父の言葉を隠れ蓑に 誰も知らないカミルの決意
少年カミルの物語というより、その周囲を取り巻く大人たちの話になってしまったエピソードです。
思った以上に話が進まず、申し訳ない気持ちでおりますが、次話との切りどころが見つかる気配がありませんので、ひとまずここで切らせてください。
9/16 9時前
致命的な誤字を発見したので修正しました。
カミルが製薬をする場面です。
✖️効率的なリズムを→ ○ 効率的にリズムを
「秘密を抱えながら心を通わせるのは、難しい、か。
なぜ、こんなにも単純なことに気づかなかったのか」
屋敷の自室で、パイプをふかしながら、レイフォルド家当主のアイザック・レイフォルドは、深くため息をついた。
昨夜のドタバタから約1日。
日中は騒がせた関係各所に挨拶回りに奔走し、同時に国の勤めに関わる用事を済ませ、日がすっかり落ちてから、ようやく屋敷に戻ってきた。
いつも、子供達と食事を済ませている第二夫人ミラベル・レイフォルドは珍しく、食べずに帰りを待っていた。
そういうときは決まって、何か言いたいことがある時だ。
「カミル様のことです。」
食事の合間、案の定、夫人が口を開き始めた。
彼女のカミル様呼びについて、アイザックは再三、普通にと伝えているが、本人の前では母として振る舞うからと頑なに譲らない。
「実は、昨日の昼過ぎ…………1度目に公園に行かれた後、私の元にいらっしゃいました。薬が欲しいと」
「薬?」
「魔力回復薬です。騎士様による就寝前の健康観察の折、灰色であることを誤魔化すために必要だとか。」
カミルが倒れた後、自分は疑われる立場にあるからとすすんで身を引いたのは夫人の判断だった。アドルにも、カミルには会わぬようにと言いつけ、彼女自身も部屋には近づかなかった。
「…………そうか。それで、どうした。渡したのか?」
「ええ。私の独断で。疑われる立場なのは重々承知しておりますが、許可を得る間もありませんでしたので。」
「それでいい。手間を、かけさせたな。」
近頃、カミルの側についてくれている騎士エイリーン・シュラックには、彼の魔力の件を伝えていない。
薬の要求が、本当に魔力を誤魔化すためなのか、はたまた精霊に配るためだったのかは不明だが、前者だった場合、カミルが頼る相手は夫人しかいなかったはずだ。
「まさか、あの臆病なカミルが、屋敷を抜け出すとは。」
グラスに注がれた赤い葡萄酒が、アイザックの動きに合わせて揺れる。
「旧邸では頻繁に関わりに行っていたとは聞いていたが、ここまで魅せられているとは思わなかった。」
「それだけ、新年演舞に出られなかったことが重くのしかかっているのでしょう。カミル様が精霊の元へ駆け込むのは決まって、私に叱られた後か、アドルに言い負かされた時でした。」
「…………心の支え、というわけか。まったく。今は、命あるだけで充分だというのに。」
「子供にとっての1年は、大変に長いものですから。」
「ああ、わかっている。春には年下のアドルが見習いとなるのだ。あいつはこの先、その非情な現実と向き合わねばならん。頻繁に会わせてやれぬ精霊ではなく、甲斐甲斐しく世話をしてくれているシュラックにでも懐いてくれればいいのだが。」
「お言葉ですが、それは難しいのではないでしょうか」
「そうだろうか。探索魔力については、すんなり受け入れたと、報告を受けている。」
「カミル様は、良くも悪くもまっすぐな子です。騎士様にはまるで魔力の件を伝えてないのでしょう?そのような大きな秘密を抱えながら、心だけは寄せる。そんな器用な真似が、あの子にできましょうか。」
「ああ………」
この日、国一番の魔術師アイザック・レイフォルドは、軽く皺の寄った手で顔を覆うと、重い息を吐いて天を仰いだ。
「お前の言うとおりだ。ミラベル。」
食事を終えたその足で、普段はよほどのことがなければ立ち寄らぬ息子の部屋へ、アイザックは向かった。
そして部屋の前で立ち止まり、しばらくしてから、扉を開けて部屋に入る。
肝心のカミルは、すでに夢の中だ。
シーツから飛び出した左腕には、包帯が巻かれている。
「強い心を、持ちなさい。カミル。さもなくば、レイフォルドは務まらん。」
