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僕は僕にできることを 精霊の館へ②

更新遅れ、申し訳ありません。


前回と今回の2話で、精霊の館までのゴタゴタを書く予定でしたが、予想に反して延びてしまいました。

次話に続きます。

(待ってろと言われても…………)



騎士が部屋を去った後、 アドルの様子が気になって仕方ないカミルは、廊下に顔を出した。


(だめだ。中からじゃ、わからない)


どうやら、結界魔術の外に出なければ、アドルの魔力は読み取れないらしい。

一方で、結界を普通に超えれば、騎士に気づかれてしまう。


『果たされよ、血の盟約』


ところがカミルは、この結界魔法の乗り越え方に、気がついていた。

昨晩、アドルから逃げるためにバルコニーから飛び出した際、全く結界が反応しなかったのだ。


そしてカミルの部屋にやってくる使用人たちも皆、氷の魔力を纏っている。


『氷の星霊よ』


カミルは血盟魔法を使って氷の魔力を纏うと、指先を結界の境界面に差し出した。


(やっぱり。氷の魔力を纏えば、反応しないんだ)


カミルは廊下の先にいる使用人の動きを確認すると、意を決して部屋を飛び出し、彼らから見えぬ柱の裏に身を隠した。

これで騎士が慌てて戻らなければ、 カミルの予想が正しいことになる。


<<"ディア・メイディア”>>


体内を巡る魔力を落ち着かせ、感覚を研ぎ澄ませれば、結界に入り込んだことで感じ取れなくなっていたアドルの魔力のうねりを、再び捉えることができた。

ところがそれは、先ほど感じ取ったものと比べ、大変小さい。

そして、程なくして消えてしまった。


(アドル…………?もしかして、薬が効いた?)


不思議なもので、そのアドルの普段と異なる魔力さえなくなれば、 カミルの心を支配していた不安はすうっと消えていく。


(よかった。大丈夫そうだ。)


柱の裏で、カミルは胸を撫で下ろす。


ところがその時。


「シュラックはいるか。」


廊下の向こうから響いてきた、聞き覚えのある低い声にカミルは飛び上がった。


「おかえりなさいませ。ご当主様。今し方、出て行かれたところです。」


続いて響く、使用人の返事。

あの忙しい父が、こんな昼に帰ってくるとは思わず、カミルはつい聞き耳を立てた。


「カミルはいるな?」


「はい。お部屋に。」


ところがモタモタしているうちに、父はちょうど、廊下の角を曲がったところまで迫っていた。


(しまった…………!)


カツカツと、父が廊下を歩き出す足音が聞こえる。

今、柱から飛び出せば、 カミルの姿は丸見えだ。

カミルは完全に、部屋に戻るタイミングを逸していた。


(ど、どうしよう…………!)


その時、廊下の角のさらに向こうから、救世主の声が響いた。


「氷候様」


「シュラックか」


「おかえりなさいませ。少し、よろしいですか」


騎士に呼ばれ、少し廊下を戻った父。

カミルはその一瞬をチャンスとばかりに、柱を飛び出し、部屋に転がり込んだ。




**********************




「アドルの魔力を?」


主人を引き留めた騎士は、遮音の魔道具を発動し、 カミルに聞こえぬように話を始めた。


「そうか。感度が高すぎるのも考えものだな。」


精霊の囁きですら、息をするかのように感じ取ってしまう、我が子の魔力感度の高さ。

薬切れに苦しむアドルの魔力に当てられてしまったらしい。


「身体をこわばらせて、固まっておられました。結界内に入れば一応は遮断できるようなのですが」


騎士の報告を聞きながら、アイザック・レイフォルドは、その生きづらさに同情した。


「ひとまず、魔力の漏れを減らせるよう、アドル様のお部屋に簡易結界の魔道具を起動してまいりました。

次の薬が効くまで、今しばらく時間がかかるようでして。」


どうやら、カミルの無属性魔力に対する感度は国の騎士以上に良好で、これだけ距離が離れた状態でさえ、アドルの暴れる魔力を感じ取ってしまうらしい。

集中すれば感じ取れるという魔術師はそれなりにいるものの、逆に言えば集中しなければ感じ取ることができない。

当たり前のように精霊と戯れることができるのは、特技と言っていいカミルの特殊スキルだった。


「アドルの魔力を遮断するとなると、簡易結界では30分と保たんだろう。

そっちをカバーするより、薬切れのタイミングにカミルを部屋から出さんほうが楽だ。」


「アドル様の体調次第ですので、ピンポイントでの予想は難しいかと。カミル様には、結構な長時間、お部屋に缶詰にさせてしまうと思います。 」


「それは仕方あるまいよ。なに、明後日までの辛抱だ。」





****************





どうにか部屋に転がり込んだカミルは、カーテンの内側で胸を撫で下ろした。


(危なかったあ…………)


