騎士の見当違いな励まし
ひとつ前のエピソード、何点か改稿しております。詳細は前話の前書きに記しました。 8/25
魔術師としての才能を、何をもって評価するか。
エルメガリデ王国では、古くから「魔力量」を一つの指標としてみなしてきた。
魔力量が多ければ、それだけ大規模な魔術を使うことができる。
もちろんそれだけで実力が決まるとは言い切れないが、実際に優秀な魔術師には、魔力量が多い者がほとんどだった。
そこで先々代の魔術大臣は、人の魔力保持量を、色名でもって6段階に分けて評価することを考案した。
最も魔力が少ない層は「灰色ランク」と名付けられ、時を待たずして「ねずみ」という侮蔑表現が世間の間で誕生する。
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「氷候様のご子息、今年も家の演舞を欠席されたらしいぞ。」
「なんだって。やっぱりあの、ねずみ、という噂は本当なのか」
王立魔術研究所・氷魔術研究棟。通称、氷の塔。
魔術師の国エルメガリデ王国において、その国力の中核を成すとも言われる王立魔術研究所群。
そのうちの一つに、氷の塔と呼ばれる施設が存在する。
王城から目と鼻の先に存在し、氷魔術関連の政策立案、軍事利用研究、産業利用研究等を行う場所だった。
その施設の一角を、帯剣した女騎士が歩いていた。
「まったく。ここは氷の塔だぞ」
剣に負けぬ長身で、かつかつと音を立てながら大股で歩く彼女。
その動きに合わせ、鞘に添えられた青色の紐飾りが揺れる。
騎士が腹を立てているのは、先程棟の入り口付近で聞いてしまった、研究員たちのくだらぬ噂話のせいだ。
聞こえた瞬間、彼女はその集団に突っかかっていた。
「それは、氷候様への侮辱と受け取ってよろしいか」
「シ、シュラック殿……そういうつもりは……」
「言葉には気を付けられよ。お優しい氷候様は許してくださるかもしれんが、私はあの方ほど、気が長くない。」
研究員たちは、彼女が腰に刺した剣を握り締めれば、慌てて逃げ去っていく。
女の名は、エイリーン・シュラック。氷候様の側仕えを務める騎士だ。
氷候様というのは、「氷の賢者」なる二つ名を冠する国定魔術師のこと。
すなわち、王国で最も優れた氷魔術の使い手とされる、アイザック・レイフォルドのことだった。
「お呼びですか。氷候様。」
騎士は目的の部屋の前にたどり着くと、廊下で控えていた使用人に声をかけ、主人に取り次がせた。
部屋に入ると、主人であるアイザック・レイフォルドが愛用している、葉巻の匂いが鼻をくすぐる。
彼は、30cmもあるパイプを手に、一服をしていた。
「来たか。すまんな、この星巡りの時期に。」
「とんでもございません。私は賢者付きの騎士ですから。氷候様こそ、新年早々、南の要人のお相手をされていたとのこと。お疲れでございましょう。」
「何。前々からわかっていたことだ。なんてことはない。」
主人はそう言うと、再びパイプに口をつけた。吐いた煙が、宙を舞う。
言葉と相反して、その表情は暗く、珍しく疲れているように騎士には見えた。
「座ってくれ。少し……話が長くなる。」
「失礼いたします」
部屋の中央にあるソファーに互いに座ると、主人は神妙な顔で話を切り出し始めた。
「実は………明日から2日ほど、王都を留守にする。その南の御仁を王領の南端まで送り届ける任につくことになった。」
「氷候様が、でございますか?」
「先方の、強い希望によるものだ。」
なんて傲慢な、と騎士は思った。
氷の賢者の名を冠する主人をまるでマスコットのように扱う所業に、王国騎士として、怒りを感じる。
「国の賢者を、なんだと思っているのでしょう」
賢者の称号を得ているのは現時点でわずか7名のみ。国定魔術師の最高峰ともいえる彼らは、国中にいる魔術師の中の、ほんのひと握りなのだ。
「構わんさ。私は国に仕える身。この程度は承知の上だ。」
「お考え、敬服いたします。私にできることがあれば、お手伝いをさせてください」
「…………本来、王から賜ったお前に、このようなことを頼むべきではないのは百も承知なのだが」
「何なりと。私は拾っていただいた身です。」
騎士は、レイフォルドが雇用している使用人ではなく、国王が各賢者に下賜した人材だった。
