第12話【二人にとっての栄養素】
「私、ツナ太さんの事、殺しちゃった。」
もう、簡便してくれ。誰かこいつを止めてくれ。
俺は考えることをやめて逃げ出したい気分になったが、それは一生の後悔になりそうな気がして、なんとか心も身体もこの場に留まるよう踏ん張った。
「あはは。ごめん、殺すって言っても昨日のゲームでの話だよ?最後の戦闘で、ツナ太さんが死んじゃったじゃん。あれ、実は回復とバフをサボっちゃったんだ。だから、見殺しみたいな事しちゃったなーって。」
「どうして、そんな事を…?」
「だって、そうしないと圧勝しちゃうと思ったんだ。サッチーも大量にスキルを持ってきていたし。ゲーム慣れしているツナ太さんが最強になったら、もうツナ太さんと視ちゃんだけで勝っちゃうじゃん。」
「…微妙に答えになってないぞ。圧勝して、何がいけないんだ。」
「そんな展開になったら、誰も私を頼ってくれないじゃない。折角、皆に頼ってもらうためにベータテストにも参加して準備してきたのに。」
その桃香の言葉を聞いて、俺は昨日感じた違和感の全てがスッキリと腑に落ちた。
―単独行動で生き延びて、レジェンドスキルを手に入れたトウカ。
「相手も強かったから、大変だったんだよー。基本的にベータテストとスキルやモンスターの配置が変わってなかったからなんとかなったけど。」
―何故か単独で戦いを挑んだトウカ。
「敵さんを一人でも倒せたら私が一番頼りになるって理解してもらえると思ったんだけどね。失敗しちゃった。てへ。」
―サッチーを助けたとき、睨むような視線を向けてきたトウカ。
「視ちゃんと同じで、私も顔に出やすいタイプなんだよね。私以外の子が、頼り頼られてるのを見ると嫉妬しちゃう。」
―そして、とっさに合成スキルを使いこなしたトウカ。
「相手のあの合成スキルに対抗するには、こっちも合成させるしかなかったんだよね。一緒にスキルを唱えた時は、嬉しかったなー!」
そうか。桃香もまた、自分だけの目的を達成するために本気だったんだ。そして、彼女の根幹にあるものは…。
「『献身』って固有スキル、私にピッタリすぎて笑っちゃった。私が誰かを頼って、その誰かも私の事を頼る。それでしか得られない栄養素って、あるんだよ。」
栄養素。俺が脳内で何度も使用している単語が、いざ現実で耳にすると心がむず痒くになる。
「…じゃあ、最初からベータテスターだって言えば良かったんじゃないか?そうしたら、いくらでも頼ったよ。好きに指示出しもできたはずだ。」
「言ったでしょ。頼り、頼られって。私だけ好き勝手やってもだめなの。それじゃあ頼れない。」
「…。」
同じだ。俺と。桃香も絶妙に同意し難い自分の価値観を持っていて、それを貫き通さなければ栄養失調で死んでしまうんだ。
…まぁ、質の悪さで言えば俺の方が上なんだけどね。桃香の本音を聞いたからか、そんな自虐ができるくらいに俺は平静を取り戻していた。
「桃香の行動原理…みたいなものは、分かった。でも、何故だ。何故、こんな話をしようと思ったんだ?お互いに黙っていれば良いじゃないか。」
口にして、自分でも都合の良い事を言ってしまったと反省する。ただ、この疑問だけは解消しないと今日は眠れなさそうだったので、後悔はなかった。
桃香は、そんな思いを知ってか知らずか、今までと変わらない調子で、迷いもなく話し始めた。
「最初の話に戻るんだけど、視ちゃんが私を助けてくれているとき、今までの人生で感じた事が無いくらい、一番、いっちばん嬉しかったんだ!その理由を自分で分析してみたんだけどね。多分、視ちゃんもあのとき栄養素を接種していて、私も同じように栄養素を接種してたからだと思うの!」
「え、ええと。一旦俺は置いておいて、桃香も栄養を得られる要素があったのか。」
「だって、そうじゃん!私は死の淵から起き上がるために視ちゃんを頼って、視ちゃんは栄養素を接種するために私を頼る!これって、究極の頼り頼られの関係だと思わない!?」
俺は完全に思考の虚を突かれて、その言葉を飲み込むのに時間がかかった。
桃香は、あの時心の底から喜んでいた?そんな馬鹿な。
いや、それはブーメランというものだ。他人に理解しがたいシチュエーションで喜んでいたのは、俺も同じじゃないか。
手を合わせ眼を輝かせている桃香に対して、どう返すべきか悩んでいると。
「ねえ、ねえ。私もぶっちゃけたから、視ちゃんも教えて欲しいんだけどさ。視ちゃんの栄養摂取ポイントは、どこにあったの!?」
「えっ…!?」
俺は、大きな勘違いをしていた。
俺と桃香は、同類じゃない。
桃香にとっての栄養素は、どうしようもなく健全で、他人に話しても問題が無いものだったんだ。だからこそ、全部おおっぴらにしてきたし、俺にとっての栄養素も他人に話せるものだと思い込んでいる。
だが…もしかすると、この場を切り抜けるために、その勘違い、思想の違いを利用できるかもしれない。俺は桃香に挑戦状を叩きつけることにした。
「…ふふふ。桃香、予想してみろよ。俺にとっての栄養素を…!」
「え~?そうだなぁ。私にとって印象に残ってるのはね、昔一緒にゲームをやったときもあの真剣な顔をしてたの。私、それが嬉しくて、何度もわざと負けたりしてたんだけどね。それって、重要なヒントじゃないかな?」
俺の最大限の反撃にも動じず、しれっとショッキングな事実をカミングアウトされた。
いや、今までの桃香の話を総合するとおかしな事じゃない。桃香のおかげで、俺が栄養素を摂取していたら、桃香は嬉しい。それが彼女の行動原理の一つだとしたら、わざと負けていたとしても納得だ。
「どっちも、『人が倒れている場面』というのが共通点だよね。うーん、何だろ?…あっ、でもでも、私が体育で転んで怪我した時、心から心配して助けてくれたよね。あれ、嬉しかったなー。」
「…そんなこと、あったっけか。」
「でも、その顔はあの真剣な顔じゃなかった。栄養素は摂取していなかった。なんでだろうねー。むむむ!難問だ。」
真絹で首を絞めつけられているかのように、彼女は真相に近づいていっている。こちらが問題を出して優位に立ったかと思ったら、この様だ。
今、この場は完全に桃香に支配されている。
「あ!そうか。視ちゃんは、『ゲーム画面じゃないとあの真剣な顔を見せてくれない』んだ。昨日はバーチャルだったから、すっかり忘れてた。」
「…良い所に気付いたな。その調子だ。」
もう、俺は虚勢を張って、桃香が変な方向に思考が傾かせることを神に祈るしかなかった。
「分かった…。分かった!視ちゃんは、『ゲームのキャラクターを復活させる』のが好きなんだ!」
「…!?」
祈りが…通じた…!?
