僕は僕にできることを 精霊の館へ①
今回も2話に分けました。
前回、 アドルに襲われるカミルを、騎士が助けに来た場面に、やや大きめの修正を入れています。
カミルが独楽の捜索に使った戦士の技"魄策"と似たような魔法を、騎士が使ったという描写です。
修正無しに書いていけたらよいのですが、まだまだ未熟者です。
読んでくださる方には、本当に感謝しかありません。
"オルディア。もらってきたよ。"
魔物と戦うための野営の地。
木々が生い茂る森の中で、戦士アレンは、先輩戦士に食料である魔物の肉を手渡した。
"お前は食ったのか?"
"うん"
"どんくらい"
"これの、半分くらいかな。ウルの肩肉。ガルディと分けたんだ。"
先輩戦士は、受け取った肉を、素手で半分にちぎり、片方をアレンに渡してくる。
"食べたってば"
"もう少し食っとけ。どうせ、奴が8割食ってんだろ"
"だって、ガルディのほうが、身体大きいし。オルディアだってそうでしょ"
もう青年と言える歳の先輩戦士は、自分より背が高く、腕だってアレンの2倍くらいの太さがある。
"そんなん大して関係ない。身体の大きい小さいに関わらず、第二加護は消耗激しいんだ。
食っとかないと、本当に動けなくなるぞ"
"わかってるよ"
突き出された肉を、しぶしぶアレンは手に取り、口に運んだ。
里で戦士が日常的に食べる魔物の肉。
色は真っ黒で、柔らかさのかけらもない。かぶりついて無理矢理引き裂く。
"おいしくない"
"やっぱり。そっちが本音か"
"だって、おいしくないんだもの"
"戦士が飯のことでわがまま言うんじゃねえ。食うのも、戦いの一つなんだ。"
"わかってるってば…………"
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「カミルが闇の魔力を?」
「はい。それも、とんでもない感度で………
アドル様のお部屋で魔力を溜め飛ばしたかと思うと、3階の物置部屋にあった独楽を、探し当てておられました。」
2人の目の前には、真っ二つに割れた独楽。
主人は慣れた手つきで、刻まれた刻印を展開し、宙に光の球を浮かせていた。
「溜め飛ばすとは?」
「はい、おそらく、こんな具合に」
騎士は当主の目の前で、軽く実演して見せる。
「なるほど……………探知魔法でも見せたか」
「確かに、カミル様の捜索の際に使いましたが…………でもそれは、詠唱を要する魔法です。
まさかただの魔操だけでこなしてしまうなんて。」
「別に今に始まったことじゃない。
無属性と星属性の魔操に関しては、あいつは昔からすぐに真似してくるんだ。
普段から魔力で物を探し出す癖もついている。」
当主はそういうと、発動していた魔法を切り、椅子に座り直した。
独楽の上に浮いていた光の球が消え去る。
「そんなことよりも、闇の魔力の方だ
そもそもあいつはレイフォルドの聖域育ち。生まれてこの方、闇の魔力になんて触れたことがないはずだ。」
「なんとなくわかると、おっしゃっていました。
私が探していたら、見つけられていたかどうか。」
アイザックは大きくため息をつく。
「私の知らぬところで出会ったか」
「聞いてみましょうか」
「………………いや。いい。
下手したら、忘却の彼方にあることが関係してるやもしれん。
無駄に突いて記憶を呼び覚すのはやめておきたい。」
「忘却の…………第一夫人の関係ですね………承知しました。仰せの通りに。」
「それで、様子は?」
「かかとを軽く怪我されていますが、あまり気にする様子もないようです。
それよりも、アドル様が怪我をされたこと、ご自分の独楽が魔術に使われたことを気に病んでおりました。」
「そうか。ならひとまず、こいつはお前のじゃないと伝えておけ」
「方便を使われるのですか?」
「いや。本当にこれはカミルの独楽じゃない。
これはおそらく王都商会の量産品。
カミルの独楽は、一見これと同じだが、刻印の中身が違う。
あいつにとって普通の魔法独楽は簡単すぎるから、一昨年、私が改造を施してやったのだ。」
