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世界観がおかしい……

 




 学園の門へと続く並木道は、景観を無視した豪華な馬車がズラ───ッと並んで埋め尽くされていた。

 寮から徒歩でやってきた私は、その横をテクテクと通り過ぎながら、ふと一番立派な馬車が目に付く。


「(……お疲れ様です。頑張ってください。……お尻が無事だといいですね)」


 何となく思ったのだ。

 こんな立派な馬車なら、気楽に歩ける人じゃないよね、と……。窮屈な馬車の中の誰かに、ほんの少しの気まぐれな同情で軽口を呟く。

 すると――。


『……ああ、全くだ。神はなぜ男の尻をこれほど薄く設計されたのだろう。』


「へっ?!」


 ……返事が、直接脳内に響く。

 驚きで隣の馬車を見るが、カーテンは固く閉ざされわからない。

 キョロキョロ辺りを見回し、首を捻る。


 するとまた、落ち着いてどこかユーモアを含んだような男性の笑い声が聞こえる。


「(えっ、誰? どこから……?)」


『驚かせてすまない。君の心の声が届いたから、つい応えてしまった』


 私は慌てて周囲を見渡す。

 まわりは皆澄ました顔で歩いている。

 都会では、心で会話するのが当たり前?


「(ええと……、すみません。私はただの田舎者でして……その、変なことを言いました)」


『謝ることはない。君のように自分の足で進める者が、今の私には眩しく見えるよ』


 姿の見えない相手さんのフォローが優しい。

 知らない人で変だけど、妙に安心感がある。


「(あの……、入学式に遅れるので先に行きます! 頑張ってください)」


『ふふ、ありがとう。……また会おう、フィオナ』


「えっ、名前……言ってないのに?」


 心臓がドキンと跳ねた。

 馬車の主が誰なのかわからない。

 ただその主が発する高貴な空気が、私の心に深く刻まれた。


(……都会ってやっぱり、不思議がたくさんある場所なんだわ)


 私は戸惑いを感じながら、門へと急いだ。


「……?!」


 学園の門をくぐると、信じ難い光景が目に飛び込んで来だ。

 あんぐりと口を開け立ち尽くす私に、横切っていた寮の友達が、「王都の常識」を教えてくれる。

 それは……、私の田舎じみた?倫理観を根底から揺さぶるものだった。


 略奪こそが王道?……ロマンス?


「……ちょっと待って、……略奪がロマンチック……?」


 ……言ってる意味が理解できず、頭を傾げる。

 私の田舎で()、婚約は家同士の硬い約束。

 それを破るなんて、村中の噂の種になるどころか、絶縁モノの大事件だ。


 なのに……、貴族が何言ってるの?

 この国の頂点に立つ国王夫妻が、その考えの()()だ……?


「本当に好きな人なら、奪い取ってでも手に入れるのが真実の愛よ!」


 と言う友人らの主張に、私の身体は震えた。


(それ、ただの自分勝手じゃないの……!?)


「そ、れじゃあ……、婚約なんて、ただの『仮押さえ』みたいなものかしら…… ?」


 私が引きつった顔で問うと、友人たちはニッコリと笑う。


「そうよ。だから学園ではみんな必死なの!」


 獲物を前にした狩人のような目で、男性(しゅうい)を品定めしている。


 予想と違うあまりな状況に……私は気が遠くなりかけた。


 ()()()です!?


 格式高いはずの校舎の陰で、一組の男女が濃厚に唇を重ねて()()()()

 丸見えです!世間様に丸見えです!


(な、なな、なんだこれは……!?学園で! ハレンチよ!? 教育委員会に訴えるわよ!!)


 私は両手で顔を覆い、……つつ指の間から見てるけど、隣の友人たちの反応は……。


「ハア~~……いいなぁ。私もあんな風に、周りが見えなくなるくらい情熱的な彼氏が欲しいわ……」


「ホントよねぇ、あんなに求められるなんて、女の子の憧れだわ~」


「……!!?」


 二度見、いえ三度見しました。


(ハレンチではないの!? むしろ羨望の対象(まと)なの!?)


 田舎では手を繋ぐのさえ、何ヶ月もかかるというのに……。

 ここでは()()()()()が、「愛の重さ」に直結するらしい。


(……王都は便利だけど、学園は感情と行動の壊れた人のたまり場だわ。私みたいな田舎者(ふつう)は、逃げなきゃ……、あっという間に食い散らかされるわ!)


