第21話【もう一度、真っすぐに】
日曜日の昼。トウカとハリは、オンラインじゃないみたいだ。
「あちゃー、今日は男二人か。ま、これが当たり前なんだけどね。」
「そうですね。毎日やってる俺らがおかしいんです。」
ツナ太と二人で笑い合う。言いようの無い寂しさを感じながら。
「お、ヨシさんとムギっち居るよ。次の試合から合流させてもらおう。」
居ない人たちの事を考えても仕方がない。今日は、格ゲーコミュニティの知り合いと一緒に遊ぼう。
「ケン!ツナ!お前ら、昨日は俺をハブりやがって~。」
「すみませんー!いや、ほんとに!今度奢るんで!」
「お前、たまにしか東京来ないからよー。絶対忘れてるだろー!」
ちょっと最近話してなかっただけなのに、そんなやりとりに懐かしさを感じる。雑談もそこそこに、俺達は対戦を始めることにした。
特に目的意識も無く、眼の前の敵に対して戦闘を仕掛け、勝ったり負けたりする。いつもの、俺達のプレイスタイル。
遊んでいる間、この前桃香が言ってた台詞が頭を離れなった。
―あのメンバーで練習してもダラダラ時間浪費して終わりになるよ。
直球で辛辣、ストイックな桃香。彼女は昨日、執着しないとは言っていたものの、皆でテンシを倒す作戦を実行しているのが楽しかったんじゃないか。
…いや、桃香だけじゃない。俺達も、そうだったんじゃないか。相手のチームと別の何かと戦っても、勝ってすっきりしなくても…だれも、「つまらない」なんて一言も言ってなかったじゃないか。
「そろそろメシにしよっかな。いやー!遊んだ遊んだ。」
ツナ太が伸びをしながら言った。何となく、空元気に聞こえるのは気のせいだろうか。
「じゃ、俺もメシ落ちします。」
「ん、ケン君は夜インしない感じ?」
「あー…。月曜の宿題やらなきゃなので。すみません。」
それは半分本当だった。大したことの無い英文訳なので、適当にAIに翻訳噛ませて、バレないように細工すれば良い。
「くーっ!若いねぇ。宿題なんてワード久しぶりに聞いたよ!」
「あはは…。それじゃ、落ちますね。楽しかったです。」
挨拶もそこそこに、ログアウトした。
―
「ふぅ…。」
凛天ギアを外した勢いのまま、ベッドの上に横たわった。
「何がしたいんだ、俺は…。」
ゲームなんて、だらだらやるくらいが普通なのに。一度、桃香や八鍼との痺れる試合を経験すると、目的も何も無い試合が冗談のようにつまらなく感じる。だからと言って、桃香に連絡する気にもなれない。
「…一日くらい、そんな日もあるだろ。ちょっとおかしいぞ、俺。」
自分にそう言い聞かせて、その日は宣言通り、再びログインはしなかった。
―
「視ちゃん!お昼ごはんたべよー。」
翌日、昼休みに桃香が声を掛けてくれた時は思わず泣きそうになってしまった。一日桃香と一緒にいなかっただけで心が参っていたらしい。それくらい、俺にとって桃香やイグコネは大きな存在になっていた。いつものように桃香に連れられてやってきた屋上に続く階段は、今日も全く人気が無い。
「昨日、別のオンラインゲームやってて、イグコネにインできなかったんだー。視ちゃんは?」
「俺はまぁ、ツナ太さん達と遊んでたよ。…そういや、オンゲーやってたんだな。」
「うん。…色々あってねー。」
遠くを見つめる桃香の眼は、教室の隅っこで外を見つめている時と同じ眼をしていた。二人の間に、静かな時間が流れる。
折角の機会だ。桃香の事を聞いてみようか。
「オンゲーは、サッチー…白楽さんと一緒に?」
「そうだよ。何か熱中できるものを探してたら、サッチーに紹介されて…ね。そのままズルズルと。」
ズルズルと、か。
初めて桃香に、ここに連れられた日を思い出す。
今こそ、クラスメイトの頼みを叶えてやるときかもしれない。
「…部活、辞めたのと何か関係あるのか?」
