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カミルの心を癒すもの

だいぶ長くなってしまったのですが、切りどころがわからず………

ひとまず全て載せてしまいました。

レイフォルド家の跡取り息子は、灰色――魔力無しである。

そんな噂が世間で囁かれるようになったのは、カミルが10歳になってからだった。


「やい!ねずみ!」

「ち、ちがうよ。僕は、そんなんじゃない……!」

「へえ、違うのか。じゃあこの魔道具使ってみろよ!」

「っ僕、知らない魔術を発動させちゃダメだって、言われてるんだ……!」

「それはお前がねずみだからだろ!」

「う……っ」

「はは、また泣いてんじゃん!この魔力無し!意気地なし!」


そんな風に、義弟のアドルに言い負かされて逃げ回る。それが、10歳を過ぎた頃の、カミルの日常だった。

そして大変困ったことに、その魔力が無いというのは単なる噂ではなく、紛れもない事実であった。

正確には、生まれ持った魔力量が極端に少ない。

賢者である父はもちろん、レイフォルド家の面々は皆、魔術師を名乗るのに遜色ないレベルで魔力を有している。

今は亡きカミルの母も、父に負けぬほどの大きな魔力をその身に宿していたらしい。

血筋で決まると言われる魔力量。それなのに、カミルは何故だか灰色という最低ランクに振り分けられるほど、少なかった。



「魔力の多寡のみが、魔術師の力ではない。お前はこれまで通り、淡々と修養に励めばよい。」


噂が広がり落ち込むカミルを、父はそのように励ましてくれたが、彼の心は俯く一方だった。

義弟(アドル)は毎日のようにカミルをバカにし続けたし、10歳になったカミルの教育係を務めていた義母は、大変に厳しい人だった。


「アドルが遊んでいるから自分も自由にしたいですって?何バカなことを。

 いいですか、カミル。はっきり言って、貴方には魔術師としての才能がない。他の者と同じように学んでいるだけでは、レイフォルドの面汚しになるだけです。」




カミルが王都の屋敷で過ごすのは年に一度、星祭りの前後だけで、普段暮らしているのは、「精霊の館」と呼ばれるレイフォルド旧邸だった。

それは王都からだいぶ東に離れた山奥にあり、一番近い街からも馬車で半日ほどかかるような場所で、自然の中にポツンと建てられていた。

そんな僻地にあるものだから、国の勤めで忙しい父がカミルと顔を合わせるのは、3~4カ月に1度程度しかない。

そして、いつもいつも甘やかしてばかりとは限らなかった。


「お前は、いつまでもそうやってぐずぐずと。いい加減、恥ずかしくないのか…………!」


それは、日々の修行やアドルの暴言に耐えられず、かつて慕っていた先生の元に行きたいとわがままを言った日のこと。

いつもは淡々とカミルに言い聞かせる父が、珍しく声を荒げた。


「もう10を過ぎたのだ。同い年で魔術師となって、先を行く者もいる。泣いてばかりいないで、今、自分がすべきことを考えなさい。」




行き場を失ったカミルの唯一の癒しは、「精霊」と呼ばれる魔力体と、触れ合うことだった。


「父上にまで叱られちゃった。僕、やっぱり、ダメな子みたい。」


館の周りにある丘に、泉に、林に、精霊たちは存在した。

そして精霊は、カミルが魔力を分け与えれば、答えてくれた。


<<*** ****>>


彼らの返事は、魔力のわななき。微細な震えだ。

カミルは彼らの言葉の意味はまるでわからなかったが、そのわななきを、確かに感じ取ることができた。


「………先生に会いたいな。みんなも、そう思うでしょ?」


<<*** ****>>


精霊はカミルに対して、いつも同じような震えを放った。

きっと彼らは自分を励ましてくれているのだ。

そう思いこむことで、カミルは少し、元気を取り戻すのだった。






****************************





――――過ぎたものは、戻ってこない。



騎士の、当たり前のその一言が、再びカミルを悲しみの海に突き落とした。


("もう、二度とみんなに、会えないんだ………”)


はるか昔に過ぎ去ったであろう、戦乱の世の果て。

カミルは、人生の中でこんなにも泣いたことはないと思うほどに泣き、悲しんだ。


("やっぱり僕が、あの時、あきらめたから?")


