第8話【トウカの死体を眺めたい】
―パアァァン!!
―し、失敗…しちゃっ…た…。
けたたましい破裂音の後に、トウカの声が弱々しく聞こえてきた。心の奥底から、ドクンという音が鳴る。
彼女の状況を想像するのは難しくない。先ほど、強力なスキルを放って敵を倒したような音声が聞こえてきたが、その後に思わぬ反撃があったか、別の敵に遭遇したか…トウカは強烈な攻撃を受けたに違いない。
「くそ…!トウカ、今行くぞ!」
男二人組は、ボイスチャットでトウカが戦闘に入ったことが分かったときから、彼女を助けるためにダッシュで移動していた。彼女が居るのは公園のようなアスレチックがいくつかあるものの、基本的に見通しの良い場所。接敵しやすそうな場所だとは思っていたが、不安は現実になった。
そして、そんな俺達に追い打ちをかけるような出来事が、もう一つ起こっていた。
「オラオラァ!逃がさねぇぞ!『火炎斬』!」
「くっ…『アヴソーブ』!」
別の敵と戦闘に入っていたのである。先ほど戦ったタイチと、もう一人。
彼らも目的は同じのようで、戦闘が起きた地点へ向かっているようだが、仲良しで向かう訳にもいかず、戦闘を交えつつ移動していた。
「ふっ。援護するぞ、タイチ。『ストライキング』!」
金の長髪をさらりと靡かせ、優雅に支援スキルを唱えた彼は、シジョウという名前らしい。ファンタジーの僧侶のような衣装と長く古風な杖が様になっている…と、分析している暇もなく。
「仲間を強化するスキルか?気をつけろ、ツナ太!」
「気を付けたって無駄ぁ!」
援護を受けたタイチが矢のような速度でツナ太に襲い掛かり、強烈な一撃を浴びせる。それはツナ太の『鋼の肉体』をもってしても許容できない大きなダメージになった。
「ぐおおっ…!」
「ツナ太さん…!」
「心配は要らねえ…!だが、このままだとトウカを助ける前にくたばっちまうぞ…!」
その言葉は、反撃しようという意味合いを含んでいるように感じた。攻撃を受けた事で、ツナ太のゲーマーとしての闘志に火が付いたのだろうか。彼は戦う男の眼になっていた。
確かに、このゲームを開始してから一度も気持ちよく戦っていない気がする。俺もフラストレーションを感じていたところだ。
だが…。俺にとっては、戦いよりももっと重要な事があった。それは、今すぐにトウカの下に向かう事だ。
「ツナ太さん、もう少しの我慢です。反撃の時は、今じゃない。…!あれは…!」
俺がツナ太を諌めていたら、目の前に脚のマークのスキルがあった。脚のマークは、移動に関するスキルであることが今までの経験から分かった。しかも、高レアリティの紫色。俺は、移動速度を上げるスキルで素早くそれを取得した。
―サポートスキル:レスキュー
―使用者の半径5mの味方プレイヤーは、一番近い戦闘不能状態の味方プレイヤーの下にテレポートする。
―魔法タイプ
―クールダウン 120秒
「よし!今一番欲しいスキルをゲットしたぞ。ツナ太さん、近くに寄って!」
「な、何を取ったんだ!?」
「説明は後!飛ぶぞ!『レスキュー』!」
俺は取りたてほやほやのスキルを唱えた。すると、あっという間に視界が白に染まり、身体が消えるのを感じた。このゲームで既に何度か経験した、転移の感覚だ。
「逃がすかぁ!『火炎斬』!」
体が完全に消え去る直前、タイチが斬りかかってくるのが見えた。しかし、転移の方が早く、彼の攻撃は空を切った。
「ちっ!逃がしたか。…あいつら、気に入らねえぜ。正面から戦って来ねえ!」
「タイチ。嘆いている暇は無いぞ。奴らは『レスキュー』を使った。その意味が分かるか?」
「…!奴の仲間に飛んだ!つまり、その近くにいるミツバやニシノが危ない!」
「ああ、その通りだ。急ぐぞ。奴らは思ったよりも手練れのようだ。」
―
「トウカ!」「トウカちゃん!」
転移が完了したと同時に、俺とツナ太は叫んで呼びかけた。
その返事はトウカから返ってくることは無く、想像を絶する光景が目の前に広がっていた。
「こんのクソアマ!さっきはよくもイキリ散らしてくれたな。苦しめてから殺してやるよ!オラッ、ニシノ!もっと激しくやれよ!」
「まあまあ、ミツバさん。敵はまだ遠いはずだから、ゆっくりと…。…ってあれ。」
ニシノと呼ばれた男と、目が合った。二人の足元には、体力が無くなったトウカが身体を守るように丸まって横たわっていた。ミツバは、ひたすらにトウカの顔や胸を踏みつけている。その苛烈さとは裏腹に、トウカの顔は安らかで綺麗なままであり、これが全年齢向けゲームであることを思い出させてくれた。
俺がその様子をぼうっと立って見ていると、横に立っていた巨体が勢い良く突っ込んで行った。
「うおらああああっ!『セイントタックル』!」
ツナ太がスキルによって強化された肉体で、ミツバとニシノに向けて攻撃を仕掛けた。