 恐怖を感じて一歩後ろに下がった。


(人前とか、感覚がおかしい過ぎる)


 その時……、私の脳内にあの声が聞こえる。


『……あんな風に人目を憚らず愛する行為が苦手なんだね。……もっとも、私はあんな野蛮な真似はしないけれど』


「ひゃっ!?」


 また、彼だ!どこかにいるの?

 どこにいるかは分からないけれど、このハレンチ(私基準)な光景を、彼もどこかで見ているらしい。


(お願い、私の心の叫びをこれ以上拾わないで! あと、野蛮じゃない愛し方って何!? 逆に怖いわ!!)


 私は顔を真っ赤にし、全力でその場を離れた。






「あ、あそこで騒がれている方々は生徒会役員ですわよ。皆さん将来有望で、素敵な方ばかりですの!」


「それに今年は第三王子殿下も、留学先からお戻りですわ。今あの辺りにいらっしゃるのね」


 友人たちが頬を染めて指を差す校門付近は、確かに熱狂の渦で騒がしかった。

 門の周りには王子を一目見ようと、生徒や野次馬が溢れ返っている。


 私はその光景を眺めながら、引きつった笑いを浮かべた。


(いやいや……それなら裏門から入るとか、時間差で登校するとか、特別待遇でスッと入ればいいじゃない。相手は王子様なんでしょう?)


(こんなに人が密集して、もし何かあったらどうするの? 警備の面からしても、正面突破なんて非効率すぎるわ……!)


(もしかして、都会の人は「効率」より「劇的な演出」を重視する人種なの?)


 そんな私の困惑を置き去りにして、ついにその時がやってきた。


 大通りをじりじりと進んだ()()黒塗りの馬車。

 それが門の真正面に横付けされると……。


「キャアアアアア!! 殿下ーー!!」


「こっちを向いてーー!!」


 鼓膜が破れんばかりの黄色い悲鳴。

 周りを必死に整備する警備員たちと、その前でビシッと背筋を伸ばし整列する生徒会役員たち。


(……やっぱり変だわ。この国の人たち……、絶対どこかおかしい。王子様をアイドルか何かと思ってるし、……ここコンサート会場じゃないんだよ?)


 苦渋の表情で毒づいていると……。

 馬車の重厚な扉に、白手袋をはめた御者の手がかけられ、またあの「声」が、狂騒を突き抜けて私の頭の中に直接届く。


『……同感だよ、フィオナ。私も裏門からと進言を何度かしたんだ。……学園の「伝統」とやらは王族のプライバ シーを、一切考慮されないらしい』


「……あ」


 ドキッと心臓が跳ねる。

 ゆっくりと開く扉から、氷細工のように精緻で、冷ややかな美貌を湛えた青年が現れた。

 生徒会役員たちが一斉に頭を下げ、周囲は絶叫する中、彼は優雅な動作で降り立つ。

 そして観衆の中から、彼は真っ直ぐに私の視線を捉えた。

 唇の端をわずかに上げ悪戯っぽい微笑みを浮かべている。


(嘘でしょ……、あのお尻の話を共有した神官が、この国の王子様!?)


 余りの衝撃で、……持っていたしおりを地面に落とした。






「氷の貴公子、カリウス・フォン・ラグザリア殿下……」


 学友たちのうっとりした呟きを聞きながら、私はある一点を凝視していた。

 白銀の艶やかな髪に、深淵へ誘うような紫の瞳、雰囲気は違うけど、あの色合いは間違いない。あんな美貌がたくさんあるはずがない。

 でも気になるのは殿下(ソレ)ではなく、あの挙動不審な()()()()


(……もしかして、乙女ゲーム(もしか)なの?!)


 ゲームのシナリオなら、ここで遅刻寸前のピンク頭(ヒロイン)が殿下にぶつかり、彼が珍しく彼女に興味を持つ……。


(……アレ?)