楽園(エデン)に行けなかった理由をぐるぐると考えては、嗚咽を漏らした。

それでも涙は変わらず溢れ続けたし、何をする気にもなれなかった。

慰めようと使用人が寄こしてきた本や玩具はベッドサイドに置き去りで、用意された病み上がり用の食事は「後で食べる」と手を付けなかった。

身体が、心が、生きることを拒んでいるかのようだった。



「カミル様。お食べください。身が持ちません。」


見かねた騎士が再びやってきて、匙ですくって無理矢理口に近づけても、首を振って嫌がった。

まるで赤子のように駄々を捏ねている自分がいることに、カミル自身も気づいていたけれど、心の奥底から湧き出てくるわがままを止めることができなかった。


「何も、知らないくせに」


世話焼きの騎士に対して溢れた言葉は、普段のカミルからは考えられないほど冷たいものだった。騎士は少し驚いたような顔をした後、カミルに目を合わせた。


「では、お話しください。貴方が何に、苦しんでおられるのか。」


「もうご存じ、でしょう。演舞の、ことです」


「そこまで落ち込む理由を、知りたいのです」


「っ放っておいて、ください…………」


話すなんてできるわけがなかった。

転生魔術は単なるおとぎ話。信じてもらえるとは到底思えなかった。

何より現代において、魔物は「穢れ」である。


現代でもわずかながらに、魔物は存在する。

田舎の山奥や、人が立ち入らぬ里山、陸から離れた海の上、そして「迷宮」と呼ばれる亜空間に。

時によって、人里に進出してくることがあるため、定期的な討伐が必要な存在だった。

ところがそれは、「穢れた」仕事であって、基本的には身分の低い者が行うものだとカミルは教わってきた。

そして、それなりに身分のある者が討伐に出る際には、必ず前後に「浄化」の儀式を行う。

現代では、魔物の存在は忌み嫌われていた。


一方で、アレンたち古代の戦士にとって、魔物は間違いなく戦うべき敵だったし、仲間を食らう憎むべき相手でもあった。

が、同時に、当たり前のように周りに存在する隣人でもあった。

その骨や皮から武器や道具を作ったし、なんならその血肉を食らって生きていた。

穢れという発想は全くない。


(食べてただなんて、言えるわけがない…………)