「なるほど。では、これはアドル様の?」
「さあな。こいつの出所は、 アドルに聞かんとわからん」
レイフォルド卿は、独楽をつまみながら答える。
「カミル様の部屋にあった独楽が入れ替えられていた可能性は」
「だとしたら、容疑者は相当絞られるな。
3日前、私が カミルの部屋で拾った時は、間違いなく改造独楽の方だった。」
「結界を通過した人物は、昨日までは、指定の使用人のみです。今日はそれに加え、アドル様、奥様、そして伯父上様が通られました。
突破された可能性も考え、他に誰が来なかったかと カミル様にも伺いましたが、心当たりがないとおっしゃっておられました。」
「やはり、身内か」
「はい。アドル様の独楽の入手先次第ではありますが。」
「聞けるのは、目が覚めてからだ。少し先になるな。」
そう言うと、アイザック・レイフォルドは、流れるようにパイプを取り出して火をつけた。
「まったく…………カミルが屋敷に来ると、いつも何かが起きる。
天下のレイフォルドに、灰色がいることが許せん輩の仕業か、それともあいつが跡継ぎになると都合の悪い者がいるのか。」
「…………氷候様。出発を前倒しにすることは、難しいでしょうか。お話を聞くに、旧邸の方が安全です。闇の魔術を持ち込めぬ地でございましょう。」
「同じことを考えていた。が、お前はそれでいいのか。離れる準備があるだろう。」
「問題ありません。私の家族は王都にはおりませんから。
退任の儀に関しても、以前も出席せず文書で済ませた者がおりましたし、なんとかなりましょう。」
「それは出席しなさい。私は炎の賢者のように、国の騎士をぶんどるつもりはない。
が、お前が許すなら、前倒しには賛成だ。 カミルはここにいてはいけない。
陛下には明日、日程の調整を願い出てこよう。
寛大な方だ。きっと許してくださる。」
****************
翌朝、カミルはバルコニーにつながる扉を開け、昨日と同じように風の匂いを感じた。
"ディア・メイディア"
身体を駆け抜ける魔力を感じ、纏わせる。
昨日のうちに体に纏わせた第二加護魔法は、未だ健在だ。
そのおかげか、寝た時間は遅かったけれど、短時間の休憩で十分回復することができていた。
アドルに”瘴気”が取り憑いていたことには、大いに驚いたし、 元戦士のカミルにとっては許し難い出来事だった。
ーーーなぜ、あんなに酷い魔術を。
悲しさと憤りを感じる中、気持ちを落ち着かせて、ちゃんと休むことができたのは、騎士のおかげだ。
「え?僕の、独楽じゃない?」
騒動の後、うまく寝付けずに月明かりの下で小さくなっていると、騎士が部屋にやってきて教えてくれた。
「ええ。詳しくは調査中ですが、どうやら刻印が違ったようです。貴方のものは特別だと、父君がおっしゃっていましたよ。」
「はい。回すのに必要な魔力量が違うんです。そっか、じゃあ、あれはアドルの…………?」
「それも調べている最中です。なぜあの独楽に闇の魔術が施されていたのか、それから貴方の独楽が一体どこに行ったのかも。
ご心配なく。父君が精を尽くされています。」
一体どこであんな魔術を、とぐるぐる思い悩んだ思考は、騎士の説明ですうっと消えていく。
アドルの容態についても、尋ねれば騎士は教えてくれた。
「手当が済み、薬も飲まれました。今は落ち着いて休んでおられます。」
「痛がったりは、していませんか。昔、痛み止めが効かないって怒っていたことがあって」
「それは、軽傷用の弱いものでしょう。今回は強めの鎮痛薬です。
副作用でしばらく寝たきりにはなると思いますが、効かないということは、まずないでしょう」
「そうですか。よかった。」
カミルは安心して胸を撫で下ろした。
部屋を抜け出して戦士の加護を授けてやるべきなんじゃないかとか、本気で悩んでいたのだ。
「…………貴方は、優しい方ですね」
「え?」
「こんなことを聞くのは野暮かもしれませんが…………少しは アドル様の不幸を嬉しく感じる気持ちはないのですか?
