第30話【パラレル・ワールド・イグニッション】
ごめんな、みんな。天上戯曲を発現させてしまっただけでなく、真っ先にやられちまうなんて。本当に、情けないよ…。
俺は諦念し、静かに眼を瞑った。
「ああああああっ!」
「っ…!」
俺ではない悲鳴を聞いて、慌てて眼を開いた。
そこには、薙刀の一撃から俺を庇ってくれた、トウカが映っていた。
「ぐっ…ああああ!ケンちゃんは、やらせないっ!!」
彼女は震える手で薙刀を掴み、気迫で受け止めている。
トウカの気迫に、テンシは一瞬、怯んだ様子を見せた。しかし、すぐに冷徹な表情に戻った。
「…その気概だけは、褒めて差し上げます。ですが…。」
「ぐああああああぁあぁっ!」
「トウカぁあああああっ!」
テンシが手に力を籠めると、薙刀を伝ってトウカに邪悪な波動が入り込んで来て、内側から彼女を苦しめていく。それはどんどん激しくなり、容赦なくトウカのHPを削っていった。そして…。
「あ…ぁっ……。」
薙刀を掴むトウカの手が、するり、と滑り落ちた。彼女はだらんと身体を弛緩させ、崩れ落ちるように倒れた。
「…こんな下郎を守るために、儚い命を散らすなんて…。あなたは勇敢な戦姫ですが、戦略的には、下策であったと言わざるを得ません。」
テンシは、まるで汚らわしいものを見るかのように眼を細めて言った。
「トウカ…。くそ…。俺が、情けないばかりに…。」
「ケン…ちゃん…。」
「…!」
トウカのHPは、まだ1だけ残っていた。震える唇で、俺に何かを伝えようとしている。
「ぜったい…勝っ…て……この…スキル………で…。」
―サポートスキル:ユニゾン・コンフュージョン
―味方の発動したスキルに対して、自身の固有スキルの特性を付与することが出来る。
―クールダウン 200秒
「これは…!?」
トウカが最期の力を振り絞って、分配機能で一つのスキルを託してくれた。
何だ、このスキルは…?
俺の脳では、その用途が全く思いつかなかった。
「別れの挨拶は済みましたか?…ふっ。」
「んんっ………んふぅ…。」
「トウカ…。トウカあああああっ!」
スキルについて聞く前に、非情な一振りが、トウカの命を絶った。彼女が果てる前、最期に見せた仰け反りは非常に栄養素だったのだが、生憎それを楽しんでいる余裕は無かった。
「次は下郎…。あなたです。せめて苦しませず、お姫様のもとへ逝かせてあげますよ。」
「くそっ…。」
沢山の策を巡らせてここまで耐えてきたが…。ここまでか。
トウカが託してくれたのは意味不明のスキル。これでどうやって戦えば良いんだ…トウカ…。
「終幕です。」
テンシが薙刀を振り上げた、その時だった。
身体の内側から、輝きと共に、新たな力が湧いてくるのを感じた。
「ケンせんぱい!ごめん、待たせちゃった…!」
「ケン君!ドラゴンを倒したぞ!…固有スキルが、パワーアップしたんだ!」
―固有スキル:ステルス・ヴォイド
―発動すると、一定時間『隠密状態』となり誰からも見えなくなります。さらに、相手から受ける効果を全て無効化します。
そうか…もう一つの戦いも、決着が着いたのか。勝利という結果で。
「でも…。今更、こんなスキルじゃ…!」
俺が手に入れたスキルは、確かに強力だ。しかし、あまりにも受動的過ぎる。テンシの鉄壁を崩すには、トウカのバフが無ければ…。
「みんなは…どうなんだ…?」
「…。時間稼ぎくらいなら、出来るぜ。」
「ハリは、もしかしたら…。」
一人、勝算のあるスキルを手に入れた子が居るようだった。俺はその内容を確認し…。この状況をひっくり返す、一つの道筋が電撃のように脳を走った。
「作戦会議は、そこまでにしていただきましょう。…特別に、このスキルであなた方を葬ってあげます。」
テンシが天に掲げた薙刀に、漆黒の光が燦々と集まってくる…。そして、世界の終わりのような光景へとフィールドが変容していく。