現代において、魔物製の道具なんてとんでもないし、いわんや、口にしていたなんて。

そんなことが知られたら、また家の名を落とすことになるに、違いなかった。






父が屋敷に戻ってきたのは、目が覚めて翌々日のことだった。

それは真夜中のことで、泣き疲れてうとうと寝始めていたとき、父は部屋に入ってきた。

寂しさから戦士の魔力を纏い続けていたカミルは、すぐに人がやってきたことに気づき起き上がる。


「父、上………」


父は無言のまま手袋を外して使用人に預けると、ずかずかと部屋に入り、カミルの頭に手を当てた。そして何の予告もなしに、魔力をカミルの体内に流し込んでくる。

カミルは父が手袋を外した時点で、魔力を流し込まれることを予想し、慌てて戦士の魔力を自身の奥底に引っ込めた。

魔物を食べていた前世のことなど、知られたくない。


「っ」


ピリッと刺すような感覚。

しまった、と思ったが、遅かった。その違和感に父が眉を寄せたのが見えた。

魔力探索でこのような抵抗が生まれるのは、相手の侵入を心が拒んだ証拠。

カミルが父の魔力を拒むとき。過去、それは、彼にやましいことがある時だけだった。

父はそんなとき、必ずカミルを問い詰める。

それも魔力を流し込みながら聞いてくるものだから、嘘がまるで通用しなかった。

誤魔化そうと思えば思うほど、魔力の抵抗が大きくなり、すぐにバレてしまうのだ。

ところが父は、ひと通り体内を探索すると、魔力を引き上げた。


「全員、外せ」


父が言うと、待機していた使用人たちが一斉に引き払う。いつの間にか側に控えていた騎士も、部屋を出る。


「カミル。倒れた時のこと、覚えている範囲で話しなさい」


人払いを終えた後、彼は手頃な椅子に腰をかけた。


「えっと」


引っ掛かりの件を問い詰められるものだと思っていたカミルは、拍子抜けした。

倒れる直前の記憶を手繰り寄せ、ゆっくりと話し始める。アレンの記憶と間違わぬように。


「それで、急に…………視界が暗くなりました」


「特別な魔力のようなものは感じたか?」


「いえ、特には」


「そうか」


そこまで聞いて、父は長い長い詠唱を始めた。


『氷の星霊よ その息吹は熱を諫め 悲しみをも凍らせる――――――』


その言い回しから、それが精神安定の魔術だと、カミルは気づいた。


「じっとしてなさい。」


ぶわっと、父の魔力がカミルを覆う。

先ほどまで自分の心を支配していた悲しみが凍りついたかのように、力を失うのを感じる。変わらず悲しみはあるけれど、その主張は小さくて、心を覆い尽くす強さは保てない。

戦士の魔力を纏った時に、痛みが小さくなるのと同じように。

同時に、頭の中に靄がかかったような不思議な感覚がカミルを襲う。


(何も、考えられない…………)


感情の強奪。そして思考力の強奪。それが氷の精神安定魔法の特徴である。

続いて父は懐から小瓶を取り出すと、中に入っていた液体を魔法で操り始めた。何かの薬だ。


「私の調合ではないが、今のお前には必要なものだ。口を開けなさい。」


抵抗せずに、言われた通りに口を開けると、父は薬をそのまま喉奥に流し込んできた。

飲み切ると、カミルを急に強い眠気が襲った。


「騎士、様…………?」


うとうとと眠気に誘われる中、カミルは薬の中に溶け込む、父以外の魔力の正体を感じとった。

ふと、父が笑った気がした。


「そうだ。お前のために、作ってくれた。明日にでも礼を伝えなさい」


「……は……い…………」


「分かったなら、今日はもう、寝る時間だ。」


促されて横になれば、カミルはもう、夢の中だった。



カミルはしばらく、精神安定魔法の世話になった。

魔法が効いている間は、ぼーっとするのみで何も出来なかったが、人が飲ませてくる薬や他人の介助があれば食事をしたり、薬を飲んだりすることができるようになった。

ところがひとたび切れてしまうと、再び悲しみの波に飲まれ、カミルは泣き始める。

父が不在の間は、騎士が魔法をかけてくれた。

カミルも抵抗することなく騎士の魔力を受け入れ、無感情に過ぎ去る時間を眺めていた。

そんな調子で3日ほど過ごした日の朝。


「カミル様。お支度を。精霊公園に参りましょう」


「え………精霊公園に、ですか?」


「ええ。ご興味があると伺っています」


精霊公演とは、王都という都心の中にありながら、なぜか精霊が姿を見せる場所と知られていた。

興味があったカミルは、行きたいと家の者にねだったことがある。


「あの…………父からは、魔術師になってからだと、言われています。」


「その父君が貸し切ったのです。生還されたお祝いですよ。」


カミルは騎士に連れられ、馬車で街に出た。

過ぎゆく王都の街並みを眺めながら、カミルは以前、別邸で精霊に慰めてもらった時のことを思い出す。


<<*** ****>>


そして覚えたフレーズを、指先の魔力を震わせて再生した。


(魔力をちょうだい…………そうか。エルメガリデ語だ。)