アイザックは息子の寝顔に語り掛けると、部屋を出るべく踵を返す。
その時、かつんと左足に何かが当たった。
魔力で周囲に探索をかければ、それがカミルが愛用している玩具の独楽であることがすぐにわかった。
アイザックはそれを拾うと、小さくため息をつき、部屋の机に置いてやる。
「もう、これで遊ぶような歳でもないか」
そう小さく呟くと、足音を殺して部屋を出た。
「氷侯様」
使用人から自分がカミルの部屋に来たことを聞きつけたらしい騎士が、廊下で待っていた。
「よく、寝ている。怪我の具合は?」
「ご指示通り、あの後すぐに氷の治癒薬を飲ませました。大変上手に魔力を操作されまして。すでに腫れは引いております」
歩きながらと促すと、騎士は程よい距離をとりつつ報告をしてくる。
カミルが左手首を負傷しているとの連絡をアイザックが受けたのは、今朝方のことだった。
バルコニーから飛び出した際に、強打したようで、赤く腫れており、骨の損傷が疑われると。
驚いたことに自分からは何も言い出さず、罰則のために左腕を露出するまで誰も気づかなかったらしい。
「ご苦労。仕置きの方は、どうした」
「後回しにするのもどうかと思い、私が代わりに。使用人に、打ってもらいました。」
罰則とはすなわち、教育用の鞭打ちのことである。
エルメガリデの貴族の間では、子供の躾に鞭が用いられるのは一般的なことだった。
使うのは柔らかめの革で作られた短めの鞭で、利き手と逆の腕を露出させ、その内側、前腕から上腕にかけてを叩くのだ。
通称、躾鞭と呼ばれていた。
「そうか。済まんな。無理をさせたようだ」
「いいえ。この程度、騎士学校時代のしごきに比べれば、たいしたことではありません。」
要するにこの男勝りな騎士は、カミルの腕に鞭打ち出来ぬ分、自分が代わりに躾鞭を受け、反省を促したのだ。
王国の北方でよく使われる手法だと聞くが、噂に聞くばかりで、アイザック自身は実際に目にしたことがない。
ちょうど書斎に辿り着き、使用人による扉の開閉によって、部屋の中に入る。
アイザックは中央のソファーに腰を下ろすと、騎士にも座るよう促し、取り出したパイプに火をつけ始めた。
「それで、あいつにはちゃんと響いたか。」
咥え始めたパイプから、煙が立ち上がる。
「それはもう。相当にショックだったようで、午後はずっと伏せていました。」
「そうか。お前の勇ましさが無駄にならなかったようで何より。治癒は済ませたな?後で薬代を出そう。」
そこで騎士が微笑んだような気配を見せた。
「どうした」
「申し訳ありません。気にかけてくださるのは大変ありがたいのですが、ご子息に自然治癒に任せると伝えてしまいましたので」
「なんだって?なぜそんなことを」
「早く治癒しろとせがまれまして。それでは罰にならぬから、決して薬は飲みませんと申し上げました。猛省を促すには、必要な手順かと思いまして。」
「…………あいつのために、そこまで体を張ってくれるか。」
「頂いたお役目ですから。」
「シュラック。何度も言うが。今回のこれは、お役目ではない。個人的に頼んでるに過ぎんのだ。賢者の家族の面倒まで、国の騎士が見る必要はなかろう」
「お許しください。私は公私共にお仕えするつもりで側付きの騎士となったのです。それに、カミル様は、大変に才能あふれる方。関わっていると、先の成長が楽しみで…………守ってやらねばという想いにかられるのです。」
「色々と言いたいことはあるが…………そうか。あいつの才を、感じてくれたか。」
「はい。まるで平原を流れるエルメガリデ川のように、澱みなく澄み切った、そして力強い体内魔力の流れ。あれで未だに見習いですらないなんて。信じられません。」
「家のしきたりがあるからな。色々あって、去年も演舞に参加できていない」
「はい。伺っております。ですがその程度の遅れ、成人する頃には関係ありません。あの歳で精霊を認識されるのです。私はカミル様が、次代の魔術師界を担う方だと、確信しております。」
アイザックは、咥えていたパイプを外すと、一息吐いて、自嘲気味に笑った。
「そうだな。そうなるといいんだが」
「何かご懸念が?」
「ああ…………聞いたことあるだろう?カミルの噂。」
