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僕は僕にできることを アドルの嫉妬①

ようやく話を2つに分ける技を覚えました。


※これまで出ている用語に関して、やや大きめの変更を加えました。詳細は後書きに載せます。

→追記 2024/10/05

→さらに追記 2024/10/19(ep8の後書きと同じもの)

その日、木々の隙間からわずかに降り注ぐ月明かりの中、少年戦士アレンは武器を振っていた。


身体にたぎる戦士の”(はく)”。


もう2時間も、彼は無心となって武器を振り続けていた。心を支配するのは、寂しさと、悲しさと、悔しさ。けれども幼いアレンには、自分を動かすこの衝動が一体なんなのか、わからなかった。


"どうしたアレン。もう寝る時間だろう。"


“オルディア………”


アレンの動きを止めたのは、よく見知った先輩の戦士の声だった。

アレンが幼い頃から世話になる、兄のような存在だ。


"ちょっと、練習してるんだ。今のままじゃ、みんなの役に立てないから。"


”こんな夜中まで?あのな、それで寝不足になってみろ。それこそ役立たずの足手纏いだぞ”


"わかってる。でも、僕は、ウルの相手でさえ精一杯なんだ。せっかく戦士として認められたのに、こんなんじゃ、役目を果たせない"


虫の音が響き渡る森の中、アレンは次第に目を潤ませる。


“…………今日、2人、やられたんだってな。お前の班”


"別に、悲しんでなんかいないよ。そんなの2人に悪いもの”


“そうか。じゃあ、その涙はなんだ”


“悔しいんだ。僕が、ウルをもっと早く、やれていたら、助けに行けたかもしれない”


風が、駆け抜ける。

次の瞬間、先輩戦士が、アレンを抱き上げた。


"オルディア?”


"来い。星の、綺麗な場所に行こう。”






彼はそのままアレンを連れて、見晴らしのいい砦へ向かった。

星々がよく見える、オルディアのお気に入りの場所だと、以前アレンは聞いている。


"オルディア?そのチビは…………アレンか。”


"ああ。ちょっと上、登らせてくれ”


夜晩の戦士と軽くやりとりし、木製の見晴台のてっぺんに、2人は登った。


頬を撫でる夜風の冷たさは、どこから手に入れたのかオルディアが持っていた魔物の毛皮の暖かさで相殺される。

大きな暖かい身体に支えられ、アレンは次第に眠気を感じ始めた。


“なあアレン。こうも考えらんねえか。お前がウルを惹きつけていたから、2人で済んだんだ”


“…………なら、僕がもっと強くなれば、誰も死なないで済む?”


“そんなことが、あんな秘密の特訓で、できるようになると思うか?”


“ううん…………思わない”


先輩戦士はアレンの頭を撫でる。洗練された戦士の”魄”が流れ込んできた。


“お前はお前にできることをすればいいんだよ。お前は1人で戦ってるわけじゃないんだから”


"僕に、できること?”


“そうだ。お前がウルの相手をしてくれれば、他の奴らはその分、強敵との戦いに集中できる。

お前ら新米が一丁前に雑魚の相手をしてくれるのは、すごい助かることなんだ”


"………ほんとに?”


“俺の”魄”が、嘘をついてるように思うか?”


"ううん。思わない。”


“よし。わかったなら、もう寝ちまえ。さっきから眠い眠いって、お前の”魄”が言ってんぞ”





