最終話【決着、そしてこれから】
終末の大地に出来た巨大なクレーターの中心に、俺とテンシは居た。
すでに綺麗な公園ステージの面影は無く、在るのは膨大なエネルギーの爪痕だけであった。
「やった…。」
眼下に横たわるテンシの死に顔は、驚くほど穏やかであった。それを眺めて得られた栄養素は、きっといつものやましい感情からではなく、清く正しい栄養素だろう。俺の心の中は、達成感で満ち溢れていた。
「せんぱい!ケンせんぱい!やったよ、テンシに勝ったよ!」
ハリが珍しく感情を爆発させて、俺に飛びかかってきた。その勢いで抱きつく格好になり、胸の感触を直に味わう事になった。うむ…。これも栄養素だね。
「…まだ、終わってませんよ…。」
声の方向を見ると、テンシの仲間…チョックとみんみんが、よろよろとふらつきながらこちらに歩いてきた。
「…と言いたいところですが…。」
「テンシ様が倒された今、私達に対抗する術はありません…。降参します。」
二人は、悔しさを滲ませながら言った。そして、戦う意思が無いことにサインするかのようにメニュー画面を操作し始めた。
その指が止まると、アナウンスが流れた。
―YOU WIN!
その言葉を聞いて、勝利したという実感がさらに強固なものになった。
「やばい、俺、ちょっと泣きそう。」
「ハリも…。」
ハリの表情は、俺のお腹に顔をうずめていて伺えないが…。少し、涙声だ。
クレーターの中心で、控えめに抱き合う俺達。傍らには、散っていったツワモノたちと、白旗を上げる二人。ドラマチックになりきれないのが、何とも俺達らしくて、心地いい。
試合が終了した俺達は、柔らかな白い光に包まれて、ロビーへの転移を開始した。
―
「よくぞ私を倒してくれました。下郎。感謝しますよ。」
全員が復活したロビーにて…すっかり白くなったテンシが、何故か上から目線で言った。
「倒されて感謝するって…なんか、テンシちゃんらしいなあ。」
「キング。あなたとの激闘、楽しかったですよ。あなたと一緒の学校生活を送れないのは、ヘヴン残念ですが…。」
テンシは本当に残念そうにしょんぼりしている。
「ねえ、テンシ様のスキルをどうやって破ったのか、教えてくれない?」
「そ、そうですよ!私の『天上戯曲』は、固有スキル『デスペラード』と合わせて、全てのダメージを最大99%カットする無敵のスキルなんです!あれに、どうやってダメージを与えたんですか?」
やはり、その話題になったか。俺は、勿体付けた上で、ネタばらしをしてやった。
「まずは、固有スキルについて話そうか。あの時、戦場に散らばるエピックモンスターを3体狩ることで、俺達の固有スキルはまるで別物のように強化された。俺のスキルは、ステルス効果に加えて、相手のスキル効果を受けない効果へと。…そして、ハリは…。」
「『四天の八咫烏』。相手の防御力を、貫通する効果を得たんだよ。」
「貫通!…しかし、貫通効果は、あくまで『防御力』を無視するだけのもの。私の『ダメージ軽減効果』には関係がないはずですよ…?」
テンシがそう言うのなら、そうなのだろう。「あれ」が夢か妄想でなければ…彼女は、開発に関わっていたのだから。
「ああ。…しかし、俺とハリのスキル特性を組み合わせたら…。どうなるかな?」
「えっ…!?」
「トウカが死に際に託してくれたスキル…『ユニゾン・コンフュージョン』。俺の固有スキルを、ハリのスキルに乗せたんだ。すると、どうなるか。…『敵のスキル効果をすべて無視して、貫通ダメージを与えるスキル』へと変貌したんだ。」
その場に集まった全員が、息を呑んだ。
「ステルス」効果というのは通常、透明になる、対象にならなくなる、といった防御的な効果である。それを「攻め」の効果に適用したらどうなるのか…。トウカを信じて賭けてみたが、上手く行ったみたいだ。俺は隣でうんうんと頷いている幼馴染に言う。
「なあ、トウカ。分かってたのか?俺とハリのスキルを合成したら、ああなるって。」
「ん-…何となく…ね!」
歯切れ悪いなあ。これ以上追及するのは野暮だと思い、続きを話すことにする。
「…まあ、とにかく、だ。無事に最強の攻撃を作り上げたのだが…。あと、一つだけ足りないものがあった。」
