第19話【特訓開始!】
楽しい時間はあっという間だ。十八時になると、八鍼が「おかーさんからラインきちゃった。そろそろ帰らないと」と言って解散になった。名残惜しいが、仕方がない。
帰りは、俺と桃香で八鍼のことを駅まで見送っていくことにした。夕方だっていうのに、東京の夏は蒸し暑い。少ししか歩いていないのに、もう桃香の家の冷房が恋しくなった。
駅までの道で、さっきまで桃香や八鍼と一緒にやっていたパーティゲームについて話した。凛天堂の人気キャラクターが双六をして、星やお金を集めていくゲーム。四人用だったので混ぜたCPUが、最後のターンの大逆転チャンスでまさかの一位になってしまい、みんなで爆笑した。あの時間は、間違いなく正しい栄養素だった。
俺も、今からみんなと同じ方向を向いて人生を楽しんでも大丈夫なのかな。アスファルトの上には、三人の影が仲良く同じ方向に揺れていた。
「…むー。せんぱいたちと、もっと遊びたかった。八鍼、はやく大人になりたい。」
八鍼がぽつりと寂しそうに言った。
胸は立派な大人だけど…。そう頭の中で呟いたら、ギンッ!という効果音と共に桃香が眉間に皺を寄せて睨んできた。え、なんで俺の考える事が分かるんですか。
「そ、そうだ。みんな遊び足りないよな。帰ってからイグコネやろうよ。八鍼も仲間になったし、本格的なテンシ対策を始めるんだ。」
「視ちゃん、名案!…だけど、八鍼ちゃんは夜、大丈夫?」
「八鍼、そこまで子供じゃないよ。ちょっとくらいなら、よふかし、おーけー。」
八鍼が指でOKサインを作って見せた。よし。みんなと、まだまだ遊べるぞ。
嬉しい気持ちで胸が暖かくなったところで、N駅の前まで着いた。八鍼とはここで一旦お別れだ。
「…視せんぱい、桃香せんぱい。見送り、ありがとうー。」
「おう。気を付けてな。」
「また遊ぼうねー!」
俺達が手を振ると、八鍼も控えめに応えて、トコトコと改札の向こうに居なくなってしまった。後で遊ぶとはいえ、リアルでの別れは喪失感に似た寂しさがある。そんな気持ちを、桃香も感じているのだろうか。
「…じゃあ、視ちゃん。また後で。」
「おう。」
短く言葉を交わし、俺達はそれぞれの家に帰った。
―
そして今、俺は夜のイグニテラにいる。
元々はテンシを倒す事が目的だったのに、色々あった。ようやく八鍼を含めて、テンシ対策のチーム練習が出来る。正直なところ、テンシを倒して死体を眺める事より、皆と遊べる事の方が楽しみになっている俺がいた。
「やっほー!ケンちゃん。早いねー。」
「まあ、な。ちゃんとメシ食ったのか?」
「うん!作り置きをパパっとねー!」
今日はずっと桃香尽くしで、夜も一緒に居る事が恥ずかしくて、何となくスカして答えた。トウカも、大げさに元気よく話しているような気がする。
「ケンちゃんこそ、ご飯食べて来たのー?」
「姉貴と食いに行ったよ。結構最近出来た…ほら、お前と名前が似ている食堂。」
「何それー?そうだ、今度一緒に夕ご飯食べに行こうよー。ウチの親、しばらく出張だから、いつも一人で寂しいんだー。」
「おう。姉貴も喜ぶんじゃないかな。」
「抜け駆けは…許さんぞー!」
「わわ!ツナ太さん!」
トウカといい感じの雰囲気になっていたのに、それを巨漢の男の叫びが破壊してしてきた。二日ぶりなのに、えらく久しぶりな気がする。
「ケン君!昨日は学校の友達とやるって言ってたから我慢してたけど、今日は俺に全く連絡なしで、トウカちゃんと二人きりじゃないか!くぅーっ!いつの間にキミは白状な奴になったんだよ!」
「いや、別に報告の義務なんて無いし…。」
「あるよ!俺達の仲だろう!?それに、みんなでテンシを倒すって話しもあるし!」
ツナ太の言う事は正論だ。元はと言えば、ツナ太のリプレイから始まった物語なのだ。当事者抜きで進めるのは、彼の言う通り白状というものだろう。俺は反省した。
「すみません…。でも、秘密兵器を連れてきたので、それで許してください。」
「そうそう。規格外の子だよ~、色々と。」
トウカがフォローしてくれた。
「へぇ、そんなに強いの?でも、ヨシさんに声かけちゃったからな。悪いけど…。」
「お!来た来た。おーい、ハリちゃん、こっちだよー。」
「だから、もう埋まってる…って、え!?」
トウカの呼びかけに応えて、トテトテとハリが歩いてきた。アバターのハリは、心なしかリアルの姿より大人びて見える。サイバーのスーツの光沢が眩しい。