****************





薬作りの翌日、騎士は用事があるからと屋敷を留守にした。


「申し訳ありませんが、昼過ぎまで戻りません。

午前中は、本で学習をされてください。」


騎士が使用人に命じて持って来させた書物は、カミルの部屋の机に山積みにされた。

その容赦ない量にカミルは悲鳴をあげる。


「え、こんなに?」


「全て読めなんて言いませんよ。

あなたの興味がわからなかったので、適当に持ってきてしまいました。この中から、お好きなものを選んでください」


カミルは安堵のため息をつく。

義母は読むべき本を指定して持ってくるタイプで、目の前に置かれたものは彼にとって読まねばならぬものだったのだ。


「午後には戻りますから。

手首の経過さえ良ければ、午後はアドル様と共に教養剣術を教えてもらえることになっています。」


「本当ですか?」


運動不足を実感していたカミルは、身体を動かす機会を大いに待ち望んでいた。


「はい。でも、治癒の進み次第ですよ。痛みがなくても、安静にして過ごしてください」


ほとんど痛みの消え去った左手を、自由気ままに使い始めていたカミル。

騎士の鋭い指摘に内心冷や汗をかきながら、彼女を見送った。


「さてと、どれにしようかな。」


そんなわけで朝食後、部屋に戻ったカミルは、騎士が持ってきてくれた本の山を手に取りながら、選ぶ作業に入った。

なるべく、今後の役に立ちそうなものがいい。

そんな視点で選んでいると、目に飛び込んできたのは、古びた、比較的薄い書物だった。


(古代語…………うん、これにしよう)


古代語、正式には古代エルメガリデ語というが、暗黒時代前の旧王朝時代に使われていたとされる言葉だ。

現代のエルメガリデ語とは大きく違っていて、文字も発音もまるで別である。

ところが、現代使われる魔術の多くは古代エルメガリデ語由来のもので、魔術師にとっては必須教養の一つに数えられていた。

以前まで、カミルが苦手としていた分野の一つである。


(里で話してた言葉とも、ちょっと違うんだよなあ)


暗黒時代真っ只中であろうアレンが生きた時代の言葉は、古代エルメガリデ語とは少し違っていた。

音の感じは似ているし、なんなら「火」を意味する言葉や「矢」という意味の言葉は全く同じだ。逆に言うと、それ以外の言葉はまるでわからない。

1000年もある暗黒時代。きっとその長い時間の中で、変わってしまったのだろう。

いつか読んでもらった、300年前の書物でさえ、今の言葉とだいぶ違っていて、カミルには半分もわからなかった。


「どうせなら、"炎"じゃなくて、"氷"が同じなら良かったのに。」


古代語を理解し、身近に感じるようになればなるほど、魔術が洗練されると言われている。

氷魔術への特化が決定付けられているカミルにとっては、それに関する古代語を学ぶことが、力を伸ばすことへの近道だった。

もちろん、炎の魔術もあるにはあるが、氷魔術とは大変相性が悪く、レイフォルド家にとっては最も疎遠な部類に入る魔術の中の一つだ。


(文句を言ってても仕方ない。出来ることをやろう)


