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第15話【狡猾な死神】

―翌日


「ねぇねぇ、視ちゃん。昨日のイグコネだけどさー。」

「昨日…。」


 昼休み。俺はまた、桃香に連れられて屋上への階段に二人で座っていた。

 当然、話題はイグニッション・コネクトについてなのだが、俺は昨日あった事を素直に桃香に話すべきかを悩んでいた。


―下郎。あなたの言い分は分かりました。この私の不敗神話を終わらせるのは、他ならぬ下郎であると。


 図らずも、テンシとは因縁が出来てしまった。彼女を倒さなければ、俺はBANされて、永久にイグニテラの地を踏めなくなってしまう。そして彼女も、誰かに倒されることを深層心理で望んでいる。

 それなら、俺が、テンシを倒して…気持ちよく…。


―き、っきききき、気持ち良くなんて、あ、ああああ、ありありありませせ…。

―ゴー!トゥー!ヘヴウウウウウウゥゥゥーーーン!


 やめておこう。

 誰かに話したら地獄行きって言ってたし。俺はこの記憶をしばらく封印することに決めた。


「どーしたの?視ちゃん。なんか上の空だね。」

「別に…。昨日の試合の事を考えてただけだよ。」

「そうそう!ツナ太さんと…ヨシさん?だっけ。四人でやったやつね。」


 とっさに言ったのだが、会話が繋がった。そして桃香の言葉を聞いて、テンシとの体験が濃すぎて脳内の隅っこに追いやられていた記憶を呼び覚ました。俺達は、テンシの対策のために四人で夜まで対戦をやり込んでいたのだった。


「あれ、どう思った?」

「どう、って…。」


 記憶の中の試合内容を咀嚼し、言語化してみる。


「しっくりこなかったな。」


 俺の口を衝いて出たのは、思ったより残酷な言葉だった。


「…えー!視ちゃんひどー!楽しそうにプレイしてた癖にそんな事思ってたなんて…。チクっちゃお。にしし。」

「お、おいおい…。ハシゴ外すなって。お前だってぜってー思ってたろ。」


 対面して、テンシは最高の『やられ方』をするために、本気を出して試合に臨んでくるだろう事が分かった。

 そんな彼女に対して、本当にあのメンバーで勝てるのであろうか。どうしても、そのビジョンが見えなかった。


「うーん。しっくりこなかったと言うより、これじゃ勝てないなって思ったね。あのメンバーで練習してもダラダラ時間浪費して終わりになるよ。」

「うわ、もっと直球で辛辣。」


 言いにくい事を言わせるのであれば桃香は一級品だ。


「てか、お前そんなにストイックなキャラだっけ?」

「昨日伝わらなかったかな。私は目的を決めたら一直線だよ。そして今はテンシを倒すのに本気。マジ!」


 桃香は栄養素を接種するために本気な奴だ。そして、その精神は他の事にも通じているということか。


「だって、テンシを倒すには絶対に私のバフを頼ってくれなきゃだめでしょ?そして、それだけじゃ勝てないから私はみんなを頼る。あぁんっ!頼り頼られーッ!」

「結局それかよ。」


 堕天モードのテンシの死体を眺めるのが目的の俺よりは健全なだけに、何も言えない。妄想だけで栄養素を接種してクネクネしている桃香を軽くチョップして現実に戻してやった。


「…本題に戻ろう。ツナ太さんが連れてきてくれたヨシさんは、腕前としては問題なかった。俺達だって人の腕にケチつけられるレベルじゃないし。ただ、な。」

「立ち回りに、芯が無かったよね。」


 俺は言葉を濁して、本音をスパッと話してくれる桃香につい甘えてしまう。男としてこれではいけないと思い、続きを俺が繋ぐ。


「うん…。ヨシさんは、指示に従って距離を保ちつつダメージを出すことは良くできている。ただ、それだけだ。尖った部分も持っていないし、個性を出した立ち回りを探そうともしない。」


 言葉にして、なんて酷な事を言っているんだろうと思った。別にいいじゃないか。それで。だが…。


「テンシを倒すには、強烈な個性が必要だよね。具体的には、遠距離からの強烈な一撃!DPSなんかより、一撃必殺の火力で、テンシやその取り巻きを倒すんだ。」


 そう。俺達の相手は、あの不死身の天使だ。生半可な火力じゃ倒れない。その火力は俺と桃香…そしてツナ太が持ち合わせていないものだ。だからこそ、残るメンバーは重要な役割を担うことになる。


