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第14話【天上の戯れ】

 気付けば、リプレイ画面は何人かのギャラリーに取り囲まれていた。彼らはテンシについての感想を口々に話し合っている。


「…終わったかー?」


 ツナ太は微妙に不機嫌になっていた. た。あのやられっぷりを衆目に晒してしまったのだから無理はない。


「あ、ああ。なんというか…。ご愁傷様です。」

「おいおい!感想それだけかよ。あいつを倒すんだろ!」


 そうだった。あまりの圧倒的な実力に感想を失ってはいけない。絶対に、テンシの死体を眺めてやる。


「すみません…。それじゃあ、軽く情報を整理しましょう。まずはチーム構成からです。前衛は、物理攻撃で戦うテンシ一人。後衛は、魔法で支援や攻撃を行う三人。間違いなく、フルパですね。」


 フルパ…フルパーティ。四人全員がフレンドで、他人を混ぜずにチームを組んでいるということだ。これによるメリットはもちろん、気の知れたメンバーで準備してきた戦術を行えることだ。なお、現状イグニッション・コネクトにおいてガチ対戦するなら、フルパにすることが必須とされている。将来的にはソロプレイ専用モードが実装されるようだが…。


「とりあえず、俺達もフルパで対抗するべきだろうな…。まあ、それは置いておこう。次に、テンシの基本戦術だ。奴らは速攻を仕掛けてきて、こちらのファームを奪ってくる。これの対処を考えなきゃならない。」

「そうですね。例えば、四人で集まって全力でテンシともう一人を倒しに行く。相手もスキルが集まっていない状況だから、上手く行けばテンシを上回る速攻が決まるはず。もしくは、テンシらを無視して、孤立しているあとの二人を倒しに行くか。」

「様々な対処法が考えられそうだね。具体的にどの方法を採用するかは、全体的な方針を決めてからにしよう。」


 ツナ太の言う通りである。この序盤の対処は、速攻でテンシを倒した方が望ましいか、それともじっくりとスキルを集めてから挑むか、その戦法が決まれば自ずとどうすればよいかが分かるだろう。


「では、次にテンシ自身の戦い方です。リプレイから分かるのは、薙刀を使う物理近接キャラクターであること。序盤にわざとダメージを受けて体力を減らすこと。何らかのトリガー…恐らくダメージに関係する何かでアルティメットスキルが発現して、形態変化すること。形態変化後は、あらゆる能力が上がって、手が付けられなくなること。」

「うん。冷静に列挙してみたら、対処のしようはある気がするな。特に、このアルティメットスキルの条件が気になる。」

「そうですね。そもそもアルティメットスキルを発動させなければ、楽に勝てそうなものですけども。」

「よし、決まった。まずは条件を探ろう。それが分からなきゃ、何もかも決まらない気がするぞ。」


 ツナ太の提案で、テンシの対戦リプレイをひたすら漁り、どのタイミングでアルティメットスキルを発現するかを研究することにした。本作は、名前検索から自由にリプレイを閲覧できるオープンな仕様なのが助かった。テンシの真っ青な勝利で埋められた対戦履歴に眩暈がするが、その一つ一つを見ていこうと決心した時、涼やかな風を感じた。


「こんにちはー。ケンちゃん、ツナ太さん。何見てるのー?」

「おっ!トウカちゃ~ん、良い所に。実はね、テンシとかいう無敗のプレイヤーが…。」


 トウカは、ツナ太の話を楽しそうに聞いている。俺はそんな彼女と目を合わせることが出来なかった。


―私が、あなたの栄養素になったげる!