それでも彼女の忠誠は、王でなく、この氷の賢者アイザック・レイフォルドにあった。
数ある側仕え候補の中から、彼女を選んだのは、他でもないレイフォルド卿だ。
「私がここを離れる間…………私の、愚息の様子を見ておいてはくれまいか。」
「ご子息?カミル様でございますか」
「ああ」
「何かと思えば。もちろん構いませんよ。」
珍しい、と騎士は思った。
一般的に、賢者付きの騎士が主人の家族の面倒をみることは、珍しいことでも何でもない。
ただ、この氷の賢者は、使用人を豊富に雇えるだけの財力をもつ、巨大な一家の当主。
そのプライドからか、これまで家族に関わる仕事を、一切、騎士に振ってはこなかった。
「むしろ光栄でございます。以前、お見かけしたのは5つのときでしたね。どれだけ大きくなっておいででしょうか。楽しみです。」
大変に可愛かった少年の姿を思い出し、思わず笑みがこぼれる。
ところが、続く主人の言葉に、彼女の顔は一気に強張った。
「それが…………先日の星祭りの日に倒れたのだ。原因不明で、まだ目を覚さない。」
「なんですって……?星祭り?もう5日ではないですか。」
「ああ………正直、もう終わりかもしれないと…………思っている。」
「そんな……………」
騎士はここでようやく、主人の気落ちの理由を理解する。
「氷候様。お言葉ではございますが…………それならば南のお相手などしている場合ではございません。そんなもの、他の賢者にお任せし、今すぐお屋敷に戻られるべきです。」
主人は首を横に振った。
「南との関係は、良好にしておくに越したことはない。特にカミルが…………目を覚ますことを、期待するのなら。」
「氷候様…………」
騎士には、理解ができなかった。
確かに熱さの厳しい南の国では、涼をとるために氷の力が重宝されることを聞いている。
一方で、氷魔術の大家であるレイフォルドは、国内ですでにその地位を確立している。
王家からの信頼も厚く、外との関係を重視しなくても、今後、長らく安泰であると騎士は感じていた。
が、口にすることをしなかった。きっと、大きな家の舵取りをする主人にしか、見えぬものがあるのだろう。
「承知いたしました。騎士の私にできることが、どれほどあるか………わかりませんが」
意識の戻らぬ子相手に、彼女ができることなど、たかがが知れている。
急変があった際に、主人に知らせることくらいしか、騎士には思いつかなかった。
そんな返事を返すと、主人は苦しそうに眉をゆがめて笑った。
「実は………恥ずかしながら、家の者が信用ならぬのだ。レイフォルドはかねてより、家督争いでいろいろな感情が渦巻いてきた家だ。カミルには、その命を狙われる理由がある。」
そういうことか、と騎士は納得する。
「護衛、ということでございますね。それなら得意分野です。全力で、務めさせていただきます。」
「恩に切る。屋敷の一室を用意させるので、自由に使ってほしい」
そんなわけで、騎士は侯爵家に世話になることになった。
屋敷に到着後、彼女はまず初めにカミルの様子を確認した。
記憶にある姿よりもだいぶ大きく成長していて、眉一つ動かさず、死んだように眠っている。
「カミル様は、新年演舞に向けて、大変に頑張っておられました。このようなことになるなど…………」
そう話すのは、カミルの義母である第二夫人だ。
「レイフォルドを継ぐとしたら、カミル様以外、考えられません。義弟のアドルとは、比べ物にならないほどの才能をお持ちなのです」
夫人は、今回の件を酷く悲しんでいたが、騎士は話半分で聞くよう努めた。
カミルが亡くなれば、次に継承権を得るのは、夫人の実子でカミルの義弟であるアドル・レイフォルドだ。
「私が疑われる立場にいることはわかっております。騎士様に来ていただけるのは大変ありがたいことですの。どうぞ、自由に屋敷をお使いなさって。カミル様を、よろしくお願いいたします」
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「カミル様が!お目覚めです!!」
それは、騎士が屋敷に来て、次の日の夜中のこと。
カミルが倒れたという星祭りの日から、ちょうど7日目のことだった。
