第20話【ゲームして飯食ってゲーム!】
「ハリが味方になってくれたお陰で、戦略の幅が広がったな…。」
フリーモードでの特訓の翌日。俺達は昼からバーチャルの世界に集まって、四人でひたすらに試合をしていた。そして、俺はひたすらに感心していた。
ハリは、野良と組んでいた時は個人プレーに走る傾向があったので心配していたが、俺達の戦略に合わせて柔軟に対応する力も持ち合わせている。
《ケンせんぱい。背後から敵が迫ってるよ。…『バインド・ショット』。》
ハリからの通信を受け振り向いたときには、足を地面に固定されて身動きの取れない敵が怨嗟の声を上げて苦しんでいた。お膳立てを受けた俺は、ステルスを使うまでも無く通常攻撃で止めを刺す。
「さ、サンキュー。ハリ。」
《ぶい。》
彼女が広い視点を持つことで、俺達も動きやすくなる。ハリが俺達の眼になってくれるのだ。
《『金剛の構え』!…ハリちゃんを狙う奴は、俺が許さないぜ!》
相手も、そんなハリを優先して狙うが、連携して守って相手の狙いを挫く。ハリは、すっかり俺達の軸となっていた。
《『アタックプラス』!ハリちゃん、決めて!》
《…ありがと。…『ピアシング・スナイプ』!》
トウカも、俺よりもハリにバフをかけることが多くなってしまった。
寂しさを嚙みしめていると、唐突に試合の終わりを告げるアナウンスが聞こえてきた。
―YOU WIN !
「あ、あれ。終わり?」
また、エピックモンスターが出現する前に試合が終わってしまった。今、イグコネではアグロに近い戦術が流行しているせいで、エピックモンスターどころではなくさっさと試合が終わってしまう事が多い。これでは、奴らを三体倒すと強化されるらしい固有スキルの詳細が分からずじまいだ。
「お疲れー。いやー、ここまで勝てると楽しいねー!」
「ぶいぶい。」
「いやいやいや。エピックモンスターを倒さないと駄目だよ。」
「ぐっ。そうだった。私としたことが…。」
たまに、トウカが本当にアホなのかアホのふりをしているのかが分からなくなる。
「…ごめん。ご飯の時間みたい。おかーさんに呼ばれちゃった。」
ロビーに戻ってゆっくりしていたところで、ハリが控えめに言った。当然、母親がバーチャル世界に来たわけではない。凛天ギアには呼び出し用のボタンが備わっており、フルダイブ中にも外から呼ぶことが出来るのだ。
「そろそろメシにするか。…そうだ、トウカ。一緒に行かないか?親、今いないんだろ。」
「お、良いね~。おすすめの所、連れて行ってよ。」
俺は、自然な流れでトウカを誘えたことに自分でびっくりした。バーチャルの中だと普段言えない事もすんなり言える気がする。
「く~っ!ケン君、良いなあ…!」
「ツナ太さんも来るー?」
「俺は地方だから無理だよ…。寂しくカップラーメンでも啜るさ…。それじゃ、また後で。」
「ハリも、一旦おちるね。」
そう言って、二人はログアウトした。
「視ちゃん、私達も。」
「うん。あとはラインで。」
最低限の会話を交わし、俺達も後に続いた。
―
「桃香ちゃ~ん。本当に、大きくなったね~。視のやつ、迷惑かけてない~?」
「あ、姉貴…。呑みすぎだって…。まだ料理も来てないのに…。」
俺達は、古民家を改造して作られた近所の食堂の小さなテーブルを囲んでいた。姉貴は調子に乗ってあっという間に焼酎を何杯も呑んでしまって、もう殆ど出来上がっている。折角の桃香との食事なのに、身内の恥に穴があったら入りたい気分になったが、当の彼女は楽しそうに笑ってくれているのが救いだった。
「あはは!龍さん、大丈夫ですよ。視ちゃんはユニークな感性を持っているけど、ゲーム内では頼れるリーダー的存在です。」
「ユニークな感性って情報いる?あと、そこはお互い様だろ。」
「二人とも仲良いねぇ~!もう結婚しちゃいなよ!ギャハハ!すみませーん!黒霧島ソーダ割り追加でー!」
「お、おい…馬鹿姉貴…。」
「うぅ…。」
姉貴が変な事言うから、桃香が赤くなって俯いてしまったじゃないか。
「あんれぇー!?冗談だったのに、お二人とも結構いい感じ~!?ギャハ!」
「まじでいい加減にしてくれ…。」
俺は言葉ではそう言いつつ、桃香のレアな一面を見れて感謝していた。俺の中のソフトな嗜虐心が非常にくすぐられる。