呼吸を整え、耳を澄ませてみても、父と騎士の会話は聞こえない。

きっと部屋から離れて話しているのだろう。

そう判断したカミルは、油断して、入り口のすぐそばの壁に寄りかかり、脱力した。


(どうしたんだろう。こんな昼から帰ってくるなんて。)


普段と違う父の行動の理由を考え始めるも、まるで答えは浮かばない。

そんなふうにボーッとしていると、急に2人の会話が聞こえ出した。


「ポールエンチャント?」


「ええ。本を持ち込んで、選んでおられます。」


(……………っ!?)


急に聞こえた足音に、直前までこそこそと行動していたカミルは酷く慌てた。

別に何事もなく本を読むフリでもすればいいものを、これまで父に隠れて何かをするという経験が少なかったカミルは、やましい気持ちがバレてしまうのではと焦りに焦った。

これで仮に体内に魔力を流されたりしたら、カミルは間違いなく父の魔力を弾いてしまう。


困り切ったカミルが取った、選択肢。


「カミル?」


それは、狸寝入りだった。


父が部屋に入ってきたその時、 カミルはベッドに上がって丸くなっていた。


「こんな昼間から…………」


「無理もありません。朝から起きておられました。」


呆れた声の父の隣で、騎士は何も被さっていない体に、毛布をかけた。


「…………それにしても。ポールエンチャントとは、お前の差し金か」


「いいえ。ご自分で選ばれました。」


「元々、私の方で選ぶつもりだったんだが。まったく、どういう風の吹き回しだ。」


「代わりに、他の魔法を選ばなくてはならない、ということですか?」


「そうだが…………まあいい。心配せずとも、そこまで選択肢は多くない。

起きたら…………そうだな。私のところへ来るよう、伝えてくれ」


「承知しました」





カミルがその身体を起こしたのは、父がいなくなり、騎士も部屋を後にしたタイミングだった。


(加護、飛ばしちゃった…………)


カミルは今の騒ぎで、狸寝入りの直前に、第二加護魔法を消しとばしていた。

それはもう一瞬の判断で、不意に魔力を流し込まれるかもしれないと考えると、纏い続けることは得策じゃないと、カミルの無意識は結論を下した。


(遮音の魔道具。あれも結界内にいるとわからないのか。)


人に会話を聞かれたくない場面で使われる遮音の魔道具。カミルも父や騎士が使っている場面を見たことがあり、使用中は微量の風の魔力を放出する。

そのため、カミルは普段、魔道具の起動を察知していたつもりでいたが、騎士の作った結界魔法は、その微量の魔力も遮断するらしかった。


(お腹、すいたな)


加護が切れ、普段の状態に戻った体は重かった。

第二加護魔法は、常時纏い続けるものではない。戦う時だけの、特別な力。


必要なとき、必要なところに、必要なだけ。


前世で誰かに教わった忠告が、頭を反芻する。


(選択肢は、多くない、か…………)


父の言葉が、頭をよぎる。

そりゃそうだろう。

アドルと違い、魔力の少ないカミルは、この先登録できる魔法も多くない。

そんな中、自分がレイフォルドの役に立てるのだろうか。

きっと義理の母の言う通り、生半可な努力では、家の面汚しになるだけだ。


(僕が強くなれるのは、加護がある時だけだ)


第二加護魔法は、カミルにとってお守りのような存在だった。

その効果は、勉強には直接関わりはしないけど、纏っているだけで、 カミルは戦っているような気分になれた。

難しい本を前にしても、簡単には諦めないでいられた。戦士がこの程度で弱音を吐くな。強大な目標にも、しぶとく喰らいつく勇気をもらえるような気がした。


(どうにか、登録できないかな…………)


カミルは考えた。

魔法登録のための儀式部屋に潜り込み、このお守りを、すぐにでも発動できるようにする方法を。

必要なときに必要なだけ、使えるようになる方法を。


幸い、材料は揃い始めていた。

結界は超えられるし、屋敷中の鍵も開けられる。


(後は、登録魔法陣を、1人で発動しなきゃならないワケだけど)