そんな彼女を見て、ツナ太は分かりやすく目がハートになった。
「…ども。こっちのせんぱいは…?」
「自分…。ツナ太、と申します。タンクやります。敵が来ようとも、ハリさんには指一本、触れさせません。どうぞ宜しく。」
「あ…うん。よろしくね。」
前ステップで近づいてくるツナ太に対して、ハリは引き気味だ。それを見て、少しからかってやりたくなった。
「そういや、ツナ太さん。ヨシさんに声かけたって言ってましたよね。ハリ、悪いけど…。」
「いーやいやいやいや!声、かけてない!丁度一人空いてたんだよね!助かるぅー!!」
ツナ太はそう言いながら、高速でメニューを操作してダイレクトメッセージを打ち込んでいた。間違いなく、ヨシさんへの謝罪のメッセージだ。
さっきまでと打って変わってウキウキのツナ太に対して、トウカが悪い顔で耳打ちをした。その内容は聞こえなかったが、ツナ太の驚愕の表情で何を言われたかは分かった。
「え…あの胸で!?」
皆、反応は同じだ。
「悪かったわねー。ハリちゃんより小さくて。」
「い、いや。そういう訳じゃ…。ごめんよトウカちゃ~ん。」
「…トウカは、大きいよ。私のこと、許してくれた。心が、大きい。」
「ハリちゃん…。なんて可愛いの~!」
「むぎゅ。」
トウカはハリをぎゅっと抱きしめた。出会ってからまだ少ししか経っていないが、濃い時間を過ごしたからか、もう姉妹のように仲良しだ。男二人は、そんな彼女らを羨ましそうに指をくわえて眺めていた。
「ケン君…。俺は、このゲームに感謝してるよ。」「ええ…俺もです。」
普段、むさい男同士で格ゲーしていたのが、今では遠い昔のようだ。
「…さて。ハリちゃんも来てくれて、無事メンバーは揃ったね。テンシを倒すための作戦会議をしよう!」
ひとしきりハリから栄養素を得たトウカが、その場を仕切った。
「テンシ…って、誰なの?せんぱい。」
「そうか、ハリちゃんは知らなかったね。テンシって言うのは…。」
俺達は、ハリにテンシについて知っている事を教えた。テンシを倒せなければ俺はBANされてしまうのだが、昨日彼女と会った事は、ここでも伏せておいた。俺のイグコネライフは、この四人に委ねられている。
「…ふーん。みんながその人を倒したいなら、ハリ、手伝うよ。」
ぱーふぇくとなぶれいんは、理解が早かった。
「そうと決まれば、作戦会議だね!ケンちゃん、何か考えはあるの?」
「やっぱり肝心なところは俺任せかよ…。まぁ、無くはないよ。テンシを倒す、ゲームの仕様に基づいた合理的な策。」
「…ケンせんぱいの作戦、楽しみ。」
ハリからキラキラした期待の眼差しを受け、頬をポリポリと搔いてしまう。しかし、「ギン!」という効果音と共に恐ろしい視線を感じたので、必死に照れの気持ちを押し込めて、説明を始める。
「おさらいだが、テンシはアルティメットスキル『天上戯曲』を発現させることで変身し、脅威の戦闘力を手に入れる。ダメージをほぼ受け付けない鉄壁の防御力と、敵のシールド系アルティメットスキルを簡単に破壊する圧倒的攻撃力。これを簡単に発現させないことが重要だ。そして、その発現条件の一つは、敵からスキルを受けた回数であると予測できた。」
ツナ太やトウカと一緒に見たリプレイを思い出す。テンシは、被弾するスキルを「選んで」いた。大きな一撃を受けず、小さな攻撃を受けて被弾数をあえて増やしている。
「ただ、条件はそれだけじゃなさそうだ。毎回、発現する時の被弾数が違うからな。…とはいえ、奴に被弾数を稼がせないことは対策の一つとして有効そうだ。そこで、まずは単発スキル重視で戦闘を行う練習をしようと思う。」
「うん!さっすがケンちゃん、理にかなってるー!」
みんなからの異論は無さそうだ。
「実は、他にも練習というか、確認しておきたい事はあるが…。それは、身体を動かしながらで大丈夫だろう。行こうか、イグニテラ・パークに。」
「…なに、それ。」
ハリがきょとんとして首を傾げた。トウカやツナ太は、知っているようだ。イグニテラ・パークは、俺がテンシと出会った、フリープレイが出来るエリアだ。彼女は特殊な使い方をしていたようだが、本来はスキルを試し打ちしたり、モンスターやスキルのスポーン場所を確認したりする場所なのだ。今回の練習場所にピッタリである。
―ぐほおぉおおぉお…お…ぉ……。お?