 ピンク頭(ヒロイン)がバタバタと走り込み、殿下の至近距離で派手に躓く。

 しかし無駄のない動きで、汚物を避けるように横へスライドし、護衛騎士が事務的に彼女をキャッチした。


 目の前の出来事が余りにも現実的で、目が点になりポカンと口を開く。


(……そりゃそうだ。急に突進してきた不審者を抱きとめる王子様なんて、防犯意識が低すぎるよ……)


 殿下の冷ややかな眼が「邪魔だ」と語っている。

 ゲームのような甘い雰囲気は1ミリもなく、ピンク頭(ヒロイン)はそのまま教師に引きずられて行った。

 周囲の「あの子、退学じゃない?」という囁きが、ここが夢の世界ではなく、厳しい格差社会であることを物語っている。


(良かった……。乙女ゲーム(あんな)ゲーム通りにならないなら、R18も私の思い込みね。……きっとそうよ。……ちょっと風紀の乱れた学園な、……はずよ)


 そう……、周りを見渡せばあちらこちらでピンク色のオーラを放つカップルがいても、極端に濃厚に絡み合った人たちもいるけど、……それはあくまで「都会の若者の奔放さ」であって、乙女ゲーム(魔力的)な強制力ではないのよ。


「とりあえず、私は平穏無事に学問に励み、美味しいものを食べて、身の丈に合った幸せを掴めばいいの!」


 そう自分の決意を固めていると、校舎へ歩き出したはずの殿下から「声」が届く。


『……随分と慎ましい生活を望むんだね、フィオナ。あんなわざとらしいピンク頭(女性)より、私は君に「運命」を感じているよ』


「ッ?!?!」


 ドキッと心臓が跳ね上がる。

 殿下は生徒会役員たちに囲まれ、凛とした背中を見せている。

 だけど頭に響く声は、先ほどピンク頭(ヒロイン)に向けたような冷たさとは違った。


『入学式が終わったら、中庭に来てくれないか。……君と話がしたいんだ。それとも()()()愛について語り合う?……フフ』


(……やっぱりダメだわ。R18云々の前に、この世界がバグってる!!)


 私は逃げるように、教室へと駆け出した。

 田舎へ帰りたい。でも馬車には乗りたくない。

 余りの常識違いに、ついていけない。

 イヤイヤ、ついて行きたくない!!

 私の学園生活は一時間も経っていないのに、すでに詰んでるような気がした。





 *******************

 




「……お疲れのようですね、殿下」


 側近の騎士が労うように栄養ポーションを差し出してきた。

 私はそれを受け取り一気に煽る。

 喉を焼くような魔力の苦みが、寝不足の脳へ覚醒をもたらす。


「全く馬車の中で無意味に時間を過ごすと……拷問よりも堪えるな」


 私は溜息をつきながらネクタイを緩め、椅子の背もたれに深く体を預けた。

 頭をよぎるのは、今朝の光景だった。

 学園の正門から寮へと続く道が、完全に麻痺していた。


「……原因は、やはりマーゼリア様でしたか」


「ハァ……、寮に備え付けの調度品が、彼女の肌には合わないそうだ。だから一式すべて公爵家の御用品と入れ替えると言い出した。業者や公爵家の運搬馬車が、細い道を何台も占拠する自体になった」


 寮と屋敷の違いから荷下ろしの手順が悪くなり、入学当日という事で学園の管理官と業者らが揉め、事態は更に悪化し周辺は渋滞になった。

 公爵令嬢のわがままのせいで、全生徒の馬車が立ち往生し、王族である私のスケジュールまで影響を及ぼした。


「……彼女は自分がどれほど周囲に『不便』を強いたか、考えないし理解出来ないだろう。ポーションで誤魔化す私の睡眠不足も、座りっぱなしで悲鳴を上げる私の腰もな」


 私は机の引き出しから、一通の封筒を取り出した。そこには彼女と交わした「契約書」の控えが入っている。


「……婚約は先ほど正式に解消した。理由もしっかり添えてな」


「即断でしたね。公爵家への根回しも、事前に行っていた通りに?」


「あぁ……、いい加減うんざりしたんだ。前回の騒動の際、『次回も……、同様の越権行為や迷惑行為があれば、即座に婚約は白紙となる』と書面に署名させたが、役に立ってよかった。彼女は泣き喚いていたが……契約は契約だ」


 私は冷徹に言い放ち鼻で笑う。

 あのように他者の「歩み」を止めてまで自分の虚栄心を満たす女は、足を引っ張り役にも立たず、隣に置くにも邪魔でしかない。


 ふと渋滞の中をテクテクと、何の衒いもなく歩く後ろ姿のフィオナ(カノジョ)を思い出す。


(……あの時、彼女の声が()()()おかげで、なんとか怒りを爆発せずに済んだ。…神の計らいに感謝を)


「殿下? 何か?」


「いや、何でもない。ただ……、ようやく()()()時間が過ごせると考えていただけだ」


 私は窓の外に目を向ける。

 婚約者(マーゼリア)はいなくなり、私ははれて自由の身となった。

 私は、……自由で面白い(フィオナ)の足音を思い起こした。





 ********************





 中庭での甘美な密会? 氷の貴公子との運命的な出会い?