あまり正しくない栄養素を摂取している内に、正しい栄養素である料理が届き、桃香はパッと表情が明るくなった。
「わぁ!なに、この分厚い鮭!おいしそー!」
「ふふ~ん。桃香ちゃん。ここはお魚が美味しいんだよ~。お姉さんが奢ってあげるから、好きなだけお食べ!」
「やったー!いただきまーす!」
桃香は調子を取り戻してパクパクと箸を運んでいる。忙しい奴だ。
俺も何となくスマホを弄りつつ、メンチカツ定食を食う事にする。
「視ー?折角桃香ちゃんもいるのにスマホは無いでしょ、スマホは~。」
「…それもそうだな。」
姉貴の抗議は尤もだったので、SNSのタイムラインをめくる手をとめて電源ボタンに親指をかざしたその時、面白そうな記事が眼に止まった。
「なあ、桃香。これ。」
「なになにー?」
「イグニッション・コネクト、プライベートマッチを水曜日に実装…らしい。これで、フレンド同士で対戦できるようになるぞ。」
人数も自由に調整可能とのことだ。例えば、俺&ツナ太チーム対桃香&八鍼チームで対戦もできる。これなら堂々と彼女らの死体眺めができるのでは…!?夢が広がるぜ。
「視ちゃん、ニヤニヤしちゃって…。それがそんなに楽しみなの?」
「お、おう。これでテンシといつでも戦えるようになるな。奴の不敗神話を止める時が来たんだ。」
とっさに口をついて出た言葉だが、それは桃香の心を幾分か動かしたようだった。
「さっきは、ごめんね。エピックモンスターを三体倒した時の効果が知りたかったのに、試合を終わらせちゃって…。」
「…え?いや、全然気にしてないけど。」
「視ー!桃香ちゃんをいじめちゃだめでしょー!!」
「何で俺のせいー!?」
姉貴の立ち回りのおかげで、その会話はギャグになってくれたのだが、桃香は本当に申し訳なさそうにしていた。それは少し意外な気がしたが、何事にも本気で取り組む彼女は、きっと責任感も強いのだろう。自分の失敗は、重く捉えてしまうのかもしれない。
「まあ、あれだ…。そもそも、かなり難しい条件だ。ゆっくり検証していこうぜ。別に今日中に調べなきゃならないって訳じゃないんだし。」
「…うん!それじゃ、おなか一杯食べてパワー付けるぞー!」
「そうだそうだ!桃香ちゃん、いっぱい食べないとおっぱいデカくならないぞー!」
「…。」
あ、キレた。ギンッ!と眉間に皺を寄せた、あの恐ろしい顔。
これには姉貴も真っ青になった。
「ご、ごめんなさい。」
「…分かれば良いんです!もう、お酒はほどほどにしましょうね?」
「はいぃ…。」
毎食桃香に来てもらえたら、月五万円超の酒代がもっと有意義に使えるかもな…と思う俺であった。
―
夕食後。
俺と桃香が家に帰ってログインすると、三十分前にはハリとツナ太が待機していたみたいだ。知り合いの知り合い同士の気まずいシチュエーションを心配したが、それは杞憂だったようで、先に一戦やって盛り上がったようだ。俺達の顔を見て、ツナ太が「ちぇー。折角二人きりだったのによー。」と冗談を言っていたのが印象に残った。
そして今は、四人でチームを組んで試合をしている。
「ねえ、みんな。今回は私達もアグロ戦術を試してみない?ケンちゃんの『ステルス』は速攻向きだと思うの。思い切って四人で前に出て、相手の陣地のスキルを拾いながら戦うんだ!」
「良いね。テンシの序盤戦術に対抗する練習になるかもしれない。…だけど、エピックモンスターについてはどうするんだ?」
「派手に暴れたら、相手は怖じ気づいて引っ込むんじゃない?その隙に、好き勝手にフィールドを廻ってモンスターを狩るの!」
俺はなるほど、と手を打った。今までは交戦を避けて自陣でじっくり戦っていたせいで、相手の仕掛けに受け身にならざるを得なかった。だが、こちらから仕掛けることでゲームのペースを握ることができるかもしれない。…桃香なりに、色々考えてくれていたんだな。
「すげー良い作戦だと思う。みんなも、賛成だよな?」
ツナ太やハリも頷いた。聞くまでも無かったか。
《バトル・フェイズを開始します。スキルを入手して、相手のチームを殲滅しましょう。》
「さあ、みんな突っ込め!」
試合が始まるや否や、俺達は敵陣に向かって駆けだした。慣れてきたゲームでも、いつもと違う動きをするのは緊張する。
「見えたぞ!敵だ。ハリ、ぶちかましてやれ!」
「…まだ、まともなスキル拾ってないけど…。」