「あーあ。昨日コテンパンにされた試合にいた、あのスナイパーが仲間だったらなー。」

「…無いものねだりしてもしょうがないだろ。」


 桃香の言った、スナイパーという単語に思わず身震いしてしまう。それくらい、あの試合はどうしようも無かった。奴はまるで、狡猾に命を狩る死神のような―。



《いやあああああぁっ!…ケ…んっ…………。》


 耳をつんざくようなトウカの悲鳴。

 ステータスを見ずとも、ボイスチャットから聞こえてきたその声だけで彼女が戦闘不能になったことが分かった。


「ツナ太さん、ヨシさん。俺が起こしに行きます。もし戦闘になりそうなら報告するので、その時は皆も来て下さい!」


 二人から、《おう!》《了解!》と、テンポ良く返答が返ってくる。チームからの了解は取れた。マップを確認して、トウカのもとに向かうことにする。

 今日、初めてのトウカの戦闘不能状態を眺められる事に胸が高まる。今までの敵は不甲斐なさ過ぎて、生存能力の高いトウカはゲーム終了まで生き残っているか、最後に死ぬかのどちらかだったのだ。そう、最後まで…。

 俺は嫌な予感がして、足を止めた。あのトウカが、試合序盤からヘマを犯した。そんなことがあり得るのか?しかも、交戦報告も無いままいきなり断末魔で事後報告してきたのだ。ここは慎重に行くべきだろうか?

 だが、こうしている間にもトウカの復活可能時間は刻一刻と失われて行っているのだ。俺は結局、勇気を出して一歩を踏み出した。


「トウカ!」


 道中、接敵することもなく戦闘不能になったトウカへたどり着いた。彼女は仰向けになってお腹を押さえて倒れている。非常に栄養素な光景だ。このまま眺めていたいとも思うが、そんな事をしては俺にとっての栄養素が本当は「起こす事」ではなく「眺める事」だとバレてしまう。

 周りに敵も見当たらないので、『ステルス』は使用しなくても良いと思った。そして、トウカを起こせる範囲に一歩一歩近づいていき…彼女の傍に寄って、手をかざしたその時であった。


「うっ!!」


 頭を針が貫通したような、鋭い衝撃が走る。それは瞬時にして、自分のHPが0になった事が分かるほどの威力であった。俺はそのまま崩れ落ち、冷たくなったトウカの上に重なるようにして倒れ込んだ。

 遥か遠くの丘の上から、こちらを狙いすました銃口が妖しくギラリと光った。



「あれはちょっと…えっちだったねぇー。」


 桃香は目を細めて、顔を赤らめた。同じ記憶を思い浮かべていたのだろう。俺は倒れた拍子に頬に当たったトウカの胸の感触を思い出し、思わず頬を手で触れてしまった。


「…そんな事より、スナイパーの話だよ。」


 俺は慌てて軌道修正した。


「まさか復活待機状態の人を餌に、他の人を釣るなんて。やっていることがえげつないよ。」

「そうだねー。それを栄養素にしている私達とはサイアクの相性だ!許すまじ。」


 栄養素云々は俺らが勝手に拘っているだけだが。


「結局、あの後に残ったツナ太さんとヨシさんはスナイパーとは関係ない所で死んで終わったんだよね。」

「そう。それの意味することが分かる?」


 いきなり真剣な顔になった桃香にドキっとする。この眼は、昨日と同じ…マジの眼だ。


「何って…何だよ。また味方のディスか?」

「違う違う。私ら二人は、スナイパー単独の作戦にやられたって訳。」


 それを聞いて背筋が寒くなった。状況を考えると、桃香の言う通りだ。

 まず、俺がトウカのもとに着いた時に敵の気配は無かったこと。そして、俺達二人はスナイパーの銃撃のみで戦闘不能になり、トドメを刺されたこと。極めつけに、ツナ太とヨシさんはスナイパーには逢わず、別行動してやられたこと。もしこれがチーム戦術なら、かなり不自然だ。凄腕のスナイパーを軸に戦っているのであれば、その周りで戦闘するべきだろう。つまり、スナイパーはソロの可能性が高い。


「ソロプレイで、死体を餌にさらなるキルを狙う死神のようなスナイパー…。一体どんな奴なんだろう。」


 俺は、ドクロの仮面をつけて全身黒ずくめのローブで覆った、ホラーに出てきそうな化け物を想像して身震いした。


「気になるでしょー?実はね。SNSで軽く検索したら見つかったよ。プレイヤーネームは八鍼…ハリ。」

「まじか!?」


 ほれ、と桃香はスマホの画面を見せてきた。そこにはハリのXアカウントが表示されていた。フォローも、フォロワーも非常に少ない。自己紹介には「イグコネ」、現在地欄には「都内」とだけ書かれている。そして、そのポストの内容は淡泊なものであった。


