僕は僕にできることを アドルの嫉妬②
慣れぬ運動をした体は疲れ切っていて、本を読もうとしたのにカミルはうとうとと眠ってしまった。
「カミル様、起きられますか?」
気がつくと窓の外は、オレンジ色。
ソファーに持たれていたはずの体は、ベッドに移動している。
「あれ、僕」
「よく寝ておられました。お疲れのようですが、夕食の時間です。ご準備を」
(結局、読めなかった…………)
先ほどまで続きを読もうとしていた古代語の書は、誰かが片付けてくれたのか、部屋の机の上に置かれている。
心の中で軽くため息をつきながら、着替えて食堂に向かうと、すでに義母が席についていた。
ところが、いつも一緒にいるアドルが見当たらない。
聞くと、体調不良のために部屋で休んでいるらしい。
「さっきまで、あんなに元気だったのに。
大丈夫なのでしょうか?」
「一晩休めば戻るでしょう。あなたが心配する必要はありません。
いつまでも立ってないで、さっさとお座りなさい。」
そして大変珍しいことに父がそこにやってきて、カミルの心は少しはねた。
食卓を共にするなんて、カミルの記憶では過去に数えるほどしかない。
その上さらに、父の一声で騎士も参加した。
「ご家族の団欒に水を差すことになります」
「遠慮はいらん。世話になっているのだから。」
食事を進めながら、会話を進めたのは義母だった。
「騎士様は、北方のご出身なのですね。」
「はい。海沿いにある、小さな港町です。」
「存じてますわ。スペニールへの船が出てますでしょう。」
「ええ。王国の大街道には足元にも敵いませんが、交易で大きくなった街です。」
カミルは2人の話に慌てて脳内の王国地図を引っ張り出す。
「カミル。話についてきてますか?」
義母はこういうとき、子供達の知識を確かめるかのように、話を広げてくる人だ。
「えっと、確か、寒いところですよね」
なんとか記憶を擦り合わせて聞いてみる。
すると騎士がくすりと笑った。
「気温に関しては、こことあまり変わりませんよ。」
「え?北の国なのに?」
「ローランドが寒いのは内陸、そして東側です。西の海岸沿いは暖かい海のおかげで、そこまで寒くなりません。」
「カミル。貴方、少し、勉強が足りませんね」
「う…………ごめんなさい」
教わった気がするのに、すっかり忘れてしまっている自分がいた。慌てて話題を変える。
「あ、あの、騎士様。僕、ひとつ、気になることがあって。聞いてもいいですか?」
「なんです?」
「海の匂いというものに興味があるんです。一体どんな匂いなんですか」
「海の匂い?」
「はい。前に僕に教えてくれていた先生が、教えてくださいました。
海の街は、海の匂いがするって。」
騎士は驚いたように目を丸くする。
「カミル様。貴方は、海を見たことが………」
「ありません。僕はずっと、精霊の館にいましたから」
「そうですか。うーん。困りましたね。匂い…………どう伝えたらいいでしょう」
「これまた答えにくいことを聞くな、お前は。」
呆れた声を上げるのは父親だ。
「よくない質問だったでしょうか………」
「なら逆に聞くが、お前は、館の丘に咲く花の匂いを教えろと言われ、答えることができるのか?」
「あ…………う…………できません」
「少しは考えてから物を聞きなさい。すまんな、シュラック。考えが足りん子で。」
「いいえ。良い案を思いつきました。
氷候様。ほんの少しだけ、風を生成してもよろしいですか?」
「ああ。そうか。構わん。」
「ありがとうございます。カミル様。こちらに」
カミルは騎士に促され、彼女の前に起立した。
『風の星霊よ』
騎士の魔力と共に、ふわっと駆け抜ける風。
そこに混じる、どこか懐かしい湿気と塩気の交じる不思議な匂い。
(あれ?僕、これ知ってる…………?)