「あんなもの。気にする必要などございません。魔法院に進学されれば、それが根も葉もない虚構であることがすぐに分かりましょう」
「実はな、あれは、虚構ではない。本当のことだ。」
「なん、ですって?」
「カミルは、灰色だ。魔法院には行かせられん」
カミルの魔力の件を明かすと、騎士はみるみるうちに顔を青くした。
「お待ちください。それなら私は、探索をした時に気づくはずです。あの魔力が、あの魔力の流れが灰色だなんて!」
「私が、誤魔化す術を教え込んだのだ。誰かに探索を許す際には、相手が入り込んでくるであろう表層に、魔力を多く流し込むようにと。
あいつの本来の魔力はエルメガリデ川のような大河には例えられん。どちらかというと…………そうだな。山奥をひっそりと流れる、川の源流に近い。」
「それはつまり、自身の魔力のほとんどを表層に押し込んでるに等しいということですか?そんなことが…………だってあんなにも見事に淀みなく流れて…………」
「ああ。我が子ながら、天才だろう?あの魔力操作には、いつも感心させられる。だが、今のこの魔力至上主義の世の中、灰色のあいつが魔術師として評価されるのは、ひどく難しい。何かしらの、大きな実績を残さなければ、この家を継ぐことはもちろん、上級魔術師となることすら、危うい。」
「そんな…………」
騎士は酷くショックを受けているように見受けられた。
「隠していて、済まなかったな。」
「いいえ…………簡単に…………簡単に、明かしていただけるようなお話ではございません」
「知ってもなお、カミルに心を寄せてくれるというのなら…………明日もまた、構ってやってくれ。」
「はい…………もちろんです。」
騎士の返事の歯切れの悪さを、アイザックは灰色への軽蔑があるのだろうと邪推した。貴族界では珍しいことではない。
実際、アイザック自身、カミルの灰色が判明するまでは、そのような考えを持っていた節がある。
「思うところがありそうだな。灰色との関わりを持ちたくないというのであれば、それでも構わん。」
「違います。そんなことは、露ほども考えてはおりません」
「そうか。ならいいが、無理はするな。何度も言うように、これは騎士の役目ではない」
「違うのです。氷侯様。そのようなご事情があるとはまるで想像もせず…………私は泣き止まぬカミル様に、無神経にも励ましの言葉をかけ続けておりました。貴方ならできる、などと。」
珍しく顔を歪める騎士。
秘密を隠したまま心を預けることはできぬと言い放った夫人の言葉がアイザックの頭をよぎった。
「それは…………悪いことをした。もっと早く、伝えるべきだったらしい。」
「とんでもございません。全ては私の不徳の致すところ。明日の朝にでも、カミル様に謝罪して、改めて信頼いただけるように努めます。」
****************
上手くいって、よかった。
カミルが、そのように、いい気分でいられる時間はそこまで長くなかった。
罰則の際に左手首の負傷に気づかれたカミルは、治癒薬を飲まされた後、騎士が鞭を打たれる様を見なければならなかった。
「仕方ありません。この腕に、鞭を打つことはできません。貴方に罰を与えられぬなら、代わりに私が受けましょう。」
そう言って、騎士は教育用の短い鞭を使用人に手渡すと、自身の左腕を差し出す。
「え…………?」
そこでようやくカミルはうろたえた。
「待って。やめて………!」
「やめません。罰を後回しにすることはできません。」
「僕、この上からでもいいから!」
「できません。貴方の左手が使い物にならなくなっては困ります。」
「なら、右腕で!利き腕に罰を受けることも、多分にあると聞きます!」
「それは市井での話です。何度も言うように貴方は侯爵家の跡取り。あなたは、その右腕を、明日以降、勉学のために使わねばなりません。」
「だからって、どうして騎士様が!」
「貴方をお守りする役目を仰せつかっているからです。」
カミルの頭は、幼い頃に受けた躾鞭の痛みをちゃんと覚えていた。
それでも余裕でいられたのは、加護魔法を使って痛みを鈍化できることを知っていたからだ。
(痛がるふりをすれば、きっと大丈夫)
どんなふうに声をあげれば、嘘っぽく聞こえないだろうか。