奴の凄絶な仰け反りやられ姿がフラッシュバックする。いかんいかん。
「…ふりーぷれい。スキル撃ち放題。楽しそう、だね。」
可愛いハリの姿を見て落ち着こう。背後に鋭い視線を感じるが、気にしない。
彼女にフリープレイの説明をしているうちに、イグニテラ・パークに到着していた。門の代わりになっている木々の隙間から大きな月が見える。
「さあ、着いたぜ。とりあえず、スキルを取りまくるか?」
「そうしましょう。そして、良いスキルを手に入れたら、そのスキルを手に入れた場所をメモしておきましょう。どうやら、スポーン場所によって出現するスキルに傾向があるみたいだからね。」
「本番でも、同じ場所を探索したらそのスキルが手に入りやすいってわけだね!ああ、身体動かしたくてうずうずする!」
「うん。話はこれくらいにして、始めようか!」
打ち合わせが済むと、俺達は夜の公園ステージに散らばった。心なしかみんな、いつもより気合が入っている。当然、俺もだ。全員が、テンシを倒すという一つの目標に向かって、脚をひたすら動かしていく。向いている方向が同じというのは、こんなにも気持ちが良いんだ。
「…あったよ。ハリのお気に入りスキル。ぶい。」
―アタックスキル:ピアシングスナイプ
―射程無限の射撃を放ち、物理攻撃力の340%のダメージを与える
―物理タイプ
―クールダウン 30秒
それは、ハリと戦った試合で彼女が使っていたスキルだ。とんでもない高威力だと思ったが、やはりエピックスキル…高レアリティだった。
「おお、すごいね。どこで手に入れたんだい?」
「…実は、ちょっとズルした。ハリが良く陣取っている、丘の上。良くこのスキルが出るから、好きなの。」
「なるほど…じゃあ、ハリは丘の上のスキル傾向も知っているってことか。俺達にも使えるスキルはあるかな?」
「…うーん。無いと思うよ。」
あっさり。
「ねえねえ、視ちゃん。何も、みんなが単発の攻撃スキルを持つ必要は無いんじゃないかな?」
「ほう…何か考えがあるんだな?」
トウカは、自信満々に作戦を話し始めた。
それは…彼女らしい徹底的な方法で、テンシを追い詰める内容だった。
「た、確かに…。それなら、テンシを追い詰められるかもしれない…!」
「ふふーん。でしょ!」
「さすきん。」
ハリがギリギリアウトの誉め言葉を放った気がするが、上機嫌なトウカはスルーしてくれたので安心した。
「だが…あと一歩、足りない。テンシを倒すには、あと一歩。」
「何が足りないって言うのよー。」
「それは、テンシの強靭な防御力を突破する方法だ。トウカの作戦は、テンシの変身を止める策だが…。もし変身してしまったら詰み、というのは良くない。変身後の対策も考えるべきだ。」
「まあ、それはそうだね。…そういえばケン君。他にも練習しておきたいことがあるって言ってたね。もしかしてそれの事かい?」
「そうです。テンシを倒すには、特殊な性質を持つスキルが必要になる。それは多分、アルティメットスキル級になるだろう。そのスキルを、見つけ出さなきゃいけない。何としてでもだ。」
声に力が籠もる。それは、俺も皆と同じ方向を向いているからだろうか。それとも。
「ケンちゃん。見つけるって、どうやって?」
「それはもう、ひたすらに色々試すしかない。スキル合成や、特殊条件の達成。もしかすると、このフィールドに隠されたスキルがあるかも。とにかく、やってみよう。」
「…いきなり、雑な指示。」
「ぐっ。」
ハリに退屈そうにされるのが、一番心にダメージが来る。何とか、この場を盛り上げなければ。
「例えば、俺の固有スキルと、ハリの『ピアシング・スナイプ』を合成してみよう。どうなるかな?」
「…ちょっと、気になる。」
よし、興味を惹いたぞ。俺はメニュー画面を開き、スキル一覧から合成を行った。落ち着いている今だからこそ簡単だが、これを試合中にやるのは未だに慣れない。スキルの発動は脳内で完結できるが、合成や分配はメニューから操作になる。そのため、手を早く動かす技能も本作においては重要なテクニックだ。
