見えて無いだけかもしれないけど。


そんな僕らも受験生になって、必死にならなきゃいけない頃になった。

僕も目指す学校があるし、それに向けて頑張っていこうと思っている。

彼女は某有名大学に進学しようとしているらしい…と女友達から聞いた。

彼女は未だにそういうことを僕に語ろうとはしてくれない。僕が聞けば教えるのかもしれないけど、その前に女友達の噂話の方が速かった。

それでも僕らはお互いを励ましあって切磋琢磨しようと思っていたのだ。

そう、二人なら大丈夫、僕らは頑張れる。

今までもそうしてきたし、今からも僕らはそうするだろう。


そう、その筈だった。


あの日も初夏の日差しの眩い日だった。


「暫く、会うのやめない…?」

「え?何で?」


何時もの帰り道、隣には小柄な彼女が俯きながら歩いている。

そんな彼女から出てきた言葉、どうやらその言葉には距離をとりたいという意味合いがあるようだった。


「お互い、受験生だから…合格するまで…距離をとりたいんだ」

「そか…僕ら受験生になっちゃったんだもんね…どう?勉強は頑張ってる?」

「うん、頑張ってる。ナオ君は?」

「頑張ってるよ…。そか…じゃあ暫くこうやって下校も出来ない感じ?」

「うん…ごめん。私塾に行こうかと思ってるから」

「わかった。頑張って、応援してるから」

「うん、ナオ君も頑張って」

「有難う」


僕が話す前に話す彼女を見たのはこれが初めてだった。

そしてこの下校を最後に、彼女と僕は登校も下校も一緒になることはなく、デートをすることもなくなった。連絡もお互い取らなくなり、何時の間にか僕の携帯のメールの履歴と発信履歴は友人に塗り替えられていた。

僕と彼女が学校であってもお互い話す事も無い。なんだかギクシャクしているのだ。

話しかけても良い反応が無い。

何時の間にか右側に立っていた彼女は今や僕の右側をすり抜けて…廊下の向こうに去っていってしまう。


「なぁ、アレって夢だったんだろうか…」

「何言ってんだお前、彼女とあんなにイチャイチャしてたくせに」

「そうか、夢じゃなかったのか…」


逆に言えば夢であって欲しかった。

今の状況を見ると何だか僕が涙ぐみそうになる。それだけ僕は彼女が大好きだったし、彼女が居るのが当たり前になっていた。

七瀬が右隣に居て歩くのが当たり前だったから、なんだかその空間に誰も居ないと寂しくなってしまう。


それでもそんな日々が続き…数ヶ月が過ぎて…受験やら何やらで忙しくなると、そんな気持ちが曖昧になって、薄れていった。

おそらく、これが自然消滅の愛ってやつなんだろうと思う。

推薦で合格を果たした僕、同じく彼女も推薦を受けていたらしいが、それも合格をしたらしい。と、女友達のネットワークを通じて僕に伝わってきた。

これでお互いの障害はなくなったはずだが…僕は彼女が怖くなっていた。

好きだと言えば拒まれるような気がして…だから僕は学校で会っても、彼女を避けてるようになっていた。

彼女も、何事もなかったかのように、合格後のその生活を僕抜きで平然と暮らしていた。

やっぱり、僕は少し寂しかった。


そして卒業式を迎えた。

相変わらず僕は七瀬と話せないまま…この日を迎えてしまった。

彼女とは恐らくこの高校でお別れになるのだろう…そんなことを少しだけ考えてしまう。…実際にはもう考えないようにしていたのだが。


七瀬が呼ばれる…学年で最優秀の生徒は卒業式の日に卒業生代表の言葉を読み上げるのだ。


「代表の言葉」


少し抑揚の少ない声で、七瀬は読み上げる。

その代表の言葉に少しずつ、場がざわつき始める。


「私は人と話す事、そして人と接する事がすごく苦手でした。いっつもお勉強ばかりしていたからかもしれません。だから友達も少なくて、上手く輪に馴染めませんでした」


あの七瀬が沢山の言葉を紡いでいる。それも事務的な内容ではなくて自分のことを。


「だから、私は勉強に打ち込むことにしました。沢山、沢山勉強しました。そうやって今まで生きていました。私にはそれしかなかったから」


読み上げている七瀬の手が少しだけ震えているのが見えた。


「でも、それだけじゃない事を教えてくれた人が居ました。私に、こんな何も無い私に話しかけてくれて、そして好きだといってくれる人が居たのです。私もその人のことが好きでした。私ことを何時も想ってくれている彼が、付き合う前からずっと」


