第22話【テンシ再び】
《おかえりなさい!今日のログインボーナスは、四つ葉のクローバーです!受け取るには…》
あの後、桃香と連絡を取り合って、今日はイグコネをやろうという約束をした。学校では哲学の話しか出来ず、結局テンシを倒す事を目的にするかはふわっとしているが、桃香と遊べるのはとても楽しみである。
オンラインのフレンドを調べるべく、メニューを操作する。それはログイン後のルーティンとなっていた。
トウカはもうすぐ来るから良いとして、ハリとツナ太は、まだログインしていないようだ。明るい気持ちに、少しだけ影が差す。
メニューを閉じて、何をして暇をつぶそうかと思案していたら、予想外の声に呼ばれた。力強く、高貴な声。
「ごきげんよう、下郎。」
「…テンシ…。」
久しぶりの邂逅は、呼び名以外は真っ当な挨拶から始まった。あまりにも普通のトーンで話しかけられたのが意外で、すぐに言葉を返せなかった。テンシは、相変わらず純白のドレスに神々しい羽根の、見ているだけで眩しくなってくるアバターを着こなしていた。
「どうしたのですか?ジロジロ見て。それと、『さん』を付けなさい。下郎。」
「すみません。さんテンシ。三点みたいで、馬鹿っぽくて良いですね。」
「『テンシさん』ですっ!下郎の癖に、私を愚弄する気ですかっ!」
テンシは、整った顔をぷんすこ頬を膨らませた。こいつの前だと、何故か俺の中の嗜虐心が沸々と湧き上がってしまい、格ゲーをやる時の煽りモードが発動してしまう。
「…こほんっ。下郎。私との約束、まさかお忘れでは無いでしょうね。」
「あー、いつもソロの寂しいテンシさんのチームメンバー集めですか。申し訳ないんですが、俺しか…。」
「違いますっ!私はいつも天上親衛隊の皆さんと楽しくゲームしていますからっ!」
「え…テンシさん、チームメンバーの事そんな風に呼んでるんですか…。ドン引きです…。」
「何がおかしいんですか?そんな事より、私を倒すって約束ですよ!」
テンシと微妙にズレた漫才をしていたら、痛いところを突かれた。それは、丁度この間、難易度の高さに頓挫した事だ。彼女はもう忘れているんじゃないかとひっそり期待していたが、しっかり覚えていた。
「えーと、テンシさん。その事なんですが…。そのぉ…。」
「おいっすー、ケンちゃん!…と、この人はもしかして…。」
返答に窮していたら、いつの間にかログインしていた俺にとっての天使…いや、悪魔?がポニーテールを揺らして声を掛けてきた。それまでヒートアップしていたテンシは、スン、と真顔になった。
「下郎。お知り合いですか?」
「あ、はい。こいつは、普段一緒にイグコネやってる、トウカです。えっと、トウカ。この人は…。」
「知ってるよ!不死身のテンシちゃんだね!いつの間に知り合いになってたのさ。ケンちゃんもスミに置けないねー。」
まずい。本能が静かに警鐘を鳴らしている。この二人を一緒にしたらカオスな事になると。
「フジミノ、ではなくキッチョウジです。気をつけて下さいね、トウカさ…んっ!?」
その時、テンシの目線は明らかにトウカの頭上に向いた。あのプレイヤーネームが表示されている空間に。
「卍…キング、オブ、トウカ………卍。COOOOOOOOL!!」
テンシは、トウカの恥ずかしい名前を復唱したと思ったら、天を指差して高らかに叫んだ。
なんだこいつ。
「トウカさん。いえ、敬意を込めてこう呼びましょう。キング!なんて素晴らしい、なんて心躍る名前なのでしょう!そこのゴミネームの下郎とは大違いです!」
「あ、あはは…。どうも…。」
悪かったな。ゴミネームで。
流石のトウカも、怒る気にもなれずタジタジになっている。
「下郎、少しは見直しましたよ。キングと共に、この私をゴートゥーヘヴンするため、日夜励んでいるって事ですね!?」
「え?ケンちゃん、どういう事?テンシちゃんは、私達が練習してるのを知ってたって訳?」
「テンシちゃん…なんてヘヴンな響き…!」
予想通り、混沌とした会話が繰り広げられている。…こうなっては仕方がない。
「テンシ…さん。キングには、例の約束を説明しても良いですよね?」
「もちろんです!…いや、あの事や、あの事とかは、適度に省略して下さい。分かってますね?」
「ハイハイ。」
「ハイは一回です!下郎!」
許可を貰ったので、事あるごとに意味不明な補足を入れてくるテンシを無視しつつ、トウカにことの経緯を説明した。
「なるほど。たまたま、テンシちゃんと出会って、ケンちゃんはテンシちゃんを倒す約束をした。倒せなかったら、BAN。えー、公平な立場から言わせてもらうけど…テンシちゃん、酷くない?」