そう言いつつ、ハリはスナイパーライフルを構えて銃弾を放った。これは武器に標準装備されている攻撃で、試合が始まったばかりでも使える。その弾は相手の一人に命中した。
「ぐおっ!…敵襲!相手、もうスキルを持ってるぞ!」
「…ありぇ。」
敵はその威力に、スキルを使ったと勘違いしたようだ。
「その勘違いの理由は、ハリの固有スキル『八咫烏』だろう。こいつは距離が離れた敵に対して攻撃の威力が上がる。スキルじゃない普通の攻撃でも、そこそこ痛いだろうな。」
「なるほど。ハリ、いつもスキルを拾ってから戦ってたから、通常攻撃にこんな使い方があるなんで知らなかった。」
このゲームは、プレイするたびにまだまだ発見がある。それはベータテスターのハリにとってもそうであるようだ。
「いい感じだぜ!ハリちゃん!この調子でファームしつつ、エピックモンスターの出現を待とう!」
俺達の狙いは的中した。最初に強く出ることで、相手は大人しく交戦を避けるようになったのだ。
刻々と時間が過ぎていき、エピックモンスターの出現時間の直前となった。俺達はあらかじめ、イグニフェアリーの出現場所に陣取って、出現と共に攻撃を仕掛けることにした。
「そろそろだね…!ここまで順調に試合を進めているから、今回こそ…。」
「…!そうも、いかないみたいだよ。」
ハリが臨戦態勢をとる。…こんなタイミングで、敵襲か。
「見つけたぞー!さあ、集団戦と行こうぜっ!」
敵のリーダーらしきプレイヤーがこうなっては、もうエピックモンスターどころではない。
「戦うしか無いな…。くそ、上手く行かないぜ。」
その後、あっさりと決着した。当然、序盤からスキルを集めて、レベルも上がっている俺達の勝利だ。
勝ったのに、すっきりしない。俺はモヤモヤした気持ちを抱えたままロビーに戻った。
「…なあ、もしかしたら皆の思っている事、勇気を出して話してみるんだけど。」
帰還して早々、ツナ太が話し始めた。
「テンシがどうのとか抜きにして、ふつーに遊んでもいい気がしてきたんだ。あいつのチートスキルを破るのは大変だと思ってたけど、ここまで時間を使うなんてな…。」
それは薄々俺も感じていた事だった。テンシを倒さないと俺はBANされてしまうと、彼女と約束したが、所詮は口約束だ。テンシの親にそんな権限があるかも怪しいし、なにより彼女自身、あの夜の事を忘れてしまっているのではないかという気がする。
「あと、勝ってもすっきりしない!こう…別の見えない何かと戦っている気がする!」
ツナ太の言葉に、軽い衝撃を受けた。別の何か…。つまり、相手とは別の方向を向いて、戦っているという事。それは、相手へのリスペクトが欠けているのではないか。そうまでして、テンシを倒す必要があるのだろうか。そうまでして…死体を眺める必要はあるのだろうか。自分は、一体どこを向いているんだろう。
「俺も、ちょっと…ツナ太の言う事に、一理あるかも…なんて…。」
気付いたら、俺はそう言っていた。
みんなで集まってゲームして、色々な戦術を試して、新たな発見をして。それで、いいじゃないか。
トウカは、どう思っているんだろう。目的に一直線だったトウカは。横目で見る彼女は、澄んだ眼差しに複雑な感情を秘めている気がした。
「えーと…私も、皆がそういうならそんなに執着しないかなーって。」
それが本意だったかは分からない。…トウカがこの間言っていたことを思い出す。
―だって、テンシを倒すには絶対に私のバフを頼ってくれなきゃだめでしょ?そして、それだけじゃ勝てないから私はみんなを頼る。あぁんっ!頼り頼られーッ!
それは、皆がテンシを倒したいという前提があったからこその「頼り、頼られ」である。その前提が崩れた今、あれほどの執念を見せていたトウカが冷めてしまってもおかしくはない。
「…ハリは、どっちでも良いよ。皆と遊べたら、それで楽しい。」
それが、決め手になった。
「よっしゃー!勇気を出して話して良かったぜ!これで心置きなく、敵をぶっ潰せるぞー!」
ツナ太の喜びようは大げさで、俺達は苦笑いしてしまった。今まで俺達は、何に真剣になっていたのだろう。途端にばかばかしい気持ちになった。普通にゲームをプレイしている人たちと同じ方向を向いて、正しくプレイしたら良いじゃないか。
その後、俺達はハリが眠くなるまで遊んだ。




