第26話【最終決戦、開始】
ついにやって来た、決戦の日。俺は朝からイグコネの事で頭が一杯で、授業が全く頭に入らなかった。それは桃香も同じのようで、昼休みの会合での彼女の顔つきは、ゲーム中のトウカのそれだった。そんな彼女と話した内容は、ゲーム中の立ち回りについての事だった。
「試合の早い段階から、ハリちゃんの狙撃場所になるようなところを掌握するのが良さそうだったね。小山地帯か、アスレチック地帯か。」
「彼女が自由に攻撃出来る環境を作ることが鍵になりそうだ。森の中の見通しの悪い場所で戦闘にならないようにしたいよね。」
淡々と作戦会議をしていると、まるでテスト前の中休みで、追い込み勉強をしているかのような気持ちになった。
「あとは、テンシ側がどう動いてくるかも気になる。もしかしたら、裏の裏をかいて、ファームに徹してくるかもしれない。」
「その時は、テンシとはぐれたバフ要因を四人で叩きにいこうよ。…あー、でも、相手側も四人でまとまっていた場合は、ちょっと厄介か。」
「そうだな…。その場合は、四人でグループしているかどうかを遠くから目視して、状況を見つつ戦うかを決めた方が良い。」
色々なケースを考えると、心配は尽きない。
「まあ、何とかなるさ…多分。」
「視ちゃん、全然自信なさげ…。最初に遊んだ時みたいに、自信たっぷりに言ってよー。」
結局、こんなやりとりをして、会合は終わった。本当はもっとエモい会話をしてから臨みたいところだったが、残念ながら俺には出来ないらしい。
そして、あっという間に午後の授業が終わり…。
《おかえりなさい!今日のログインボーナスは、月桂樹です!受け取るには…》
俺は今、イグニッション・コネクトのロビーに立っている。
「来ましたね、下郎。」
テンシは、相変わらずの神々しさを放ちつつ俺を出迎えてくれた。今日は、彼女の親衛隊も一緒だ。
「テンシ様。本日、雌雄を決しなければならない相手というのはこの方でしょうか。」
「ええ、そうです。皆さん、ご挨拶なさい。」
テンシがそう言うと、そのメンバーの一人がおずおずと前に出た。
「えー…。下郎?さん。」
「あ、ケンです。下郎というのはテンシが勝手に言ってるあだ名です。」
テンシの奴、てっきり気に入らない人を普段から下郎呼びしているのかと思ったが、彼女らの反応を見る限り俺だけに付けられたあだ名のようだ。
「そ、それは失礼いたしました。私、天上親衛隊の会員ナンバー2番、マフーと申します。テンシ様への愛は誰にも負けません。以後、お見知り置きを。」
「親衛隊って会員制なんだ。そして会員番号が振ってあるんだ。」
「1番の人は訳あって除名されてしまったので、私が実質1番です。えっへん。」
「すごいね。ていうか何その元1番の人、気になる。」
「そうですか。では実質1番の私が、テンシ様への愛を歌わせていただきます。題して、エンジェル・ラヴァー。…好き♡好き♡大好き♡テンシ様。金縦ロールに白ドレス。今だ変身!天上戯曲。」
「こらこら、無視するな、勝手に歌うな…。」
俺は勝手に取り巻き共はキャラが薄いと思っていたのだが、そんな事は無かった。飼い主がアレだから、付いてくるやつもネジの外れたやつばかりだ。
残りの二人、チョックとみんみんも同じ調子で自己紹介が続き、俺は対戦前だというのにどっと疲れた。
「トウカ…みんな…早く来てくれ…。」
「おいっすー。ケンちゃん、呼んだー?」
「…遅れてごめんね。」
「オー、マイエンジェル…。」
祈りが届き、トウカとハリが到着した。あとはツナ太だけだが…。
「俺達の四人目…ツナ太さんがログインするまであと少し時間があるかも。彼、成人してるから、仕事があるんだ。」
「そうですか。じゃあ何して時間を潰します?」
「転校を賭けた決戦なのに締まらないな~。」
それくらいが、俺達には丁度良いのかもな。
「そういえば、藤の水高校ってどこかで聞いたことがあると思って調べたんだけど、結構近所だったよ。N駅から特急で十分くらいのK駅の近くだった。」
「え、マジ?」
「じゃあ編入したら良いじゃないですかっ。」
「いや、そうはいかないけど…。ハリも奇跡的に近くに住んでるし、オフ会出来るな。」
「おふ会!…って何ですか?お麩パーティ?美味しそうです!」
「もう突っ込むのも面倒…。」
リアルのテンシか…。VRでの見た目が常人離れしているから、想像つかないな。会いたいような、会いたくないような。
「皆さん是非、現実でテンシ様にお会いして欲しいです。本当はこんなに変な方じゃないんですよ。」
「変とは何ですかっ!変とはっ!」
テンシの取り巻きのみんみんが言った言葉に、テンシがぷんすこ怒った。
「変、じゃない…?」
俺は妙にその事が気になった。ハリだけじゃなく、テンシもVRと現実で雰囲気が違うらしい。他にも、違和感を感じた事があったような気がするのだが…。
