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第18話【ぷんすこキング】

「…え?『この戦場は都合が良すぎる』の、意味?私、そんな事言ったかな…。」


 放課後、特に約束をせずともイグニッション・コネクトにログインして集まっていた。俺達にとって、それはもう生活の一部のようであった。今日は、ハリも一緒だ。


「うん。だから、って言ったら責任転嫁になるけど、あの試合が台本なんじゃないかって思ったんだよな。」

「ケンちゃんひどーい!しくしく。」

「と、とにかくだ。あの時に四発目のスキルを温存して俺の事を待ち構えていた、そのネタバラシをしてくれ。」

「…えーと、ね…。あんなに都合良く狙わせてくれる時って、大体、自分に危険が迫っている時なんだよね…。だから、罠を張ってみたんだ。もしかしたら、罠にかかった人をキルできるかもしれないから…。」


 ハリは、独特のテンポでぽつりぽつりと言った。俺とトウカは、きょとんとして聞いているしかなかった。


「つまり、だ…。プレイヤーとしての、勘?」

「勘。」


 ハリはサムズアップして答えた。勘、というのはあの時に彼女が言っていた事でもあった。だが、その意味合いは当時とは違って聞こえた。ハリは、周りの様子など気に留めず、戦場の流れを感じ取って、敵襲を予測したというのだ。


「ケンちゃん、この子、逸材だよ!…改めまして、よろしくね!ハリちゃん。私の事はトウカって呼んでね!」

「ひっ!」


 握手を求めたトウカに対して、ハリがビクっと身体を震わせて一歩下がった。明らかに怯えている。昨日、トウカに首を折られたのがトラウマになっているのだろうか。


「い、いじめないで…キングオブトウカせんぱい…。」

「その名前で呼ぶなー!」

「いひぃいん!ケンせんぱい、助けてぇ…。」


 ハリは俺を盾にして、トウカから隠れてしまった。むにっと背中に柔らかい感触が当たる。デカすぎんだろ…。思わず、俺は表情を緩ませてしまった。


「…!」


 それを見てか、トウカは「ギン!」と眉間に皺を寄せて俺を睨んだ。あまりの眼力に、俺もハリと一緒に身を竦ませてしまう。


「ひぃっ…トウカ様、どうかお怒りを鎮めて…。」

「ゆ、ゆるして…。」


 二人してキングに頭を下げる。だが、それは逆効果になってしまった。


「何よ何よ!昨日から、何なのよ!全部私が悪者みたいな扱いじゃない!もういい、今日はもう落ちるから!ケンちゃんのばかー!ハリちゃんのあほー!」

「ちょ、トウカ!待てって…。」


 トウカはひとしきり叫んだ後、乱暴にメニューを操作して、そのままシュンと風切りのような音を立ててログアウトし、居なくなってしまった。


「ご、ごめんね、せんぱい。私のせいで…。」

「…良いんだよ、ハリ。俺が悪いんだ。…うーん、どうしよう。」


 トウカは今頃、凛天ギアを放り投げて、布団を被ってふて寝でもしているだろうか。彼女を放っておくわけにはいかない。だが、ハリを招待しておいて一人にしておくのも悪い気がする。トウカか、ハリか…。目の前のバーチャル空間に、選び難い二択の選択肢が表示されているように見えた。


「…私は、放っておいていいよ。どうせ、一人だったし…。」


 そういう事を言われると、ますますトウカを追いかけにくくなる。どうにか、上手い方法はないものか。二人の間に沈黙の時間が流れると、嫌でも周りの会話が耳に入ってきた。


「今日、イグコネ終わった後、打ち上げしようぜー。場所は…。」


 リアルの知り合い同士でプレイしてるのか。楽しそうだな。

 …リアル、か。その単語を聴いて、ハリのXアカウントの画面がフラッシュバックした。確か、現在地に「都内」と書かれていたはずだ。もしかしたら、俺には第三の選択肢があるのかもしれない。