記憶を探ってみても、一体どこで嗅いだのか、全く分からない。
前世も今世も山育ち。
海の匂いなんて、知る機会はゼロなのに。
「カミル様?いかがですか?」
「なんか、しょっぱいような、生暖かいような…………」
「これが海の香り…………潮の香り、と呼ばれるものです。」
「そうなんですね。今のは………生成魔法ですか?」
「はい。本来は無臭になるはずなんですが、私が風魔法を苦手としているせいか、どうあっても混じってしまうのです。」
「海育ちにはよくある現象だ。逆に山育ちの魔法には、森の匂いが混じることがある。」
「じゃあきっと、僕はそっちです。」
前世も今世も、カミルは完全に山育ち。
いつか風魔法を使う時が来たら、故郷の風に乗って流れてきていた、土や植物や湿った空気の匂いが再現されるに違いない。
そう、ニコニコと答えるカミルに、苦笑したのは騎士だ。
「それは困りますよ。魔術としては無臭の方が、扱いやすいのですから。」
そんな具合で、その日の夕食の時間はとても和やかに過ぎていった。
そして食事が終わり、解散、というタイミングで父が声をかけてきた。
「カミル。お前、今年の魔法登録がまだだろう。
この後、儀式部屋に来なさい。時間がとれるうちに済ませてしまいたい。」
「あ…………はい、えっと僕は…………」
レイフォルドでは、1年に1回、当主から2つの魔法を授けてもらうというイベントがある。
そのうちの1つは当主が選ぶが、もう1つは本人が選ぶことになっていて、カミルはすでに今年の希望を伝えていた。
「確か、アストロランスがいいと、言ってたな」
それは中級魔法という分類に仲間分けされる氷魔法で、正式名称はアストロ・アイスランス。
氷の槍が星のように幾つも生成され、任意の方向に降り注ぐという、戦闘を意識した派手な攻撃魔法である。
カミルには消費魔力が多いけれど、アドルに影響されて選び、父に希望を伝えたのは星祭りの前日、アレンの記憶に目覚める前だ。
「あの、父上。少しだけ、考え直す時間をいただけませんか」
父は少し驚いたような声を上げる。
「どうした。いきなり。
以前はだいぶ、アストロにこだわってた気がするが。」
「あの、今の僕に必要な魔法が本当にそれなのか、今一度考えたくて…………」
「わかった。いいだろう。だが…………あまり時間はやれん。」
「そうですよね。申し訳ありません。もう新年を過ぎているというのに…………」
「いや。そういうわけではないのだが…………まあいい」
父は少し言葉を詰まらせた後、仕切り直すかのように咳払いをした。
「カミル。やはりこの後、部屋に来なさい。儀式部屋でなく私の部屋だ。魔法の件とは別に、お前に渡すものがある。」
「!…………はい、わかりました」
父の歯切れの悪さに疑問すら持たず、むしろ滅多にない呼び出しに緊張しながら、カミルは返事を返す。
「氷候様。申し訳ありませんが、先に薬の時間をいただいてもよろしいですか?そろそろ切れるタイミングです。」
「ああ、構わん。終わり次第、部屋によこせ。」
「ありがとうございます」
『氷の星霊よ』
食事が終わり、部屋で薬を飲まされたカミルは、治癒薬を負傷部位に上手く回すために、しばらくの間、氷の魔力を患部に集めるよう言い付けられた。
この2日ほど、薬を飲むたびに行ってきた作業である。
慣れたカミルは、もはや騎士に言われる前に唱え、氷の魔力を体内に作り出した。
「では、10分ほど治癒に取り組んだら、父君のお部屋に向かってください。
私は先にお話に向かいます。」
騎士は、机に砂時計を置くと、そのまま部屋を後にした。
(あれ。今日はちょっと、調子いいかも)
カミルは、氷の魔力を扱うことが苦手だっだ。
星の魔力や、大地の魔力と比べると、大変に扱いにくく、患部に集めるなんて作業も集中を要した。
何かをやりながら、なんて器用な真似はできず、目を閉じて氷の魔力の気配を感じ取ろうと、神経を研ぎ澄ませるしかない。
ところがこの日は、だいぶ扱いやすいと、カミルは感じた。もちろん、星の魔力や大地の魔力の扱いやすさには到底及ばないが。
(もしかして、古代語が少し、わかるようになったからかな?)