「冗談じゃないわ!!」


 私はその場の空気を切り裂く勢いで踵を返し、人波を逆走して図書館へと駆け込んだ。


 乙女ゲーム破綻鉄則その一、「攻略対象の呼び出しに応じてはならない」。


 ましてやここは、愛の略奪が美徳とされる狂った学園だ。一度捕まれば試合終了、私の平穏な人生は「氷の檻」に閉じ込められる。


 図書館は私にとって宝の山よ。

 広大な書庫には、一生かかっても拝めないような貴重な魔導書がたくさんある!


「私は学生よ。学ぶために学園(ここ)に来たの。それ以外はついでよ!」


 閲覧室の奥……、日光も届かないような古びた書架の間に身を隠し、分厚い魔導書を盾にする。

 殿下が中庭にいる間がチャンスよ。

 私は当初から予定していた貴重な魔導書を開く。

 というのも、私には〖転移〗というスキルがある。

 転生特典なのか田舎娘には、不釣り合いなスキルだ。

 しかし今の私には最も必要で有効よ。

 どんな物理的な壁も、距離も飛び越えて見せるわ。


 現在はまだ視認できる範囲だし、数秒の詠唱が必要、でもこれでは殿下に捕まる。

 出来れば無詠唱、さらに座標指定、または場所(イメージ)指定で瞬間移動が可能になればいいんだけど……

 とにかく、捕まればR18、逃げ切れば自由よ。

 私には前世の知識チートがあるのよ。

 やれない事はないはずよ。


(……座標固定、魔力の流動を一点に凝縮……、次は、一度も行ったことのない場所への跳躍、その理論はどこ?)


 ペラッペラッと捲り調べ、魔術を行使する。

 指先からパチパチと青い火花が散り、恐怖が集中力に力を変え、魔力の精度が異常な速度で高まっていく。


 田舎にいた時から、魔力練りは丹田で幼少期からやっていた。

 だから魔力の質と量はいいはずよ。


 ……そういえば、あの「頭の中の会話」を調べないといけないよね?

 級友に聞いても「キャー!、いやぁぁぁ!!」と言うばかりで、理由が分からない。

 なんとか聞き出しても本のタイトルだけ……、見つけた民俗学の本を捲り目次を見る。

 すると、……イヤな感じの一節があった。


 ……ペラッペラッ、見たくないけど……。


『魂の波長が完全に一致する男女は、言葉を介さずとも思考を共有する。これは神が定めた唯一無二の伴侶――"双魂の契り"の予兆である。……この繋がりが生じた場合、片方が拒絶しても、絆はより強固に二人を惹きつけようとするだろう』


「…………」


 私はそっと本を閉じた。

 運命、しつこすぎる……。


(絶対に、絶対に逃げ切ってやる。運命だか伴侶だか知らないけれど、私は私の平穏を守ってみせる!神様が私の敵に回ろうとも、私には前世と転移魔法あるもの!)


 フスン!……と鼻息荒く宣言していると……シンと静まり返った図書館に……。


 カツン……カツン……


 ……ゆっくりとした、けれど確かな足音が響き始める。

 中庭にいるはずの殿下が、諦めてここに来た?

 それとも、この「繋がり」のせいで私の居場所がバレている?


 カツン、カツン……。


 近づいてくる足音に、心臓が口から飛び出しそう……、私は必死に魔力を練り上げる。

 付け焼き刃の技能で、どこまで遠くに逃げれるか?

 涙目を堪えジッとその時を待つ。


 しかし、……本棚の影から現れたのは眼鏡をかけた初老の司書さんだった。


「おや、新入生かな? こんな隅っこで、そんな殺気立った顔をして……何か怖い本でも読んだのかい?」


「あ、いえ……! すみません、ちょっと没頭しすぎて……っ!」


 私は慌てて魔力を霧散させ、本を閉じる。

 司書さんは不思議そうに頭を傾げながら去って行き、私は冷や汗を拭い大きく息を吐いた。


「……ホラーすぎる。何この学園、全然気の休まる暇がないわ」


 もうここに居続けるのは危険だ。

 中庭に殿下がいる今のうちに、寮へ戻る。

 私は周囲を警戒しながら扉を抜ける。

 さらに警戒を強め、足速に進んで行く。


(よし、誰もいない。今よ!)