「そういえば、テンシちゃんチームのみんなの事、私とハリちゃんは知らないんだよね。時間もあるし、お互い自己紹介しようよー。もしかしたら、そっちの学校でお世話になるかもしれないし…。なんてね!」
トウカの一言で、女子たちの交流タイムが始まった。トウカが話を回して、みんな楽しそうに答えている。お互い、近所にある他の学校の事が気になるようで、話題は尽きないようであった。
俺は何となく距離を置きながら、皆の話を聞いていた。ほんわかした雰囲気で、あっという間に時間は過ぎていき…。
「やぁー、みんなお待たせ!ごめんね、遅くなっちゃって。これでも早く仕事を抜けてきたんだけどね。」
ツナ太がいつもの調子でログインしてきた。これで、全員が揃った。
「この殿方が、下郎チームの最後の一人…という訳ですね。」
テンシが値踏みするような視線をツナ太に送る。ようやく、場に緊張感が生まれてきた。
「ツナ太です!あなたが、テンシさんだね。初めまして!…うわー、近くで見ると圧あるなぁー。」
「そ、そうですか?中々見どころのある方ですね。」
ツナ太は、テンシの圧にも負けずに飄々としている。流石は格ゲーの猛者。このような大舞台には慣れているのだろう。
「それじゃあ…始めようか。俺達の転校を賭けた、対戦を。」
「ふっ…。そう思って、今プレイヤーマッチの部屋を作っていますから、ちょっと待ってください。ええと、パスワードはどこで設定するのでしょう…。下郎、教えてくださいっ。」
「締まらないなぁ。」
知り合いと対戦できるプレイヤーマッチは実装したばかりのモードで、俺とテンシは設定に手間どったが、何とか部屋を作り終えて準備が整った。
「今度こそ始めますよ、下郎。」
「ああ。勿論だ。…絶対に俺達が勝つ!」
俺は勝利への決意を籠めて、テンシに向けて拳を突き出した。彼女は軽く笑ってそれに応え、俺達はそれぞれのチームの待機所へと向かった。
《タクティクス・フェイズを開始します。勝利のため、作戦を立てましょう。》
「さあ、作戦タイムだ。皆、昨日の練習を覚えているよな。あの作戦で行くぞ。」
「了解!…いやー、さっきまでは楽しく話してたけど、流石に緊張してきたねー。」
トウカはペン回しのように、武器の杖を回していた。一方、ハリは心を落ち着けるように深呼吸している。
「…おいおい、そんな事でどうするよ。今から、あのテンシと戦うんだぞ…!」
「ははは。ケン君だって、手と声が震えちゃってるじゃないか。大丈夫かー?」
ツナ太に言われて、俺は手を押さえた。緊張を意識すると、胸の鼓動が大きく聞こえる。
そんな俺をじーっと見ていたハリが、トテトテとこっちに歩いてきた。
「ぎゅ。…これで、あんしん。」
ハリはそう言って、俺の震える手を優しく握ってくれた。彼女の甘い吐息に、思わず顔が熱くなる。
「あ、ありがとう…。」
ハリの眼を直視できず、俺は視線を逸らしてしまう。そしてその先には、ギンッ!と眉間に皺を寄せたトウカが居た。
「ケンちゃーん?試合前だというのに随分と楽しそうだねー?」
「こ、こえーよ、トウカ…。」
「ゆるして…。」
口角は不自然なくらい吊り上がっているのに、眼は全く笑っていない。人間ってこんなにおぞましい表情ができるのか。俺とハリは身体を寄せ合って震えるしかなかった。そんな俺達を見たトウカは、さらに恐ろしい般若のような顔つきになって…!
「…あっはっはっは!みんな、青春してるね。…ほら、いい感じに緊張がほぐれて来たんじゃないか?トウカちゃんも、そんなに怖い顔しないでさ。」
俺達の歪なラブコメ(?)を止めたのはツナ太の豪快な笑い声だった。彼の声を聞くと、トウカは我に返ったかのように、いつもの可愛い微笑みを浮かべた。
「ふふっ…そうだね。ケンちゃんに怒りを発散したら、リラックスできたかも。」
「…俺としては、何に怒っていたのかを聞きたいところだが…。」
「いつものトウカせんぱいにもどった。ほっ。」
もはや作戦タイムでも何でもなくなってしまった。しかし、重要な試合の前だからこそ、これくらいの雑談をするくらいが良いのかもしれない。
そして、落ち着きを取り戻した俺達に、無機質なアナウンスが語り掛けてきた。
《タクティクス・フェイズは間もなく終了!カウントダウンを開始します。》
―10、9、8…
「…作戦タイム、雑談だけで終わっちゃったね。」
「ケンちゃん、何とかしてよー!…ってね!」
いつかと同じ流れに、トウカが笑っている間にも、カウントダウンは刻まれていく。
―5、4、3…
「…こうなったら、仕方がない。」
「ケン君、やっぱりあれか!」
―2、1…
「今回も、なるようになるさ!」
三人が鬨の声をあげて、俺達の人生を賭けた一戦が幕を開けた。