魔法登録は1年に一度。しかも、毎度、父が発動させている。1人でも発動できることは、知識として知っていた。が、実際にどのようにやるのかは、まるでイメージがわかない。


(しかも、やるなら詠唱登録だ。)


登録方法には何種類かあるが、文字に起こせぬ古代の加護魔法は、「詠唱登録」一択だ。

カミルがこれまで経験してきたのは「短縮登録」と呼ばれる別の登録方法で、肝心の「詠唱登録」は話に聞いただけで実際に見たことがない。


(もしくは、第二加護魔法をエルメガリデ語に翻訳するかだけど…………)


ほんの少し、その長い詠唱の冒頭をつぶやいて、カミルは首を振った。


(ダメだ。"メイディア"をなんて訳したらいいか、わからないや。)


現代語で、そのまま言い表せない言葉が、概念が、長い詠唱の中に沢山紛れていた。

魔術の翻訳作業は簡単なことではない。

アイスランスの魔法書を翻訳して南の国に輸出する際も、様々な苦労があった話をカミルは教わっている。


ふと、先ほど積み上げた本が目に入る。

カミルはベッドから這い出すと、使用人が運んでくれた刻印術の本の山を漁った。


(流石に、ちょっとしか書いてない)


登録魔法陣は刻印術の一種。

わずかな期待をもってめくってみるが、欲しい情報は載っていなかった。


(頼んで持ってきて貰えばいいけど、加護魔法を発動させた後の方がいいよね……)


おそらく、その本を読む前に、父のところへ行けと言われるに違いないのだから。


(ちょっと面倒だけど、やるしかない。)


カミルは再びベッドに潜り込むと、連続発動は今だけだからと心の中で言い聞かせ、加護魔法の詠唱を始めた。





****************




(儀式部屋は3階。父上の部屋の前だ。)


使用人に顔を見せると、案の定、騎士がやってきて、父の元へ連れていかれることになった。


屋敷内を移動しながら、 カミルは儀式部屋への侵入経路を考えた。

詠唱登録の方法がわかった暁には、部屋を抜け出して、こっそり儀式部屋に潜り込む必要がある。


(部屋から出るなら、やっぱりバルコニーだ。)


入り口は常に警備係の使用人が封鎖している。

となると、これまで同様、バルコニーから結界を超えて飛び降りるしかない。

問題はそこからどうやって3階の儀式部屋に向かうかだ。

同じく3階にある父の部屋へ向かう中、カミルはよく知るはずの間取りを改めて横目で確認しながら移動した。

廊下は直線的で、父の部屋が突き当たり、儀式部屋はその手前だった。


(父上に、見られないように気をつけないと)