「これは…。時間が無い。ハリ、構えろ!」
「分かってる!でも…ちょっとだけ、時間が欲しい…!必殺のいちげきを、打ち込むために…!」
「どこまで出来るかわからねえが…任せろ!うおおおりゃああああっ!」
ツナ太の身体が、金剛に輝く。これが、彼の固有スキルの進化系か。
「『仁王金剛』!」
金色の肉体が、終焉を呼ぶ神へと突っ込んでいく。それは破裂音に近い轟音と共にヒットし、白と黒の光がはじけ飛んだ。
「くっ…。こんな三下のスキルごときに…!」
「俺の底力…!味わってくれよなぁっ!!」
テンシとツナ太の力がせめぎ合い、彼女のスキルによる世界の変容が、一時的に止まった。
しかし、徐々にツナ太が押されていき…。
「くっ…!ぐあああああああああぁぁっ!」
ついに、闇の力に屈してしまった。ツナ太の身体は色を失い、スキルの効力が切れた事が予測できた。彼は黒に染まった世界そのものからダメージを食らい、あっという間にHPが無くなってしまった。
「すまん…。俺は、ここまでだ…!」
「十分!ないす、ツナせんぱい!」
「は、はは…。後は、頼むぜ…。」
ツナ太は仰向けになって、静かに眼を閉じた。
トウカとツナ太。犠牲になった二人のためにも、俺達がなんとかしなければ。
ハリを見ると、その眼は闘志に燃えているようであった。
「準備…いつでも行けるよ…!」
「おう。…一か八かだ。俺とお前のスキルで、不死身の天使を…。テンシを、ぶち倒してやろうぜ…!」
二人は頷き合い、対峙する強大な敵へと立ち向かう勇気を分け合った。
「思わぬ邪魔が入りましたが…。今度こそ、終幕です。我が威光に滅びなさい…。」
「ハリ…撃てええええっ!」
「『ピアシング・スナイプ・オメガ』!!!」
ハリの銃口から、無数の研ぎ澄まされた針が、曲線を描き、虚無の世界を猛スピードで飛んで行った。
対するテンシは、黒の力を薙刀の刃先に集中させ、今にも振り下ろそうとしている。あれは、範囲が全画面で食らったら終了のとんでもないスキルだ。
俺達の攻撃は、間に合うだろうか。…いや、間に合わせる!
「『ユニゾン・コンフュージョン』…こいつで、ハリのスキルに俺の固有スキル『ステルス・ヴォイド』を付与する…!」
流星群のように飛び交う銃弾が、フッ、と終末の世界の闇に消えた。
「何をしでかすと思えば…。消える弾?そんな手品じゃ、私の完璧な防護は崩すことは出来ませんよ…。」
「まだだ!…行くぞ、テンシ…。俺達、全員の力を籠めた、合成スキルだ!…『パラレル・ワールド・イグニッション』!」
虹色の波動を纏って、大地を力強く蹴り出す。消えていたハリの銃弾が、俺の周囲にどんどんと集まっていき…。俺自体が、一つの大きな弾丸となって、テンシに向かって放たれた。それは、終末の世界で輝く、一つの希望のようであった。
「いっけえええぇぇぇっ!」
「…『業天滅世』!はああああっ!」
薙刀を強く振り下ろして、ついに放たれた、テンシの最強スキル。その黒い波動によって、次々と、大地が、草木が、無に帰していく。その中を、虹色の弾丸が、大嵐を征く船の如く、少しずつ…しかし、力強く突き進んでいく。身体が千切れそうなほど、痛い。漆黒の力を進むのは、これほどまでに苦しいのか。この黒の力を生みだしているのは、一体何なのだろうか。
虹色の弾丸の中で、急に視界が、世界が歪んでいった。
―
デスクとパソコンが並び、それに向かって黙々と作業をする人たちが馬車馬のように働いている。イグニッション・コネクトではない、どこかの空間。
(ここは…。)
どうやら、どこかのオフィスのようだ。俺は空中から俯瞰して、その全景を眺めている。画面には、国民的大人気ゲームのキャラクターが映っていた。
(もしかして、凛天堂か?)