 ああ、心がムズムズする…。

「ね!」

「どわっ!」


 俺が放心していると、トウカが俺の顔を覗き込んできて、強制的に目を合わされた。しかも、凄く近い。顔と顔との距離は一センチも離れていない。


「ち、近えよ、バカ!」

「バカとは何よー!折角、私がそのテンシとかいう奴の事を倒す手助けをしてあげようってのにー!」

「ははは!勿論、大歓迎だよな?ケン君!」


 トウカの本性を知らないツナ太が、頬を緩ませて無邪気に喜んでいる。

 良いのか。トウカも俺も、あまり大っぴらにできない事情を持ってゲームしてるぞ。


「ほらほら、今リプレイ見てたんでしょー?続き見ようよ!」

「お、おう。」


 トウカに促されて、ウィンドウを操作する。リプレイが再生されると、トウカは「こいつがテンシかー!綺麗ー~!」「わわ!変身したぁーっ!」等とやかましく実況してきた。男二人で顔を突き合わせているより幾分か空気が良くなった気がして、ちょっと助かった。

 そして、肝心のリプレイの内容だ。見ているうちに気付いたのが、テンシはモンスターからの被弾が非常に少ない事である。アルティメットスキルの発現条件は、単純にHPを減らすことが条件という訳ではないらしい。そして、そのタイミングも試合によってまちまちだ。


「もしかして…。」

「どうした?トウカ。」

「見て、この人、当たるスキルを選んでいる気がしない?」


―威力の大きい一撃は避けているが、細かいスキルの被弾が多い。


 言われてみればそうだ。テンシは、どの試合でも単発系のスキルを避けて、ヒット数が多いが威力の小さいスキルには当たっている。やはり、トウカがアホの子なのは見かけだけで、頭はキレる。味方になってくれると頼もしい存在だ。


「まさか、スキルの被弾回数が条件なのか!?だから、モンスターからの被弾も最小限に抑えていたんだ。やつらの攻撃はきっとカウントしないんだよ。」

「…それかもしれない!発現のタイミングが違うのは、相手のスキルに条件が大きく依存するからだね。」

「すごーい!ケンちゃん天才だー!」


 しかし、確認のためにいくつかのリプレイを見返してみると、発現タイミングでのスキル被弾回数はまちまちであった。他にも条件があるのだろうか?


「うーん。被弾回数で決まりだと思ったんだけどなー。」


 トウカがつまらなさそうに口を尖らした。しばらく考えたのだが、すっかり、ドツボにハマってしまった。テンシはツナ太のスキルを「フツーのアルティメットスキル」と揶揄していた。それほど、彼女のアルティメットスキルは特別なんだろうか。


「なんにせよ、被弾回数は条件に含まれているんじゃないか。それなら、対策は簡単。単発スキル重視で、ビルドを組み立てよう。それで、条件の一つは満たせなくなる…と思う。」

「うん。それに加えて、取り巻きから倒すのも重要だと思う。単発スキルで削っていっても、回復されたり防御バフをかけられたら、いつかは発現されちゃうからね。」


 ツナ太の言う事にも一理ある。テンシの固有スキル『デスペラード』の存在もあり、バフ要員を残したままでは変身前の状態でも耐久されてしまうだろう。本丸を落とす前には、外堀から埋める、か。


「うんうん!戦術は決まったね。早速戦いに行く?」

「待て待て、トウカちゃん。気が早いよ。どんなスキルが必要かもはっきりさせたいし、どうやって取り巻きを倒すかも話しておかないと。」

「えー!今日、会議ばかりでつまんないですよー。」

「…まぁ、トウカの言う事も一理ありますよ。テンシと戦うのは無謀だけど、チームメンバーを四人固めて練習をしなきゃ、幾ら作戦を考えても実行できなさそうだからね。」

「そうだね…。それじゃあ、四人目をどうするか決めようか。トウカちゃん、今日、サッチーは居るのかい?」

「…んー?居ないよ。」


 トウカにしては歯切れが悪いな。何かあったのか…?


「オフラインだし、居ないなら仕方ないね。それじゃあ俺の身内を呼ぼうかな。…お、ヨシさんが居るよ。パーティバランス的に、丁度遠距離攻撃が得意な人が欲しかったんだよね。呼んでいい?」


 ヨシは俺も知っている仲で、昨日トウカ達と別れたあと一緒にプレイしたメンバーの一人だ。ツナ太の言うように、リボルバー銃を使った遠距離射撃が得意なプレイヤーで、トウカしか遠距離攻撃担当の居ない俺達にはピンポイントにズドンと刺さる人材である。