調子の良さを前向きに捉え、上機嫌で治療を進めたカミル。
時間になり、父の部屋に向かう間も、緊張なんてなんのその。その足取りはとても軽かった。
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カミルが父の部屋に呼ばれていたその頃。
カミルの部屋に、アドルがやってきていた。
使用人を無視して、無理矢理部屋に押し入る。
「ア、アドル様っ…………体調がすぐれないと伺いましたが…………」
使用人が心配したように話しかけるが、アドルは冷たく返す。
「別に平気。あいつは?」
「カミル様でしたら、御当主のお部屋です。」
「は!?父上の?なんで!?」
「さ、さあ。なんでも、夕食の際にお部屋に来るように、呼ばれたとか。」
「…………っ」
アドルは、わなわなと拳をふるわせると、机の上に再び飾られた独楽に気づき、それを引っ掴んだ。
「っどけよ!」
そして、使用人を押しのけ、逃げるようにその場を立ち去った。
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父の部屋に入ると、そこはいつもの葉巻の匂いに満ち溢れていた。
「カミル。さっきの話だ。
登録する魔法は、今日明日中に決めなさい。」
騎士も同席する中、父はキッパリと期限を設けた。
「わかりました。遅くなってごめんなさい。」
「勘違いするな。
急かすのは、時期を過ぎているからじゃない。
お前がまもなく、王都を離れることになるからだ」
「え?」
「いいか。カミル。お前は来年に向けて、引き続き修養が必要だ。
そこに専念するためにも、近々、慣れ親しんだ旧邸に戻りなさい。」
「旧邸に…………父上、あの、でも、4月から アドルは」
「ああ。あいつは、王都の見習い学校に通う。だから戻るのはお前1人だ」
「!」
「出発は10日後で手配した。
魔法登録はもちろん、他の諸々のことをそれまでに済ませなさい。」
「10日後…………わかりました」
カミルの歯切れの悪い返事に、父はふぅっと、長く煙を吐き出した。
「…………どうにも、浮かない返事だな。精霊に会えると言って、喜ぶかと思ったが。」
「それはそうなのですが…………騎士様とあと10日でお別れなんて、少し寂しいなって。」
後ろで騎士がくすりと笑った気がした。
「シュラックは、一緒についてきてくれる。」
「え!本当ですか?」
「ええ。氷侯様は嘘はおっしゃいませんよ」
「そういうわけだ。
ただし、この件は、義母や アドルにはまだ言うな。使用人にもだ。
伝えるべき時期が来たら、私の方から伝える。わかったな?」
「はい。旧邸に帰るのは、みんなには内緒ってことですね」
「そういうことだ」
「わかりました。」
「それから、もう一つ。」
そう言って父が渡してきたのは、昼間に伯父がくれた、アイスランスの魔法書だった。
「中身に特に問題はない。普通のアイスランスだ。消費魔力はわかるな?」
「800マーナです」
「よろしい。これはお前に返しておく。
発動は自由にして構わん。自分の残魔力と相談しなさい。」
「ありがとうございます」
渡された書を、カミルは受け取り、抱きかかえる。
「ただし…………表紙の発動刻印に、私の方でとある仕掛けを施した」
「仕掛け、ですか?」
「ああ。それを解かねば、発動は叶わん。自分で刻印の中身を解析し、その仕掛けを解きなさい。」
それは久々に与えられた、父からの課題だった。
「わかりました…………!」
その時だ。
「失礼します。氷候様、少しよろしいですか。」
後ろで控えていた騎士が、急に前に出てきて、カミルに聞こえぬよう父に耳打ちをした。
「(わかった。向かえ。)」
その短いやり取りの後、騎士は部屋を出ていく。
(なんだろう)
騎士の用事の先を思い浮かべるのも束の間、父の言葉がカミルの興味をひいた。
「さて。久しぶりに魔術の具合を見てやる。
試しに…………今ここで、刻印展開をしてみなさい。」
「!…………はい!『星の精霊よ、印に刻まれし彼の願い 今ここに写し出せ』」
カミルが発動させたのは、刻印展開魔法。
8歳のとき、新年の魔法登録で、授けてもらった魔法だ。
刻印の中身を解析する際に使う魔法で、カミルが表紙に手を添えれば、彫られた幾何模様から光の球が浮き出てくる。
光の球は魔術文字で構成されていて、カミルの魔力の動きに合わせて、まるで生き物のように蠢いた。
(仕掛け…………どこだろう…………?)