そんなわけで、頭の中でいろいろシュミレーションしていたカミルにとって、父の部屋で告げられた宣言は、酷く衝撃的だった


「旧邸に戻る日が早まった。出発は明後日だ。」


「え…………!」


寝耳に水の話に、 カミルは言葉を失う。


急すぎる。

こっそり登録しようとあれこれ考えていたのに、出鼻を挫かれた思いだ。


「急な話だが、いろいろ事情がある。聞き分けなさい。」 


カミルは慌てた。どうにか出発を遅らせる流れにしなければ。

たった2日で詠唱登録のノウハウを調べ上げ、儀式部屋に侵入して目的を果たすのは、どう考えても不可能だ。


「お、王都を出る前に、伯父上やお祖母様(ばあさま)に、ご挨拶に行かなければなりません。先方のご都合を伺う時間が足りないのではないでしょうか。」


「そんなことを気にするか…………構うな。今回は急な話。後で手紙でも出せ。」


「でも、ご挨拶は大事だと…………義母上はいつも、おっしゃいます」


それは頭をフル回転させたカミルの、最大限の抵抗だった。


ところが、それは無駄に終わった。


「…………わかった。そこまで言うなら、今日の午後にでも行きなさい。」


「え!今日ですか!?」


「シュラック、ついていってやってくれるか」


「もちろんです。」


父は驚くカミルを尻目に、ベルを鳴らして使用人を呼び出すと、その旨を先方に伝えるようにと、あっという間に指示を出してしまった。


そして、昼時を知らせる鐘が鳴る。


「食事をとってしばらくしたら、出かけなさい。晩に魔法登録をするので遅くならないように。」


「…………っ」


もやもやとした気持ちを抱えながら、食堂に連れていかれてしまう。

いろいろと反論したい想いがあったのに、カミルはうまく言葉にすることができなかった。





*********************






「…………はあ」



カミルは馬車に揺られながら、大きなため息をついた。

窓を眺めれば、ゆっくりと後ろに流れる王都の街並み。

親戚の元に挨拶回りに向かっている最中だ。


「お疲れですね。」


「ちょっと…………急な話でしたから」


隣に座る騎士は、 こまめにカミルの様子を気にしてくれる。

が、彼が本音を話すことはない。


まさか、明後日、帰ることになるなんて。


やりたかった加護魔法の登録は、そんな短時間では到底無理な話だ。


(本は、読んでも、まるでわからなかった)


昼食の後、出発まで2時間ほどの猶予を与えられた カミルは、使用人に頼んで、魔法登録に関する本を用意してもらった。

ところがその内容は大変に専門的で、第二加護魔法を纏った頭がクリアな状態でも全くもって理解できなかったのだ。

カミルが目論んでいた詠唱登録は夢のまた夢、という状態に格下げされている。


(お祖母様、か。やだな、会うの)


カミルのため息の原因は、加護魔法登録に暗雲が立ち込めていることだけではなかった。

先に向かっているのは先代当主の屋敷。先代はすでに亡くなっているが、奥方であるカミルの祖母は健在だった。


そしてカミルは、彼女がとても苦手だ。


(挨拶とか、言わなきゃよかった)


自分から言い出したこともあって、やっぱり嫌だなんて言えなかった。

出発の日取りを先延ばしにするための苦肉の提案だったのに、全く効果がなかった上に、キャンセルもできないなんて、 カミルは罰ゲームでも受けているのではという気分だった。