カミルは首を横に振り、本を開いた。


「っと、その前に…………”ディア・メイディア"」


カミルは開いた本を再び閉じて、第二加護魔法を唱え始めた。全て唱えるのに、30分かかる、あの詠唱だ。

手首の具合次第で、剣術を教えてもらうことができると騎士は言った。

数時間足らずではあるけれど、加護で回復力を高めておけば、少しは足しになるかもしれないと期待してのことだ。


ところが、半分と少しほどの詠唱を進めたところで、邪魔が入った。

急に廊下がさわがしくなったかと思うと、なんと伯父が姿を現したのだ。


「カミル!」


「伯父上…………!」


伯父は、父の兄にあたる人だ。

国の勤めで忙しい当主に変わり、王国の東に位置するレイフォルド所有の領地で領主代理を務めている。


「回復したと聞いて、様子を見にきたんだ」


ユーモアあふれる人で、会えばカミルを笑わせてくれる。そんな人だ。


「まさか星祭りで倒れるなんて。心臓が飛び出るかと思ったぞ。もう大丈夫なのか?」


「はい。ご心配をおかけしました。」


「そうかそうか。本当に良かった。本当に…………!」


伯父はカミルを抱き寄せる。その圧に、カミルは少しくすぐったさを感じた。


「お忙しい中、来ていただいてすみません。僕が挨拶に行くべきでしたのに。」


「いいんだ。俺が待ちきれなくてきただけなのだから。それに今日はな、見舞いついでにお前に渡したいものがあって来た。

そこに座って、目を瞑ってくれるか?」


「はい。なんでしょう」


カミルはなんだろうと、内心ドキドキしながら、指示された通りに椅子に座り、目を瞑った。


「そのまま少し待てよ…………よし。目を開けてごらん」


机の上に置かれていたのは、見覚えのある魔法書。


「これ…………アイスランス、ですか?」


「正解。結局、お前に渡せてないのが気がかりだったんだ。」


本来なら1年前、10歳になる日に貰うはずだった魔法書だ。

訳あって、カミルは貰えていない。


「父上が、ダメだというような気がします。

僕は去年やらかして…………これを触ってはならないと言われてしまいました。」


「あんなのはもう時効だよ。この新年に渡す予定でお前の親父にも話を通していた。

ま、気になるんなら、発動は確認してからにすればいい。とにかくこれは、お前のものだ。さ、受け取って。」


「…………はい。ありがとうございます、伯父上。」


伯父はいつも、カミルに寄り添って話を聞いてくれる。

そんな彼からのプレゼントに、自然と笑みが溢れた。


「辛かろう。演舞に出られず。」


伯父はそう言うと、座るカミルの頭を優しく撫でる。


「確かに残念ですが…………過ぎた過去は、戻ってきませんから。僕は、前を向くことにしました」


「なんて強い子だ。お前の爪の垢を煎じて、私の息子…………フレデリクに飲ませたいよ」


「そんな。従兄上は、すごい人だと聞いています。魔法院演舞の代表に選ばれたとか。」


「そんなものはレイフォルドとして当然のことさ。」


伯父はまるで納得していないという様子で首を振った。


「あいつはその、大きな魔力の上に驕っているんだ。正直、魔操の力はこの一年まるで成長しとらん。

こんな身近に、灰色というハンデを抱えながら、どんどん魔操の才能を伸ばし続ける子がいるというのに。」


「灰色の僕には…………それしかありませんから。」


「それでも、この逆境の中、立ち向かう気力を失わない、その魂の強さは尊敬しかないよ。

参考までに教えてくれ。何がお前をそうさせる?当主の子としてのプライドか?」


「僕は単に…………家の役に立ちたいのです。せっかくこの家に、レイフォルドに、生まれたのですから。」


「なるほど」


伯父は少し考えるような仕草をした後、カミルに諭した。


「カミル。これを作った人は誰か、覚えているか?」


「はい。先々代当主様の弟にあたる方です。」


「そうだ。お前も知るように、レイフォルドはこれまで多くの優秀な魔術師を輩出してきた。ある者は魔法書を作り、ある者は新しい魔法理論を打ち出した。ある者は国の要職につき、ある者は地方の発展に尽力した。

別に皆、当主というわけではない。レイフォルドの魔術師として、各々が力を尽くした結果だ。」


カミルは伯父の話を、大変真剣に聞いていた。

別にこの話は初めてではない。伯父はことあるごとに、レイフォルドの在り方をカミルに言い聞かせる。


「当主の力は確かに偉大だが、レイフォルドを形作るのは、もはやそれだけではない。

カミル。私はいつも言っているが…………何も当主になることだけが、この家に生まれた者の役割ではないのだよ」


伯父の言葉が、すとんと、心の中に落ちてくるのを、カミルは感じた。


(そっか…………)


前世の記憶に目覚める前のカミルには、その意味がわからなかった。

けれども今はわかる。

里でも、似たようなことを教わった。


―――”お前は、お前にできることをすればいいんだ、アレン”


アレンが落ち込む度に、どこからともなく現れて、自分を励ましてくれた先輩戦士(オルディア)

その大きな手と、流し込まれた力強い”魄"を思い出す。


(もう、会えないけど)


急に涙が込み上げ、カミルは誤魔化すように破顔した。


「ありがとうございます、伯父上。僕は僕に出来ることを…………精一杯やろうと思います。」


義母が慌てたようにカミルの部屋にやってきたのはその時だ。


「お義兄様。いらっしゃるとは思いませんでした。ご連絡いただければ、いろいろとご用意をしましたのに。」


「構うな。この子が回復したと聞いて、様子を見にきただけなのだ。なあ、カミル?」


伯父はそう言うと、カミルの持っていた魔法書をさりげなく取り上げ、本の山に忍び込まる。

そして、いきなりカミルを抱えあげた。


「お、伯父上?」


伯父はカミルを抱えたまま軽く半回転したのちに、降ろしてくれた。


「大きくはなったが、まだ軽いな。ちゃんと食べねば、いつまでもアドルに勝てんぞ」


流石に、簡単に抱き上げられる年齢は通り過ぎている。今世では長らく大人に抱えられることのなかったカミルは、だいぶ慌てて、少し頬が熱くなる。


「さてと私はこれで退散しよう。勉強の邪魔をするのも悪いからな。

カミル、くれぐれも無理せんように。」


伯父はそう言うと、ウインクをして帽子を被った。


「は、はい。ありがとうございました。」


伯父と義母が去った後、カミルは置かれた魔法書を見つめる。

義母は、その存在に気づいていないだろう。


無理もない。騎士の用意した本の中に、埋もれてしまっている。

見つかっていたら、取り上げられるに違いなかった。

ものによっては発動させるだけで命に関わるため、カミルの身の回りの魔法書は徹底的に管理された。


伯父はうまく誤魔化した。

騎士が持ってきた本の山に埋もれたそれは、インテリアの一部と化している。

きっと義母から魔法書を隠そうとしたのだ。


(どうしようかな、これ)