カミルは父の課題に応えるべく、目を瞑り、その光の球を両手で支える。
(見つけた…………!)
丁寧に満遍なく魔力を流し込めば、目当てのものはすぐに見つかった。
「発動、循環?キャンセル…………?」
後から付け足されたのがよくわかる父の魔力。
ところがそれを読み解くとなると、大変だった。
魔術文字で記載されているために、頭の中で現代語に変換していかなければならない。
「書き出すか?」
紙を差し出され、カミルは飛びついた。
「はい。『星の精霊よ』」
右の人差し指を光の球に近づけると、宙に光の文字が現れ、その指先を追いかける。
指が紙を指し示せば、紙面に次々と文字が吸い込まれ、文を残していく。
魔術の根幹を成すその文のことを、現代では魔術の「コード」と呼んだ。
「よろしい。展開も転写もよくできている。
残りはコードの解読…………頭を使う作業だろう。
明日以降、部屋に戻ってやりなさい。困ったらシュラックに助けてもらえ」
「はい!」
そんなわけで上機嫌で部屋に戻ったカミル。
先に出て行った騎士が部屋の前にいて、アドルが乱入し、独楽を奪って行ったという話を聞かされた。
「やっぱり、欲しかったんだ」
「大切なものでしたら明日、お話に行かれるのが良いと思います。勇気を出して。」
カミルは首を横に振る。
「いいえ。僕は、いりません。
アドルが欲しいのなら、それでいいんです。」
もう独楽に思い入れがないことを伝えると、カミルは椅子に座って、先ほど丸めた紙を広げ始める。
「魔術コード…………氷侯様の課題ですね?」
「はい。これを、解読しなければなりません」
「明日に回したらどうです?もう遅いですよ」
「いいえ。せっかくの父上からの課題ですから。はやく解きたいんです。」
そう言って、読み始めたカミルだったが、疲れた身体に、集中力を要する解読作業。
気がつくと、うとうとし始めていた。
(ダメだ…………眠い…………)
教養剣術で、珍しく身体を思い切り動かしたカミルは、迫り来る眠気に勝てなかった。
第二加護魔法さえあれば、こんなことにはならないのに。
戦士の魔力に頼れば、疲労回復は早いし、睡眠時間が短くても問題ない。
ところが発動には、長尺の詠唱が必要だった。
(”入れ墨”がないことが、こんなに不便だなんて)
そうしてカミルはまた、椅子で居眠りを始めるのだった。
夜中、目が覚めたカミル。
再び誰かが、運んでくれたらしく、椅子からベッドに移動していた。
(寝ちゃった…………あと10日しかないのに)
カミルが王都を離れることに前向きになれなかったのは、騎士のこともあったが、それ以上に父と離れるのが嫌だったからだ。
この屋敷にいても、忙しくてなかなか会えない父。田舎の旧邸となると、本当に数ヶ月に一度しか会うことができない。
今日のように魔術を見てもらえる機会は皆無に等しいのだ。
『氷の星霊よ 我が手に集めよ 月夜の雪明り』
暗がりの中、明かりの氷魔法を発動すると、ベッドを抜け出し、椅子に座って先ほどの紙を手に取った。
カミルはこの10日の間に、父の課題をクリアして報告する気満々だった。
そうすればまた、新しい魔術を教えてもらえる。そんな気がしていた。
逆にこの10日間を逃せば、次のチャンスはいつになるかわからない。
(っと…………先に”第二加護魔法”だ。)
軽く寝たことで多少、頭が回るようになったカミルは、ひとまず最優先が戦士の加護であることを認識できた。
夜中のうちに唱えなければ、昼間にそんな時間はない。そんな学びを得ていたカミルは、明日の日中も維持できるよう、少し多めの魔力を込めた。
邪魔も入らず、無事に唱え終えるカミル。
加護を纏えば、五感が鋭くなり、同時に頭が冴え渡った。