「だって、そうでしょ?基本は格ゲーばかりやってたけど、たまに二人で遊べるアクションゲームをやったとき、私のキャラが死んだら視ちゃんがマジな顔になって助けてくれるんだもん!それで、私がアイテムで自力復活した時はすご~くシブい顔をするの。それって、自分で復活させたいってことでしょ!?だから昨日、私を起こすときにもマジになっちゃったんだよ!もしかしたら、殺生与奪の権利を握った上で生かすのが好きとか!?いや~、視ちゃんもやるねぇ!」
様々な光景が、フラッシュバックした。
制限時間ギリギリで、解答を思い出して提出した入試試験。
大が漏れるすんでのところで、空きのあるトイレを見つけたショッピングモール。
野球の世界大会で、それまで良い所無しだった選手が見せた劇的サヨナラヒット。
勝った。まさかの逆転劇だ。
俺が脳内で歓喜に湧いていると、桃香は自分の意見に対して一人で納得してうんうんと頷いていた。
解答編を待ち望んでいる桃香に対して、俺は極力平静を装って、堂々と答えた。
「正解だ、桃香。俺はゲームでやられたキャラクターを復活させるときにしか摂れない栄養素を摂取して生きている。それが何故か、と言われると説明できない。そういうサガだとしか…。いや、もしかすると、お前とゲームをやっているうちに、目覚めてしまったのかもな。…ああ、恥ずかしい事だと思ってたけど、話したらすっきりしたよ。」
我ながら百点の解答だ。程よく本心を混ぜることで真実味が生まれている。
桃香は慈愛に満ちた表情で、懺悔を許す聖母の如く神妙に聞いていた。
「うん、うん。分かるよ、視ちゃん。ちょっと変な価値観を持っちゃうと、それ自体が恥ずかしい事だと思って辛くなることもあるよね…。でも、これからは安心して。私が、あなたの栄養素になったげる!」
「な、なんだって!?」
思いもよらぬ、魅力的な提案だった。
「普通にイグニッション・コネクトをプレイしていたら、自然と私が死んでケンちゃんが助けるシチュエーションが生まれるでしょ?もう、好きなだけ起こしちゃって!頼り、頼られを味わい尽くすんだっ。」
「そりゃ、もちろんだけど…。わざと死ぬのはだめだぞ。それはゲーマーとしての矜持だ。」
「分かってるよっ!…あぁんっ!想像しただけで楽しみでたまんないっ!今日も絶対、遊ぼうねっ!」
「…ああ!」
どうやら、話が丸く収まったらしい。
そして、俺は戦闘不能になったトウカを好きなだけ起こしていいらしい。
なんということだろう。終わってみれば、最高の結果になってくれた。数分前の地獄のような気分が嘘のようだ。
気付けばもうすぐ午後の授業が始まるので、俺達は階段から腰を上げ、それぞれのクラスに戻った。
「じゃ、バーチャルの中で会おうねー。」
別れ際、桃香は満ち足りた表情をしていた。それは昨日、ゲーム内で最後に見せた表情と同じだという事に気付いた。なるほど、遊ぶ約束というのは、友達同士の信頼の元成り立つ、彼女の言う「頼り、頼られ」だ。これも、彼女にとっては栄養素なのか…。
(つ、疲れた…。)
席に着くと、一日中ジェットコースターに乗った後みたいな疲労が襲ってきた。それくらい、彼女の話は俺の根幹に直接響いて、脳の普段使わない部分を揺さぶってきたのだ。そんな俺に追い打ちをかけるように、クラスメイトが俺の席の周りに集まってきた。
「おい、中野…。なんだよ、そんなに疲れちゃって。汗もかいてるし。」
「薬師井さんとナニしてたんだ?…まさか!?ナニを!?」
「へ、変な想像をするなって!俺とあいつはそんなんじゃないから!」
頼むから、俺を休ませてくれ…。そう思って机に突っ伏したところで、他の茶化す声とは質の違う声が聞こえてきた。
「ねえ、中野君…。もし良かったら、薬師井さんが女テニ辞めた理由、聞いてもらってもいいかな…。私達には、心を開いてくれなくて…。お願い!」
「…気が向いたらな。」
そういやあいつ、中学から続けてた部活やめたんだっけな。
あの時、オンラインゲームに没頭していた事を深く聞かれたく無さそうだった理由が少し分かった気がした。