間違いない。ここは、凛天堂のオフィスだ。良く見ると、ゴテゴテとしたヘッドギアがいくつかのデスクに置かれており、それは凛天ギアの試作品であることが予想できた。
それより目を惹くのは、何と言ってもそこで働く人々だ。彼らの疲労感は、傍から見ても半端じゃない。眼にクマを作りながら、栄養ドリンクをがぶ飲みする人。昼だというのに、寝袋に入って休憩を取る人。これが、あの凛天堂の姿なのだろうか。
その中を、一人の少女が颯爽と歩いて、全体を見渡せる位置に立った。
「皆さま。父上からの伝達です。…凛天ギアのアルファテストの日程を早めます。本来は今冬予定だったところを…。」
そこまで言ったところを、社員の一人に遮られた。
「待ってください!冬までだって、ギリギリ…いや、無理だって言うのに、それを早めるなんて…!」
少女は、その社員を無表情で視線を送って、言い放つ。
「…父上からの言い伝えは、絶対。問答無用です。社内ルールにより、口応えしたあなたは…今日限りで、クビ、です。ご理解のほど、よろしくお願いいたします。」
「そんな…!私には、妻が…子が…!」
狼狽する社員をよそに、少女は続きの伝達事項を淡々と話した。それは終末の世界に降り立った、神の代弁者のようであった。
(あれは…テンシか。)
今の彼女より、幾分か顔つきが幼く見える。恐らく、中学生時代のテンシだろう。まさか、父親が凛天堂の役員というのが本当だとは。そして、現場を牛耳っている存在だったとは。
俺の知っているテンシは、『素』では愉快で楽しい奴だった。しかし、眼の前の彼女は、堕天モードのそれのようであった。
テンシの姿が、凛天堂のオフィスが、霞んでいく。また、世界が歪んだ。
―
「よくやった。テンシ。無事に、凛天ギアのアルファテストを決行できたぞ。」
「…ご期待に添えまして、嬉しく思います。父上。」
煌びやかなシャンデリア、中世ヨーロッパ風の、しかし古臭さのない部屋。謎に長いテーブルを挟んで座り、対峙する親子の姿。
「お陰で、いくつかのスポンサーがついた。これで資金調達も完璧だ。凛天ギアの成功は、盤石のものとなったぞ。」
「はい…。ですが、父上。」
「なんだ。」
テンシが意見を言おうとしたら、空気が変わった。テンシは思わず口を噤んでしまうが…。勇気を出して、続きを声に出した。
「社員達の不満は、限界にまで達しています。少々、余裕を持ったスケジュールで、休養を十分に摂れるようにしては…。」
「黙れ。」
その一声で、テンシは俯いてしまった。
「いつ、俺に意見して良いと言った?誰の許可を取った?ああ!?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…。」
父親は、短くない距離をずかずかと歩き、テンシを本気で殴打した。テンシは、壊れた機械のように、ひたすらに謝るだけだった。
「お前は…。俺の言う通りにしていればいいんだよ。命令した通りにしか動かない、プログラムになるんだ。」
―
「ようこそ!いらっしゃいました。『死拳8』の関係者テストプレイへ!」
どこかの高級ホテルの会場。百人以上は収容できると思われるそこを贅沢に使って、数十人が集まっている。中央には、アーケードゲームの筐体が、ずらりと並んでいる。
俺は、あのゲームを知っていた。死拳8。最新の3D格闘ゲームだ。昔から変わらぬ硬派なゲーム性を持ち、ディープなファンが多い作品である。
「今回は、趣向を凝らして、会社対抗トーナメントを開催いたします!皆さんは当然、初プレイだと思いますが…。そんな中、頂点を掴むのはどの会社でしょうか!?」
死拳の開発の裏側で、こんなことが行われていたとは。
そして、凛天堂代表として筐体に進む、一人の少女。
「テンシ。完璧に勝利してこい、と言うところだが…。今回は、勝ち負けは問わない。勝ったら一目置かれるだろうし、負けたとしても他の会社に華を持たせることができる。…まぁ、頑張ってこい。」
「はい、父上。」
父親は、先ほどの場面の熱意とは裏腹に、このイベントにはさほど興味を持っていないようであった。
テンシは死んだような眼をして、筐体に座った。
「一回戦は、凛天堂VS、我らがナンダイゲームス!さあ、どちらが勝つのでしょうか…!」
あいつ、運が無いな…。俺は心の中でそう思った。
ナンダイゲームスは、他でもない、死拳シリーズの開発会社。テンシがどれだけの実力を持っていようが、開発の人に勝てるわけが無いだろう。でも、あのテンシの事だ。勝利への秘策があったりするのだろうか…?
そんな事を考えていたら、キャラセレクトを終えて、試合が始まろうとしていた。テンシが選んだのは、お嬢様キャラクターの「ミミ」。相手は、女子プロレスラーの「クイーン」だ。
「レディー…ファーイッ!」
試合の火蓋が、切って落とされた。
(テンシは、どうプレイするんだろう…って、え!?)
筐体を見ると、レバーをガチャガチャ弄り、全ボタンを滅茶苦茶に連打する、見苦しい女の子の姿があった。
(あいつ…全然、格ゲーやったことが無いのか!?)