体を流れる懐かしい戦士としての感覚が、冷静であれと訴える。
(…………違う。今は寝る時間。これは、また明日だ。)
考え直したカミルは紙を元の場所に戻すと、ベッドに戻り、再び寝息を立て始めた。
真夜中。
日付も変わり、誰も彼もが寝静まるような時間帯。
そんな時間にカミルを叩き起こしたのは、異様な魔力の気配だった。
「…………っ」
身体は勝手に動いた。
素早い動きでベッドを抜け出すと、暖炉の裏に身体を隠す。
(なんで、屋敷に…………魔物…………!?)
部屋の向こうから漏れ出るその魔力をカミルは知っていた。
それは、かつて魔物たちが力強く放っていた禍々しい魔力。
戦士たちは"瘴気”と呼んでいた。
(しかも、濃い。)
かつて、魔物が発する瘴気の濃さは、そのまま彼らの強さを表していた。
部屋に流れ込んでくる具合を見るに、新米戦士アレンが相手にできていた、可愛いレベルの魔物ではない。
(模擬剣…………!)
武器になるものを探せば、時間を見つけて鍛錬しようと騎士に頼んで置かせてもらった、教養剣術で使った木剣が、部屋の隅に置いてある。
ところが、それを手にする余裕はなかった。
ギィ、っと音を立てて、扉が、開く。
『果たされよ、血の盟約…………氷の星霊よ』
ピンチを感じ取ったカミルは、魔力の半分近くを消費しながら、自身最大の魔法を唱え、備えた。
血盟魔法。レイフォルド家に代々伝わる魔法の一つで、氷の魔力の操作能力を短時間ではあるが、大幅に高める効果がある。
使えるものを使って戦うしかない。
それは戦士としての彼が、無意識のうちにくだした判断だった。
ところが。
バルコニーの窓から差し込む月明かりに照らされ、部屋に入ってきたその影は、カミルがよく知っている人物だった。
「アド、ル…………?」
「なんで、お前だけ」
「どうしたの、アドル?」
カミルは思わず、姿を見せて声をかけた。
彼から流れてくる”瘴気”は間違いなく魔物のものなのに、声も姿も、 アドルに違いなかった。
「なんで、お前だけ…………!」
「っ!!」
飛びかかってくるアドル。その手には、きらりと光る何かが見えた。
(ナイフ………!)
その攻撃を難なく避けると、距離をとってカミルは叫んだ。
「っアドル!!やめて!!」
「ああああ!!!」
カミルの声かけもむなしく、アドルは絶叫の末に再び突進してきた。
「っ!」
カミルは先ほど意識の片隅に入れていた模擬剣を急いでひっつかみ、剣先を向けつつ、魔力を流し込む。
そして、向かってきた アドルのナイフを、思い切り弾いた。
戦士の技、”魄打”。
魔力を存分に武器に流し込み、タイミングよく相手の魔力に当てる戦士の基本技である。
その時、部屋の扉が慌ただしく開いた。
「カミル様!?アドル様!?」
使用人が、物音に慌てて入ってきたのだ。
「っ来ちゃダメだ!出て!!」
非戦闘員を締め出そうとするのは、戦士としての本能だろうか。
カミルは使用人を思い切り押し出し、観音開きの扉を閉める。
そしてその取手にかんぬきの如く、剣を差し込んだ。
「カミル様!開けてください!」
「危ないから!!外にいて!!『冬の夜空に乞い願う我が想い、凍てつく氷で形取れ!』
カミルが唱えると、軽く緩みのあった剣と取手との隙間に、氷の球が現れ埋めていく。
ドンドンと、使用人は扉を押してくるが、ガチガチに凍った氷はびくともしないし、上質な魔木でできた剣も動く気配がなかった。
アドルはというと、吹っ飛ばされたナイフを手に取ったところだ。
(止める方法がわからない。どうにかして、騎士様か父上を呼ばなきゃ)
「よくも…………許さない!『氷の星霊よ!夜空に輝く星々の如く!』
(っアストロランス…………!)
