私を溺愛する母が、異父姉を売った件の各処理について
「あの子は辺境に売るから、貴女が次の当主よ」
だからずぅっと一緒にいましょうね。
そう言って私の髪を愛おしそうに撫でる母。
私は母の好きなようにさせながら、腹に力を入れて空気漏れを防いだ。
(ハァ…???)
重い不満の音を僅かにも漏らさないために。
呆れ顔を頑張って取り繕っているメイド達に、サンルームにお茶の用意をするよう申し付けてから、母に向き直る。
「お母さま、じゃあ私はお母さまとずっと一緒にいられるのね?うれしい!」
母の欲しがっているであろう言葉を最初に捧げる。
「ええそうよ!私のかわいいダイアナ!」
喜んで私を抱きしめる母の背に手を回しながら、必要な事を聞くための質問を開始した。
母が質問責めを不審がる前に、サンルームに移動してお茶の時間を挟むのも忘れない。
***
この家に来てから5年程だが、使用人達は皆分別があって良く働いてくれる。
先代当主であったお祖母様の教育が行き届いているのがとてもありがたい。
私、ダイアナ・ローレットは、ローレット伯爵家の次女だ。
伯爵である母の実子ではあるが、婿養子に入った父の子ではない。
母が嫡子である姉を産んだ後、愛人であった金髪の男との間にできたのが私だ。
母は妊娠していても臨月までほぼ腹の膨らみがわからないタイプだったらしいが、それにしたって産んですぐ次はすごいでしょうよ…と言うのが物心ついて自分の環境を知った後の感想だった。
そこまでして金髪の子供が欲しかったという執念も、正直怖い。
怖いが、そのお陰で下半身の緩い男の迷惑を被ること事無く、ちゃんとした家で乳母と家庭教師に育ててもらえた事には感謝している。
恐らく、母はその頃からいずれ私を伯爵家当主にするつもりだったのだろう。
母から申し付けられたカリキュラムに不思議そうな顔をする家庭教師の顔はなかなか忘れられない思い出になった。
その意味がわかったのは、私達が伯爵家に住まいを移してからだったけれども。
5年程前に母の夫が亡くなった。
まさか母が?と思ったものの、彼の方は魔力の多さを見込まれた方であり、魔術にも長けていた。
護身魔術を常に編んで仕込んでおられるような方だったので、意図的に命を奪うような事ができる方ではなかった。
たまたま大きな事故に出くわし、その場に居合わせた子供を守った余波で護身結界が崩れたという事だったらしい。
惜しい方を亡くしたものだ。
そして、それを機に私と実父は伯爵家に招き入れられた。
大きな反発はなかった。
やりようはアレだが、執務に滞りがなく、嫡子を軽く扱いはすれども冷遇まではしていない当主に使用人がどうこう言える事もなく。
また、私の容姿…いや、髪色を見て納得したのだという。
見事な金髪の子供がいたから、それまでの酷い金髪漁りが止まったのか、と。
結婚前はそれはひどかったらしい。金髪と見るや囲い込もうとしていたそうだ。
我が母ながら、ほんとに怖いんだが?
さて、私には伯爵家嫡子の異父姉がいる。
私より一歳上で、御父上に似て魔力量が潤沢、魔術の才にも長けたアヤカ・ローレット。
私が伯爵家に来た頃には、既に貴族学園に入学しており、寮生活をしていた。
寮は母が勧めたのだろうが、異父姉にも都合がよかった事だろう。
彼女はすでに冒険者として活動をしていたので。
彼女と会うのは、学園が長期休みに入る年末年始だけ。
私が学園に入ってからも、学年は違うし、私は伯爵家から馬車で通っていたので、すれ違う事すら稀だった。
年末年始に伯爵家で会う時には気を付けた。
私は母のお気に入りなので、貴女に対してマウントを取っていますよ、という態度を取る事を。
とはいえ、それは飽くまでも母と実父に対するアピールだったので、異父姉と使用人達には大変だね…という目を向けられた。
大変ですけどこれやっておかないともっと面倒になるでしょ!
と目で訴えて、異父姉の使わない宝飾品やドレスを貰う事数回。
そんなたった数回の接触しかしてない異父姉が遠くに売られる。
伯爵家から離れる方が彼女の為になるとは理解しているが、さみしい…!