降り立ったのは、10本ほどの木が生えた芝の広場だ。中央に一際大きな大木がある。


<<      >>


<<          >>


空間を漂う魔力が震えている。精霊たちの囁きだ。


「あの大木の周りに、多く集まっています。8割方、大地の精霊だとか」


騎士はそう言って、腕輪型の魔道具を渡してきた。


「父君からです。大地の魔力を生成できます。魔力の込め具合で出力が変わりますから、いろいろお試しください。」


「これを…………父が?」


「ええ。今のあなたには必要だと判断されたのでしょう。」


エルメガリデの魔術は、大きく8つの属性に分類される。

そのうちカミルが普段、使うことを許されているのは氷魔法と星魔法のみ。

簡単に使えるように「登録」しているのも、その2種類だけだった。

大地の魔術を使うには、5分近くかかる詠唱をこなさなければならない。

こんな簡単に、大地の魔術につながる魔道具を渡してくるなんて。


「お時間は、鐘が鳴るまでです。魔時計はお持ちですね。」


カミルは父から持たされている金色の懐中魔時計を取り出した。

時の魔術で作動する、時間を知るための魔道具だ。


「はい…………ありがとう、ございます」



カミルは腕輪に魔力を通しながら、精霊たちの囁きが聞こえる方に歩みを進めた。

それは騎士の言う大木ではなく、その隣に生えていたやや細めの木の近くだった。

細めとはいえ、カミルがぐるりと腕を回しても、一人では届かぬほどの太さはある。

ふわっとばら撒いた魔力に、精霊たちが集まってくる。


<<こんに、ちは>>


カミルは騎士に勘付かれぬよう、指先に集めた魔力をほんの小さく振るわせて、

精霊に話しかけた。


<<ねえ、聞いた?人が、喋ったわ>>

<<うん。聞いた。人が、喋ったよ>>


精霊たちは興味津々と言ったように騒ぎ始める。



精霊とは、姿を持たない、魔力だけで形取られた存在だ。

自然の多いエリアにその存在が確認されていて、現代では信仰対象である女神たちの眷属だと信じられていた。

彼らは言葉を発することをせず、代わりに魔力の振動で意思疎通を図る。

その振動は精霊会話と呼ばれ、人の解読できぬやり取りを彼らは繰り広げると考えられていた。



<<ここ、座って、いいかな?>>


カミルが尋ねれば恐る恐るといったように、小さな震えで答えてくれた。


<<いいよ。そんなの聞かれるなんて初めてだ。>>

<<いいわよ。みんな好き勝手に座るのよ>>


カミルは「そりゃ、そうだ」と内心わらいながら、木のそばに腰を下ろした。


人が精霊会話を解読できないなんて、そんなことはない。

かつて里では、子供から老人まで、誰しもが使っていたのだから。

精霊会話はアレンたち戦士にとって、魔物に気づかれずに意思疎通するためのツールだった。


<<君たちと、話せる、なんて、夢みたい>>


<<僕たちも、びっくりだ。人の子と話すなんて。ちょっとだけ、下手だけど。>>

<<ほんと、驚いたわ。人の子のわりに、とても上手よ。ちょっとだけ、聞きにくいけど>>


<<許し、て。エルメガリデ語を、震わせるの、初めて、なんだ>>


精霊会話は、言葉の音を魔力の振動に置き換えただけのものだ。

文字で複数の言語を書き分けられるのと同じように、精霊会話での古代語とエルメガリデ語は明確に区別される。

前世でカミルが使っていたのは、当然、エルメガリデ語ではない。

カミルは昔の言葉の音をうまく当てはめながら、ゆっくりと魔力を震わせた。

少しの訛りと辿々しさは残るけれど意思疎通を図るのには問題ない。


<<不思議な子。初めてなのに、話せるの?>>


<<昔は、みんな、話して、たんだよ。"魄話"って、いうんだ>>


カミルはそこから、今の自分の置かれた状況を、全て精霊たちに吐露した。

自分が1000年前から転生したこと、仲間と会えないとわかり、どうしたら良いかわからないということ。

精霊たちは、暗黒時代とか転生魔術とか、少し難しい言葉を知らなかった。

カミルの状況もどこまで理解できたか不明だが、ひとまず彼が酷く悲しんでいることだけはわかってくれた。


<<寂しいんだね、不思議な子>>

<<悲しいんだね、古代の子>>


<<聞いて、くれて、ありがとう。君たちに、言えて…………だいぶ、楽に、なった。>>


<<そりゃよかった、不思議な子。悲しくなったらまたおいで。そして魔力を頂戴>>

<<元気が出たね、古代の子。さびしくなったらまたおいで。そして魔力を頂戴。>>