アドルが唱えはじめたのを聞いて、カミルは慌てた。
アストロランスは、氷の槍を無数に降らせる魔法。このままでは、串刺しである。
『我が手に集めよ!月夜の雪明かり!!』
明かりを作り出す氷魔法、光雪魔法。
雪に反射する月明かりをイメージしたその魔法は、決して強い光とは言えないけれど、氷の魔力を思い切り込めれば、それなりの明るさになる。
普段のカミルには氷の操作能力不足で厳しいけれど、血盟魔法を発動させてる今なら、問題ない。
この暗がりの中タイミング良く放てば、目眩しとしては十分だ。
「っ!」
まるでいきなり昼になったのかという明るさ。
その眩しさに、アドルの詠唱が止まる。
カミルはその隙に、バルコニーから外に飛び出した。
二度目の着地は、完璧だった。第二加護魔法のありがたみを、実感する。
(今のうちに、騎士様のところへ…………!)
アドルは簡単には降りてこれないだろう。
カミルが飛び出せるのは、戦士の加護の賜物。
アドルはカミルより運動習慣があるが、それでもやはり貴族の子。戦士ほどの運動神経を持ち合わせているとは言えない。
ところが。
どしゃっという、してはいけない音と共に、アドルが降ってきた。
「っ……………!!!」
『氷の星霊よ………!』
アドルの魔力が広がる。
「アドル!!ダメだ………!!」
立ち上がるアドルにカミルは悲鳴のような声を上げる。
彼の足は、良からぬ方向に曲がっていたし、なんなら骨が飛び出している。
『氷の星霊よ!夜空に輝く星々の如く!』
再びアストロランスの詠唱が聞こえた。
カミルは慌ててアドルに背を向け、全力で走って距離を取る。
『作られしは凍てつく槍先!想いの先に降り注げ!!』
魔法陣が生成される際の魔法光の明るさと、発射される直前の魔力のうねりとを頼りに、タイミングを察し、草木が生い茂る庭に逃げ込んだ。
「っ」
ところ構わず飛んでくる、氷の槍。
足首を軽く掠ったが、その動きは一切止めない。
咲いている冬の草木を踏み分けながら、背を低くして走る。
毎朝、庭師が時間をかけて世話をしている姿を知るカミルは、心の中でごめんと叫びながら、決して太くはない木の裏に身を潜めた。
「どこだ………!どこだああああ!!!!」
無事でないはずの血まみれの脚を引きずり、ガサガサと草木を掻き分けるアドル。
しまいには、四方八方に向かって、アストロランスを何発も放ち始めた。
(一体、どうしたら…………!)
魔力と共に、全力で考えを巡らせていたその時。
ふんわりと、海の香りが漂った気がした。
直後、ぶわっと、アドルのものではない魔力の風圧が駆け抜けた。
(騎士様の、魔力………!)