知らせを受け取った騎士は、すぐに彼の部屋へ向かう。
「失礼します、ご子息」
部屋に入ると、彼はなぜか、バルコニーで大泣きしていた。
騎士の姿を認め、驚いたような顔をするカミル。金色の瞳と目があう。
「目は、見えておられますね。耳も……聞こえておられる。」
「は……い……」
騎士はカミルの表情から、その具合を読み取っていく。
「他、身体の具合は?めまいや、痛みなどはありますか?」
「いえ……大丈夫、です」
彼の声は掠れてはいるものの、問題なく受け答えができていて、控えていた使用人たちから安堵の声が漏れた。
「ひとまず室内へ。立てますか?」
騎士よりもだいぶ背の低いその少年は、使用人に誘導されながら、部屋の椅子に座らされた。
足取りは、7日間寝ていたとは思えぬほどにしっかりしていて、周りの者を安心させる。
「あの………騎士、様………ですか……?」
使用人が用意した湯を飲み、落ち着いたカミル。
戸惑ったような雰囲気で、声をかけてきた。
騎士だと見抜いたのは、彼女が装備する剣を目にしたためだろう。
王国騎士であることを示す紋様が彫られ、氷の賢者付きであることを示す青色の紐飾りがついている。
「申し遅れました。私はエイリーン・シュラック。ご推測の通り、氷候様………貴方の父君に支える騎士です。父君は、なかなかあなたが目を覚まされないのを大変に心配されて、国のお勤めで留守にされる間、私をこの屋敷に残されたのです。」
「シュラック様。星巡りのお忙しい時期に………お手を煩わせて、申し訳ございません」
カミルは、レイフォルドの跡取りにふさわしく、聡明な子だった。
上流貴族の子女には、中流下流貴族で構成される騎士職を下に見る者も多いと聞く。
ところが、カミルは大変に礼儀正しく応対した。彼から感じられるのは、なぜか自室に騎士がいるという戸惑いだけで、偏見のようなものは全く感じられなかった。
「お気になさらず。それより、念のために、体内魔力の具合をお見せください。医術師には敵いませんが、最低限の知識は身につけております。」
そう言って騎士は、カミルの前に膝を立て、両腕を差し出す。
「えっと……騎士様、僕は……その…………」
「ご心配なく。この緊急事態、必要あらば魔力をお通してよいと、父君から許可は得ております。もちろん、義母君からも。」
「え………!」
カミルの目が、驚きで見開かれる。
一人前の魔術師になるまでは、当主以外の魔力を受け入れてはならない。
レイフォルドの古いしきたりのために、彼は、そのように言いつけられているのだと、騎士は主人から聞いていた。
「とはいえ、不慣れな部分もありましょう。気が進まぬのなら……体外魔力の具合だけでもをお見せください。」
体内魔力の確認は、彼自身に騎士の魔力を通さねば、成立しない。
が、カミルはこれまで、本当に父以外の魔力を受け入れたことがないらしい。
許可を出してもカミル本人が嫌がるかもしれない、というのが父親である氷の賢者の予想だった。
「カミルはとても、臆病な子だ」
それが、アイザック・レイフォルドの息子に対する評価だ。
ところが、そんな父の予想に反して、カミルは騎士の両手に、自身のまだ小さな手を添えてきた。
「いいえ。大丈夫です。お願いします。」
騎士は少し驚いたが、そのしっかりとした受け答えに安心し、手を握り締めた。
「では、まいります。」
そして騎士は、再び驚いた。
スムーズに入り込んでいく、自身の魔力。
少しでもカミルに警戒心があれば、こうはいかない。
ほぼ初対面の相手を信用しすぎでは、と呆れる反面、寄せてくれる信頼を大変に嬉しく感じる。
手や腕に恐る恐る流し込んだ魔力を、遠慮なく身体全体に広げていく。
そして騎士は、三度、驚いた。
大変に綺麗な、体内魔力の流れ。
これだけ見事な魔力循環を、かつて感じたことはあるだろうか。
体内魔力の診察は医療魔術の技であり、医術師でもない騎士がそんな頻繁に使う機会のあるものではない。彼女が相手にしてきたのは、訓練のために付き合ってもらった身分の高くない魔術師たちがほとんどだった。
とはいえ、この少年よりも何歳も年上で、すべからく国定魔術師の資格を持っている者たち。
(これが、レイフォルド…………)
このとき騎士は、彼が優れた魔術師となるであろうことを、確信した。