会場のざわめきが少しだけ大きくなる。僕に視線を向ける奴も居る…視線が痛い。


「その人と出会って、沢山デートして、沢山恋人っぽいことをして…沢山の愛を貰いました。私には勉強以外にも大切なものがあるんだと気付かせてくれました…。多分、私は表現が苦手だし、話すのも苦手だから、彼には苦しい思いをさせたかもしれません。でも、私は私なりに努力して…お弁当を作ったり、極力隣に居たり…頑張ってみました」


「オイ、ナオ…お前のことだろ?」

「え?あ…うん、た、たぶん…」


隣の友人が僕を突付いてくる。僕はその言葉を紡ぐ七瀬に夢中になってた


「三年生になったある日。私は友人から、彼の成績が落ちている事を教えられました。どうも、彼の成績は私と付き合うようになって余り上がっていなかったようです。だから、私は彼に志望校に行って欲しくて…暫く距離を置こうと言いました。でも…」


七瀬の声が少し震える、その目から涙が流れているのが分かる。それでも彼女は止めない。そう、そんな卒業生の言葉を誰も止めようとはしなかった。


「でも、つらかった。本当に苦しかったです。私が感情を表現するのが苦手だから、多分皆には分かってなかったと思うけど…すごく、辛かったです。だから彼が合格したと聞いたときも嬉しかったです。これで、私もやっと元に戻れると…」


ざわめきが止まらない。

僕の目には涙が滲んでいる。

彼女を見るのが止められなかった。ずっと、ずっと目を見開いてみていた。


「でも、そんな私の我侭みたいな事は…上手く行きませんでした、お互いギクシャクして…もう元には戻れないような雰囲気になっていました…悲しかったです。でも、仕方の無いことかなと思いました。私が勝手に思い込んで、彼に悪い事をしてしまったのですから」


僕を見る女子の目が冷たい。

ブーイングが起こっているようだ…。


「でも、私の初めて好きになった人なので諦めきれませんでした。ですから…こんな場所で言います。自分に逃げ場が無いように。ナオ君?」


彼女は僕を呼ぶ。


先生の冷たい目が僕を見る。

と言うか皆怒っているんじゃないのか…卒業式の場で色恋沙汰なんて…。

よく止めなかったな…あれを…。

ああ、そうか、先生達もまさかあの七瀬がこんな事をするなんて予想外だったのか。


「はい」


仕方が無いので怒られるのを覚悟で立ってから返事をする。


「私達はこれまで1825回のキスをしてきて、ナオ君は私に2300回好きと言ってくれました。これからも私はナオ君にこの記録を塗り替えて欲しいと思っています…こんな勉強しか脳の無い私ですけど…また前みたいに付き合ってもらえませんか?」


涙ぐみながら彼女はそう僕に言う。

てか、数えてたんだ…キスの数と好きって言われた回数…流石は天才少女。


「はい」


僕は短く返事をした。なんと言うか…洒落た台詞が思い浮かばないと言うか…咄嗟に言葉が出てこなかった。


「ありがとう」


彼女がそう呟いて、その後何か言って代表の言葉を締めると…卒業式は何時の間にか歓喜の渦に包まれていた。




その後



…卒業式後で色々な人に怒られたのは言うまでも無い。



またまたその後



今でも僕らは二人で試行錯誤しながらも付き合っている

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― 新着の感想 ―
[一言] 現実でもこんな感じで別れる方たちも多いのかな…と思いました。   自分のせいで相手が悪くなっていると考えてしまうと、どうしても関係を続けていられないとか、ありますよね。その部分すごく共感でき…
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