現金な主張にカミルはくすりと笑って、大地の魔力をばら撒いた。


<<こんなので、よければ、いくら、でも>>




時間はあっという間に過ぎ去る。

魔時計を覗くと、それはまもなく、鐘がなることを示していた。


<<僕、そろそろ、行かなきゃ。ありがとう。たくさん話せて、楽しかった>>


<<僕たちも楽しかったよ、不思議な子。お話しできるなんて、サりーみたい>>

<<こちらこそありがとう、古代の子。サリーの他に話せる子、初めてだわ>>


カミルは驚いた。どうやら他にも精霊会話ができる者がいるらしい。


<<サリーって?>>


<<知らないの?この国のお姫様>>


<<お姫、様…………ってまさか、王女、殿下…………!?>>


カミルは血の気が引いた。それはおそらく、エルメガリデの第二王女サリューシャ殿下。


<<待って、お願い!僕の、こと、言わな、いで!>>


<<秘密にするの?それなら、魔力を頂戴、不思議な子>>

<<精霊にお願いごとをするときは、魔力が必要だよ。古代の子。>>


<<わ、わかったよ>>


カミルは大サービスのつもりで、多めの大地の魔力をばら撒いた。


<<もっとちょうだい>>

<<もっともっと>>


言われた通りに魔力を提供するが、カミルの魔力には限りがあった。特に精霊と話をするために、この時間、カミルはだいぶ魔力を消費していた。


<<勘弁、して。これ以上は、僕、倒れ、ちゃうよ>>


<<サリーからは、不思議なことがあれば教えてってお願いされてるの>>

<<もっと魔力をくれないと、内緒にできないよ。サリーはたくさん、魔力をくれるから>>


<<そんな…………>>


王女殿下に対抗して魔力を捧げるなんて、できるはずがない。

せめて、日を跨がねば。

困りに困って、精霊に懇願した。


<<お願い!魔力を、溜め、込んでくる、から!それまで、待って、くれ、ない!?>>


<<いいわ。なら、明日まで待ってあげる。>>


<<明日…………>>


<<そう。明日、日が落ちるまで。約束だよ、古代の子。>>


大変なことにとになったとカミルは思った。

王女殿下に精霊会話の心得があるなど、予定外にも程がある。

今日はカミルのために父が公園を貸し切った。

時間と特徴とを言いふらされたら、バレてしまうに違いない。

しかも自分は何の話をした?

暗黒時代から、魔物だらけの時代から、転生したって?

もしかしたら、ばら撒いた魔力の量から、カミルの魔力の少なさまで勘付かれてしまうかもしれない。


ちょうど、鐘が鳴る。

カミルは騎士の元に戻り、また明日もここに来たいと、おねだりをしてみた。


「無茶を言ってはなりませんよ。簡単に貸し切れる場所ではありません」


「貸切でなくたって、構いません。精霊に会えれば、満足します。」


「警備が難しくなります。貴方は侯爵家の跡取りなんですから。」


案の定許可は出ず、馬車に揺られながら、カミルは頭をフル回転させた。


(今夜、屋敷を抜け出すしかない。)


王女の魔力に敵うとは到底思えないが、彼女がお遊びでばら撒いているだけだとしたら、まだ可能性はある。

カミルが全力で差し出せば、どうにかなるかもしれない。


(夜まで10時間ちょっと…………溜め込むなら、魔力薬が欲しい)


カミルは館に帰り、真っ先に義母の元へ向かった。

精霊にばら撒きすぎたので、魔力回復薬が欲しいと頼み込む。

小言を言われつつ、騎士に対して魔力の少なさを隠すためだと言えば、彼女はカミルが飲み慣れた薬を用意をしてくれた。

同時にカミルは、騎士に街の地図を見せてほしいと要求した。

帰りの馬車で道を確認しておけばよかったのだと気づいたのは、屋敷に戻ってからだった。彼女はカミルが街のことを知りたいのだと言えば、すんなりと用意してくれた。



そして夜。体が熱を帯びるほどに魔力を溜め込んだカミルは、寝巻き姿のまま抜け出すことを決意する。

外出着は使用人に言わねば出てこないし、出かける用事もないのに自然に頼む術をカミルは思いつかなかった。

足元は裸足で行くことにした。夜の時間の室内履きは、楽に着脱することが優先されていて、少し走れば簡単に脱げてしまうような靴だった。

けれども、姿格好なんて気にしている場合ではない。

カミルが精霊会話ができること、古代から転生してきたこと、そして魔力が少ないこと。皇女殿下にバレるのは、なんとしてでも阻止したかった。


(少しは、使ったほうがいいよね。"第二加護魔法")