何より嫌なのは、騎士が隣についていることだ。あのお祖母様と会う場面を、この人に見られたくない。


「騎士様。僕、1人で行けます。どうか、馬車でお待ちいただけませんか」


「何をおっしゃるかと思えば。ご一緒いたします。お1人にはできません」


そんなふうに軽く抵抗するも、案の定却下され、カミルは暗い気持ちのまま、馬車に揺られた。


ふと、窓の外の景色が変わり始めた。

よく手入れされた木々が並ぶ、並木道。

道路の舗装状態も変わり、馬車の揺れも穏やかになる。

目的地に近づいた合図だ。


馬車が停止し、降りるというタイミングで、騎士がこそりと カミルの耳元で囁いた。


「カミル様。先ほどの件、よろしいですね?3日後です。」


「はい。わかっています。」


父の部屋を後にする際、なぜかカミルは、明後日発つことを誰にも言ってはならないと忠告された。

使用人にも、義母にも、他の親戚たちにも。聞かれたら、3日後の出発だと伝えるよう厳命されたのだ。

理由を聞いても、事情があると、やはり教えてもらえなかった。




****************



ところが、幸か不幸か、カミルはその日、祖母に会うことができなかった。


「奥様は、具合が悪く、伏せておられます。申し訳ありませんが、本日はお引き取りください。」


先代の屋敷の前で、使用人がそう告げた。

カミルは目を丸くして驚く。


「父は知らないようでした。お祖母様は、大丈夫なのですか?」


これまで軽い風邪であっても、祖母の体調不良は義母経由でカミルやアドルに伝わっていた。

屋敷が近いこともあり、義母が見舞いに訪れるのだ。

そのため父ももちろん知っているものと カミルは思っていたし、知らせぬということは何かよろしくない状態なのではとカミルは心配した。


「ご心配なく。医者によると、新年の疲れによるもので、数日で治るだろうとのことです。

新年の慌ただしい時期にご当主様にご心配をおかけしたくないと、奥様は連絡を控えておられるのです。」


「そうでしたか…………わかりました。お大事にとお伝えください」






そんなわけで、祖母に挨拶ができなかったカミルだったが、少し気分は上向いた。

なんせ、次に向かうのは伯父の家。

昨日、 カミルに魔法書を譲ってくれた、その人の邸宅だ。


カミルは明るい伯父が好きだったし、彼の家族は皆、いつもカミルを可愛がってくれるのだ。





「カミル!待っていたわ!」


応接室に通されたカミルを出迎えたのは、伯父ではなく伯母だった。


「伯母上。急に押しかけて申し訳ありません。」


「とんでもないわ。昨日、主人から、貴方が回復していたと聞いて、会いに行きたいと思っていたところなの。」


伯母はそう言うと、近くに寄ってきて抱き寄せた。


「本当に、よかったわ。無事で。」


「…………ありがとうございます」


義母は、こういうスキンシップをしてくれない。

実母を亡くしているカミルは、伯母のこのフレンドリーな対応が素直に嬉しかった。


「伯母上。僕は近く、王都を発つことになりました。また来年に向けて、旧邸で修養してまいります。」


「聞いています。急な話で寂しいと思っているわ。」


「伯父上はいらっしゃいますか?昨日、力強い励ましをいただいたので、お礼を伝えたいのです。」


「ごめんなさいね。実はあの人、今朝方から体調を崩してて。部屋で休んでいるの。」


「そう、なんですね」


改めて魔法書の礼を伝えようと思っていたカミルは、少し残念に思う。


「私から伝えておくわ。聞いてるの。魔法書のことでしょう?」


「はい、そうです! 本当にありがとうございますと、お伝えください」


カミルは伯母のことも好きだった。昔からカミルが困っているときには、ベストなタイミングで助け舟を出してくれるのだ。


「ちゃんと使えたか、気にしてたわよ?発動はさせられたの?」


「それは…………「母上、入りますよ!」


伯母の話に答えようとしたその時、部屋に入ってきたのは、 これまたカミルが懐いている青年だった。


「ヴィクトル従兄様(にいさま)!」


「カミル!」


青年はカミルに駆け寄ると、両手を脇の下に入れてその小さな身体を抱え上げた。

その抱え方は伯父にそっくりで、 カミルを一周まわして、着地させる。


「よかった!真っ青な顔で倒れるから!」


彼の名はヴィクトル。今年で18歳になる、伯父の一番上の長男だった。


「ご心配をおかけしました。」


「やはり旧邸に帰るんですって。その前にご挨拶に来てくれたの」


「そっか。仕方ないね。」


従兄はわかりやすく悲しそうに笑いかけてくれる。


「ヴィクトル。フレデリクはどこです?」


「部屋にいますよ。呼んだのですが、機嫌が悪くて。

悪いね、カミル。魔法戦が近くてナイーブになってるみたいなんだ。」


フレデリクは伯父の2番目の子だ。魔法院とよばれる魔術師の学舎で代表に選ばれ、この冬に開かれる魔法戦なる大会に出場が決定している。


「まったく、ダメな子ね。様子を見てくるわ」


「いいんです、伯母上。突然、来たのは僕の方ですから。」


「いいえ。従弟に気を遣わせるなんて、そんなんだめよ。しばらくヴィクトルとお話ししててちょうだい」






「ただ、話すだけなんて、つまんないだろ?独楽遊びでもしようか。」


伯母が去った後、ヴィクトルはそう言って空間魔法を発動し、手元に独楽を取り出した。


「独楽?お持ちなんですね…………」


「ああ。君が上手く回すのを見て、俺も練習してみたんだ。」


くるくると、ヴィクトルは手の甲に独楽を乗せ、回し始めた。


「カミル様」


「うん、わかってる」


カミルは渡された独楽を、遠慮した。


知らぬ魔道具を使うな。父に厳命された決まりだ。


「これもダメなんだね。ただの独楽(おもちゃ)なんだけど。」


「はい。ごめんなさい。」


「ご当主の指示なら仕方ないな」


「あの、それより従兄様の話を聞かせてください。この3月で卒業されるのでしょう?卒業演舞では、何を披露されるのですか?」


「まだ迷ってるんだけどね。間に合えば、古代語ベースの上級魔法を。」


「古代語の…………!」


驚いたのは、隣の騎士も同様だった。


「古代魔法に興味があってね。できればそっちの研究機関に進みたいんだ。

どうでしょう、騎士様。映えるでしょうか。」


「そうですね…………大変にレベルの高い試みかと思います。

ただ、古代語にまつわる疑念を払拭するためには、わかりやすく登録証明を示す必要があるかもしれません。」


「それならおそらく問題ありません。15の時に当主の目の前で登録をしているんです。事前に宣言した上で披露しようかと。」


「なるほど。でしたら、きっと、上手くいくでしょう。

ましてや氷の賢者の血縁。いろんな方の目に留まるに違いありません」


「そうなると嬉しいですね。ありがとうございます。」


カミルは2人の話を聞きながら、頭の中は別のことを考え始める。


(そっか。古代語詠唱。)