何故、彼がこっそりカミルに渡そうとしたのかは、まるで謎だ。

カミルはふとその書を開く。


――――レイフォルドの一層の繁栄を祈って


飛び込んできたのは、当主である父が書いたであろうメッセージ。

それを見て、カミルは書を閉じた。


(父上に、確認してからにしよう)


カミルは魔法書を机の端に追いやると、先ほどまで読んでいた古代語の本を手に取り開く。

そこで加護魔法の詠唱が途中だったことを思い出し、手に本を持ったまま、また最初から唱え始めた。

加護魔法の詠唱は、中断してしまえば、一からやり直しになるのだ。


ところがたいして経たぬ間に、今度は騎士が戻ってきた。


「騎士様?もうお戻りですか?」


少し息の上がった様子の騎士は、カミルを一目見て、呼吸を整えた。


「恥ずかしいことに、忘れ物をしてしまいまして。」


「騎士様が、ですか?」


「ええ。この後また出ます。

ところでカミル様、来客があったと聞きました。」


「はい。つい先程まで、伯父上が。」


「そうでしたか。何か、ご用事が?」


「僕が目を覚ましたことを知って、激励に来てくださいました。それからこれを」


「魔法書?」


「はい。新年に下さる予定だったものだそうです」


「まさか、発動を?」


「いいえ。父上との約束がありますから。一度、確認してからの方が良いと思って。」


騎士は胸を撫で下ろしたように軽く息をつく。


「良い判断です。お預かりしても?私から氷候様にお渡しします。」


「はい。もちろんです」


騎士が魔法書を手に部屋を出ていった後、ようやく落ち着いたカミルは、三度、加護魔法の詠唱を始める。

ところがまたもや、半分近く唱えたところで邪魔が入った。


「アドル」


大きな音を立てて入ってきた来訪者は、義弟のアドルだった。


「お前、まだ休んでんのか」


「うん。今日は、ここで本を読むようにって、騎士様に言われたんだ」


カミルは普段、アドルと共に色々な先生から勉強を教えてもらっていた。

彼が言う「休み」とは、その学習タイムにカミルがやってこない、ということを指している。


「なんで、お前んとこに騎士様がいるんだよ。」


「わからない。父上の命令だって言ってたけど…………」


「あっそ」


アドルは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、部屋の隅に飾られていた魔法独楽を手に取り、真上に投げてキャッチした。


「どうした。いつもみたいに、返せって泣かねえのかよ」


これまでの暮らしで、アドルに独楽をぶんどられ、泣いた経験は数知れず。

ところが今のカミルには、なぜこれまで、あんなにも自分が独楽に執着していたのかが、全くもってわからなかった。


「うーんとね。僕、もうそれいらないかな。回せるし。欲しいならあげるよ」


アドルが使いたいのなら譲ってあげよう。

ところが、カミルとしては親切のつもりでかけたその言葉は、逆に アドルを怒らせた。


「っいらねえよ!」


「っ!」


癇癪を起こした アドルは、いきなり手にしていた独楽をぶん投げた。

そしてそれは、見事にカミルの額にクリーンヒットする。


「アドル様!?」


バタバタと部屋を出ていった アドルに、驚く使用人の声が、聞こえてくる。


「ごめん。怒らせちゃったみたい」


「か、カミル様!?」


カミルは扉から顔を出し、彼らに謝るが、その顔を見るなり、使用人たちが悲鳴を上げた。

たらりと何かが伝う感触。どうやら当たりどころが悪くて、血が流れているらしい。

カミル自身は、第一加護魔法を纏っているおかげで、痛みはまるで感じていない。


「大丈夫。こっちのために治癒薬飲んでるし。きっとすぐ治るよ」


慌てて手当てをしてくる使用人たちに、手首を見せながら笑いかけるカミルだが、彼らの青い顔は治まらない。

カミルがようやく一息つけたのは、使用人による手当が済んだ後のことだ。


(これ、意味ある?)