「合成完了!どんなスキルが出来たかな…?」
「わくわく。」
―アタックスキル:ステルス・スナイプ
―一定時間、ステルス状態になる。再発動すると、射程無限の射撃を放ち、物理攻撃力の380%のダメージを与える
―物理タイプ
―クールダウン 40秒
「…なんか、普通だね。そのまま、合わさっただけ。」
「ぐぅ。」
ハリがしょぼんとして俯いた。手あたり次第に合成するのは、やはり無謀か。
「ケンちゃんの言う通り、強烈な切り札が欲しいというのは分かるよ。だけど、調べるにしてもとっかかりが欲しいよねー。」
「そうだな…。ツナ太さん、何か最近、ネットで珍しいスキルの情報とか落ちてませんでした?」
「うーん…。…あ、そうだ。Youtubeで見たんだけどね。試合開始10分後に現れるエピックモンスターが居るじゃないか。あれを3体倒したチームは、固有スキルがアップグレードされるらしいよ。」
「それは凄く気になる情報ですね!試す価値はありそうです。」
「ごー。」
仕事もせずイグコネの事だけ考えている情報通のツナ太さんのお陰で、何とか次のステップに進む手がかりを掴めた。
「その前に…。ハリちゃんの固有スキルって、何かな?」
「…『八咫烏』。敵との距離が離れているほど、スキルの攻撃力が上がるんだよ。」
ハリにぴったりのスキルだ。…名前の圧力が、俺の『ステルス』と比べて雲泥の差な気がするのだが気のせいだろうか。
トウカのスキルは回復効果が強化される『献身』、ツナ太のスキルはダメージ軽減の『鋼の肉体』。これらが全て強化されたら、何か別のシナジーが生まれるのかもしれない。
「エピックモンスターについて補足しよう。奴らは合計4体。丘の上のイグニドラゴン。アスレチック地帯に潜むイグニガーディアン。空を巡回している、イグニワイバーン。森の精霊、イグニフェアリー。一体倒すごとにレジェンドスキルが手に入る上に、三体倒せば固有スキルの強化がついてくる訳だね。つまり、相手に二体取られた時点でダメって事。ケン君、何から倒しに行こうか?」
「そうですね…。近場に居る奴で良いと思います。」
「じゃあ、ドラゴンかな。…ほら、あそこの丘に…。って、あれ?」
ツナ太の指差した方には、月明かりに照らされた丘が、主を失ってぽっかりと寂しい雰囲気を放っていた。
「おかしいな。誰かに倒されちゃったのかな?」
「ねえ、ツナ太さん。フリーモードって、エピックモンスター居ないんじゃない?ほら、ワイバーンも空に見あたらないよ。」
トウカの言う通り、空には満点の星空が広がっており、モンスターは小粒しか見えなかった。
「あちゃー。どうする、ケン君。」
「こうなったら、仕方がない。実戦の中で、エピックモンスターを狩る練習をしましょう!」
俺がそう言うと、トウカとツナ太はやっと試合が出来る、と盛り上がってくれた。だが、ハリは返事の代わりに大きな欠伸をした。
「ふゎ~。ねむ。」
あの胸でも小学生。フリーモードで遊んでいるだけで、もう寝る時間になってしまったか。
「ごめんな、ハリ。試合できなくて。」
素直に申し訳ない気持ちを伝えた。
「…うん。でも、皆と遊べて楽しかったよ。せんぱい達とも会えたし。」
「ん?ケン君。どう言う事だい?」
聞き捨てならない、と言わんばかりにツナ太が食いついてきた。
「やべ。…ツナ太さん、これには事情が…。」
「やばい自覚はあるんだね。まさか小学生とオフ会なんて。うらやま…いや、見損なったよ!ケン君!」
これ以上話をややこしくするとまずそうだ。
「みんな!明日は学校休みだよな?一日中遊ぶぞ!…そんじゃ、おやすみ!」
「おい、ケン君!話はまだ…おーい!」
俺はさっさとメニューを操作してログアウトした。ツナ太の怒りは、俺の残像に向けて放たれ続けていた…。