***
「はー…とりあえず、おねえさまが売られる先はクロメル家というのはわかったわ」
母との楽しいお茶会を済ませて、専属侍女に淹れてもらった鎮静効果のあるお茶を飲みながら、わかった事をまとめる。
「あの土地は帝都から三日ほど、言うほど遠くはないわね」
「お嬢様、往復で六日かかる距離は遠いです」
「やめて、今その現実は見たくない!」
「アヤカ様が腰を落ち着けたら転送陣を引いていただきましょう」
そう言って侍女がメレンゲクッキーを置いてくれる。
甘味ありがたい。
「ううう……がんばって、おねがい、する、けど、その前に」
そう、異父姉がどう『腰を落ち着ける』かが問題なので。
そこを考えないとお願いも何もない。
「クロメル家は辺境南部一帯を治める領主、領都は堅固な石壁と堀に守られているそうよ」
「資料によるとなかなか堅実な領地運営をしている土地なんですね」
「そう、但し、二代前までは」
現在領都を守る諸々の仕組みは、現当主の祖父までの代が築いたものと聞く。
先代と今代はその築かれた安全を維持はしているが、更新はできていない。
それなりの運営はできているようだが……気になる事がある。
「時々、詐欺まがいの工事にお金を出してるように見えるのよね……」
大丈夫か、この領主?
今持っている情報だけではちょっと足りないので、伯爵家が抱えている情報収集部隊に依頼を出す。
一週間で社交界に流れる噂、市井に流れる噂、それと辺境伯領都で流れる噂を収集してくるように。
そしてその後さらに一週間程度で、噂の根までを可能な限り洗い出すように。
異父姉が学園を卒業してこの家に戻ってくるまで、あと半月余り。
その間にある程度の方針を決めておきたい。
***
収集できた噂の中に、見過ごせない物が二つほどあった。
一つは、領都の石壁改修にあたって、一度ろくでもない業者を引き当てている事。
市井の噂は悪くない業者だったらしいが、蓋をあけてみればろくな職人もおらず、工事も進まず、請求工賃が増えるタイプの業者だったそうだ。
整備などは信頼できる業者に継続して頼む物だと思うのだけど…?
もう一つは、領主にはすでに最愛の恋人がいるという話。
なるほど、そうであれば金で妻を買うのもまあわかる、とはなるが、これに関しては更に詳細な情報を集めさせた。
恋人の名はフェルマ、家名はなし。
両親は貴族だったが幼いころに事故で亡くなっている。
爵位を継げる親戚もおらず、領地は国に返還、彼女は孤児院へ、という身の上…という事に、なっている。
実際の所は、ろくでもない父親から逃げるために自ら孤児院に逃げ込んだ平民の娘らしい。
強かさは良いが、根回しが手緩いし、実態との乖離がひどすぎるのもよろしくない。
その辺の血の貴さ詐称に思う所はないが、領主の親戚連中は気にしたようだ。
平民の血を入れるなという親戚連中と、元をたどれば貴い血なのだから構わないだろうという領主。
争おうが現領主の方が権力は強いので、無理にでも婚姻は結べるが、できればいらぬしこりを残したくない。
という事でお飾りの妻を娶ろうと考えたらしい。
そこで金で娘を売るのも吝かではありませんよ…?と母が話を持ち掛けた、との事だ。
ろくでもない話ではあるが、これは悪い話でもない。
領主に関してははお前が領主で大丈夫か(二度目)?とはなるが、異父姉には渡りに船だろう。
そう考えて、私は異父姉の嫁入りまでに準備しておく事について使用人達に指示を出した。
***
無事に異父姉が卒業した後の事。
異父姉の帰宅に合わせて、普段姿を見せない実父が伯爵家に顔を出した。
現在でもこの男は伯爵家の一員ではない。
私の種を与えた功績によって、伯爵家に部屋を構える権利と、お小遣いをもらう事を与えられているだけだ。
しかし本人はそこを理解しているか怪しい。
時折伯爵家のツケで買い物をしようとしていると聞く。
異父姉よりこいつを追い出したい、というのは私と使用人達の共通認識である。
そんな実父だが、異父姉が帰宅してエントランスに入って来た所にやってきた。
「おかえりアヤカちゃん~」
「どちら様でしょうか?」
「冷たいなあ、お義父さんだよお」
いやお前は赤の他人だ。
私達のココロのツッコミが届くはずもない実父は、そんな妄言を吐きながら異父姉に近づいた。
そして、すり寄ろうとしたのか、腰を抱こうとしたのかわからないが、実父が彼女に手を伸ばした途端、その足元が弾けた。
正確には異父姉の体の前で一回弾かれ、よろけた所で足元で起きた爆発に打ち上げられ、更に追撃のように打ち上がった礫がその体に当たり、綺麗な火花を散らした。
実に見ごたえのある(中心が汚い)花火だった事を記しておきたい。
どうやら、伯爵家で何らかの危害を加えられる可能性を考えて準備されていたカウンターマジック発動の結果だったらしい。
うっ…おねえさまがゆうしゅうすぎてつらい。