脳内で発声練習をしながら、誤魔化すことばかり考えていたカミルは、騎士が代わりに罰を受けると言い出して軽くパニックになった。
自分が罰を喰らうならまだしも、関係のない騎士が痛みを受けることになるなんて。
「さあ、早く。遠慮はいりません。私は没落しかけた下流貴族の出身。貴方が罪に問われることはございません。」
そのように言うと、騎士は使用人に促し、自分の腕を鞭で打たせた。
「っ」
バシンと、革がしなる音に、カミルは思わず目をつぶった。
「目を背けてはなりません!ご自身の過ちを、見届けなさい!」
騎士の怒号が飛ぶ。カミルが慌てて目を開くと、さらに、鞭の音が部屋に響いた。
「っごめんなさい!もうしません!」
カミルが叫ぶように謝っても、騎士はやめさせなかった。
「まだです!」
打たれているにも関わらず、騎士は差し出した左腕を、自ら水平に保ち続けた。
痛みを感じないのだろうか。いや、そんなはずはない。
額に浮かぶ脂汗、撃たれる直前にきつく握りしめられる右の拳。
騎士がその痛みを我慢している様を、カミルは感じ取っていた。
「っ抜け出したのは、僕なのに!」
「いいえ!貴方を部屋に留めておけなかったのは、世話役を引き受けた私の責任でもあるのです!」
「っ…………!」
戦士として人が死ぬ場面は山ほど見てきたというのに、人が痛みを被る状況にここまで苦しみを感じるのは、苦痛を消し去る加護魔法が当たり前の世界で戦ってきたためだろうか。
もうしないから、どうかやめてほしいと泣きながら懇願すると、騎士はようやく、カミルと目を合わせた。
「二度と、今日のような真似をされませんよう。」
「約束します…………。だから、治癒を、してください」
そう言って、赤くなった騎士の腕に手を添える。
「それでは罰になりません。このまま自然に回復するのを待ちます」
「っ」
非情な騎士の一言に、カミルは何も言えず、唇を噛む。
「今日は部屋で過ごし、反省を。手首の治療についても、サボりませぬよう。後ほど経過を確認させていただきます。」
騎士が部屋を去った後しばらく、カミルは部屋の椅子に座って過ごした。
(加護を流し込めば、助けられたけど。)
戦士の使っていた加護魔法は、痛みや苦痛を取り払うのに多大な効果を発揮する。
もちろん、相手にその魔力を流し込めば、同じように痛みに負けぬ強い肉体を得ることができる。
けれどもそれは同時に、転生について明かすことと同義だった。
(そんなの、できない)
カミルはふと、自分の腕にかけていた加護魔力を退散させる。
本来なら、それなりに痛みを発するはずの左手首は、まるで感覚がなかった。
先ほど飲まされた治癒薬の作用のためだ。
(こんなことになったのは、怪我なんて、したせいだ。)
その日のカミルの反省は、部屋を抜け出したことではなく、腕を怪我したことに帰着した。
なぜならあの時、精霊に会わぬ選択肢は存在しなかったのだから。
最後、自分で罰を受けられる状態にさえあれば、全てがハッピーで終わっていた。
(僕が、ちゃんと運動してれば、こうはならなかったかもしれない。)
バルコニーからの着地を失敗したのは、魔力の込め具合を誤ったという面もあるが、一番はカミル自身の運動不足だ。
カミルが生活の中で運動する時間といえば、教養剣術くらいしかない。
けれども、あまり好きではなかったカミルは、嫌々ながらにしか剣を握らず、当然その運動量は少なかった。
特にアドルと共に学ぶようになってからは顕著で、体が大きく力も強い彼に怯え、何かと理由をつけては休むなど、前向きな姿勢で取り組むことはできなかった。
(酷いな、今世の僕。嫌なことから、逃げ回ってばっかりだ。)
ふと、机の上に載っていた玩具の独楽が目に入る。
立ち上がり手に取ると、『星の精霊よ』と小さく唱えて指先で回し始めた。
魔力で回る魔法独楽だ。ちょうど良い魔力を送らねば、回転しないという代物で、カミルが幼い頃から好き好んで使ってきた玩具の一つである。
これを上手に回せば、大抵の大人は、カミルを褒めてくれた。どうやら安定して回すのは難しいらしく、軽く集中すれば簡単に回せるカミルは、少し誇らしい気持ちになれた。
アドルには扱えないというのも、カミルがこの玩具を手放せない理由の一つだ。