すぐにその持ち主に気づいたカミルは、音を立てずに立ち上がり、魔力が流れてきた方角を盗み見る。
「カミル様!!!」
騎士は隠れもせずに、カミルのそばに駆け寄ってきた。
「騎士様!」
「カミル様、無事ですか!?」
「僕は平気です!それよりアドルが………!」
先程まで、あらぬ方向に魔法を放っていたアドルと目が合う。
その眼光は、カミルを完全に敵視していた。
まるで、魔物のような獰猛さ。
「見つけたぞ…………!『氷の星霊よ!!』
再び聞こえたアドルの詠唱に、身体を緊張させて身構えるカミル。
ところが騎士は大丈夫だとでも言うように、カミルの肩を叩くと、『氷の星霊よ』と落ち着いた声で詠唱を始めた。
そしてアドルの魔法陣が出来上がると同時に、カミルと騎士を、大きな魔法陣が覆う。
直後、発射された無数の氷の槍は、騎士の作り出した大変に薄い氷の壁に阻まれた。
「っお前………!邪魔するなああああ!」
アドルの絶叫が響いた次の瞬間、再び別の魔力が辺りを覆った。
(父上…………!)
力強く、それでいて凍り付くほどに冷たい、父の氷の魔力だ。
アドルはまるで魔力に気付いていないかのように、構わず詠唱する。
が、次の瞬間、彼の声ごと封じ込めるかのように、アドルの周りを幾つもの氷の柱が覆い尽くした。
「父上………」
どこからともなく現れた父は、カミルに背を向け、アドルを見据えている。
氷の柱の中から、例の”瘴気“がこれでもかというほど漏れ出し、アドルの甲高い怒鳴り声が響いた。
「シュラック、カミルを室内へ。落ち着かせてから、依代の捜索へ行け。」
「承知しました」
カミルは騎士に抱えられながら、屋敷に戻る。
足首から出血していることを見破られ、抱え上げられたのだ。
舌を噛むから黙ってろと言われ、カミルはいろいろと尋ねたい気持ちをぐっと堪えながら従った。
戦場でリーダーの命令に従わずに騒ぐのは、邪魔者以外の何者でもないことを、彼は教わっていた。
連れて行かれたのは、騎士にあてがわれている部屋だった。
「落ち着かないでしょうが、休める場所の確保が先決です。少しの間、我慢してください」
魔法で音を遮断しているのか、先程まで屋敷中に聞こえていたアドルの絶叫は、めっきり聞こえなくなった。
が、禍々しい“瘴気”は一切、おさまらない。
「騎士様。あれは、一体、何なんですか?
アドルが…………アドルじゃない。」
思い切って聞いてみたカミルだったが、その声は思いのほか、震えていた。
「お願いです、騎士様。教えてください。 アドルは、アドルはどうしてあんな…………」
先が続かず、カミルは言葉を詰まらせる。
そんな彼に、騎士は手当を進めながら話し始めた。
「あれは…………精神魔術の、一種です。」
「精神、魔術?」
「はい。エルメガリデでは、禁術に指定されているものなのですが…………
人の憎悪感情、ほんの少しの嫌な気持ちを増幅させて、攻撃的にしてしまうという恐ろしい魔術です。
一体どこでそんなものをかけられたのかはわかりませんが、
アドル様は………貴方へのちょっとした嫉妬心から、心を操られてしまっているのです。」
「そんな………どうやったら解くことができるのです?」
手当を終えた騎士は、まるで幼子をあやすかように、カミルの頭に手を置いた。
「大丈夫ですよ、心配せずとも。
貴方のことは、私が守りますから」
騎士の言葉に、カミルは違うと首を振る。
「違います。僕のことはいいんです。それよりもアドルが…………」
「アドル様が?」
「酷い、怪我なんです。僕の部屋のバルコニーから落ちて。はやく、手当しないと………」
カミルはもはや、涙目だった。
別にアドルとは仲良しというわけではないし、なんなら以前の苦手というイメージを抜けきれていない相手だ。
でも相手の性格がどうとか、関係がどうとか、そういう問題ではない。
近しい人間が魔物の“瘴気”に似た気配を発している。
それだけでカミルは、気が狂いそうだった。
「カミル様…………心配なのですね」
カミルは頷く。
「だって、アドルからあんな…………嫌な感じの、不気味な魔力が出ているなんて」
騎士が目を見開いた。
「カミル様?今、なんと?不気味な魔力?もしかして、闇の魔力を感じ取って…………?」
「え、や、闇の、魔力?