朝食後、作業を始めようと椅子に座って、はや2時間。

第二加護魔法を唱えようとトライするも、邪魔ばかり入り、結局、騎士が持ってきてくれた本を何一つ読めていない。


(加護は、夜だけにしよう。これで剣術がダメだって言うんなら…………今日は仕方ない。)


カミルは深いため息を漏らすと、加護魔法の使用を諦め、今度こそ古代語の本を開き始めた。





****************




カミルの部屋の内と外とを隔てる騎士の結界魔法は、未だ健在だった。


特定の使用人以外の人物が出入りをすれば、騎士はリアルタイムで気づくことができる。

そんな仕様だったため、伯父の乱入に即座に気づくことができた。


ところがこの魔法の欠点は、誰が通ったかわからないこと。


慌ててカミルの様子を見に戻って無事を確認したのも束の間、再び結界に引っ掛かる気配を感じとる。



(今度は一体なんだ…………)


心配を募らせた彼女は予定をキャンセルして屋敷に舞い戻った。


「おかえりなさいませ、騎士様。お早いお戻りで」


「あの後、何かあったろう。隠さず話しなさい。」


屋敷に戻ると使用人頭が慌てたようにやってきた。

問い詰めると、今度は義弟のアドルがカミルの部屋に入ったらしいことを伝えてくる。


「アドル様が?午前中は歴史の学習だと聞いていたが」


「抜け出してしまったようです。いつものことなんですが」


一応、カミルの部屋には特定の者以外は入れないよう使用人の間で確認が取れていたが、当のアドルはダメだと言っても聞かぬやんちゃ者で、誰も止めることができなかったそうだ。


「それで、カミル様なんですが…………」


使用人は脂汗をかきながら、カミルの怪我を報告してくる。

様子を見に部屋に行くと、その扉を開け放たれていた。大丈夫だと本を読みたがるカミルに対し、体調が心配だからと大人の目が届くよう、使用人たちが頼み込んだ形だ。


騎士も、その開け放たれた扉から中のカミルを一瞥した。

瞬間、カミルの目から、一筋の涙が伝うのが見えた。


「(先ほどからあの様子で。怪我が痛いわけではないようで、大丈夫だから放っておいてとおっしゃるのです。)」


控えていた使用人が小声で伝えてくる。


カミルとアドルの関係性は、すでに聞いていた。

アドルはカミルに強く当たり、カミルは泣いて逃げ回る。

それでも、両親も使用人も、カミルの味方をすることは決してなかった。この程度の嫌がらせを跳ね除けられないのなら、この先嫌でも出会うであろう灰色への嫌悪感情には立ち向かえまい。

そういう判断だった。


(…………氷候様。それは少し、スパルタすぎではありませんか。カミル様はまだ11歳。支えとなるものが足りません。)


カミルは涙を拭きながら、本を読んでいた。ぶつぶつとつぶやくそれは、古代語だろう。


(いや…………そのために私が側につくのだ。この1年で、身も心も、強くなってもらわねば。)





****************



騎士の胸中とは裏腹、カミルの涙は、前世の故郷に想いを寄せたものだった。

というのもアドルが去った後、ようやく古代語の本を読み始めたカミルは驚きの発見をする。


「えっと、『氷の女神は、春の訪れとともに身を引いて』…………ん?『春?』」


それは言葉にして読んで、初めて気づくことだった。


「『春』、『はる』、『haる』…………"春?"」


どこか、故郷の言葉と似ている気がする響き。

ほんの少し、リズムとイントネーションを変えれば、綺麗に一致する。


「まさか…………ううん、でも間違いない。"春"だ。もしかして、他にもあるかも。」


そこから、カミルはあらためて本を捲った。

古代語の中に故郷の言葉がいくつも入り込んでいる、そんな予感がする。


「『氷』、『こおり』、『コーリ』、『コーri』…………そうか!"氷!"」


氷が違うなんて、とぶつくさ文句を言っていた先程までの自分を張り倒したい気分になる。

カミルはその後、必死になって古代語を読み漁った。


しばらくすると、カミルは目に涙を浮かべていた。

じっくり音を拾うと、実にたくさんの故郷の言葉が、古代語の中に隠されていた。

もちろん全てではない。

そもそも戦士として生きてきたアレンは語彙数が少なく、例えばエルメガリデのお伽話を里の言葉に訳せと言われても、おそらく半分も訳せない。

いわんや、今カミルが読んでいるのは、魔術の祝詞を古代語で記したものだった。


(こんなところに、隠れてたなんて!)