カミルは少し悩んだ上で、前世で使っていたもう一つの戦士の魔法を唱えることにした。

本来は、身体中に彫り込んだ入れ墨の紋様の上を、決まった順序で魔力を這わせることで発動させるものだ。

戦士には欠かせぬ魔法で、現代の強化魔法に似ている。筋力や心肺機能の強化、五感の強化、治癒力の強化を司っていた。

入れ墨を持たぬカミルが魔術を成就させるには、30分近い詠唱をこなさなければならない。


(詠唱で発動するなんて初めてだけど…………今の僕は運動不足だし)


毎日のように野山を走り回っていたアレンの体と、部屋の中で勉強や魔術訓練ばかりしているカミルの体とでは、天と地ほどの差がある。

魔力は極力、精霊にばら撒くために温存しておきたかったが、まずは公園にたどり着くために、この魔法は必要だとカミルは判断した。

戦士として幼い頃に覚えた祝詞を苦もなく再生すれば、以前魔物と戦っていた際に纏っていたどこか懐かしい加護の魔力が、自身の内から湧き出した。


(よし、行こう。)


ありがたいことに、父が貸してくれた大地の魔道具は、そのまま持っていていいと許可が出ている。

準備を整え、魔道具の装着を確認すると、そっとバルコニーにつながる扉を細く開け、外に出た。

夜風が頬を撫でる。

思い出すのは、かつて戦士として戦いに出る際に感じた高揚感。


(大丈夫。里のみんながついてる。)


カミルは体を巡る加護魔力を確認すると、手すりをぴょんと乗り越え、外に飛び出した。


(っ…………しまった…………!)


飛び出した直後、カミルは手すりの少し外に敷かれていた、騎士の結界魔術に気がついた。

カミルが部屋を飛び出したことは、今この瞬間、騎士に伝わったに違いない。

しかも、運動不足のカミルの体は、たった2階のバルコニーから下に降りるだけで、バランスを崩して転落。左腕を痛めてしまう。


(ケチらないで、もっと魔力込めればよかった…………!)


毎日のように体を動かしていた前世の自分と、週2回の教養剣術の時間ですら逃げ回っていた今世の自分。その身体能力のギャップは思った以上に酷く、込める魔力量を見誤ったらしい。


「"ディア・メイディア…………!"」


すぐに発動できるほうの加護魔法で痛みを誤魔化しつつ走り出す。


「カミル様…………!!」


遠くからカミルを呼ぶ声が聞こえる。屋敷が騒がしくなるのがわかった。


(急げ…………!言い訳を考えるのは後でいい…………!)


今はとにかく追っ手を逃れ、公園に向かわなければ。

カミルは屋敷を覆っている塀を、乗り越え、街に飛び出した。




「っはぁ、はぁ…………!」


覚えた道を、カミルは全力で走った。

第二加護魔法で心肺機能を高めているはずなのに、すぐに息が上がり、肺が、体が、悲鳴を上げた。

その息苦しさで、カミルが足を止めることは決してなかった。

戦士が止まるのは、本当に、体が動かなくなる、その時だけだ。

白い寝巻きは夜の街では大変に目立ったけれど、裏道を知らぬ彼は堂々と大通り

走るしかなかった。

どう見ても良いところの少年が寝巻き姿、しかも裸足で駆け抜けるのを、面倒ごとに巻き込まれたくない街の人は遠巻きで眺めた。



ふと、視界の端を、白い何かがとらえた。

氷の鳥だ。

それが騎士の魔術だと気付いたのは、昨日の朝、まだ気を塞いでいたカミルを楽しませようと、同じ形の氷の鳥を造って見せてくれたからだ。


「…………っこの…………!」


自分のすぐ近くを飛ぶ騎士の魔術。

両手を合わせた拳で思い切り払い落とせば、がしゃんと音を立てて地面にぶつかった。

が、なんのダメージもなく、鳥は再び宙に浮く。


(ダメだ、硬すぎる……………!)