死拳シリーズは、そんなガチャプレイで勝てるほど甘くないゲーム性だ。プロレスラー使いの相手は、開発会社の名に恥じぬ冷静さで、テンシの動きを処理して、ダメージを取っていた。
そして、相手がガチャプレイだと分かると、魅せプレイの体勢に入った。
「おっとぉー!?ここで、クイーンの大技が始まるぞ!まずはアキレスホールド!続いてデスロックで、脚を固めていくぅー!」
俺が何度も動画で見返した光景。栄養素にしてきた光景が、大衆の眼に晒されている。テンシは哀れにガチャガチャと操作しているが、全く意味が無い。
「そしてそして…決まったぁーっ!ロメロスペシャルだぁーっ!」
―K.O.
吊り天井固め。プロレス技の中でも、かなり屈辱的な技。手足を固定され天井を仰ぎ、大股開きにされた上…弓なりに体を仰け反らされる。
「まずは一本!さあ、凛天堂代表のテンシさん!巻き返せるかぁーっ!」
現実は非情だ。こんな惨い負け方をした上に、あと一本、プレイさせられるとは。
テンシの顔は真っ赤になって、見るに堪えない状態である。
「さあ、開幕からクイーンの投げ技が決まっていくぞー!死拳8では、大人気キャラの彼女の投げ技はさらにバリエーション豊かになっていますから、皆さん、期待していてくださいね!」
わっ!と歓声が上がる。もう既に、この場はクイーンのプロモーションになってしまった。
様々な投げ技を食らわされた上に、体力が僅かになったお嬢様キャラのミミが、仰向けに倒れている。そこに、クイーンが近づいて…。
「ここで…あーっと!ゴールデンヘッドバットでフィニッシュだーっ!…ちょっと、サイトウさん。その技は無いでしょー!」
クイーンは、ミミの股を手でかっ開いて、股間に頭突きを食らわせた。体力が無くなったミミは痛みに悶えて、死拳シリーズ伝統の死亡モーションで激しく仰け反り…果てた。
そんな栄養素な様子を、ギャラリーは呑気に眺めて笑っている。…俺にとって価値のある光景なんて、他人にとってはちっぽけなものだ。
だが、もう一人。恐らく致死量の、栄養素を感じている少女が居た。
「テンシ、負けても良いとはいったが、ここまで無様だと…。…ん?テンシ?おーい。」
テンシの父が、対戦が終わっても動かない娘の肩をゆする。
すると、テンシはそのままだらんと上を向き、白目を剥いて涎を垂らして、完全にトリップした表情を晒した。
―
「テンシ。最近、お前の行動は目に余るぞ。…何なんだ、何がしたいんだ、お前は。」
恐らく、また別の日。テンシの家にて。
「父上。私は、私の思うがまま。良いと思ったゲームの開発を社員の方に任せているだけですよ。」
テンシは、先ほどまでの冷徹な雰囲気は幾分か和らいでいた。そして、父親に面と向かって意見をする勇気を持っていた。
「私は、死拳をプレイしたあの時から、ゲームという物の見方が変わりました。あれは…最高の栄養素を摂ることが出来る、唯一の体験です!」
「何を、馬鹿な…。」
「馬鹿ではありません。真剣です。」
はぁ…と父は大きなため息を吐き、ゆらりとテンシの前に立つ。
「お前に社会勉強を積ませて、いずれは凛天堂を乗っ取る計画だったんだがな…。どこで歪んでしまったのだろうか。」
「…っ!なんですか、また暴力ですか…!」
テンシは、父の威圧に負けず、必死に声を出す。俺は心の中で、テンシを応援していた。
「殴ったら、また正しく動いてくれるか?」
「…私は、プログラムでも、機械でもありません。私はテンシです!自分の思うがままに、生きていきます!」
「そうか。…でも、今までの行いは、簡単には清算できないぞ?俺達が征くのは、支配によるゲーム開発だった。いきなり、やり方を変えるだなんて…。」
「はい…。だから、今までのテンシも、心の中に残しておきます。…私達の罪を、忘れないために。」
テンシは、決意を秘めた目で、父を見据えた。
もしかして、あいつが倒してもらいたかったのは…。
「…ふっ。分かった。好きにしろ。」
「…!はい!父上!必ずや、社員の皆さまと、ヘヴンなゲームを作り上げてみせますっ!」
そこには、俺達の知っているテンシが、天使のような笑顔を咲かせていた。
―
俺は、虹色の弾丸の中に戻っていた。そして、その眼前には…テンシが心の中に閉じ込めたはずの、彼女の姿があった。
「…あの時の約束を、今、果たして…お前の願いを、叶えてやるからなっ…!」
俺の言葉を聞いたテンシの表情は、ほっとしたような安堵の眼差しと…。優しい笑みを浮かべていた。
「……ありがとう。」
静かに、ゆっくりと…。俺の意思が、力が、渾然一体となって…彼女の身体を貫いた。