それでも、見つけられたことが嬉しかった。

暗黒時代のことなんて、きっと何一つ残っていないだろうとほぼほぼ諦めていたというのに。

故郷の仲間たちの生きた証が、現代にちゃんと残っている。そんな気がして、カミルは酷く嬉しかった。






昼の鐘がなると同時に、騎士が部屋に戻ってきた。こんこんと、開け放たれた扉がノックされる。


「聞きましたよ。アドル様がいらしたとか」


「あ、はい。でも大丈夫です。この通り元気ですから」


「そうですか?ずっと泣いているものだから、使用人が気を揉んでいましたよ」


「え?いいえ、違います!これはアドルのことじゃないです!それにもう、気は晴れましたから。」


慌てて涙を拭うカミルに、騎士は軽く目を見開き、そして笑みを浮かべる。


「わかりました。そういうことにしておきましょう。ところで、午後の教養剣術は、どうされますか?

片手だけなら、参加しても良いと考えておりますが。」


「っ本当ですか!?やりたいです!」


「アドル様が一緒ですよ?」


「構いません。僕、運動ができるようになりたいんです。」


「わかりました。左手を使わぬことだけ、約束してくださいますか?」


「はい!」


片手だけという条件のもと、剣術に参加していい。

加護魔法を使う隙がなく、これはもう無理だと諦めていたカミルには、これ以上ない朗報である。


着替えをし、上機嫌でカミルは庭に向かった。

対して大変に不機嫌なアドルが睨んでくるが、騎士の前では恐縮しているらしく、それ以上のことはしてこなかった。


「騎士様の前で大変恐縮ではごさいますが、始めさせていただきます。

カミル様、お久しぶりですね。」


カミルが教わっているのは王国剣術と呼ばれる、教養として広く親しまれる、細い剣を使った武術だった。

剣は片手で持つことができるほどに軽く、突きを中心とした型で構成される。


練習では金属ではなく木製の剣が使われるが、まともに食らえば命に関わるため、剣には特殊な衝撃吸収魔法を施すのが一般的だった。

それは完全に教養剣術のためだけに開発されたもので、この魔法を使えば、身体で触ればぶよぶよ、剣同士で触れ合えば硬さを取り戻す、そんな摩訶不思議な剣を作り出すことができた。


「まずは剣を右手で持って、振ってみましょうか。」


「はい、先生」


乱暴な アドルにちょっかいを出されることが確定していた教養剣術。

これまで逃げ回ってばかりだったカミルは、基本的な型の練習から始めることになるが、困ったことにそもそも片手で剣を支えるのがまず難しかった。

完全な、筋力不足である。


(だめだ、こりゃ…………)


形は違えど、前世で武器を握ってきた彼にはすぐにその根本的な原因がわかる。

問題は腕の筋力だけじゃない。

思い切って剣を振り抜けば、身体が持っていかれる。

決して重くない木製武器に振り回される、弱い体幹。


(こーなることは、わかってたけどさ…………これじゃあ話にならないよ)