 私はササッと廊下を通り過ぎ、寮へと帰って行った。





 図書館の二階――暗がりのバルコニーに「氷の貴公子」カリウスは帰宅するフィオナを見つめている。

 彼女は近くにいたことを気づかない。


「……ホント可愛いなぁ。駆け出しては止まり、また駆け出しては止まって、……フフッ、あの周囲を警戒した怯えた様子、……ホント、見ていて飽きないよ。……私を警戒したんだよね」


 カリウスは、中庭での待ち合わせを反故にされたというのに、怒るどころか、その瞳に愉悦の色を浮かべる。


「……逃げ足だけは一級品みたいだね、フィオナ」


 彼は彼女が先ほどまで触れていた、魔導書に残る微かな魔力の残滓を愛おしそうに眺める。


 まさか初日に『転移』の深奥に触れようとするとは……、魔力量も多いようだ。

 しかし……()()()()()()()のが、これほど刺激的なんて知らなかった。


「隠れれば隠れるほど、君の魔力の揺らぎが私の脳内に鮮やかに響くというのに。……フフッ、実に面白い」


 遠ざかる彼女の後ろ姿を見送りながら、音もなく笑う。その顔は学友たちが崇める神々しいものではない。まるで鎌首をもたげた蛇のように瞬き一つせず、これから始まる遊戯(ぎしき)への、抑えきれない渇望で歪んでいた。


「いいよ、どこまで逃げられるか試してごらん。……君が自分の足でどこへ跳ぼうとも、その着地点には、私が先回りしているかもしれないよ?」





 ********************





 フィオナは必死に、転移の精度を上げるため「秘密特訓」をしている。

 あれから数ヶ月経ち、神官と思い、笑い合っていた平和な時間はどこへやら……、今では犬猿の仲?と言っていい。

 まさか馬車への怒りと、身体の構造について言いあった神官が殿下だなんて……、今でも騙された事に腹が立つ。

 王都の頂点に位置する人が、自分と同じ苦痛を嘆いた事実は、確かに親近感抱くけど、それとこれは別問題。


(だいたい都会の人間は意味不明よ。それにショックだわ)


 学園の真の姿は想像以上に爛れて汚れ、愛憎の渦中にある為、ほとんど学び舎の機能をしていない。


 そしてヒロインの正体は、運命(シナリオ)に従う転生者で、彼女がゲームの知識で動けば動くほど、周囲の反応が冷ややかで、突き刺さる視線が痛すぎる。

 お近づきになりたくない。……


 誇り高き公爵令嬢のマーゼリア様は退学。

 あの馬車渋滞は彼女のせいだったとか、……何かが決定的に壊れてしまったのかな?


「……都会って、便利だけど……なんていうか、根本的教育が悪すぎるわ!」


 実際あのしつこい殿下の毒牙(あるいは、もっとドロドロした何か)に、気をつけないと飲み込まれそうで恐ろしい。

 暇を見つけては、転移の技術を磨かきに磨いている。


「とにかく一瞬で遠くへ、少しでも速く誰の手も届かない場所へ!」


 必死に距離の精度を上げ、発動時間をコンマ一秒に短縮する。

 それこそ田舎で培った忍耐力も、魔法で昇華するのだ。


「捕まったら終わり、貞操も人生も滅亡(ジ・エンド)よ!」


 近い将来……、強迫観念からの努力で、史上稀なる「神出鬼没の魔道士」と二つ名が付くと、私は知らない。


 私ワタワタ(どりょく)している頃、幸いな事に殿下(かれ)は留学の影響で、公務が忙しく学園を休む事が多くていない。


(ありがとう、公務。ありがとう、学園(ハレンチ)。国民の為に馬車馬のように働け)


 私は今日も今日とて、転移練度をドンドン上げていった。





〖─更に数ヶ月─〗





 あれから転移は申し分ないほど向上し、上手い具合に逃げている。

 何度もすり抜け、危機回避している。

 なのに私が必死になればなるほど、殿下の瞳に未知の輝きが宿っていく。

 更に殿下自身も、私の探索スキルが半端ない。

 とにかくこのまま後数ヶ月、逃げ切れば勝ちと思う。(殿下は最終学年だし)