聞きましたよ。ずっと貴方のことをいじめていたのでしょう?」
「それは、そうですけど………… 」
カミルは言葉に詰まる。
以前の自分だったらそうだったかもしれないが、今の自分はそうじゃない。
ここまで人が傷つくことに苦しみを感じるのは、おそらく戦士の性だ。
「たとえ アドルのことが嫌いでも…………ここまで、酷いことになってほしいなんて、思うことはありません」
里の戦士にとって、人は守るべき対象だ。苦しむべきは魔物であって、人ではない。
「ましてや…………あの闇の魔力というの…………僕は嫌いです。」
珍しく、嫌悪を露にしたカミルに、騎士は目を細めて笑った。
「正しい感覚です。あれは人の悪意を糧にする闇魔術の力。囚われてはなりません。」
「はい。あんな気味の悪いもの、受け入れるなんて絶対にしません。」
「そのようですね。いらぬ心配でした。
さて、カミル様。今日はもう遅い。他に気になることがなければ、お休みください。」
「気になること…………………あの、一つだけ」
「なんでしょう」
「僕に…………僕にできること、ありませんか。
僕はまだまだ未熟だけど…………できるなら、家の役に立ちたいんです。」
アドルに闇の魔術がとりついた。これが普通じゃない出来事なのはカミルにもわかっていた。
家の一大事。そこに何か、役に立つことができれば。そんな責任感が働いた。
「立派な心がけです。が、ならばなおさら、今はお休みなさい。
貴方が力を発揮すべきは今回の事件に関することではありません。
父君に言われたのでしょう?来年に向けて修養に励みなさいと。」
騎士の言葉は、不思議と真っ直ぐにカミルの心に入ってくる。それはきっと、似たようなことを、戦士の時にも言われてきたからだ。
「明日以降、貴方が淡々と、貴方のやるべきことに集中できたなら、父君も安心して事件の調査に集中できるでしょう。」
そんな具合で眠りについたのは、すでに夜明けへのカウントダウンが始まるかという時間帯だった。
それでも、戦士の加護を纏ったカミルには十分な休息だった。
連戦でも消耗しないよう、わずかな睡眠でも回復力を高めてくれる。それが、戦士の第二加護魔法だった。
("僕は、僕にできることを")
自分がやるべきことを思い出した カミルは、いつものルーティンの後、机の中から例のコードが書かれた紙を取り出した。
今、 カミルが抱えている課題は、このコードの解読である。
しばらく集中して少し取り組んでみるが、まるでわからない。
(これはたぶん、刻印関係の本を、調べたほうがいい)
そう考えて、カミルは廊下にいる使用人を呼び出した。
「刻印術の本ですか?」
「うん。いくつか、持ってきてもらえない?」
「承知しました。お待ちを。」
そう言うと、使用人はカーテンの裏に消えていく。
カミルの部屋の出入り口からは、扉がなくなっていた。
昨日、あの騒ぎの中、 カミルが扉を封鎖したせいで、騎士が部屋に突入するために、魔法で粉々にしてしまったらしい。
他の部屋を用意するかという話で大人たちが慌てていたが、結界魔法を動かすのに時間がかかるため、ひとまずカミルは再び自室で過ごすことになった。
代わりに大判の布がカーテンのように覆っていたが、窓から吹き込む風が布を揺らし、廊下に吹き抜けていた。
「早いお目覚めですね。」
風が吹き抜ける部屋の中、持ってきてもらった本を読み漁っていると、まもなく騎士が部屋にやってきた。
「騎士様。おはようございます」
「おはようございます。もう少しお休みになっては?」