武器を振り、野山を駆け回る生活をしていた前世の自分とは比べ物にならない。

予想以上に酷い自分の状態に、カミルは大きくため息をついた。


「カミル様?お疲れですか?病み上がりですし、無理をなさらぬ方が」


「い、いえ、平気です。もう少し続けます。」


ぐちぐち言ってないで、やるしかない。

諦めぬカミルに、木陰で様子を見守っていた騎士が笑みを浮かべた気がした。


そうやってカミルがしばらく1人で型の練習をしていると、アドルが騎士に教えを乞いに来た。


騎士職となるのに、剣術の覚えは必須。

ましてや傍付きとなれば、相当の腕前であることが予想できた。


騎士は本来の先生の前でそのような真似はできかねますと断るが、 アドルは引かない。最終的に先生が教えてやってくれと頼み込む。


「ご勘弁を。初心者に教える術を私は知りません」


「難しい話でも構いません。彼らの刺激となりましょう」


頼み込まれ、騎士は仕方なく頷いた。


「仕方ありませんね…………カミル様、すみません。剣を貸していただけますか?」


「え、はい。どうぞ」


「やはり、良い魔木を使っている。アドル様、魔剣技というものをご存知ですか?」


「いいえ。知りません。なんですか?」


「剣に、魔力を流し込む技です。このように。」


急に、騎士の魔力の気配が強まり、剣から強い圧を感じる。


「この剣を軽く叩いてみてください。危ないので、軽く、ですよ」


促されたアドルは、自分の持つ剣でそっと、騎士の剣に触れる。

そして触れるだけで、軽く跳ね返されるのがわかった。


それが戦士の技にそっくりなことにカミルはすぐに気づいたし、釘付けになった。


「反発するのがわかるでしょう?このように魔力を乗せることで、次第に剣を手足のように扱うことができるようになります。

そして相手の防御魔力にもよりますが、剣圧を高め、より強い打撃を生み出すことができます。」


騎士の見せてくれたその技は、アレンが普段から行なっていた戦闘法にとても近かった。


「魔剣の良さは、単純な力勝負にならないことです。扱いをマスターすれば、体格が違う相手とも、ある程度対等にやり取りすることができます」


最後の言葉は、アドルに言っているようで、騎士はカミルの目を見て話していた。


(僕に、教えてくれてる?)