鳥に手が触れた瞬間、カミルはその力の差を思い知った。

これを無力化するには、相当な魔力を込めなければならない。


(っ、こんなことで、魔力を無駄にできない…………!)


カミルは鳥を無視することに決め、公園に向かって全力疾走を続けた。



慌てて飛び込んだ精霊公園は、昼間の厳戒が解け、街の人で溢れていた。

彼の白い夜着は目立って仕方ない。

後方からは、自分を追いかけてくる複数人の足音が迫ってきていた。


(もう、どうにでもなれ…………!)


カミルは昼間の木の下に一直線に駆け寄り、大量の大地の魔力をばら撒いた。

あまりに慌てているために、戦士の魔力まで漏れ出してしまう。


<<これで!これで!許してくれる!?>>


カミルは大きめのうなりで叫んだ。


<<あなた!"戦士"の子ね!>>


<<え?>>


<<"戦士"の子が来たわ!>>

<<"戦士"の子!会いたかった!>>


精霊たちは小躍りして、カミルの周りを回り始めた。


<<もう一度作って!メイディアの!勇気の魔力!>>

<<もう一度ちょうだい!メイディアの!絆の魔力!>>


言われてカミルは理解する。


<<"ディア!メイディア!">>


かつてないほどの加護魔力を作り出し、精霊たちにばら撒いた。


<<これで、いいなら、いくらでも!だから、お願い!僕の、秘密を、守って!>>


<<もちろんだ。"戦士"の子のお願いなら、いくらでも!>>

<<当然よ。"メイディア"の頼みなら、いつまでも!>>


ちょうどその時。

カミルの持っていた懐中時計から、父の魔力が溢れ出す。

「!」

次の瞬間、カミルの目の前の空間が歪み、父が現れた。


「父上………」


ぱしん、と思い切り頬を叩かれた。


「何を、している…………!」


「ごめん……なさい………」


そんな父に、精霊たちが反発した。


<<"戦士"の子に何するの!>>

<<"戦士"の子に酷いことするな!>>


精霊が大きな震えで喚き出したことに、父はひどく驚いた。


<<やめて、みんな。悪いのは、僕だ>>


そんな精霊たちを、カミルの一言が食い止める。

父に勘付かれぬよう、足裏から大地に向かって小さく魔力を振るわせた。

すると彼らのざわめきはピタリ止まる。


「…………ついてきなさい」


カミルは父に上着を被せられ、公園を後にする。

遅れてやってきた騎士にも、カミルはこっぴどく叱られた。


「カミル様。なぜ、このような真似を」


「…………精霊に、会いたくて」


隣で聞いていた父は分かりやすくため息をついた。


「愚かなことを。どれだけの人間に迷惑をかけたか。」


公園には、騎士団の下部組織である街の治安部隊まで姿を見せていた。


「シュラック。カミルを連れ帰り、懲罰を。反省するまでやっていい」




その後、カミルは馬車に乗せられて、一言も話さぬまま屋敷に戻った。

騎士は終始険しい表情をしていたが、カミルの心は澄み切っていた。

理由は不明だが、公園の精霊たちは、古代の戦士の魔力を知っていた。


("戦士"の子、ね。僕、見習いじゃないんだけどな)


溢れそうになる笑みをどうにか押し殺す。


灯りの魔道具で溢れる王都の夜の街並みは、ひどく綺麗なものに見えた。

Ep2で使用していた精霊会話の表記【 】を、<< >>に変更しました。



以下、筆者感想

目標だった1カ月以内の更新を楽にクリアして、仕上げることができました。

書きやすかったという部分もあるとは思いますが、一番は、ここで公開を始めた、ということが大きいです。

見てくださっている方がいるかもしれない、という意識があると、仕事後の疲れた時間でも、物語に向かおう、という気持ちになります。

読みにくい部分、よくわからない部分、多々あると思いますが、呼んでくださっている方には感謝しかありません。

まだまだ未熟ではありますが、精進していけるよう、頑張ります。

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