「俺は勿論いいよ。トウカは?」

「誰でもいいよ!やっと対戦だー!」


 その後、ヨシと合流して、その日は四人で遊び尽くした。勝率も悪くない。もはやベータテスターの実力を隠さなくなったトウカの実力は本物だったし、ツナ太は廃人プレイしているだけあってスキル回し等上達している。ヨシは無難に遠距離DPSとしての仕事をこなしていたし、俺は俺でステルスを使って安全にスキルを取得したり、敵を暗殺する方法などが上達して、この能力が悪くないものだと感じ始めていた。

 だが、何となくしっくりこないような…モヤモヤする感じが、胸の中に残り続けるのであった。


―深夜


「このままじゃ、寝られないよな。」


 皆がオフラインになった後、俺は何かに導かれるように、こっそりイグコネにログインした。理由は自分でもはっきりしない。今日の試合で思う事があったからか、ただの気まぐれか。もしかすると、イグコネで一回もプレイしていない、この遊びが気になっていたからかもしれない。

 イグニテラ・パーク。

 ロビーの一角に設置されているバトルフィールドを自由に動き回って、スキルを試し打ちできるモード。要するにフリープレイだ。


(えーと。このまま入れば、始まるのかな。)


 入場処理はシームレスに行われるようだ。眼の前に引かれているラインを超えれば、そこはフリープレイのフィールドだ。色々なスキルを試し打ちしているプレイヤーの姿も、ちらほら目に入る。少しの戸惑いを抱えつつ、足を前に進めてみる。

 身体がラインを超えるが、特に劇的な変化は無かった。もう、フリープレイは始まっているのだろうか。試しに、固有スキルを唱えてみる。


(『ステルス』。)


 すると、試合中と同じように、俺の身体は背景に溶け込んだ。いけない事をしているようで、少し気持ちが高まる。

 フィールド内にはスキルがちらほら落ちていたので、しばらく探索してスキルを集めてみた。


(『ファイアボール』!…『クイック・シフト』!)


 もう何度も使っているスキルであるが、敵を気にせずに自由に撃てるとまた違った発見がある。『ファイアボール』を地面に撃つとジャンプに使えたり、『クイック・シフト』はスピードを付けることで移動距離が延びるようだ。


(他に何か面白い遊びは…。お、ビンゴだ。)


 もしや、と思ってメニューを見てみると、自分のステータスを弄る機能や、クールダウンをリセットする機能が追加されていた。全てのステータスMAXにしてスキルを連発してみるのは、何歳になっても楽しい。


(…でも、飽きるのも早いよな。)


 そう思いつつ、苦笑する。

 スキルのトレーニングをやめて、フィールドの探索をすることにした。薄々気付いていたが、ここは公園ステージと同じだ。池に浮かぶ沢山の小島に、巨大アスレチック、そして草木の生い茂る森。スキルやモンスターがスポーンするポイントも一緒のようなので、記憶しておくと良い事がありそうだ。


(もしかすると、隠しダンジョンとかあるかな?)


 童心がくすぐられて、俺は森の中の探検を始めた。こちらはスタート地点から反対側なので、わざわざこんな所でスキル練習をする必要もなく、プレイヤーは俺一人しか見当たらなかった。ただし、モンスターはうろついている。刺激して戦闘が始まらないように、慎重に進んで行った。

 現実の時間とリンクして太陽も沈むこの世界は、現在深夜真っ只中。月明かりと、森に設置されたランタンの光源が頼りだ。


(ん…?今、モンスターの声と…打撃音が聞こえたような。)