「特に、問題となるようなものは、見当たりません。大変見事な……魔力回路です。」
そう言って相手の体内に広げていた診察魔力を退散させる。
小さく褒めると、彼はすこし照れくさそうに「ありがとうございます」と笑った。
その細めた目尻に、涙の跡がちらつくのが、痛々しいと、騎士は感じる。
「カミル様。気にされておられるのは………新年演舞、とやらについてのことでしょうか」
「!」
カミルの目が、見開かれる。直後、彼は視線をそむけた。
図星だ、と騎士は思った。
レイフォルド家は、本家分家問わず、多数の優秀な魔術師を輩出してきたが、その質は何もなしに保たれてきたものではない。
10歳を超えたレイフォルドの子供たちは、年初めの親族の集まりの場で、演舞を行う。
そこで当主に認められなければ、国定魔術師になる階段を上り始めることを許されないらしい。
「はい………今年こそはと、思っておりました………」
カミルは視線を外したまま、伏し目がちに答える。
レイフォルドの新年演舞。貴族界隈では大変に有名な話だった。
本家の子供たちは、すべからく10歳でクリアしていくらしい。
カミルは今年、11歳。
去年は体調不良により参加することができず、今年はこの通り、無情にも過ぎ去ってしまった。
「心を強くお持ちください。跡継ぎとしてのプレッシャーもありましょうが……まだ挽回のチャンスは潰えていないのでしょう?」
「はい………13の年までに合格すれば、レイフォルドの魔術師として認められます。」
逆に言えば、合格しなければ、一生、魔術師を名乗ることを許されなくなる。
レイフォルドの子供たちが越えなければならない壁だった。
「まだ、2度もチャンスがあるではないですか。カミル様。貴方は無事、生還されたのです。」
言えば、カミルは泣きそうな顔で、騎士を見つめた。
もともと、10歳までに超えることを期待されている身だ。
それはきっと、家を継ぐ立場になかった騎士には、想像もできない重圧。
それでも、騎士はカミルを励ました。
「出遅れた分は、この先の修養でどうとでもなりましょう。
氷候様は……貴方の父君は、実力ある者を見放す方ではございません。貴方が力を伸ばせば、その分、必要な指導をしてくださるはず。」
2年の遅れなど、彼には関係ない。騎士には、そんな確信があった。
「前を向きましょう。泣いていても、過ぎたものは戻ってきません。」
次の瞬間。
再び、カミルの目から、ぼろぼろと大粒の涙がこぼれ始めた。
「カ、カミル様?」
逆に泣き始めた少年に、騎士は戸惑った声を上げる。
「はい………申し訳、ありません………っ………」
カミルはしゃくりあげながら、返事を返してくる。
「起きがけに、出すぎたことを申しましたね。こちらこそ、申し訳ありません。」
熱くなりすぎるのが、自分の悪い癖だと、騎士は認識していた。
まだ年端も行かぬ少年に、無理難題を押し付けてしまったらしい。
彼は「そのようなことは」と首を振るが、その涙は止まる気配を見せなかった。
「少しお休みになるとよいでしょう。なにかあれば、お呼びください。」
まずは、休ませる必要がある。
そのように感じた騎士は、カミルを寝かせ、部屋を後にした。
物語のあらすじや起きる出来事が決まっていても、いざ世に出そうとすると、簡単ではないことを学びました。
どの流れでどの視点で物語を書いていくのが、一番わかりやすく読んでいただけるのか。
自分の表現力の限界も相まって、この3話を書くのは、大変に難しかったです。
自分自身の備忘録代わりに、この2週間、迷っていたことをここに残させてください。
①誰の視点で話を進めるか
カミルの視点か、騎士の視点か。
後者を選んだ結果、父親のキャラクター性を、だいぶ早い段階でちら見せすることになりました。
これが凶と出るか、吉と出るか………
②騎士の性別
女性にするか、男性にするか。
もともと、男性のつもりだったのですが、急浮上した女性キャラ。
今後の展開も含めて、面白くなる方向に転べばよいのですが。
仕上げることを優先し、細かい描写に納得がいっていないので、どこかで微細な修正を入れると思います。
お付き合いくださった方、本当にありがとうございました。