更にその夜、あろうことか実父は異父姉に夜這いをかけようとして、部屋に敷いてあった呪いを発動させたらしい。
悲鳴に駆け付けた私達が見たのは、金髪が綺麗に消失したつややかな禿頭だった。
母にとっての価値プライスレスだった美しい金髪は、二度と戻らない幻となった。
結果、実父は伯爵家を追い出された。最高である。
二度と実父が伯爵家の敷居を跨げないよう、残された金髪を使って即座に特定魔力波長拒絶結界を張らせたのは言うまでもない。
***
異父姉が伯爵家を出ていく日が来た。
この日までに私が用意させたものは二つ。
一つは長距離移動用の高級馬車。
御者も馬も疲れにくい魔法補助が付与されたもの、車輪には揺れ軽減、車内は横になって休む事もできるクッションシート。
予約開始したばかりの高級品だ。
「ねえ…これものすごく高い馬車なんじゃないの…」
異父姉が馬車を見て唖然とする姿を見て、ちょっと気分が良くなった。
「伝手で手に入れた試供品ですわ、あちらに到着したら乗り心地のレポートを送ってくださいませ」
「……わかった、ありがとう」
ものすごく凝視されたけど、気にしません。
「お嬢様無理なさらず、お顔が赤いですよ」
気にしてませんったら!
用意させた物のもう一つは、辺境伯領都の一軒家だ。
これは後で書類と一緒に鍵を送る。
異父姉にお願い事をされた使用人の用事と一緒に済ませば良いだろう。
***
さて、異父姉を見送った後、私にはやらねばならない事が更に二つある。
まずは馬車を用意してくれた商会に向かう。
商会長にはアポを取ってあるので、スムーズに会長室に通された。
「会長、馬車ありがとうございました、近いうちにおねえさまのレポートをお持ちしますね」
「おぉ、無事出発されましたか、良かった」
にこやかに微笑む会長と握手を交わす。
「レポートも楽しみにしております」
「届き次第お持ちします」
それと…と少し声を潜める。まだ公にはしたくない話なので。
「例の件、進めたいので、近日中…いえ、できれば明日クロス様をお借りできるかしら?」
クロス様というのは商会長の次男だ。
「ついに、ですか…わかりました用意させておきます」
「ありがとう助かるわ」
「しかし、本当に息子でよろしいのですか?」
「えぇ、今の社交界には条件の合う方がいらっしゃらないもの」
条件というのは、髪色の事である。
そもそもこの国の人間は多くが濃い髪色をしている。
茶系統が多く、次に藍色や黒などの色、金髪と言えるほどの髪色は貴族にもなかなかいない。
淡い亜麻色だった母の夫は、諸々の妥協点として祖母が見出したらしいが、それでも違うと大暴れだったらしい。
現在金髪を戴くのは、高位貴族のうち数人だけだが、家格も合わなければすでにお相手のいる方ばかり。
異父姉が爵位を継ぐにせよ、私が継ぐにせよ、婚姻は否めない。
その際に面倒を減らしたい気持ちから、金髪で同年代の男性を探していた。
貴族でなくても良い、お金はある方が望ましいが無くても良い、実績がなくても学ぶ事を苦に思わないタイプであれば尚良し。
という無茶な条件で探した結果、見つけたのが商会長一家だったのだ。
商会長本人も薄い髪色をしている上に、伴侶の女性が異国の方でそれはそれは見事な金髪の方であった為、お子様が皆美しい金髪をお持ちの御一家。まさしく(母の)理想。
ご長男は商会を継ぐであろうし、お相手がいらっしゃるとの事、末のお子様は娘さん。
という事で、私は次男のクロス様を伯爵家の婿に迎えたいという交渉を数年前からしていた。
商会を盛り立てる手伝いも致します、と今回の馬車をはじめ幾つかのアイディアを提供し。
帝都への進出に手を貸し。
社交界への顔つなぎをし。
更には母の偏執的な金髪好きまでバラし(社交界では周知の事実なので痛くはないのだが)。
なんとか、クロス様が母に気に入られた場合は婿入りを了承します、との約束にこぎつけたのだ。
***
翌日、私は商会までクロス様を迎えに行った。
背の半ば程まで伸ばした美しい金髪は、緩く波打っている。
額を彩る前髪も柔らかく巻いている。
クロス様と妹様は、お母様似に巻き毛なのだと言う。
私は実父に似てストレートの金髪。
何度見ても美しい金髪に、私は勝利を確信する。
「ダイアナ様、鼻息荒いですよ」
クロス様に苦笑されて、うっかり肩近くでキツく握りしめていた拳を下ろす。
「すみません、クロス様の美しい御髪につい……勝利を確認してしまって…」
「勝利って…」
「絶対に母が気に入ると思うんですよね…色も艶も申し分なくて…手入れありがとうございます」
うっとりと眺めていると、クロス様がふふと笑う。
「伯爵様に気に入られるのは嬉しいけど、僕としてはダイアナ様にも気に入って欲しいな?」
「あ、そういうのは母との面談が終わってからでお願いします!」
うっかりトキメかされた後に結婚ダメ出しされたらさすがにしんどいので!