「…。」
いつもさっぱりしていて、聞かれたことには即答する桃香が、口を噤んだ。
「話しにくかったら、別にいいけど。」
「うーん…視ちゃんになら話してもいいかな。絶対に、おかしい、って言わないと思うし。」
彼女はゆっくりと、独り言を言うように話し始めた。
「中学からテニスやってたの、知ってたっけ。…そう。まあ、その時も何となくで始めたんだけどね。親から何かスポーツしなさいって言われて…。ほら、テニスをやっている子って、キラキラしてるじゃん。私も、何となく、キラキラした方がいい気がしたんだ。だから、テニスを始めた。」
彼女の言う事は抽象的だったが、何となく、理解が出来た。小学校の時の桃香は、その才能を生かさずに俺とゲームばかりしていた。それを勿体無く思う周りの声があったとしても不思議では無い。
「始めは、楽しかったよ。学年では一番上手かったし。新人戦でも都内ベスト8まで行ったっけな。周りから持て囃されて、気持ちよくなって…。でも、そんな私の事を疎ましがっている先輩もいた。私より下手な先輩なんて沢山居たからね。良くある僻み。それでも、なにくそと思って続けた。反発心もモチベーションにしてたんだろうね。今思えば、私、めっちゃキラキラしてたな。…モテたし。なんてね、ふふっ。」
話し始めたら、いつものド直球の桃香が戻ってきたようだ。他人への分析も、自己分析も、恐ろしい位に正しい。
「でも、三年生になっていきなり冷めちゃったんだよね。理由は、その時はよく分からなかった。練習も身に入らなくて、最後の大会も冴えなかったな。そして、高校生になった。私は懲りずに、中学の時にやってたという理由で、何となく女テニに入った。で、半年くらいで辞めちゃった。実は、とある事件…というか、出来事があってね。」
桃香が一息ついた。話の核心に入るのだ。
「新人戦で、また都のベスト8になったの。奇しくも、中学と同じ順位。実際は凄い順位だって分かっているんだけどさ。嬉しいとも…悔しいとも、思わなかったの。不思議なくらい、全然。周りの子は、凄いねって言ってくれたり、自分の成績に一喜一憂している中、私だけがぽつんと別の世界に居るみたいだった。」
「…お前らしくない気もするし…お前らしい気もするな。」
真っすぐ目標に一直線な桃香。熱くなったと思ったらすぐ冷めた桃香。イグコネで、色々な桃香の一面を見てきた。だから、テニスに熱中する桃香の姿も、すぐにやめる姿も、どちらも簡単に想像できた。
「ふふ。そうだね。当時の私も、何が私らしいのか…私は、何がしたいのか分からなくなっちゃったんだ。だから…部活やめちゃった。」
「おいおい。いきなり話が飛んだぞ。」
「事実だから仕方ないよ。皆、困惑してたな。エース候補が、大会でそこそこ良い成績を収めたのに、いきなり辞めるなんて。先生からも、怪我したのかとか、いじめがあったのかとか、色々聞かれたな…。でも、それが私にとっては、コートがしっくりくる居場所じゃなかった。それだけだから。説明しても分からないだろうから、適当にはぐらかしちゃった。」
しっくりくる、か。最近、同じような話をした気がする。
「で、暇になっちゃって、良く話してたサッチーに何か暇つぶしない?って言ったら、オンラインゲームを勧めてきてさ。元々、ゲームは大好きだし、パソコンも持っていたから、始めてみたの。そしたら…そこに、私の居場所があったの。孤独なコートとは違う。皆が私の支援を頼ってくれて、私は皆の攻撃を頼る。ああ、私がやりたかったのは、これだったんだって。私の人生の価値観が、すっきりと見えた気がしたんだ。」
「桃香の、栄養素か。」
「そう。結局のところ、テニスをやめた理由は、栄養素を摂取できなかったからなんだ。」