これを回している間だけは、僕には魔操の才能があるのだからと、アドルに対して優位を感じることかできた。
カミルはそれをグッと握りしめると、ベットに向かって思い切りぶん投げた。
柔らかいスプリングに弾み、カンっと壁に当たって床に転がる。
音を聞きつけた使用人が何事かと部屋に入ってきたが、なんでもないと追い出した。
(何が才能だ。僕が、こんなに魔操が得意なのは、古代の戦士だからじゃないか。)
戦士として育てられたアレンは、魔力操作を高めるための訓練を数多くこなしていた。それは里の多くの子供達が、物心つく前から同様に受けてきた訓練で、気がついたら言葉を発するようになるのと同じように、体内の魔力を感じ取り、操るスキルを苦もなく身につけさせてもらってきた。
中には現代には伝わっていないであろう手法も存在する。
(僕が、灰色なのも、戦士だからだ)
魔物と戦う戦士は皆、魔力が少なかった。むしろ少ない方が、魔物に見つかりにくいという点で有利だった。
逆に魔力が多すぎる者は、魔物を惹きつける力があるために、その魔力が漏れぬよう里の奥に幽閉されていた。魔物で溢れるあの時代、彼らは一歩でも外に出れば、魔物に囲まれてしまう。
魔力が少ないことは、古代の戦士にとってはむしろ誉れに近かった。
(僕に、才能なんてない。好きだとか嫌いだとか、わがまま言ってないで、やるべきことは、ちゃんとやらなきゃ。)
カミルはグッと拳を握りしめると、体内の魔力を振るわせた。
<<"ディア・メイディア">>
体の奥底で生まれた加護魔力を身体全体に流し込む。
湧いてでた怒りは、ゆっくりとその気配を沈めた。
("大丈夫。僕には、加護が、ついてる")
翌朝、日が昇ると同時に目が覚めたカミルは、バルコニーの窓を開け放って朝の空気を一息吸った。
<<"ディア・メイディア">>
朝日の気配を目にしたカミルは、無意識のうちに加護の魔力を全身に纏わせると、目を瞑りながら、体内を巡るその流れに意識を向けた。
戦士の時代、毎朝のように行なっていた魔力の調整である。
あんなにも悩んでいた楽園のことは、精霊と話せた喜びとその後のゴタゴタとで、どこかに飛んでしまった。
もうみんなに会えないと思うと、寂しさを感じることに変わりはないが、精霊たちが自分を"戦士"として認識してくれているだけで、カミルの心は救われた気がした。
自分1人だけが、取り残されたわけではない。
不思議と、そんな風に感じることができた。
今も、身体を巡る戦士の魔力が、まるで鎧のようにカミルを覆い、安心感を与えてくれる。
その流れる鎧に身を預けてしばらく、街の方から鐘の音が聞こえ、カミルは目を開けた。
朝靄に隠れた王都の街並み。そして遥か遠くにうっすらと映る山影。
「"みんな。僕は、レイフォルドとして生きるよ"」
呟いた古代の言葉は、朝の日差しの中に溶けていく。
使用人やら騎士やらがカミルを起こしにやってくるのはもうしばらく後だ。
『氷の星霊よ』
カミルは小さく唱え、氷の魔力を作り出すと、体に纏わせた。
戦士の魔力に比べて大変に扱いにくいそれは、思うように動いてはくれないが、カミルは気にせず淡々と調整を続けた。
レイフォルドは、エルメガリデ随一の、氷魔術の家系。この家で生きるなら、氷の力を鍛えることは必須である。
(この方法ならきっと。氷の力だって鍛えられる)
カミルは戦士時代の訓練を、そのまま氷の魔力に応用させた。
(僕は、"戦士"だ。"戦士"が諦めるのは、本当に最後の最後だけ。)
アレンとしての過去に一応の踏ん切りがついたカミルが、無意識のうちに次に目指したのは、カミルとしての人生を歩むことだった。
レイフォルドの跡取りになるには、足りないことが多すぎるけど、カミルだって逃げて回るばかりでできることをやれていない。
そこからカミルは、身体を巡る氷の感覚に意識を集中させる。
なんだかんだいって、こういう地道な訓練が、自分の力を大きく高めてくれることを、戦士アレンは経験的に知っていた。
そうして2つめの鐘が鳴る頃、騎士が謝りにやってきた。
どうやら父が、魔力の件を明かしたらしい。
騎士は、これまでの無遠慮な励ましを恥じていて、いつもの凛とした顔つきから一変、後悔が滲み出るような表情でカミルに語りかけた。