「足りないもの…。」
「それは、テンシ、本体へと辿り着く力だ。折角、敵の防御を貫通する力を持っていても、テンシの攻撃によって相殺されてしまっては意味が無い。だから、最後の一押し…。固有スキルではない、俺の持っているスキルを合成して、突破力を高めた。結果は…みんなが知っての通りだ。」
みんなが、思い思いの反応を示した。テンシは、最後の瞬間を思い出したのか、泣きそうなような笑っているような、複雑な顔をしていたのが印象的だった。
「下郎。あなたの戦略…悔しいですが、感服いたしましたよ。まさか、いつの間にか出来ていたスキルにそんな使い道があったなんてね。いやー、いい勝負でした。それじゃあ、私達はこれで…。」
「おいおい!」
自然な流れで立ち去ろうとしたテンシを、ツッコミ交じりで呼び止める。
「約束、忘れてもらっては困るぜ。俺達が勝ったことで、編入の件は無し、だ。そして、テンシの事、好きにしてしまって良いんだったよな?」
「ヘヴん!」
テンシは独特の鳴き声で応えた。
「俺達はそれなりのリスクを払って勝負したんだからな。お前には、その代償を払ってもらうぜ…!」
「くっ!一体、どんな屈辱的な事をさせるつもりですか…!」
「テンシ様、おいたわしや…。」
「いやいや、そんな酷い事しないから。…ちょっと待ってな。こっちで相談するから。」
俺達は、テンシの悶える声をBGMに、彼女に何をさせるかを会議した。
そして、それはすぐに決定した。
「テンシ。それから、みんなも。…たまにで良いから、一緒に遊んでくれないか。」
「…へ?」
テンシはキョトンとした顔になった。
「あんなに熱いバトル、一回で終わるのは勿体ないだろ。これからも遊ぼうぜ。」
「そうだよ!テンシちゃん。私、さっきの試合では最後まで生き残れなくて悔しかったからね。次はもっと上手く立ち回るよ!」
「…ハリも、テンシせんぱいと遊びたい。…だめ?」
正直な気持ちを、順番にテンシに伝えた。
テンシは神妙に聞いていたが、やがて、ゆっくりと口を開いた。
「皆さん…。本当に、そんな願いで良いのですか?」
「ああ!…あと、いつかリアルでも遊ぼうぜ。N駅に集合してさ。トウカの家でゲームしよう。」
「ええ、ええ…!勿論ですとも…!」
テンシの笑顔に、温かな空気に包まれる。
一気に、対戦後の緊張がほぐれていき、雑談の雰囲気になっていった。
「私が戦犯です…。真っ先にやられてしまうなんてぇ…。くーっ!」
テンシと共に行動していたものの、俺達の序盤戦術の前に散ったマフー。彼女が死んでいなかったら、試合の展開は変わっていたかもしれない。
「マフーちゃん、そんなことないよ…。生き残っていたのに、テンシ様を守れなかった私達が悪いんだ…。」
「いいえ、みなさん!負けの責任はチームで持つものです。誰が悪い、ということは無いんですよっ!」
落ち込むチームメンバーを前に、テンシが懐の深さを見せた。普段はおちゃらけているけど、要点でリーダーシップを発揮するのが、なんというか、ずるい。
「俺も、最後は良い所を見せられたよな!?」
「うん。ツナせんぱいのお陰で、最後の大技が決まったんだよ。」
「くーっ!小学生に褒められるのが一番嬉しいー!」
「…なんか、きもちわるい…。」
ツナ太はハリと一緒にエピックモンスターを二体も狩る活躍を見せてくれた。影の功労者である。
「それにしても、あれだな。トウカちゃんのバフは、凄かったな!」
「ありがとー!自分でも、『献身』があんなに強いなんてびっくりだけどね。」
トウカは試合全体を通して、チームをサポートしてくれた。彼女の力無しでは、エピックモンスターを狩ることも、テンシに対抗することも不可能だっただろう。
「ハリちゃんの最後のスキル、凄かったなー。綺麗だし、カッコよかったよ!」
「ぶい。」
ハリの超火力。彼女をスカウトしたのは、それが欲しいからだったのだが、今となっては、あらゆる意味で大切な仲間だ。それを面と向かって言うのは、バーチャルの世界でも恥ずかしいけどな。
他にも、色々話したいことはあるが…。名残惜しい中、お別れの時間となった。