「大丈夫です。ぐっすり寝ました」
騎士は少しため息をつくと、まあいいでしょうと許してくれた。
「ところで カミル様。コードの解析の前に、やることがあるでしょう」
「えっと?」
「忘れたのですか?登録魔法の件。」
「あ…………!」
今日明日中に決めろと父に言われたのは昨日のこと。その後、いろいろなことがありすぎて、 カミルはすっかり忘れてしまっていた。
「そうか。今日中に決めなきゃいけないんでした…………どうしよう」
先ほどまで開いていた本を閉じ、悩み始めたカミルに、騎士は笑いかけた。
「私でよければ、話し相手になりますよ。何で悩んでおられるのです。」
「えっと…………」
カミルはカーテンの方を盗み見る。大判のカーテンは、姿は遮断しても話し声はダダ漏れだ。
「これを使いましょうか」
騎士はそう言うと、テーブルの上に置かれていた風の魔道具を起動した。
2人の話し声が外に漏れなくなる。そんな効果を持つ。
「…………実は僕も、この間まで、アドルと同じ、アストロランスをって思ってたんです。」
包まれる風の魔力に安心したカミルは、少しずつ話し始める。
カミルの少なすぎる保持魔力の話は、使用人には伝えていない。
「でも、僕は灰色だから、そんな魔力がたくさん必要な魔法を登録しても、あまり練習できないし、意味ないんじゃないかって。
「良い判断だと思います。1日に数回しか発動できない大型魔法で頑張るより、何度も発動できる魔法で練習回数を重ねるほうが、結果的に氷の力が伸びていくでしょう。
ひいては、いつか、アストロランスのような魔法を使う時が来ても、上手に使えるようになっているはずです。」
「はい。でもだからといって、他に何にするかと言われると、全く決まってないんです。」
「そうですね…………ではまず、気になる魔法を書き出してみるのはいかがですか。」
「そうします!」
カミルは立ち上がり、これまで広げていた刻印の本をバタバタと片付け始めた。
そんなとき、ぐぅっと盛大に腹の虫が鳴った。
「し、失礼しました!」
真っ赤になって縮こまるカミル。
そんな少年を前に、騎士は笑った。
「続きは後にいたしましょう。ちょうどもう、食事の時間です」
その後、腹の虫が鳴ることはなかったけど、カミルは過去に類を見ないほどに、腹が減っていることを自覚した。
食が細く、普段はアドルの半分程度しか食べないカミルが、その日は使用人も驚くほどの量を口にした。
(間違いない。第二加護魔法のせいだ。)
便利すぎる第二加護魔法の唯一の欠点。
それは、使いすぎると、腹が減ることだった。
発動の間は、とにかくエネルギー消費が激しく、戦士にとって食事量は生命線に等しかった。
幸い、里には腐るほどの魔物の肉があり、食べ物に困ることはない。戦いの間も休みのたびに口にして、不足するエネルギーを補っていたのだ。
そして今世でも、それが食事の時間であれば、望めば望むだけの量を食べることを許された。
ところが普段食べない腹に、いきなりそんなに食べ物を入れられるわけもない。
この後、加護を維持するために、カミルは自分の決して大きくない胃の容量と相談しつつ、無理ない範囲で食べるようにした。
(これで、保つといいんだけど…………)
そもそも戦士の食事は3食どころではないので、今の生活で魔法を維持できるか、非常に怪しいところだった。
(はあ。今、登録したいのは、氷魔法じゃなくて第二加護魔法の方だよ…………)
苦しくない程度に食事を終えて、部屋に戻った カミルは、先ほどの続きで魔法のリストアップを始めた。