それは…………アドルから、流れてきているもののことですか?」
騎士は一拍考えたのち、カミルと目を合わせた。
「…………カミル様。私と来てください。アドル様を、助けに参りましょう」
騎士に連れられ、カミルはアドルの部屋にやってきた。
「あの類の精神魔術は、通常、依代を必要とします。
アドル様が纏っているのと同じ………闇の魔力が付与されている何かがはずなのですが」
「それを探したらいいのですね?」
「はい」
カミルは騎士の返事を待たずに、魔力を溜め込み、周りに飛ばした。
「!」
戦士の技。”魄索”。
騎士の前だけれど、カミルは隠すことをしなかった。
だって先程、騎士が似たような技を使っていたのだから。
真似したと言えば、きっと大丈夫。
アドルを助けられると聞いて、躊躇がなかった。
「見つけた!上です!」
「カミル様!?」
この部屋に、探し物はない。
それがわかると、騎士が戸惑う間に、カミルは駆け出した。
屋敷中央の階段を一段飛ばしで駆け上り、奥の部屋に飛び込む。
それは、物置に使われている部屋で、アドルがよく忍び込んでいる場所だった。
アドルがイライラしている時に放つ魔力は大変にわかりやすく、彼が頻繁にここで隠れて過ごしていることを、カミルは知っていた。
「この辺のはず…………」
カミルは再び“魄索”を放ち、場所を再確認する。
「あった!」
積まれている物を退け、奥に転がっていたそれを引っ張り出す。
出てきたそれは、魔法独楽。
「騎士様、これです!」
「…………さすがです。氷の星霊よ」
騎士は氷の魔法で独楽を床に固定すると、長い剣を抜き、独楽を串刺しにした。
評価くださった方、本当にありがとうございます。
マイページに表示された星マークを見た瞬間、驚きと喜びとで飛び上がりました。
寄せてくださる期待にお応えできるほどのものに仕上がるかわかりませんが、精一杯努めて参ります。
****************
古代の戦士による「魔力」という用語使用について
前回、いきなり"魄"という呼び名を思いつき、新たに設定を付け加えて使い始めております。
その前のエピソードについては追って修正しますとお伝えしましたが、思った以上に修正箇所が多く、そしてややこしく、時間がかかりそうです。
(そもそも"第二加護魔法"というネーミングがおかしい。)
1週間とか言っていたくせに大変申し訳ないのですが、
どこかで修正月間をとらせていただき、自分の頭の中を整理しつつ、直していきたいと思っています。
いつも、まとまりきっていない私の拙いお話を、読んでくださっている皆さんには感謝しかありません。
重ねてとなりますが、本当にありがとうございます。
追記 2024/10/19 (ep.8の後書きと同じもの)
以下、用語変更に関しての個人的反省
以前、以下のような宣言をしました。
①”魄”なる筆者の造語を、魔力の意味を持つ古代の言葉として使っていきたい。
②加護魔法という用語を考え直し、以前のエピソードを修正していきたい。
結論から申しますと、①は継続、②は諦めようと思います。
ただでさえ設定盛り盛りの世界観、説明事項が増えがちな初期のエピソードに、誰も知らない”魄”なる用語を突っ込むことの難しさに、修正をかけようとして、ようやく気付いたからです。
ここ数週間の間、魔法のことを何と表現しようといろいろ考えました。
”魄技”にしようかなとか、"魄術"にしようかなとか。
けれど、2話あたりを修正しようとして初めて気づきました。
加護魔法は「加護魔法」として書かないと、今以上に訳わからん話が出来上がってしまう。
少なくとも文学表現ド素人の私には、無理難題がすぎました。
同時に「魔法」とは何て便利な言葉なんだと痛感しております。
現実に存在しないファンタジックな概念なのに、ここまで皆さんに伝わりやすい用語がある。
面白くも少し不思議な感じがします。サブカル文化の発展に感謝です。