「ハリ。俺、N駅の周辺に住んでて、トウカもその辺なんだ。実は幼馴染でさ…。」

「え!そう、なんだ。ハリの住んでいる所からすっごく近い。びっくり。」


 そう言って教えてくれた最寄り駅は、電車で十分くらいの距離にあった。俺は、神の巡り合わせに感謝した。

 出会ってから一日でこんな事を言うのは気が引けるが…。今は、なりふり構っていられない。


「なあ。このままゲームしても気まずいままだしさ…。今から一緒に、トウカの家に行って謝らないか?」


 言葉にして、後悔が襲ってきた。俺らしくない攻めすぎの選択肢を、後先考えずに選択してしまった。

 だが、意外にも明るい返答が返ってきた。


「良いよ。せんぱい、良い人だったし、現実でもお友達になれたら嬉しいと思っていたんだ。キングオブトウカせんぱいにも、悪い事しちゃったし…。謝らないと、だね。」

「ハリ…!ありがとう。でも、トウカの前でその名前は厳禁な…。」


 快く了承してくれたハリと、連絡先や集合場所などを軽く打ち合わせして、ログアウトすることにした。トウカに謝る気持ちより、ハリと会う楽しみの方が心の中で膨れ上がっていくのが、自分で嫌になった。


―N駅、南口前広場


 N駅前では再開発工事の音が、ひっきりなしに夏の青空に響いていた。商店街に接していて観光客の出入りが激しい北口と違い、南口の人通りは落ち着いている。合流に手間取る心配は無いだろう。

 集合場所の改札前に着いてしばらくすると、ハリから「そろそろ着くよ」と、彼女らしい短文のメッセージが届いた。俺は「こっちは着いてるよ。グレーのTシャツ着てるから目印にしてね」と返した。初対面だと思って親切に書いたが、俺達はバーチャルで顔を合わせている。イグコネは大きく顔を弄ることは出来ない仕様のため、俺の顔を見れば気付くはずだ。今になって、ちょっとだけアバターを加工したのが恥ずかしくなった。

 そして、改札の向こうに見覚えのある女の子が見えた。間違いない、ハリだ。俺は手を振って合図し、ハリはこちらに気付くと控えめに振り返してくれた。


「こんにちは、せんぱい。さっきぶりだね。」


 ハリは財布を改札機に当ててこちら側に来ると、バーチャル内と変わらない透き通った声で挨拶した。

 声だけでなく、顔つきも…体つきも、アバターと一緒だ。小さな身体に詰め込まれたパンッパンにふくらんだ胸、幼いキュートな顔つき。恐らく、一つもアバターのステータスを弄っていないと思う。タンクトップにショートパンツというシンプルな服装が、その抜群のスタイルを際立たせていた。


「こんにちは。ハリちゃん。アバターそのままの見た目だね。」

「せんぱいも…まぁ、うん。」


 なんだよ。


「キン…じゃなくて、桃香せんぱいの家は、どっち?」

「こっち。線路沿いにあるマンションに住んでるんだ。」


 俺は、その方向を指先で示した。家に行くのは小学生の時以来だが、目立つ場所にあるので迷うことは無いだろう。


「じゃ、行こうか。」


 俺達は線路沿いの道を歩き始めた。道中、気になっていたことを話題に出してみる。


「実は、ケンって俺の本名なんだけどさ。ハリちゃんは、ハンドルネーム?」

「…や、せんぱいと同じ。本名だよ。Xのアカウントの名前、そのままだよ。」


 それは、少し意外な答えだった。脳内で、彼女のアカウント名を思い出す。確か、『八鍼』。カッコいい名前だ。名付け親の顔が見てみたい。

 ハリ改め八鍼に対して、調子に乗って質問を重ねていく。


「じゃあさ。今何年?俺と桃香は同じ高校二年なんだけど。」

「六年生、だよ。最後の夏休み、もうすぐなんだー。」


 ?


「…六年生?」

「ん。」


 俺は頭が真っ白になった。

 中学に六年生は無いよな。つまり、小学、六年生ってこと?

 この胸で?

 確かに、背はちっこいし、顔はお子ちゃまだけど…。

 え、この胸で?


「どうしたの、せんぱい。固まっちゃって。」


 八鍼が顔を覗き込んでくる。前かがみになった彼女の胸元が、艶を放っていた。俺は拳を握りしめて感情を押し込めて、雲一つない青空を見上げた。


「俺も、この空のように純粋な気持ちに戻れれば良いのに。」

「いみふー。」


 よし、深く考えることはやめよう。世界は広い。海は深い。小学生のおっぱいだって、デカい事がある。森羅万象、全ての事象を受け入れよう。

 そんなことを考えている内に、桃香の住むマンションの前に到着していた。かなり駅近の物件で、子供のころから羨ましかったのを思い出した。八鍼も「さすがキング、おっきいー」と目を輝かせている。キングは禁句だぞ。