「騎士様。それは、どのようにすれば、使うことができますか」


カミルが戸惑う側で、アドルが遠慮せずに尋ねる。


「まずは剣の形を捉えること、と私は教わりました。

魔力を流すだけで形がわかるなら簡単なのですが、そうでなければこの剣を振り続け、その間合いを自分の無意識に中に取り込む必要があります。」


教わった アドルは、早速練習を始めた。

1人でやるのは根気が続かなかったようで、先生を相手に、魔剣を試し始めた。


「あの、騎士様。今の、魔力で感じ取ってもいいですか?」


「ええ。もちろん。昨日のように、私の腕から流してくださいね」


カミルは騎士の腕に手を添え、その魔力の動きを観察する。

里のやり方と少し違うのは、魔力の流し方だ。騎士はまるで剣の中に魔力を押し込めるかのように、圧縮して注ぎ込んでいた。

結果、剣から魔力が漏れ出ている。


「ああ!くそ!!」


聞こえてきたのは アドルの悪態。

なかなか形にならず、苦戦しているらしい。


「やはり、難しすぎたようですね。型の話くらいにしておけばよかった。」


だんだんとイライラが募り始めるアドルの様子に、騎士が頭を抱えるのが見えた。


「そんなことないですよ。騎士様。僕に、いい考えがあります」


カミルはそう言うと、 アドルに声をかける。


「なんだよ」


「貸してくれる?ほら、剣の形をとらえろって、騎士様言ってたじゃない」


カミルはアドルの剣を受け取ると、そこに魔力を流し込んだ。

上質な魔木で出来たその剣は、魔力を流し込みさえすれば、カミルは形を捉えることができた。


『星の精霊よ 夜空に乞い願う我が想い 今ここに残したまえ』


物質に魔力を残す魔術、付与魔法。

カミルは アドルが感じ取れるであろうレベルの少なくない魔力を、剣に残してやった。


「これで、どう?わかるんじゃないかな」


それはまだ”魄”を敏感に感じ取れぬ幼子に対して行う技の一つ。

昔は付与魔法と呼ばれる魔術はなかったが、別の方法を使って物質に魔力、すなわち"魄"を残していた。


「お前…………」


剣を受け取った アドル。

これで彼のイライラも治るだろうと思ったカミルだったが、それは逆効果だった。


「っ余計なことすんなよ………!!」


「っアドル様!」


涙目で起こった アドルは、受け取った剣をカミルに投げつけると、一目散に逃げ去ってしまった。


「アドル…………」


「カミル様。お怪我は?」


「ありません。大丈夫です。」


騎士が、先生が、カミルの周りに駆けつける。

カミルは飛んでくる剣を、無意識のうちに魔力で弾き飛ばしていた。


「ごめんなさい、カミル様。アドル様を探して参ります」


「はい。僕なら心配いりません。」


先生がいなくなり、残される騎士とカミル。


「とんだ、災難でしたね」


ため息をつくカミルに、騎士が慰めの言葉をかける。


「…………また、怒らせちゃいました。剣の形がわかるようにって…………名案だと思ったんですが。」


「素晴らしいアイデアでしたよ。あれなら、アドル様でも、剣の形を捉えることができる。正直、私も思いつきませんでした。」


「でも、怒らせるために、やりたかったんじゃないんです。僕、 アドルがわからない。どうして、あんなに怒っちゃうんだろう。」


「カミル様。あれはおそらく嫉妬です。」


「嫉妬?」


「はい。あなたのさらりと魔力を操ってしまう能力に、嫉妬されているのです。カミル様はありませんか?アドル様がふんだんに魔力を使う姿を見て、モヤモヤした気持ちになること」


「…………ありました。今はもう、気にならないけど、去年はたくさん。そっか。付与は余計なお世話だったんだ。」


「それは結果論です。あのまま続けたところで、アドル様は上手くできぬイライラを抑えられたどうか。」


「では僕は、どうすれば良かったのでしょう」


「今のは、アドル様の心の問題。貴方にどうこうできるものではありませんよ。ですから、災難だと申し上げたのです。」


「災難…………そっか。僕には、どうにもできないことなんですね。」


「嫉妬というのは、アドル様がカミル様をライバル視されているから起きているのです。カミル様が力をつけて、大きく アドル様を引き離せば、そんなものは消えて無くなります。」


「僕がアドルを?それは無理です。 アドルは水色、僕の何倍もの魔力を持っているんですよ?」


「付与魔法なんて、魔法院で学ぶような魔術を披露しておいてですか?」


「それは…………僕が得意なだけで…………」


「まったく。野心の小さい方ですね。まあいいでしょう。怪我がないなら何よりです。

さて。どうしますか?ここで終わりにしてもいいですが、まだ続けることもできますよ。」


「あと、少しだけ、やらせてください」


カミルはそう答えると、次の鐘が鳴るまで、ひたすら1人で剣を振り続けた。

続きます。後編は1週間後くらいには載せられると思われます。


以下、用語について


以前、出していた"念話"なる言葉ですが、"魄話"という言葉に変更させていただきました。

今後、戦士の技に関する言葉を広げていく上で"念"というワードを使うと、どうしても某有名少年漫画を連想してしまい…………


それに合わせ、古代の戦士たちは「魔力」のことを"(はく)“と呼んでいたという、新たな設定を付け加えることにしました。

もともと「魔力」呼びに納得いっていなかったのですが、他のちょうど良いワードが思いつかず、そのままになっていた部分です。今回の閃きに乗ってみることにします。

これまでのエピソードの中に、未だ"魔力"として残っている部分があるかと思いますが、1週間程度を目処に修正していきます。


追記 2024/10/05

申し訳ありません。修正箇所が多すぎて、というよりややこしすぎて、1週間どころかもっとかかりそうです。

どこかで修正月間を設けて、一気に修正作業に取り組もうと考えています。



追記 2024/10/19(ep8の後書きと同じもの)

後書きって、取り消し線、使えないのですね………


以下、用語変更に関しての個人的反省


以前、以下のような宣言をしました。

①”(ハク)”なる筆者の造語を、魔力の意味を持つ古代の言葉として使っていきたい。

②加護魔法という用語を考え直し、以前のエピソードを修正していきたい。


結論から申しますと、①は継続、②は諦めようと思います。

ただでさえ設定盛り盛りの世界観、説明事項が増えがちな初期のエピソードに、誰も知らない”魄”なる用語を突っ込むことの難しさに、修正をかけようとして、ようやく気付いたからです。


ここ数週間の間、魔法のことを何と表現しようといろいろ考えました。

”魄技”にしようかなとか、"魄術"にしようかなとか。


けれど、2話あたりを修正しようとして初めて気づきました。

加護魔法は「加護魔法」として書かないと、今以上に訳わからん話が出来上がってしまう。

少なくとも文学表現ド素人の私には、無理難題がすぎました。


同時に「魔法」とは何て便利な言葉なんだと痛感しております。

現実に存在しないファンタジックな概念なのに、ここまで皆さんに伝わりやすい用語がある。

面白くも少し不思議な感じがします。サブカル文化の発展に感謝です。

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