閃いた気がした。

古代語詠唱の魔法登録。それは「詠唱登録」で行われるのが魔術師たちの慣わしだった。


「それにしても、さすがですね。氷侯様の証明なら、疑う者はいないでしょう。」


「レイフォルドの慣例なんです。新年の魔法登録の折、ご当主にお願いして、登録過程を見てもらうのです。皆、15の歳までに済ませるんですよ。」


それは、レイフォルドの子供たちが抱える、2つ目の壁だった。


「そんなに早く」


「古い家ですからね。古代語ベースの魔術が使えて一人前だと教わります。」


「なるほど。ではカミル様も、それまでに詠唱登録ができるほどに読み込まなければならないのですね」


詠唱登録では、スラスラと読めることが大原則。

そのためカミルも、ちょうど10歳になった昨年あたりから、定期的に氷の古代語詠唱を音読させられてきた。


「カミルの場合は直接頼めばいいから、無理に急いでやらなくてもいいかもしれません」


兄と目が合い、 カミルは首を振る。


「15までにやりなさいと、それ以降は証明してもらえないと、義母上は言います」


「相変わらず叔母様は厳しいね。でもそれならサボらずに今からコツコツ練習したほうがいいよ。気がついたら15になってるから。」


「はい。そうします」


従兄の話に答えながらも、 カミルの頭の中は、先ほどの閃きにまつわる思考が渦巻いていた。


(もしかして、頼めば今年、やらせてもらえたりするだろうか)


もし、この古代語詠唱の登録を、許してもらうことができれば。

わざわざ本で調べることをしなくても「詠唱登録」の方法を知ることができる。


そこまで考えて カミルは心の中で首を振った。


(バカか、僕は。今晩登録するって言うのに、これ以上日取りを伸ばせるわけないじゃないか。)