 俺と同じ考えでフィールドを研究しに来たプレイヤーが、モンスターと交戦しているのだろうか。気になって、その音の方に歩いてみると、妙なことに気付く。

 プレイヤーの打撃音や、スキルの音が聞こえない。ただ、一定のリズムでモンスターが攻撃する音が聞こえてくるだけだ。俺は、そのような状況には非常に馴染みがあった。

 まさか、な。

 『ステルス』を使いつつ、さらに慎重になって、音の正体に近づく。そして、そこには予想通りの光景が広がっていた。


「グニ!……グニ!」

「んっ……あっ……。」


 誰かが、モンスターに攻撃されていた。声を聴く限り、女の子だろう。どんな子か気になるが、暗闇で上手く見えない。

 そして、彼女は反撃はしない。ひたすら腰をクネクネさせて、攻撃を受けるだけ。

 通常なら、ここで助けるという選択肢が浮かぶだろう。だが、俺は彼女の意図を瞬時に理解して、余計な手出しはしなかった。


「グニ!……グニ!」

「ぁんっ……んふっ……!」


 体力が低くなるにつれて、彼女が必死に我慢していた声が大きくなっていく。

 間違いない。彼女は、わざと死のうとしている。

 だが、何故だ。俺と似たような栄養素を摂取しているのだろうか。もしくは、戦闘不能時に発動するスキルを試し打ちしたいのだろうか。どちらにしろ、俺にとっては構わない。思わぬところで、栄養素を摂取できそうだ。彼女に感謝しなければ。

 名前は、なんだろう。目線を頭上のネームプレートに移したとき、思わず声が出そうになった。


―tenshi Lv1 HP6/104


 テンシ…!?


「グニ!」

「へっぶぅン!………うぅんっ…。」


 不思議な声と共に、白百合の花が漆黒の森に散った。月明かりが彼女の顔を照らす。

 間違いない。今日、動画で見た、あのテンシだ。

 一体、どうして…?まさか、あの不死身の秘密はここでのトレーニングだったのだろうか。ダメージを受けて、スキルの研究を…?


「グニ!……グニ!」

「ん……ん……。」


 倒れたトウカに対して、モンスターは執拗に攻撃を加える。フリープレイモードでも、体力が無くなったらまずは復活待機状態になるようだ。頭上に、死亡までのタイマーゲージが出ており、モンスターの攻撃を食らうたびに大きく減っている。

 そうか、復活の練習なのか…?そう思い周囲を警戒するが、他のプレイヤーの気配は全く無い。

 その間にもテンシの死が近づいてきている。あの、無敗記録を作っていたテンシが。絶対に死体を眺めてやる、と思っていた不死身の天使が。


「グニィ!」

「ぐほおぉおおぉお…お…ぉ……。お?」


 体を大きく弓なりに仰け反らせ、背中が地面から浮き上がるほどの勢いで後ろへ曲がった。

 そして、首が限界まで後ろに反った状態になることで、顔がこちらに向いて…俺と、確かに眼があった。

 まずい。いつの間にか、ステルスが切れていたのか。俺はとっさに言葉を出した。


「こ、こんばんは…?」

「ぉ…。」


 彼女の顔は涙と涎にまみれて、だらしなく舌を出し、天使の威厳など全く感じさせない無様なものであった。俺が思わず顔をしかめると、テンシは脱力し、仰け反った状態をパタンと崩した。


「し、死んだ…。不死身の天使が…。」


 俺はしばらくその場で絶句していたが、見られてしまったものは仕方がない。俺は堂々とテンシの死体に近づいた。四肢は無造作に投げ出されピクピクと痙攣している。顔は酷い有様で、生前の端正な顔つきは想像出来ないほどだ。豊満な胸は、純白のドレスの中で重力に負けて横に溢れていた。

 しかし、不思議と栄養素が得られなかった。昼、あれだけ見たかったテンシの死体を眺めているというのに。こんな現象は初めてだ。俺はただの好奇心で、死体がどうなるのかを見届けようかと思った。

 数分ほど経っただろうか。テンシの死体が足元から消えていき、ゆっくりと森の闇に溶け込んでいった。そして、死体があった場所の近くから、スポットライトのように眩い光が降ってきた。リスポーンだ。イグコネの試合は死んだら終わりだが、フリープレイモードはリスポーンできるようだ。

