第11話【トウカと桃香】
トウカ達とは、結局あの一試合だけ遊んで別れた。お互いに元々約束していた友達がログインしてきて、人数が絶妙になったので、別々に遊ぶことになったからだ。その後の試合はあまり集中できなくて、あの試合での無双が嘘のように死にまくった。JK二人の監視が無くなってタガが外れたツナ太に煽られまくったが、返す言葉が無かった。
そして今、イグニッション・コネクトからログアウトした後、俺は頭を抱えていた。
「くそ。俺はなんてことを…。」
トウカ達との試合は、いくらなんでもやりすぎた。ゲーム中は興奮していて何とも思わなかったが、冷静になってみると改めて後悔が襲ってくる。
よりによって幼馴染の桃香が倒れている姿から栄養素を接種してしまうとは。思い出しただけでも背徳感が…いやいや、罪悪感に押しつぶされそうな…気がする。ああ、本当におかしくなりそうだ。俺は、このゲームにどうやって向き合っていけば良いんだ。
「そりゃ、真面目にやれば良いと思うよ。でも…。」
俺を構築する芯の部分、本能が、そうさせてくれない。どうしても、トウカの死体から栄養素を摂取できそうな立ち回りを自然と選んでしまう。
最初の指示でトウカを…そしてサッチーを一人にしたのもそうだ。スキル『レスキュー』の存在はファ〇通で事前に知っていたので、彼女らのどちらかが戦闘不能になった場合に適切なタイミングで眺めに行くことを狙っていた。自分は、ツナ太と共に安全に行動した上で…。
「最低だ。最低だ、俺は…。」
ひたすら自戒し続ける俺であった。
―翌日、放課後
午前の授業の終わりを告げる鐘が鳴った。…今日は、いつにも増して授業に集中出来ていない。イグニッション・コネクトでの出来事が何度もフラッシュバックするからだ。戦闘不能になったトウカ。ツナ太の死体。後悔と自戒…。くそ。いつまで考えていても仕方がない。気を取り直して、昼休みだ。バッグからいつものカレーパンを取り出したとき、ドアの方から意外な声が聞こえてきた。
「ケンちゃ…中野君ー?どうせ暇でしょー?それ持ってこっち来てよー。」
栄養素のトウカ…。いや違う、幼馴染の桃香が教室のドアの外からひらひらと手を振っていた。思わぬ来客に教室が一気にざわつく。
「薬師井さんだ…。今日もカワイイ…。」「珍しいね、うちのクラスに用なんて…。しかも中野君に…。」「ちくしょう、羨ましいぜ…。」
桃香は、学校ではかなり目立つ存在だ。勉強も運動も学年トップクラスで、アイドル級の容姿。これで目立つなと言われるほうがおかしい。
だけど、正直言って桃香は周りから浮いている。桃香から周りと馴染もうとしない、というのが正しいだろうか。隅っこの席で、いつもぼんやりと外を眺めているような、そんなイメージ。桃香は昔と変わってしまったのかな、と思っていたのだが…昨日久しぶりに話した感じ、桃香は桃香だと感じた。
そんなことを思っているうちに、ざわつきは大きくなっていく。変に絡まれる前に、教室の外の桃香のもとに早歩きで向かった。
「なんだよ、急に…。俺はお前が思っているほど暇じゃないぞ。今日のイグコネの戦略を考えなきゃならないからな。」
「それを暇って言うんだよ。ほら、さっさと行くよ。」
そう言って、行き先も言わずに桃香は廊下をズンズンと歩く。パワー系のモーセのように人垣を分けて進む彼女に、俺は黙ってついて行った。
そして桃香は、屋上に続く階段に腰を下ろした。昨日のファンタジー風の桃香も可愛らしいが、制服の桃香はそれと違った可愛さがあった。我が校の制服はブラウスにネクタイ、スカートのシンプルなスタイル。暑くない時期ならブレザーも着用するが、今は夏。涼やかにボタンを一つ開けている。ポニーテールにまとめた髪型と相まって、スポーティで快活な女子といった感じだ。
俺はしばらく見ないうちに可愛さが増した彼女にドギマギしつつ、ソーシャルディスタンスを空けて座った。