さすがにスラスラ読めるほどまで、カミルは真面目に音読をこなしてきていない。


「カミル、卒業演舞、本当は君にも見て欲しかったんだけど。残念だよ」


「ごめんなさい。結局、従兄様の演舞を一度も見ることができませんでした。」


「ご当主にお願いして、残してもらうのはどうだい?」


「え?」


「どうせ君のことだ。言われるがまま、素直に頷いたんだろ?」


「でも、父上の決めたことです。」


「もちろん、ご当主の決定は絶対だ。けれども君の要望を伝えることだって悪いことじゃない。君は帰りたいのかい?精霊の館に。」


「…………それは」


帰りたくない。それが今のカミルの本音だ。

もうしばらくここにいて、第二加護魔法を登録したい。


その時、どこからか、魔力が跳ねた。


「?」


「どうしました?」


「魔力が…………」


従兄にも騎士にも分からなかったらしい。

2人が動いたのは、2度目のさらに大きな波が過ぎ去ったときだ。


「カミル様」


カミルはすぐに、騎士の腕の中に収まる。


「フレデリクだな。騒がせて申し訳ない。」


そう言ってヴィクトルが廊下に顔を向ける。


「もう14なのに、感情と魔力とが切り離せないことがあるんだ。」


「フレデリク従兄様でも、演舞がプレッシャーになるのですね」


カミルは意外だった。

フレデリクは伯父の2番目の子だが、おちゃらけた雰囲気で、いつもカミルを楽しませてくれる、そんな人なのだ。


「仮にもレイフォルドの看板を背負うからね。そりゃ、緊張もするさ。」


そんな話をしていると、伯母が部屋に戻ってきた。


「ごめんなさいね、カミル。あの子、やっぱり今は無理みたい。」


「いいえ。僕は気にしてません。また次にお会いできるのを楽しみにしています。」


「ありがとう。伝えておくわ。」






ヴィクトルと伯母とに改めて挨拶をし、馬車に乗ろうというときだった。


ぶわっと魔力を感じたかと思った直後。


きらりとひかる、氷の槍が、カミルの足元に突き刺さった。


「カミル様!」


騎士は流れるようにカミルを庇うと、槍が飛んできた先を睨んだ。

2階の窓に、見えた影は、すぐに姿を消した。


「っフレデリク!!」


「なんて真似を!!」


声を荒げるヴィクトル。

そして悲鳴を上げる伯母。


カミルはというと、騎士に庇われたまま、当たり前のようにその腕の中に収まっていた。

そして、突き刺さった槍に、文字が刻まれていることに気づく。



―――帰れ、ドブネズミ



「フレデリク従兄様…………」


カミルは思わずつぶやく。


「っフレデリク…………!!あの子…………!!」


カミルが読んだそのメッセージに気づいた伯母が、再び声を荒げた。


「ヴィクトル!私はフレデリクを問い詰めて参ります!」


顔を真っ赤にし、そのまま屋敷の中に戻る伯母。

見送ってくれたヴィクトルは、 申し訳なさそうな顔をして、何度もカミルに謝った。


「すまない。中等院であらぬことを吹き込まれてきているみたいなんだ。本当にすまない。今日のことは漏れなく父に言っておくから。」










(ドブネズミ…………)


屋敷に向かう馬車の中、カミルは目尻に涙を浮かべた。


「カミル様…………」


気遣うように声をかけてくる騎士に、カミルはぽつりぽつりと話し始めた。


「初めてだったんです。フレデリク従兄様に…………あんな風に、言われるの」


どちらかというと、好意的に関わってくれる、そんな人だった。

カミルはフレデリクがこれまで自分をいかに楽しませてくれたかを、騎士に語った。


「謝罪を、させましょう。あのままにしてはいけません。私から父君を通してお伝えします」


「いいんです。本当のことですから」


「違いますよ。確かに魔力は灰色かもしれませんが、それは馬鹿にされていいことではありません」


「でも僕は、従兄様たちのように演舞には出られないでしょう。上級魔法なんて絶対に使えませんし、なんなら魔法院に行くことだって…………」


カミルはわかっていた。いくら氷の賢者の子供だからといえ、灰色は大きなハンデ。

魔力の壁は、絶対だ。

かつて前世で、魔力の大きい者が戦士になることを諦めざるをえなかったのと同じように、

この現代で、魔力の少ないカミルは魔術師には全く向いていない。








鬱々とした気持ちで屋敷に戻ったカミルは、そのまま部屋で横になった。


(こんなもの纏っていたって仕方ない)


昼前から纏っていた第二加護魔法を手放すし、 カミルは涙する。

もはや、登録など、諦めていた。







そうして日が傾きかけた頃。


「カミル様。この後少し、お付き合いいただけませんか?」


騎士はそう言って、うじうじしていたカミルを剣術の稽古に誘った。


「今から、ですか?」


「ええ。剣に集中すれば、嫌な思いも吹き飛ぶものというものです」


流されるかのように支度を済ませ、庭に出ると、騎士はカミルと対峙するかのように立ちはだかった。

どこからでも打ち込んで来ていいと言われ、カミルは困惑する。


王国剣術の型が、古代のそれとはまるで違うとはいえ、その身に染み付いた戦士の癖が型に入り込まぬという保証はない。

油断をすれば、この身に宿る、カミル以外の記憶に、気づかれてしまうのでは。


この期に及んで、前世の記憶がバレることを恐れる カミルは、慎重に自分が今世で教わったはずの型を思い出し、再現した。


(僕は、カミルだ。カミル・レイフォルド。鈍臭くて頼りない、長男坊。)