「えっと…………」
- アイスアロー
- アイスボール
- アストロランス
ところが、たいして書き出さないうちに筆は止まってしまう。
「他に、何があったっけ…………」
思いつくものは、カミルが逆立ちしても使えない、高魔力の魔法ばかり。
これまでいかに自分が、魔力に憧れてきたのかがよくわかる。
(ちがう。もっと別の何か…………)
立ち上がった カミルは、先ほど片付けたばかりの刻印術の本を手に取り、パラパラとめくり始めた。
(あ…………これ…………いいかも)
本を起点にアイデアを思いついた カミルは、先ほどの紙に書き足す。
- ポールエンチャント
そして、しばらくその文字を眺めた。
(うん…………これしかない気がする。消費魔力が少なくて、けれどもいろんな応用が効く氷魔法。)
ポールエンチャント。正式名称、冷極生成魔法。
冷気の発生源を作り出す魔法で、簡単に言うと物を冷やす際に使われる魔法だ。
応用範囲は非常に幅広く、各種魔道具、各種魔法、いろいろなところで使われている。
考えれば考えるほど、 カミルは、今見つけたこの魔法が、ベストな選択な気がしてきた。
問題は、今のカミルの氷の力で、このエンチャントの発動が叶うかという点。
そして、登録を父に認めてもらえるかという点だ。
カミルは部屋のカーテンを開け、廊下をチラ見した。
「カミル様?どうされたのです?」
「あ、うん。騎士様、まだかなって」
彼女は食事の後、父と話すと言って、いなくなってしまったのだ。
後で部屋に行くので先に魔法を選んでいるようにと、カミルは言いつけられていた。
「急ぎのご用事ですか?お取り継ぎしますよ。」
「ううん。そんなんじゃないから。大丈夫。
そうだ。ねえ、何度も頼んで悪いんだけど、ポールエンチャントのことが載ってる本ってあるかな?」
「ポールエンチャント?ええ。あると思います。お持ちしますか?刻印術同様、すこし専門書も混じってしまうと思いますが…………」
「うん。平気。お願いできる?」
「かしこまりました。お待ちください」
しばらくして、使用人が持ってきた本は、10冊にも及んだ。
「なにせ、多くの魔法のベースとなっている基礎魔法ですので…………資料は山ほどあります。
取り急ぎ、適当に選んで参りました。
他に必要そうであれば、またお呼びください。」
「ありがとう。助かるよ。」
カミルは再び、使用人が持ってきた本を開き、集中の海に潜り始めた。
「何をしているかと思えば。」
騎士が戻ってきたのは、カミルが3冊目の本を開いた頃のことだった。
「騎士様!」
カミルは待っていたとでもいうように、騎士に駆け寄る。
「聞きましたよ。新しく、本を運ばせたとか」
「はい。僕、登録するの、これがいいんじゃないかと思って。
いろんな魔法に入っていて、マスターできれば他の魔法も上手になる、そんな気がするんです。」
「ポールエンチャット……これまた難しいものを選びましたね」
「そんなことないですよ。これまでに教わった魔法を駆使すれば、なんとかなると思うんです。
ほら、ここに練習のやり方が書いてあって。」
「ええ。いい選択だと思います。
ただ、練習に根気が必要ですよ。アイスランスなどの演舞魔法と違って、派手さはありません。
地道な修練が必要です。」
「はい。覚悟の上です。」
「よい決意ですね。ではそのように氷候様に伝えましょう。」
騎士はくすくすと笑いながら答えた。
「もうしばらく、続きを読んでいてもいいですか?