 私は「今日も殿下の気配を察知して、捕まる前に転移成功! 安全第一!」と叫んでいた。




 



「シュッ……」


「フッ……、また消えたか。指先をかすめる瞬間に消えるあの背中の、捕らえきれないもどかしさが、……なんとも言えない魅力と官能に溢れているよね」


「……殿下、いい加減にされては?」


フィオナ(アレ)は神が定めた者だ。邪魔をするな……」


「……しかし」


 側近たちが苦悩した表情で、私を見ていた。


「……陛下(ちち)にも()()を頂いている。あれほど〖転移〗を出来る者は、この世界でただ一人だ」


 そう言うと、皆黙り込み沈黙する。

 国の方針も世界も、皆が私たちを祝福しているのだ。


「……だから早く諦めて、私に堕ちておいでよ。……でも、やっぱり面白いから今のままでいいか♪」






 *******************


 〖─攻防激化─〗





 しかし、……神様というのは本当に理不尽だ。



「ただの田舎娘です! 放っておいてください!」


 ……と叫び、転移の残光と共に消える。

 まさか自分の必死な逃亡が、殿下の深い執着(ぬま)に沈めていくとは夢にも思わない。


 今日も今日とて、王都の至る所でシュンッと消える田舎娘と、その獲物を虎視眈々とつけ狙う殿下をたくさんの国民が目にするようになる。


「なんか……、大変だな」


「……ある意味、仲がいいのか?」


「「「……分からん」」」






 **********************






「もう、いい加減にして!」


 私は夜空に向かって叫んだ。

 あんな苦行のような馬車に揺られてやってきたのは、爛れた色恋沙汰に巻き込まれるためでも、殿下と「追いかけっこ」をするためでもない!!

 私が求めたのは、便利な暮らしと、知的好奇心を満たす学問。

 そして贅沢を言うなら、のんびりと気楽に()()()に合うささやかな出会いだ。

 なのに現状……、殿下にことごとく邪魔され、この一年逃げる為だけに、転移魔法を磨く毎日……。


 本当なら図書館の片隅で、静かに魔導書をめくりながら、たまに学食で美味しいパイを摘みつつ穏やかな生活を楽しんでいたはずだ。


「このままじゃダメよ。時間をドブに捨てているのと同じだわ……!」


殿下の卒業だって、このまま無事通過出来る気がしない。というか、……待ってられないわよ。

 だいたい、元はと言えば両陛下のせいよ!!

 学園の現状(ハレンチ)だって、製造元は両陛下(ヤツら)じゃない!!


「陛下らに抗議よ! 息子の教育はどうなってるんだって、言ってやるー!!!」


 私は鼻息荒く、磨きに磨いた転移魔法を発動する。狙うは謁見の間か、陛下の執務室だ。

 今の私なら衛兵の目を盗めるはず……。


(殿下(ヤツ)に一泡吹かせてやるわ!)


 けれど、あまりの怒りと必死さのせいで、少しだけ、本当に少しだけ座標がズレた。

 イヤ……、殿下(ヤツ)に対しする恨み節を考えたのが良くなかった。


「へぁッ?!」


「……おや? 噂をすれば、自ら私の腕の中に飛び込んでくるとは」


 転移した先は陛下ではなく、殿下の私室!!

 しかも膝の上?!……で!!

 ガシッと腰を拘束されたあぁ〜!!


「違います! 私は陛下に、あなたのストーカー行為を……っ!」


 言いかけた言葉を優雅な指先で遮られるが、細められた瞳の奥のギラつきにヒュッとなる。



 更なる絶望は、王様へ抗議するはずが、不法侵入(?)の為、弱みを握られている?!


「陛下への挨拶?だから私に会いたかったのかい? 照れなくていいよ。ちゃんと考えているからね」


「(何を考えているんですかぁ~!!)」


  どんどんと遠ざかって行く、穏やかな生活と身の丈に合った恋。

 学業なんて、学園(ハレンチ)のせいで!!


(神様、やっぱりこの世界のことわりは理不尽すぎます。)


 殿下の瞳は「逃がさないよ」と言わんばかりに爛々と輝いていた。







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