「皆さん、本当にありがとうございました。そろそろ私は…。」
「テンシ、ちょっといいか。」
「ちょ…下郎、引っ張らないでくださいっ。」
ログアウトする前に、彼女には聞きたい事があった。彼女を仲間の輪から離れたところに連れていき、二人きりで話をすることにした。
「虹色の弾丸に乗って、お前を倒す時…。不思議な光景を見たんだ。」
恐らく、それは昔のテンシに起きた事。凛天ギアの開発中のブラックな労働環境と、とあるきっかけにより覚醒してテンシがそれを変えた事。そして、昔のテンシは今も彼女の中に居るという事。それらを見たことをかいつまんで説明した。
「と、いう訳なんだが…。それは本当にあった事、なんだろうか。」
「…ええ、事実です。何故、そのような光景があなたに見えたのかは不明ですが…。」
話を聞いている彼女の真剣な表情から概ね察することは出来たが…やはりか。夢にしては、現実味がありすぎた。
「私の父は凛天ギアの開発の最高責任者で、英才教育のために私を現場で働かせていました。凛天ギアは一大プロジェクトで、父には社長や会長でも口出しが出来ない状況だったので、好き勝手やった結果、色々と社員には迷惑をかけてしまいました…。」
「その、社員を支配していた頃のテンシが、あの『天上戯曲』のテンシだったんだな。」
「…ええ。『彼女』を、私専用の固有イグニッションスキルとして、特権を使用して実装してもらいました。」
「なんて滅茶苦茶な…。ズルじゃないか。実は反省してないのか、お前。」
「ふふっ。ちゃんとした理由があるので、聞いてください。…このゲームを盛り上げるために、圧倒的なヒールキャラが居れば面白いと思ったのです。圧倒的な悪役を、『テンシ』が演じるのです。どうですか?実際、盛り上がったでしょう?」
確かに、ネットで『不死身の天使』はかなり話題になっていて、カルト的な人気も生んでいた。今、彼女の対戦履歴に黒星が付いたことで、どのような騒ぎになっているだろうか。
「そして倒された時…。あのテンシは、役目を終えて消えるのです。社員の皆さんへの、贖罪と共に…。」
「…それもお前の勝手な理屈な気がするけど。」
「さっきから手厳しいですね。…仰る通りかもしれません。しかし、我々の身勝手で不幸を被った社員達への慰謝料等、誠意はしっかり形にして見せているのです。あとは、気持ちの問題。多少、身勝手に区切りをつけるくらいが、丁度良い時もあると思います。」
テンシの言葉は、滅茶苦茶なようで、妙に腑に落ちた。一度清算したことに対して、グダグダと言い続けるよりは、彼女くらいさっぱりと済ませるくらいが気持ち良いのかもしれない。
でも、何となく悔しいので、もうすこしいじめる事にする。
「それ、被害者側が言うんだったら分かるんだけどなー。」
「もう!いじわる!」
「…ははは。悪かったよ。お前と話していると、ちょっとからかってやりたくなるんだ。」
「何ですか、それ。下郎のくせに…。」
言葉とは裏腹に、テンシは嬉しそうに笑っている。
「ケンちゃーん、テンシちゃーん?何してんのさー。」
「おっと、長話しすぎたな。そろそろ戻って、お開きにしよう。」
「はい。…『あの子』のことを話せて、すっきりしました。ありがとうございます。」
俺は、良いってことよ、と言い、手をひらひらとさせた。
二人で並んで、仲間の輪に向かって歩き始める。
「…色々あったけど、最高の結末で終われてよかったよ。」
「いいえ!終わりではないですよ。」
「お?」
「私達のイグニッション・コネクトは、これから始まるのですからっ!」
テンシの言う通りだった。これは終わりではなく、始まり。
「ケンちゃん!一緒にごはんたべよー。…勿論、いつもの場所でね!」
トウカや、ハリ、テンシ…皆と過ごす、毎日。
「…ケンせんぱい、新しい戦略を思いついたんだ。一緒に試そう。」
バーチャルだけでなく、リアルでも、一緒に。
「ケンさん!遅いですっ。もうあなた以外全員集まっていますよっ!」
これからも、歩んで行こう。最高の仲間と…そして。
「悪い悪い!…さあ、今日は何して遊ぼうか。」
いろんな日常に僅かに含まれている、栄養素を接種していきながら。