その勢いのまま当たるかと思われたが、二人は素早く横にステップして、ツナ太のタックルを回避した。普段の彼らなら、反撃に転じてきそうなところだが、相手も不意を突かれただけにすぐに攻撃が飛んでくることは無かった。
その隙に、トウカの容態を確認する。逸る心を抑えながら。
「トウカ…。」
頭上のゲージには、『復活待機状態 - 残り24秒』と書かれている。そう、このゲームはHPが無くなってそれで終わりじゃない。時間制限内に他のプレイヤーによって復活させることができれば、復帰することが可能だ。ただし、復活待機状態に敵からの攻撃を受けると、この時間が少なくなっていく。そのため、今の状況なら簡単にトウカを葬ることが可能だったはずなのだが…。
「貴様ら…。死体蹴りをしていたな!?」
ツナ太が珍しく怒りの表情を見せ、敵を睨みつけた。死体蹴り。主に格ゲーで使われるスラングで、KOされたキャラに対し攻撃を加える事。死体という字面は強いが、実際は死んでいない場合でも使う。そして、この死体蹴りはゲームではご法度とされており、バッドマナーの代名詞的扱いになっている。
「や、やだなぁ…。復活を阻止するために殴ってただけですよ。システムで認められているんだから、問題ない『死体蹴り』でしょう。ねぇ?」
おずおずと、ニシノが答えた。さしずめ横で不貞腐れているミツバのメンツを守る騎士といったところか。彼の西洋風の鎧のアバターもその印象を強めていた。
そして、彼の言っている事にも一理ある。本気でトウカを倒そうとした戦略上の死体蹴りか、対象を辱めるための死体蹴りか、一見判断がつきにくい。
「ちっ…。ケン君、トウカちゃんを起こしてやってくれ!…ってケン君?どこ?」
「…今、起こしてる。」
「な、何で『ステルス』になってるんだ?」
正直なところ、他の人が何を話しているかはどうでも良かった。いや、ほぼ聞こえていなかったというのが正しい。
俺の固有能力、『ステルス』。一定時間、誰からも見えなくなる…敵からも、味方からも。誰からも干渉を受ける事の無く、思う存分死体を眺めることのできるスキル。トウカの死体を眼の前にして、ようやく使い時が来たのだ。俺の脳は背徳感で強烈に痺れていて、心臓は緊張で重く鼓動を刻んでいた。
こいつの顔、こんなに綺麗だったっけ。安らかな寝顔が可愛らしい。
華奢な身体が、肩でゆっくりと息をしており、今にも消えてしまいそうな儚さを感じる。
手元から転げ落ちている杖が、何とも物悲しい。
身体が丸まっているので、身体全体が良く確認できないのが残念だ。
そんな事を思いながら、トウカを復活させている。
復活ゲージが、あと少しで溜まってしまう。そうしたら、彼女は復活してしまう。
トウカが死んでいるうちに、心のシャッターを何枚も下ろすのであった。
「ん…ぁっ…。」
耽美な時間は、刹那なものであった。
復活に成功し、トウカの目がゆっくりと開いた。
そして、俺の『ステルス』の効果時間も切れて、身体が色を取り戻した。
「ケンちゃん…お、起こしてくれたのね。お前たち!よくも、よくもやったなぁーっ!」
トウカはすぐに元気が戻ったようだ。身体を跳ね起こし、顔を上気させて敵二人を指さして吠えた。その様子を、ツナ太はほっとした様子で見ていた。俺がステルスを使った違和感は忘れてしまったらしい。
そして俺は…脳も心臓も、正常な働きを戻しつつあった。これを気持ちで表すと、満足した、という事になる。このゲームは非常に素晴らしい傑作であることが分かった。
「二人とも!これで数の有利は取れた。反撃開始だ!」
ツナ太が爽やかに、俺達に号令をかけた。…そうか、まだゲームは終わっていない。
俺は緩み切った表情を引き締め、二人と同じ方向に向き直った。
「…ああ。いくぞ!トウカは起きたばかりで体力が少ないから、まずは回復スキルで万全の状態に!」
「オッケー、了解!」
「ツナ太さん!今まで拾ったスキルをフル活用して、トウカを守りつつ戦うぞ!」
「おうよ!…やっと暴れられるぜぇ!!」
俺は賢者のごとく冷静さを取り戻し、チームメンバーに指示を送った。それを聴き、その場の全員が戦闘態勢を取る。
トウカは杖を胸の前に掲げ、念じるように握りしめた。恐らく、発動に時間のかかるスキルを詠唱しているのであろう。
「自分だけじゃなく、みんな回復してあげる!『オーラヒール』!」
トウカの杖から放たれた緑の光が、チームメンバー三人を包んだ。心の底がぽわりと暖かくなるような感覚。これが回復か。
そして、その効果は敵にとって驚くべきものであった。
「な、なんですって!?全員、全回復!?」
「どういうことだ…。オーラヒールは、範囲回復スキルだが、効果量は小さく設定されている。間違っても全快するような代物じゃない。…まさか、あのベータテストでも猛威を振るった固有か!?」
敵二人の想像以上の反応の良さに、思わず笑みがこぼれる。
「そう…。私の固有スキルは『献身』!バフスキルを強化する効果だっ!さあ、ケン、ツナ太さん。思う存分暴れてらっしゃい!」