 マンションはオートロックだった。インターホンの前に立つと、八鍼との会話で薄れていた緊張感が戻ってくる。重い指先で、時間をかけて桃香の部屋番号を入力し、呼び出しボタンを押した。ピーンポーン、という音が、戦いの始まりを告げるゴングのような感じがして、嫌な汗が出た。数秒して、聞き慣れた幼馴染の声がインターホンから聞こえてきた。


「視ちゃん…。と、後ろの子はもしかして。」

「八鍼、です。謝罪しに来ました。ぺこり。」


 俺が口を開くより先に、八鍼が直球を投げてくれた。こういう時、子供の素直さが助かる。


「…そういう事だ。さっきはごめん。会って、くれるかな。」

「わわ。このご時世、いきなり凸ですか…。いやまあ、うん。とりあえず入ってよ。」


 桃香も心の準備が出来ていなかったのか、戸惑いを見せつつ、最初の関門はあっさりと突破させてくれた。がむしゃらに後先考えずに行動したのが功を奏したのかもしれない。

 マンションの玄関は開けてもらったが、二重オートロックだったので、部屋の前まで着いたらまた桃香に鍵を開けてもらって、部屋に上がった。桃香は制服のまま出迎えてくれた。


「視ちゃんが来るの、すっごい久しぶりだね。八鍼ちゃんもわざわざありがと。」


 俺と八鍼は、薬師井家の生活感溢れるリビングの椅子に座り、机を挟んで桃香と対面していた。親は二人とも出張中とのことで、今家に居るのは俺達だけだ。桃香の雰囲気は、喧嘩別れした時よりは幾分か和らいだものの、まだピリピリとした空気を感じる。窓の外から聞こえる電車の音が、やたら大きく感じた。


「桃香せんぱい、変な名前で呼んでごめんね。もう、怒ってない…?」


 八鍼が上目遣いで桃香を見て、もじもじと言った。なんというあざとさだ。これには桃香も一瞬で戦意喪失といった感じで、頬を掻いて気まずそうにしている。そして、意を決したように口を開いた。


「いや、別に名前はどうでもいいんだけどね。…むしろ私も、年下に対して大人げないというか、なんかムキになっちゃったっていうか…。ごめんね!」


 桃香は、手を合わせて大げさに頭を下げた。それを見て、俺はほっと一息ついて安心した。昨日も反省した事だが、最近、桃香の事を化け物か何かと勘違いしていたらしい。彼女だって、ちょっと変な感性を持っているけど、皆と仲良くゲームがしたいだけの女子高生なのだ。


「わーい。仲直りだー。」


 八鍼がパッと表情を明るくして言った。高校生二人は、頬を緩ませてしまう。


「八鍼ちゃんって、ゲーム中はミステリアスな感じだけど、リアルだとお子ちゃまな感じだね。可愛いー。」


 桃香の言っていることは、俺も感じていた事だった。今の八鍼からは、あの死神のようなスナイパーの雰囲気は微塵もない。


「むふー。凛天ギアのおかげで、八鍼のじーにあすぶれいんがぱーふぇくとに進化しているのだ。」

「なんかちょっと怖いな、それ…。」


 凛天ギアは、ヘッドギア自身が脳の一部となり、疑似的に容量を拡張することでフルダイブを可能にするという仕組みだ。理論的には、八鍼の言っているように、頭が良くなる事はあり得るのだが…?


「ねー。ゲームしようよ。あの部屋からゲームの匂いがするよ。くんくん…。」


 八鍼が鼻をピクピク動かして、桃香の部屋の方に歩いて行った。なんという嗅覚。


「もう。仕方ないなー。あまり片付いてないけど、文句言わないでよー。」


 そう言いながら、桃香は嬉しそうだ。席を立ち、部屋のドアを開けて先に入った。八鍼も「わーい」と続いていく。俺は何となく遠慮して椅子に座ったままでいると、部屋の中から桃香の声が聞こえてきた。


「ほらー。視ちゃん、何してるの。さっさとおいでー。」


 勝手に遠慮するのも、桃香や八鍼に悪いよな。俺は、昔ここに毎週のように集まっていた感覚を思い出しながら、ゆっくりと桃香の部屋に向かった。



「は?八鍼ちゃんって小学生なの!?その胸で!?…ギンッ!」

「その眼、怖いからやめて…。」

「ぶい。」


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