桃香が、テニスをやめた理由を誰に聞かれても話せなかったのも無理はない。それは桃香の中に深く根差した、特有の価値観のせいなのだから。
「バスケとか、バレーやるって考えにはならなかったのか?チームスポーツなら、桃香の栄養素になるんじゃないの。」
「これも、視ちゃんにだけ理解してもらえるんじゃないかって思うんだけど…。ゲームって媒体を通してじゃないと、何となく不安なんだ。むしろ、ゲームだから安心できるというほうが正しいかも。最近までは、対面じゃないから安心して栄養を摂取できるからだと思っていたんだけど…。多分、それは間違いだね。」
「…なんで?」
「視ちゃんとやってたゲームのせいで、私の中の価値観が歪んじゃったんだと思う。」
その言葉に、心を抉るような衝撃が走った。
俺の、せいか。いや、もしかして…。
「…まさか、俺の死体をなが…じゃなくて、起こすことで栄養素を摂取するのも…。」
「私とのゲーム体験のせいかもね。」
「ああ…。」
その言葉は非常に腑に落ちた。ぼんやりと、あの大乱闘ゲームを思い出す。赤く点滅する、お姫様の死体。今でも、非常に栄養素だ。あれこそが、俺の原点だった。
「つまり、俺達はゲームの中に含まれている栄養素を摂取しながら生きている者同士、ってこと?」
「あはは!そうなっちゃうね。ほんと、馬鹿みたい。」
馬鹿みたい。その通りだ。だけど、そんな事に、俺達は血眼になっている。
「何でだろうな。皆と同じように普通の楽しみ方でゲームをして、テニスをして、前を向いて生きて行けば良いのにさ。」
「…ねぇ、視ちゃん。普通って、なんだろうね。普通の高校生は、何をして、青春しているんだろう。」
そう問われると、難しい。俺は少し考えた上で、思いついた答えを言ってみた。
「健全に、何かに熱中することかな?その何か、は問わない。スポーツでも、遊びでも良い。好きなものに真っすぐになる事が、青春だと思う…な。」
桃香の眼を見て、そんなくさい事を話すのが少し恥ずかしくなり、思わず眼を逸らしてしまった。
「ふーん。じゃあ、私達も青春しているんじゃない?」
「え?どうして…。」
「真っすぐ、変な方向に熱中しているから。」
その発想は無かった。
「視ちゃん、考えてみてよ。スポーツ一つやるにしても、その人がなんで熱中しているかなんて、誰にも分からないんだよ。協力をして点を取りに行くのが楽しいと思っている人でも、ハンドボールじゃなきゃダメって思っている人も居れば、バスケじゃなきゃダメって思っている人も居る。デッドボールに当たるのが楽しくて野球やっている人がいるかもしれないし、タックルされて転がるのが楽しくてサッカーしている人もいるかもしれないんだ。その一つ一つに、正しい、正しくないなんて物差しは無いと思う。」
「人の考えている事なんて分からない。俺達に見えているのは、何かに熱中して楽しんでいる、表面の姿だけ、か。」
「そう。だから私達も、変な楽しみ方をしてもいいんじゃないかな。ゲームでも、何でも。」
桃香の言葉は、俺がぼんやりと感じていた、ゲームに対する罪悪感を少しずつ溶かしていった気がした。長い時間をかけて固まった氷河に、暖かな水滴をたらしていくかのように。テンシを倒すためにゲームをしても…死体を眺めるためにゲームをしても、良いのかな。
「あのさ、桃香…。」
―キーンコーンカーンコーン。
俺達の会話を、授業の始まりを告げるチャイムが中断した。俺は人生で初めてチャイムに感謝した。このまま話続けていたら…何を伝えていただろうか。
「やば!お話に夢中になってたらこんな時間!」
「桃香、走るぞ!もう間に合わないけど!」
誰も居ない廊下を、教室の中の生徒たちの向きとは逆の方向に、二人で走る。それは不思議と焦燥や罪の意識を感じず、ただ、ひたすら気持ちよかった。