登録するなら詳しくなりなさい、って前に教えてくれた先生が言っていたんです」
「もちろんです。でもその前に、少しばかりお付き合いください。
あなたに伝えるべきことがあります。
ここではなく、ちゃんと扉のある場所で。」
そう言って、騎士はカミルを部屋から連れ出した。
連れてこられたの1階の客間だ。
カミルの部屋と同じような、観音開きの扉の前で彼女は足を止めた。
「昨日、魔法で扉を固めましたね?どのように、されたのです?」
「内側から…………模擬剣と生成魔法で固めました。あの時は血盟魔法を使っていたので、今やろうとすると、だいぶ時間がかかります。」
「なるほど。では扉を閉めて、外から アドル様を閉じ込める、というやり方もあったのですね」
「あ…………はい。思い、つきませんでした」
カミルは本当に アドルを助けたくて、そして乱入してきた使用人を巻き込みたくなくて、咄嗟に行動したのだ。
「いいですか。闘いの指南など、基本的に護衛がつく貴方には必要ないのですが、念のため。」
騎士の瞳は、しっかりと カミルをとらえている。
「昨日のあなたの判断は悪手です。この内側から鍵を閉めるという行動によって、貴方は武器を失い、かつ逃げ道まで失いました。」
騎士の言い分は正しかった。カミルが第二加護魔法を使えない、ただの現代少年であったならば。
「あなたには、内に立て篭もらず、外から扉を締め切るという選択肢もあったはず。
護衛されるべきあなたが、自らすすんで危険に向かっていってはなりません。」
「…………はい」
カミルの返事は歯切れが悪かった。
守られるポジション。
なんて戦士と反りの合わない響きだろう。
例えば今回と同じような状況に出くわしたとして、カミルにそんな選択ができるだろうか。
「とはいえ…………突然の出来事でしょうし、強くは責められません。今回は無事であっただけ、ご立派です。」
「騎士様…………」
「次はないと思いたいのですが…………万が一、同じような事態に陥った時のため、
あなたに屋敷の刻印錠の開閉を教えるようにと氷侯様から仰せつかってまいりました。」
「え?」
刻印錠。それは刻印と呼ばれる模様を使った、錠前である。
その模様に沿って、一定の手順で魔力を流し込むことで、ロックをかけたり解除したりすることができるセキュリティだ。
「ここに触って、刻印を薄く魔力で覆ってください。これから施錠して見せますから、魔力の流れを覚えてくださいね」
扉の接続部分にある刻印を、騎士は指差す。
言われた通りに カミルが模様に触れると、騎士はその真ん中にある鍵穴に、鈍い光を放つ鍵を差し込んだ。
すると流れ込んできた騎士の魔力が、その印をなぞっていく。
カチッと音がして、鍵がかかる音がした。
「覚えましたか?」
「はい」
「では、同じように流して鍵を開けてみてください。」
カミルは騎士が見せてくれた通りに、刻印に魔力を流し込む。
カチッと、鍵が開く音がした。
「お見事。大丈夫そうですね」
騎士は扉を開け閉めして、鍵の具合を確認した。
「今お見せしたのは、屋敷のマスターパス。
これさえ覚えれば、屋敷のどの錠前も自由に開け閉めすることができます。扉も、窓も、全てです。
昨日のような緊急事態に陥った際にお使いください。
相手を部屋に閉じ込めるもよし、逆にどこかに逃げ込んで閉じ籠るもよし。」
「僕が、これを、知ってしまって、いいんですか?」
刻印錠は、大切なセキュリティ。扉に限らず、様々な場所で使われている。
だから、勝手に触ってはならないし、感じ取ってもいけない。
魔力に対する感度の高いカミルは、幼い頃からそのように言い聞かされてきた。
「確かに、屋敷には、数多くの魔道具や魔法書があります。不用意に触れれば、あなたの命を奪うようなものも少なくありません。
けれども、もう貴方は、そういったものを無闇矢鱈に触ることはしないだろうと、氷候様は判断されました。」
「父上が………」
「ええ。ですからその信頼を裏切るようなことのないよう、扱いにはご注意を。」