私の返事に笑いのツボを押されてしまったらしきクロス様を馬車に押し込み、伯爵家へ向かう。
母には、会って欲しい方がいるんです、とサロンで待っていてもらうよう頼んだ。
エントランスで会わせるとその場から動かなくなる可能性が高いからだ。
斯くして、クロス様をサロンに連れて行ったわけだが。
初顔合わせは大成功であった。
詳細を語るのは避けようと思う。
商会まで送る馬車の中、クロス様が子犬のように震えていた事だけは追記しておく。
少しだけ申し訳ない気持ちにはなった…ごめんね。
「というわけで、できるだけ早く結婚式を挙げたいです」
「どういうわけなのかわかりませんが、あと、クロスはこれ大丈夫なんですかな?」
「ちょっと母の圧が強すぎて…しばらくすれば抜けると思います」
「婿に出して大丈夫か心配になってきましたが」
不安げな顔をする商会長。
ぷるぷる震えるクロス様を見てしまってはしょうがないと思いますが。
とは言え、クロス様だってまあまあ図太い神経をされてるので二、三回浴びれば慣れると思うんですよね。
「それもあって結婚を早めに済ませたいんです、もっと正確には初夜を」
「「しょやを」」
「お嬢様さすがに言葉を選んでください」
身も蓋もない言葉に、商会長とクロス様が復唱したまま固まった。
ひっそり控えていた侍女からも苦情が入った、ごめん。
「こほん、えーとですね…母の興味を分散させたいのです」
一人当たりの負担が減れば良いのです。
「そのために、子供がですね、欲しくて」
真面目に説明すると恥ずかしくなってきたなこれ。
「できれば、三人以上……」
生贄にするとかそういう事ではなく、でも人数が多ければ母も一人にずっと構いはしないので…
等と、さすがに恥ずかしくなって発言が不明瞭になっていく私と反対に、震えの止まったクロス様が腹を括った顔つきになった。
と言うのは後から聞いた話なのだけど。
***
何はともあれ、私の婚姻は決まった。
可能な限り急いで、式は来月末。
それに伴い、母に爵位を譲って貰った。
準備をしていたのでサインをもらって即日当主交代だ。
母は当主としては優秀なので、クロス様の教育をしてもらう。
…それを餌に当主交代を急がせた、と言う側面もある。
式の日取りと、それ以外の連絡・確認事項をまとめて、早鳥便で辺境伯領都のギルドに送る。
うまくいけば異父姉があの家を捨ててギルドに訪れる頃に間に合うだろう。
***
式の準備をクロス様と進めながら、私は一つ忘れていた事に気づいた。
「おねえさまのおうちと、こちらをつなぐ転送陣作っていただけないかのお願いを忘れてた……!」
手紙で済ませておきたかった…!
顔を突き合わせてお願いする勇気がない……!
なんだったら私はまだ面と向かって『おねえさま』と呼んだ事すらないのだ。
「結婚祝いでお願いしますって言えばいいんじゃない?」
とクロス様に言われて、全て口に出していた事に気づいた。
「口に出さなくてもまあまあバレてたと思いますよ、アヤカ様には」
侍女からの追い打ち!
今言う事ではなくない?
異父姉から、結婚式に出席しますの返事が来たのはその日の午後だった。
当日までに私も腹を括らねばならない。
まず「おねえさま」と呼びかけるための心の準備が必要。
姉の話はこちら↓
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