―だれかー #イグコネ募集 @3 返信2件 リポスト0 いいね2

―ひま #イグコネ募集 @3 返信2件 リポスト0 いいね0

―ゆるぼ #イグコネ募集 @3 返信2件 リポスト0 いいね0

―…


 要は、イグニッション・コネクトを一緒に遊ぶメンバーをあと三人募集しています、という旨を端的にまとめたポストだ。返信を見てみると、無事に集まったポストの方が少なく、一人も集まらなかったポストのほうが多い位であった。


「えーと、これがスナイパー?」

「そうだよ。履歴で見た彼女の名前と一致してたから間違いない。」

「あ、女の子なんだ…。」


 トウカは思ったよりこいつの事が気になっていたらしい。昨日は珍しくさっさと落ちていたのは、彼女をエゴサしていたのか。


「このアカウント、イグコネのために作ったみたいだね。…ほら、これが最初のポスト。」


―イグコネのベータテスト参加するよ。よろしくー 返信0件 リポスト0 いいね2


 全く面白みのない、当たり障りのない…だが親しみの持てるポスト。


「おいおい、これがあの恐ろしい死神の正体なのか?」

「ふふん。なにさ、ビビってたの?この子の本性は臆病で、寂しがり屋さんなんだよ。だから隠れてコソコソと作戦を実行するし、それに理解を示してくれる、頼れるメンバーを探しているんだ。」


 自信満々に桃香は言った。その言葉を聞いて、脳内に巣くっていた死神のイメージが、部屋の隅で震えながら銃を抱いている少女に置き換わった。

 なるほど、最初から彼女はスナイパーに恐怖を抱いているような感想は一言も言っていなかった。俺が勝手に怖がっていただけだ。自分の事が恥ずかしくなる。


「スナイパー…ハリについては、まあ分かった。で、何の話だっけ。」

「言ったでしょ?スナイパーを仲間にしたいって。」


 元はと言えばテンシを倒すために超火力が必要なので、その仲間として適任の人を探しているのであった。その点、ハリは実力は申し分ないし、チームメンバーをわざわざ募集しているくらいだから勧誘は容易に見える。


「じゃあ、ハリの対戦募集に直接返信してみようか。そうしたらきっと…。」

「違うよ。ハリちゃんが対戦に入るのを見計らって、私達も対戦に潜るの。そして相手にハリが出てきたら全力で叩き潰す!名付けて、スナイパーのハートをスナイプ作戦!」

「…は?」


 桃香は俺をビシッと指さして、謎の作戦の開始を告げた。



《おかえりなさい!今日のログインボーナスは、ランドセルです!受け取るには…》


「トウカの奴、何考えてるんだか。こんな所で待ってろだなんて…。」


 放課後、トウカにLINEで「過疎ロビーで待機しててねっ!私は準備してから行くから。」と言われた俺は、その指示通りにしていた。

 数分ほどリプレイを見て暇をつぶしていたら、トウカが見覚えのある二人を連れてやってきた。


「おいっすゥー!ケンちゃん、待ったー?」

「気が遠くなるほど待った。…ええと、念のため聞いておこうか。この二人は?」

「ケンちゃんのクラスの、高島くんと平山くんだよ~。」


 その二人は、昼休みにトウカと会合した後、必ず声を掛けてくる奴らだった。高島は野球部で、平山はサッカー部だっけか。クラスでは違うグループに属しているので、正直、あまり話した記憶は無い。まさかこいつらも凛天ギアを買っていたなんて…。スポーツにしか興味が無いと思っていただけに、ちょっと意外だ。


「中野!お前、羨ましすぎるぞ。薬師井さんと隠れてこそこそイグコネやってただなんて。」

「そうだそうだ!俺達も混ぜろ!」

「お、おう…。トウカ、ちょっと。」

「ん-?」


 意味の分からない状況に、トウカを寄せて耳打ちする。


「なあ。何なんだよこいつら。ハリのスカウトと関係あるのか?…まさか、こいつらの筋肉で釣ろうとしてる?」

「お!いい事言ったね。そう。筋肉で、釣ろうとしてるの。」


 冗談がまさかの正解だったようだ。…だが、意味はまるで分からない。


「おーい、コソコソと怪しいぞー。」

「ごめんごめん!じゃ、今日はちょっと倒したい人がいるから、協力お願いね!」

「おうよ!例のスナイパーの事だな。薬師井さんのためなら何でもするぜ!」

「ん、今なんでもするって言ったよね?私、頼っちゃっていいのね?あぁんっ!私の事も頼りにしていいのよー!」


 急にスイッチの入ったトウカはさておき、ハリの事は既に二人にも伝わっているようだった。


「おっ、ハリちゃんも対戦待ちになった。私達も行ってみよー!」


 むさくるしい「おう!」という声が、人のまばらなバーチャル空間に響いた。


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