剣に流し込んだ魔力も退散させ、戦士としての記憶を、動きを、封印する。

そして剣先を騎士に向けると、えいやと一歩踏み込んだ。


カンッ


騎士は軽く、その突きをいなし、 カミルに激を飛ばす。


「もっと踏み込んで!!」


戦士としての自分が出ないよう、おそるおそる剣を振るうカミルの消極的な姿勢は、騎士に筒抜けだった。


「怖がってはなりません!」


そして騎士は、そんな後ろ向きな姿を許さなかった。


「もっと!大丈夫!あなたならできます!」


「っ!!」


騎士の励ましに促され、次第に上がるボルテージ。

心のブレーキは少しずつ取り払われ、ほんの少しなら平気だろうと、 カミルは次第に剣に魔力を流し込み始めた。


「まだです!!」


そして気がつくと、これまでの彼からは考えられぬほどの深い踏み込みで、 カミルはつっこんでいた。


「…………っ…………!」


ところが、その瞬間、 カミルは転げる。

戦士の動きに、体幹がついていかなかったのだ。


「大丈夫ですか?」


「あ、ありがとうございます」


騎士がくすりと笑い、 カミルの腕を引いて立たせた。

ほんの3分も動いていないのに、 カミルはもう、肩で息をしていた。


「いい動きです。カミル様、どうやらあなたには、剣術の才能もあるようですね」


「えっ」


「特に、最後の踏み込み。まるで…………道場のトップ層の子を相手にしているかのようでした。」


ぎくりと カミルは肩を揺らす。


「そ、そうですか?き、きっと、まぐれですよ。転んでしまいましたし…………」


「身体が出来上がれば、見事な突きを放てるようになるでしょう。さて。ここからが本題です。」


「騎士様、僕、もうへとへとです」


あまりに強引な騎士の鍛錬に、 カミルは悲鳴を上げる。


「大丈夫。この先は、魔術の話です。昨日、私は貴方に魔剣のことを教えましたね」


「えっと…………はい。剣に、魔力をたくさん流し込む技ですね」


「ええ。ですが貴方には、必要な魔力が多すぎて、少しきつい技でしょう。」


間違いない。

戦士の”魄打”と違い、大量の魔力を満遍なく流し込む魔剣技は、灰色のカミルにはおそらく厳しい技だ。


「市井では、魔力の少なさをカバーするために、表面に付与魔法を施した剣を使うそうです。」


「付与魔法?」


「ええ。これを魔力伝導性がちょうど良い素材で行うと、表面だけ魔力の通りが良くなり、他の部分は相対的に通りにくくなる剣が出来上がります。

すなわち、少ない魔力量で魔剣を作り出すことが可能となるのです。」


「……………それ」


それは、かつて戦士見習いだった頃、”魄打”を習得する前に使っていた武器の仕様にそっくりだった。

そして鍛錬を重ねるうちに、次第にそういった補助なく”魄打"を使えるようになっていくのだ。


「カミル様。あなたなら、特別な道具がなくとも、剣の中にそのような魔力分布を作り出すことができるのではないですか?」


騎士はそう言って、カミルに模擬剣を差し出した。


「…………騎士様」


「さあ。打ってみてください」


立ち上がった騎士は、カミルの間合いの少し外側に、自身の剣を差し入れる。


(…………騎士様)


カミルはもはや、模擬剣の表面全体ではなく、打つ際にぶつかるであろう一部分に魔力を集めた。

そうすると操るべき魔力はさらな少なくて済む。

灰色のカミルにはその方が楽だった。


――“魄打”


たいしてスピードを乗せずに打ち当てたはずなのに、思い切り吹っ飛んだ騎士の模擬剣。


「やはり。」


騎士は大変満足そうに笑った。


「これで貴方はもう、新米騎士が必死になって習得を目指す魔剣技を、マスターしてしまいました」


「え?魔法院で教わらないのですか?」


「学ぶのは理論だけです。

もちろん、剣術の大会に出るような選手なら修めるかもしれませんが、それはごく一部。

多くの者は騎士になってからの半年間で、習得を目指すのです。」


「…………そう、なんですね」


「ええ。カミル様。貴方のその魔操の腕は、皆が憧れ、欲しがるものですよ。」


騎士はそう言うと、カミルの剣を預かり、にっこり笑った。


「自信をお持ちください。くだらぬ蔑みに負けてはなりません。」


「…………僕は」


天才などではない。カミルはそう言いたかった。

カミルの魔操は前世の鍛錬によるものだ。


それでも騎士の励ましは、 カミルの心を動かした。


(そうだ。戦士の技は、現代にも通用するんだ。)


だからカミルは、加護魔法を登録したいと考えた。仲間の力をいつでも使えるように。


諦めるのはまだ早い。だって僕は、戦士だから。


戦士が諦めるのは、本当に最後の最後だけなんだ。


<<”ディア・メイディア”>>


カミルは笑い、体内の魔力を震わせた。


「ありがとうございます。騎士様。気が晴れました。」


「それは何より。屋敷に戻りましょう。もう日が暮れます。」

月一更新を目標と宣言しながら、もう少し早いペースで書くことができていたのは、皆さんの応援のおかげです。本当にありがとうございます。

ただ、近頃仕事が繁忙期に入ってしまいまして、思うように作業の時間を取れておりません。

今後しばらくは、月一更新の目標はそのままに、無理ないペースで続けていきたいと思っております。

どうぞよろしくお願いいたします。

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