「えっと…………気にしていません。僕の方こそ、励ましてくださったのに、酷いことを言って申し訳ありませんでした。」
カミルがそう伝えるも、騎士は納得いかぬようで、改めて信頼を得られるように関わると宣言する。
そこで彼は、思いついた。
「なら、腕の治癒をしてください。そしたら僕は、あなたを全面的に信頼します。」
全く疑ってもいないし、騎士に対して嫌な感情を抱いているわけでもないのに、カミルは取引を持ちかける。
が、そんな甘い考えはバッサリと斬って捨てられた。
「その件は別です。信頼とは取引によって成立するものではありません。」
撃沈したカミルは、大きく肩を落とした。
「もう、反省しています。僕に足りないところも見えましたし、これ以上、騎士様が背負うことではありません」
「では伺いましょう。ご自身に足りなかったことはなんですか?」
「えっと…………」
問い詰められ、カミルは目を泳がせる。
運動不足、なんて答えてはならないのは直感でわかっていた。
「どうやら、まだ、見つけられてはいないようですね。」
「ち、ちがいます。僕に足りないのは…………強い心です!」
ついて出た言葉は、昨夜、なぜか部屋にやってきた父が、狸寝入りするカミルに言い放った一言だった。
いきなりの来訪者に驚いたカミルは、ついつい寝たふりをしてしまい、いつ魔力を流し込まれるかヒヤヒヤしながら、父が立ち去るのを待っていた。そんな中、ふいに投げかけられた言葉はカミルの脳裏にバッチリ刻まれ、再び眠くなるまでベッドの中で反芻していたのだ。
「心?」
「えっと…………精霊に会いたい気持ちを、抑える心が足りませんでした。僕は心が弱いから、すぐに泣いちゃうから…………ちゃんと鍛えて、強くなりたいです。」
無理矢理、それっぽく理由をこじつけたカミル。
上手くいったらしく、騎士は表情を緩ませた。
「わかりました。その決意に膝を降り…………治癒をいたしましょう」
「っ本当ですか!?」
カミルはガバッと立ち上がる。
「ええ。騎士に二言はありません。
ただし、飲むのは貴方の作った魔法薬のみ。作っていただけますか?氷の、治癒薬です。」
「え?僕、そんなの作ったことありません」
「大丈夫。初級の薬であれば、手順さえ間違えなければ、そう難しいものではありません。作り方は初歩の教本にも載っています。」
「そんな。見習いですらない僕の、初めて作る薬を飲むとおっしゃるのですか?」
「ええ。失敗して毒になるような薬ではありませんから。材料がわかりましたらお知らせを。私がご用意します。」
言われ、カミルは少し考えた。
上手くいくかは別として、チャレンジすることは悪ではない。
決めたカミルは、騎士の目をまっすぐと捉える。
「わかりました。屋敷の書庫にあるか………教本を、探しに行ってきます」
「朝食の後にいたしましょう。だいぶ元気も出てきたようですので、食堂で。お着替えをされてください。」
その日のカミルは、朝から晩まで治癒薬のことを考えた。
まず朝食後、書庫に向かったカミルのもとに、なんと父がやってきて、小瓶を手渡した。
「それは私が作った見本だ。」
出かける直前のようで、訪問着を着た上に、ステッキを持った父はカミルに諭す。
「初級の治癒薬は、下手に作っても毒にはならんが、量を飲めるものではない。今日、お前が作る薬が効かなければ、次に飲ませられるのは明日になる。
シュラックは、国の騎士。見習いですらないお前の躾のために、長い間怪我を放置させるのは私の本意ではない。できる限り、これに近いものを作りなさい。」
「っありがとうございます、父上!」
仕上がりのイメージがつかなかったカミルは、そのプレゼントを心から喜んだ。
ゴールが分かれば、あとはやり方を探して試すだけだ。
「これ、魔力を、通していいものですか!?」
「魔石が色づかぬ程度の魔力なら構わん。それ以上は品質が変わる。」
「わかりました!やってみます!」
書庫で教本を発見し、作り方を調べた後、騎士が部屋に調合に必要な魔道具セットを持ってきて、カミルの人生初の薬作りが始まった。
魔道具起動に必要な魔力は、騎士の提供である。