「視ちゃん。昨日は楽しかったねー。」
「何の話かと思ったら…。あと学校でちゃん付けはやめろ。」
「ゲーム内なら良いってこと?やった!」
「ぐっ…。…さっさと本題に入れよ。こんなところに連れてきて、世間話だけってことは無いだろ?」
俺がそう促すと、桃香は急に静かになった。
思わず横に座る桃香に視線を向けると、そこには吸い込まれそうなほど綺麗な瞳が真っすぐに俺を捉えていた。
「ふふ。やっとこっち見てくれた。教室からずっと目を合わせてくれないんだもんー。」
「な、なんだよ。ちょっとおかしいぞ、お前。」
今まで聞いたことのないような、しっとりと妖艶な声。幼馴染の意外な一面に、どきりとする。次に視線を逸らしたらこのまま彼女のペースに呑まれてしまう気がしたので、その整った顔から眼を離さないようにしようと思った。
「どこから話そうかな。あまりびっくりさせたらいけないからね。最初に伝えておきたいのは、視ちゃんの思っているよりも、私は色々な事に気づいちゃうし、視ちゃんはすぐに顔に出ちゃうタチなの。…あれ。話す順番間違えたかな。」
何だって言うんだ。
桃香は、何かに気付いたことを暗に示してきた。それだけの事を話しているのに、手足の先から体温が下がっていく感覚がした。…落ち着け。昨日のイグニッション・コネクトを思い返せ。桃香から栄養素を摂っている時、ステルスを使っていたじゃないか。その証明として、ツナ太は俺の事が見えていなかった。バレているはずがない。全く問題はない、はずだ。
「…そんなに顔に出るのかな。俺。」
「あはは。今の表情が物語っちゃってるじゃん。…いや、ごめん。そんなことを言いたい訳じゃなくてね。昨日のゲームの話。私のことを助けてくれて、ありがとね。」
ドクン。俺の根幹から、警鐘を鳴らされる。
「…そんな事か。別に、当たり前の事だし…。」
「一つ、気になってね。…視ちゃんが私の事を助けているとき、顔が『マジ』だったよね。あれ、なんだったのかなーって。」
「……………は?なん…なんで?」
ドクン、ドクン。どうして、どうしてどうしてどうして。
「…実はね。パッシブスキルで『看破』ってやつを拾ったの。敵味方の迷彩、ステルス、透明化、伏兵、その他あらゆる『視えなくなるスキル』を見破るっていうやつなんだけど…。これ、復活待機状態の三人称視点でも有効なんだね。バグかな?」
なんだよ。そのスキル。なんだよ…。あの時間が筒抜けだったってことかよ…。
あれが桃香に見られていたと思うと、頭がおかしくなりそうになる。
「あの時の視ちゃん、私の顔にすっごい近づいてて…。」
「ま、待て待て待て…。待ってください。」
「凄~く鼻息も荒かった。」
「あ…ぁ……。」
「そんな視ちゃんを見て、ちょっと、びっくりした、かな。あはは…。」
「ひ、…ひい、ぃ……。」
淡々と事実を離す彼女に、俺は情けない声を上げるしかなかった。前が、良く見えない。脳の奥底から、嫌な痺れが広がっていく。
終わった。何もかも。
「…びっくりしたんだけど、不思議とね。嬉しかったの。」
「……………え?」
聞き間違いだろうか。「嬉しかった」?桃香は、そう言ったのか?
理解したくない事、理解できない事の連続で、思考が追い付かない。
「嬉しかった…。他人のあんな顔を見るの、視ちゃんとゲームしてる時以来だったから。」
勇気を出して、桃香の顔を見てみる。
遠い目をして、満ち足りた表情をしていた。だが、その表情に陰りが差す。
「でも、反省しなきゃいけない事があってね。こっちが本題。」
「…まだ本題があるのかよ…。」
俺の所業に対してどうやら許してくれそうな雰囲気があるので、気持ちがいくらか楽になり、声が出せるようになった。桃香の言う本題が何であろうと、これ以上驚くことは無いだろう、と思っていた。
「私、ツナ太さんの事、殺しちゃった。」