「そうだよな?こいつ酷いんだよ。」
「ご、誤解ですっ!これには訳が…。」
「え?全部話していいの?トウカ、実はこいつ…。」
「あああああぁぁ!ストップ!ストップへヴーーーン!」
テンシは顔を真っ赤にして俺の口を塞いだ。相変わらずの残念っぷりだ。
だけど…。
「ふふっ。テンシちゃんって、面白いね!」
「おも、しろ…?」
桃香の言葉に、テンシはぽかんと口を開けて固まっている。そんな表情でも画になるから腹立つ。
「なんだよ。自覚無かったのか?」
「ええ、まぁ…。」
テンシは変なタイミングでしんみりして、遠い目をしている。秋の天気のように気分がコロコロ変わる奴だ。
「でも、悪い子じゃなさそうな気がする。何か理由があって、ケンちゃんにそんな条件を付けたんだよね?」
「そ、そうなんです。下郎が悪いんですっ。」
「はいはい。悪かったよ。」
不服だが、ここで話しを拗らせても可哀想だ。
「それなら、ケンちゃん。どうするの?テンシちゃんの事を倒すって目標が、崩れているというか、崩れかけているというか…。」
「ああ、それな…。」
「え…。」
テンシは、眼を見開き狼狽えて、言葉を失っている。
「す、すまん…。そんなにショックだったか…?」
「…いえ……別に…。」
そう答えた彼女は、明らかに動揺を隠しきれていなかった。さっきまでのお祭り騒ぎが嘘のように、虚空を見つめている。その眼は、最近どこかで見たような気がした。
「テンシちゃん、どうしたの?ケンちゃんと、やっぱり何かあったのかな?」
こんな時に、いつでもド直球のトウカは非常に頼りになる。俺が何かしたみたいな言い方は、この際不問にしよう。
「いえ…何でもございません。…下郎、BANの件は、冗談ですから…。ご安心ください。安心して…もう、私の事を、倒すことを、目指さなくても…。」
テンシは、ぽつり、ぽつりと言葉を紡いでいったが、堪え切れないといった様子で、背を向けてしまった。
「…さようなら。」
白百合のドレスが、ふわりと舞う。テンシは一歩ずつ、静かに足を動かしていった。
「…ねえ、ケンちゃん。良いの?このままで。このまま、テンシを行かせてしまって。」
そう話すトウカの顔を見て、思い出した。テンシのさっきの眼は、教室の隅っこでぼんやりと外を見ている桃香の顔と同じだった。誰に説明しても理解されない、最初から全てを諦めてしまっている、あの顔。だけど、その本心は…。
「お、おーい!テンシー!」
いつの日か、理解してもらえることを、心の奥底では望んでいるんだ。
「…下郎。もう、私の事は…。」
「いーや!放っておけないね。だって、約束しただろ。お前の事を倒すって!」
「え…!」
テンシの瞳に、光が戻った。
「そうだよ!…その…ほら、言ったでしょ?目標が、崩れかけてるだけだって!」
「テンシのあまりの強さに、挫けかけてたけど…。俺達が、絶対にお前を倒してやるよ!」
「キング…!下郎…!」
テンシもまた、俺達と同じ。どうしようもなく説明のつかない、他人とは違う何かで栄養素を摂っている。それならば、理解して、応援しよう。それが、俺達に出来る事だ。
「ふ、ふん!あなた達に出来るかしら!?私のアルティメットスキル…『天上戯曲』を破ることが!」
「くっ。痛いところを突くぜ…。」
「そうだ!テンシちゃん、今から一緒に遊びましょう。」
「なっ…!」
トウカの唐突な提案に、俺とテンシは驚いた。今、倒してやると誓い合った奴と、一緒に遊ぶか?普通。
「ねえ、良いでしょー?…ほら!もう一人も来たよ。」
「…こんにちは。また、新しいせんぱいだ。ハリです。よろしくお願いいたします。ぺこり。」
おいおい、ハリまで来ちゃったぞ。彼女はいつもの調子で、お行儀良く頭を下げた。
「ヘ…ヘヴンキャワイイィッッ!!」
テンシにハリがぶっ刺さったらしい。テンシは凄い角度で仰け反って、天を指さした。リアルの彼女が鼻血を出して死んで無いか心配だ。
「…あれ。この人、もしかして、テンシ、せんぱい。…敵?」
「敵じゃないですよ!だってハリチャンとは今から一緒に遊ぶんですもの!ねえ、下郎?キング?」
テンシは鼻を抑えながら言った。一旦ログアウトした方が良いと思うが、ハリの可愛さのお陰で、テンシもやる気になったみたいだ。
「お、おう。テンシが良いなら…。」
「決まりだね!早速、対戦相手を探しにレッツゴー!」
「ごー。」
トウカのやつ、何を考えているんだ…。錚々たるメンバーを引き連れて片腕を上げる彼女は、まさしく陣頭に立つ姫将のようであった。