素材をナイフで刻んだり、熱いものを扱ったりと、カミルの人生では初めてという工程もいくつかあったが、なんのその。
刃物の扱いも火の扱いも、戦士としての基礎スキルだ。
ただし、左手を使う作業だけは、騎士に奪われた。
「もう、痛みはありません。できます。」
「いけません。あと3日は安静です。」
固定された左手を動かすことは、固く禁じられた。
そうして初めての薬が出来上がったのは昼前。目で見て、そして魔力を通して確認し、カミルはわかりやすく肩を落とした。
「父上みたいな、薬にならない」
薬に溶け込む魔力の具合が違うのが、すぐにわかった。
「そんなの当たり前です。初めて作ったのですから」
「でも、これに近いものを作らなければ、レイフォルドの名折れです。国の騎士様にこんな駄作を飲ませるわけにはいきません。」
騎士に慰められても、カミルは納得しなかった。父の求めるレベルは、そうではない。
「騎士様、どうか手本を見せてはもらえませんか。特にこの、鍋に魔力を流し込むところ。」
そうしてカミルは、鍋をかき混ぜる手順や、魔力を流し込む具合を騎士に見せてもらい、真似をした。
目で見るだけではわからないが、魔力を広げて感じ取ることで、カミルは効率的にそのリズムを掴んでいく。
(くるくる、とん。くるくる、とん。)
騎士の真似をした念入りなイメトレの後、
改めて作り直した薬が出来上がったのは日が傾き始めた頃だった。
父の見本には程遠いとカミルは思ったが、製薬の途中で少々大掛かりな魔法を使ったために、魔力不足に陥り、これ以上の調合が難しかった。
「そもそも僕には、1日1度か2度程度しか、チャンスがないようです。困ったな。」
「その1回を無駄にせぬよう、何度もイメージトレーニングをされていたではありませんか。」
「だって、僕にはそれしかありませんから。どうか、夜まで待っていただけませんか。少し時間をおけば、もう1度くらいできると思います。」
「わかりました。夕食後にでも改めて、取り組みましょう。」
カミルは夕飯に向けての長くない自由時間に、魔力を溜め込むのと同時に、詠唱に30分かかる第二加護魔法を唱えた。
("感覚強化がほしい")
第二加護魔法の感覚強化には、視力や聴力等の五感の強化だけでなく、身体感覚の強化も内包されていた。
すなわち、手先の器用さにダイレクトに関わってくる。
もともとアレンは器用な方ではない。
それでも戦士として、いろいろな道具を使えていたのは、加護魔法の力が大きかった。
("手を貸して。みんな。")
3回目の調合は、これまでの中で一番良いものが出来上がったが、やはり見本のようにはいかなかった。
「これが、今の僕にできる、最善です。飲んで、いただけますか」
「十分です。初めてとは思えぬ出来栄え。謹んで頂戴しましょう。」
そう言って、カミルの薬を受け取った騎士は、一気に飲み干すと空になった小瓶を見つめた。
その様子に不安になったカミルは、恐る恐る尋ねる。
「あの。上手く、できているでしょうか」
「はい。おかげさまで、明日には、後も残らないでしょう。」
騎士の柔和な笑みに、カミルも頬が緩む。
すると彼女は、カミルに近寄って、目線を合わせた。
「カミル様。貴方は今朝、自分に足りぬのは強い心だとおっしゃいましたね。」
「はい」
「貴方は、すでに、それをお持ちですよ。」
「え?」
「カミル様。貴方は今日一日、見事な集中力を見せてくれました。足りぬ魔力にめげることもなく、ご自分の力の上限をきちんと見つめて、できる限りを尽くされました。強い心がなければ、そんなことはできません」
「き、きっと!精霊たちと話せて…………じゃなくて触れ合えて…………!気が晴れたのです!」
「それは、屋敷を抜け出したことが功を奏した、ということでございますか?」
「い、いえ!そういうわけでは、けして!」
「ふふ、まあいいでしょう。
とにかく貴方の中には、間違いなく強い心があります。けれども同時に、弱い心も存在するのでしょう。
どちらも大切な貴方の一部です。」
「弱い心が、ですか?」
「ええ。ですがこれは…………11の貴方には随分と難しいことを申しているかもしれませんね。」
騎士は思考を振り解くかのように首を振ると、改めてカミルと目を合わせた。