 テンシは、リプレイで見たままの威風堂々とした雰囲気で、静かにフィールドに降り立った。そして、ゆっくりと瞼を開けて、俺を正面から見て言った。


「ごきげんよう。下郎。」


 俺は、それがさっきの挨拶に対する返答だと理解するまでに時間がかかった。


「えーと。今のを無かった事にするのは無理が…。」

「お黙りなさい。下郎。」


 ぴしゃり、と凛とした声で遮られた。


「いや、幾ら強がっても…。」

「お黙りなさいと言っているのが、聞こえなかったかしら?」


 テンシは、あくまで上からのスタンスを貫くらしい。話が進まなさそうなので、黙ってみた。


「良いですか?私に不可能はございません。従って、今の醜態は無かった事になります。」


 醜態って自覚はあるんですね。


「お返事は?」

「…。」

「お・へ・ん・じ・は?」

「はい…。」


 有無を言わさぬ圧力。トウカのじわじわと追い詰めてくる圧とは違い、こっちは直接的な圧だ。


「なんとも頼りない声ですが…。よろしい。ここでお会いした事は他言無用です。もし誰かに言いふらした場合は…。この世に居場所を無くして差し上げますので。ゆめゆめ、お忘れなきよう。」

「ひぃ。」


 テンシに何の権力があるんだろう。まさか、お嬢様はお嬢様でも、ヤクザのお嬢とか?薙刀の代わりに竹刀を持ったスケバンテンシを想像して身震いした。

 そんな俺の内心を見透かしてか、テンシは満足そうな表情で優雅に歩みを進め、その場を立ち去ろうとした。だが、俺はテンシの神々しい後ろ姿と先ほどの痴態を重ねて、このまま返してしまうのは勿体ないと思い、クリティカルな一撃をぶちこむ事にした。


「テンシ。…気持ち良かったか?敵の攻撃。」

「…なんですって?」


 テンシはびくっと肩を震わせ、足を止めた。予想通りだ。


「いい感じのテンポで攻撃してくるもんな。あの雑魚敵。気持ちよかったよな?」

「き、っきききき、気持ち良くなんて、あ、ああああ、ありありありませせ…。」


 分かりやすい奴。さっきまで一生懸命イニシアチブを握ってたのは、防御力が弱いからか。不死身の天使の名が泣いているぞ。

 そう。こいつは、わざと敵に攻撃させて、栄養素を摂取していた。俺がゲームで女キャラクターにさせているのと同じ事を、彼女自身がやっていたのだ。

 俺はさらに追撃を加える。


「凄い顔だったな…。お前の死に顔。ダメージを受けて戦闘不能になってるだけなのに…。涎なんかたらしちゃってさぁ…!思い出したら…うわぁ…。」

「いやああぁん!なはあああぁん!」


 あ、なんかこれ栄養素。俺は段々と調子に乗っていた。


「もしかして…。俺に死体を見られるのも、気持ちよかったりして!?ひゅう!すげえ恥ずかしい女!」

「そそそそ、そんなわけ!はず、はずはずはずかししし!ちが、ちがちがちがちがうからああああ!」


 テンシは顔を真っ赤にして悶え、多分、一生懸命否定している。

 よし。最後の一撃をくれてやろう。これでKOだ。


「この分だとさっきの脅しも嘘だったんだろうなぁ…。お前の死に様、ネットにバラしちゃおうかなぁ~?」

「あ、脅しじゃなくて本当です。やめといたほうがいいですよ。」


 スン。

 あれ?


「父親が凛天堂の役員なんです。下郎が二度とイグニテラの地を踏めなくする事など、造作もございませんので。」


 やばい。有利な材料を見つけていきなり体力を回復しやがった。俺は慌てて三下ムーブを引っ込める。


「…ふっ。お嬢様。クールに行きましょう。ここはお互いに怒りを鞘に納めて…。」

「もう遅いです。下郎の事は許しませんから。覚悟しておくことですね。」


 幾ら何でもやりすぎたか。俺のとっさに引き出した執事キャラも謎だった。


「さようなら。もうお会いすることは無いでしょう。YOU…BAN…。…ゴー、トゥー…ヘェル。」


 すっかり調子を取り戻したテンシが、彼女特有の恥ずかしい台詞をドヤ顔で放ち、俺に対してサムズダウンを決めた。

 どうする。このままだと、折角見つけた居場所が無くなってしまうぞ。考えろ、俺。この間だって、トウカに対して逆転ホームランを打ったじゃないか。何か、何か解決の糸口は…。