渡された情報の大きさに少しどぎまぎしながらも、父からの信頼を得られたことが素直に嬉しく、カミルは軽い足取りで部屋に戻る。
その最中、 カミルは覚えのある魔力を感じた。
「アドル?」
アドルが怒っているときの、魔力のふくらみ。
彼はその身に大きな魔力を宿しているがために、感情の起伏による魔力の放出が人よりも大きかった。
以前からカミルは、この誰よりもわかりやすい魔力の気配を頼りに、機嫌の悪いアドルと遭遇しないように日々を過ごしていた。
が、今感じるこの魔力のうねりは、普段の比ではない。
「どうしたんだろう。 アドル、すごく、怒ってる」
「ちょうど、薬が切れる時間帯です。痛みと、戦っておられるのでしょう」
「えっ…………!」
「大丈夫。しばらくすれば、また落ち着きますよ。すぐに、追加で投薬するはずです。」
「……………っ」
薬さえ飲めば大丈夫だろう。そう思い込んでいたカミルにとっては衝撃だった。
思い返せば自分の手首の治療の時だって、薬が切れる時間帯があった。
(やっぱり、加護を………いや、できれば強化も………………)
戦士としての自分が、さっさとアドルを助けてやれと言っている。
目の前で苦しむ人間を助けないのは、里の戦士としてありえない。
一方で、反論する自分もいた。それは、王国の魔術師大家、レイフォルドとしての自分。
(それでもし、僕の前世のことがバレたらどうするんだ?
アドルのことだから、少しでも疑惑を持てば、みんなに言いふらすに違いない。
レイフォルドの跡継ぎは、元暗黒時代の戦士で、魔物を食べて生きていたって?
そんなことが知れ渡ったら………家の評判は地の底だ。)
戻る途中で固まってしまったカミル。
そんな彼に、騎士は戸惑いつつ、優しく声をかけて部屋にうながした。
「カミル様、お部屋へ戻りましょう」
アドルの部屋から遠ざかれば、その痛々しい魔力は次第に感じ取れなくなる。
そして騎士が作り出している自室の結界の中に入ってしまえば、それはもはや、わからなくなった。
「まだ、魔力を感じますか?」
変わらず、不安そうにアドルの部屋の方を見つめるカミルに騎士が尋ねる。
「いいえ、もうここまで来たら、わかりません」
「それでも、心配なのですね…………わかりました。私の方で様子を見てまいりましょう。
お部屋でお待ちください」
騎士はそう言うと、カーテンの裏に消えていった。
中途半端な切り方になってしまいました。
ちょうど、半分くらいのところで切ったつもりですが、もしかしたら次話の方が膨れるかも……
2話に割ればいいや、なんて思うと、今度は際限なしに書き始めてしまって……………これもちょっと考え物ですね。
次話は、頑張って1週間後くらいにあげたい!
と気持ちは思っているのですが、実際には2週間になってしまうかと思います。
以下、用語変更に関しての個人的反省
以前、以下のような宣言をしました。
①”魄”なる筆者の造語を、魔力の意味を持つ古代の言葉として使っていきたい。
②加護魔法という用語を考え直し、以前のエピソードを修正していきたい。
結論から申しますと、①は継続、②は諦めようと思います。
ただでさえ設定盛り盛りの世界観、説明事項が増えがちな初期のエピソードに、誰も知らない”魄”なる用語を突っ込むことの難しさに、修正をかけようとして、ようやく気付いたからです。
ここ数週間の間、魔法のことを何と表現しようといろいろ考えました。
”魄技”にしようかなとか、"魄術"にしようかなとか。
けれど、2話あたりを修正しようとして初めて気づきました。
加護魔法は「加護魔法」として書かないと、今以上に訳わからん話が出来上がってしまう。
少なくとも文学表現ド素人の私には、無理難題がすぎました。
同時に「魔法」とは何て便利な言葉なんだと痛感しております。
現実に存在しないファンタジックな概念なのに、ここまで皆さんに伝わりやすい用語がある。
面白くも少し不思議な感じがします。サブカル文化の発展に感謝です。