その瞳に、騎士が、本気で何かを教えてくれようとしていることを、カミルも感じ取る。
「とにかく今は、強い自分になりたいというその決意、どうか忘れませんよう。」
「はい。精霊に誓って。僕はこれまでの弱い僕から卒業したい。すぐにできるかはわからないけど…………卒業できるように、努力します。」
*********************
アイザック・レイフォルドの帰宅は、その日も遅くなった。
子供たちは間違いなく寝ている時間。
「氷候様、ご報告です。」
大変に真面目なその騎士は、遅い時間だというのに嫌な顔ひとつせず、昼間のカミルの様子を伝えに来た。
「ご子息の作です。」
そう言って渡してきた小瓶は3本あった。
カミルが作った治癒薬の一部を取り置いてくれていたらしい。
「本日、3度調合されました。午前と午後、そして夕食後に。」
触れば、言われなくてもその順番がわかった。3本とも、同一人物が作ったとは思えないほど、クオリティに差がある。
特に1本目と2本目の差は顕著だ。
「お前は飲んだのか」
「ええ。最後のものをいただきました。もう痛みも引いています。」
「それは何より。ところで…………この2本は、血盟魔法を使ったな。最後の1本は…………手を貸したか?」
「いいえ。私が手を出したのは、左手を使う場面だけ…………主に材料を切るところだけです。あとは全て、本人が作りました」
「それは…………だいぶ頑張ったらしいな」
「はい。頼まれて魔力の動かし方を見せたところ、ずっとそれを真似て感覚を叩き込もうとされていました。」
「感謝する。よくここまで引き上げてくれた。」
「いただいた見本のおかげです。カミル様は、ずっと氷候様の作を目指しておられました。半端な出来栄えで満足しては家の名折れだと。」
そんな騎士の報告に、アイザックはハッと笑う。
「あれは最終的に、お前に飲ませようと考えていたんだがな。
そうか。あいつが、そんな生意気を。どうやらだいぶ、元気が出てきたらしい。」
「ええ。精霊に会えて、気が晴れたとおっしゃっていました。」
「なるほど。やはり、あいつにとって精霊は、よほど大きな存在らしい。」
「素晴らしいことではありませんか。彼らに愛される魔術師は、幸せになると言いますし。」
「そうだな」
笑って返事を返すと、アイザックは再び愛用のパイプに火をつけた。
「シュラック。私はカミルを近いうちに田舎の旧邸に戻そうと思う。護衛と教育係が決まり次第だ。」
「氷候様。そのお役目、私が引き受けても良いものですか?」
「願ってもないが、いいのか?ここから馬車で1週間はかかる場所だ。王都の勤めからは、離れなければならん。」
「はい。構いません。氷候様、私は…………カミル様は、きっと素晴らしい魔術師となって、この国に蔓延する行き過ぎた魔力至上主義をひっくり返してくださる。そんな気がするのです。」
「面白いことを言う。だが、お前がカミルの世話をしてくれるというなら、さもありなん、というところだな。
改めて、感謝する、シュラック。
出発のタイミングはお前に任せよう。こちらでの準備が整い次第、知らせてくれ」
この先の更新イメージを、作者本人のメモの意味も込めて、こちらに書かせてください。
①Ep2の前半を書き足したい
アレン時代の記述があっさり過ぎて、読み直してつまらないと感じてしまいました。
早く物語をスタートさせたくてすっ飛ばしましたが、近いうちに修正をかけたいです。
②全体的に背景描写も人物描写も足りない。
どんな場所でどんな人物が動いているのか。
読んでもイメージが付きづらい部分が多く、反省中です。読んでくださってる方には、ご不便をおかけしています。
焦って先を書き進めようとしているせいで、雑な部分が多々、出てきているようです。
以上、修正を入れたいと思っている案件でした。
といっても、今すぐに足踏みする予定はありません。
いまだに、もう1人の相方が登場していないので、そこまではこのペースで突っ走りたいと考えています。
(おそらくそこが、序章の終わり)
ある程度書き進めたら、読み直しつつ細かい描写を直したり、駄作のep2を書き直したりして、修正を加えていこうと考えています。