―ああ、退屈。誰も私を傷付けることなど出来ないのね。


 突如、リプレイで彼女の言っていた言葉がフラッシュバックした。あの時はただ、自分の強さを誇示する台詞だと思ったのだが、彼女にとっての栄養素を知ってしまった今、別の意味合いが生まれてくる。こいつは、もしかして…。


「俺が…。俺が、お前を倒してやるよ。」

「…へぇ?」


 反応あり、だ。テンシは眼を細めて、興味深そうに俺を見つめている。


「お前、もしかしたら自分を倒してくれるプレイヤーを探しているんじゃないか?それも、こんなわざとらしいやられ方をするんじゃない。本当はお互い死力を尽くした上で、激闘の末、死にたいんだろう。」

「へ、ヘヴゥ…。」


 俺が話しているうちに、テンシはあの恍惚の顔になった。防御力、弱すぎだろ。


「ほら、想像してみて。アルティメットスキルまで起動させて、堕天モードになったのに、下郎と罵り侮っていた相手に無残に散る、不死身の天使の姿を…。あ、あの堕天モードって、死んだらどっちの姿で死体が残るのかな?楽しみだなー。」

「ゴー!トゥー!ヘヴウウウウウウゥゥゥーーーン!」


 ユニークな断末魔を上げて、テンシは大の字に倒れた。天使の羽根が、宵闇に舞う。



「こほんっ。下郎。あなたの言い分は分かりました。この私の不敗神話を終わらせるのは、他ならぬ下郎であると。だから、下郎が私の事を倒すまで、処分は待って欲しいという事ですね。」

「概ね、そんな感じです。はい。」


 数分後、テンシは何事も無かったかのように起き上がった。彼女は定期的に記憶を都合よく改ざんするのが得意らしい。

 一旦は、BANを免れたようで安心した。


「その代わり、私に傷一つ付けられない子羊だと分かったら、即刻地獄行きですから。ゴートゥーヘルです。」

「下郎より子羊の方が下なんですね。」

「お黙りなさい。下郎。」

「はい…。」


 何となく、テンシはご機嫌そうだった。俺の提案は気に入ってくれたらしい。子羊にならないよう、頑張るか。


「…あ。さっきの事を誰かに言いふらしても、地獄行きですから…。」

「言わないよ。絶対に。お前と戦えずにこのゲームとおさらばなんて、出来ないからな。」

「そ、そう…。そうですか。ふふ。」


 初めて、テンシの笑顔を見た。まさに地上に舞い降りた天使のような、朗らかで優しい笑顔だった。

 黙ってりゃ、可愛いんだけどな…。


「それでは、今度こそさようならです。下郎。次は戦場で会いましょう。」

「ああ。お前の不死身の秘密、絶対に暴いて見せるぜ。」


 俺の決意を聞いた後、テンシは柔らかい表情のまま、細い指でしなやかにメニューを操作してログアウトした。

 嵐のような奴が去り、深夜の森に、元の静寂が訪れる。

 どっと疲れが押し寄せてきて、俺は思わずその場に座り込んだ。


 最初に考えたのは、先ほどとっさに出た、自分の言葉。「堕天モードって、死んだらどっちの姿で死体が残るのかな?」…気になる。

 通常モードの死体は、中身の残念さが前面に出ていて、全く栄養素では無かった。手足はぐにゃぐにゃで、顔はぐちゃぐちゃ。これ以上の無い痴態。一般的には、ああいうのがウケるのかもしれないが、難儀な事に、俺は違った。もっとこう…戦う乙女の原型を留めているのが良いんだ。快楽に墜ちてしまっては、それは別の何かになってしまうんだ。

 もし、あのシリアスな堕天モードのまま死体になるのであれば、それとは違ったやられ姿になるのではないか。きっと、彼女の造形の良さが前面に出た、素晴らしいものに違いない。


「よし。新たな目的ができたぞ。堕天モードのテンシの死体を眺める!これだ!」


 決意を新たに、俺はもうしばらくフィールドの探索をするのであった。


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