王都エルメガリデの星祭り
お試し投稿です。
―かけがえのない出会いに乾杯を。
大陸暦511年12月31日。
1年の終わりであるその日、王都エルメガリテでは、毎年恒例の星まつりが催されていた。
祭りの中心地である中央広場や周辺の繁華街は、人で溢れていて、薄く降り積もった雪があっという間に踏み潰されて溶けていく。
時刻はすでに夕方で、曇天に隠れた太陽が、先ほど静かに沈んだところだ。
日は落ちているというのに、通りは街道に照らされて明るかった。
そんな、王国で最も賑やかな通りを、1人の少年が足早に歩いていた。
フードを被っていて顔は見えないが、通行人の肩の高さ程度しかない身長が、まだ年端のいかぬ子供であることを物語っている。ツギハギだらけのみすぼらしい上着は、背中の部分が膨らんでいて、何か荷物を背負っているのだと一目でわかった。
彼の名はアレン。明日で12歳になる少年だ。
外れそうになるフードを手で押さえながら、人混みの中、小さな体をうまく使い、するすると抜けていく。
しばらくすると彼は路地裏に入り込み、駆け出した。そこは街灯がなく、繁華街よりだいぶ薄暗い。特に、道が折れ曲がった先は、大通りから漏れる灯りが届かず、さらに暗かった。
ところがアレンはそんな通りを、躊躇することなく駆けていく。
そうして2つ角を曲がった先に、1人の少年が立っていた。アレンと似たような背格好で、やはりフードをかぶっている。
大変に暗いのに、そこに人がいるとわかるのは、彼の手のひらの上に、小さな火の玉が浮かんでいるためだ。
「お待たせ、ルッツ」
「遅かったな、アレン」
声下がり前の幼い声が2つ、路地裏に響いた。
もう1人の少年の名はルッツ。彼もまた、明日で12歳になる。
「変な奴らに目をつけられちゃって。撒いてたんだ。」
「つけられた?魔法、気づかれたか?」
アレンは首を横に振った。
「バレるような使い方はしてないよ。たぶん、金目的。こんな子供が、王都の星酒をこれだけ買えば、そりゃあね。売り歩くつもりかって店の人にも怪訝な顔された。」
そう言ってアレンは、上着の下に抱えていた革水筒を見せる。それは山羊革で作られた、5Lほど入る水筒だ。
ルッツと呼ばれた少年は「そりゃそうか」と笑いながら、見せられた革水筒を底から支え、重さを確認した。
「ハチミツ、入れてもらったか?」
「うん。たっぷりってお願いした」
「でかした。早く上行って、煮詰めようぜ。」
「そうだね。急がないと、お祭り、始まっちゃう」
アレンはそう言って聳え立つ建物を見上げた。
中央広場で焚かれている祭りの篝火が、空をうすら明るく染めているおかげで、そのシルエットをなんとなく確認することができる。
それは、ルッツが見つけた、登れそうな高さの建物。
おそらくは2階建ての建築物で、周りの家々よりも一回り小さい。
「ルッツ。君が先に」
「ああ」
ルッツはそう言って、アレンから数歩下がって距離を取った。
一方のアレンは、大事な革水筒を下ろすと、建物から少し離れて、中腰で構えた。
『『ガルガンディア・エンハンスメント』』
2人の呟きが、重なった。
直後、ルッツはアレンの掌を踏み台に、大きくジャンプ。屋根に飛び乗った。
反発で後ろに転げたアレン。受け身を取りつつ立ち上がり、先程の革水筒を身体にくくりつけた。そして左手首につけていた革製のリストを外すと、右手に握り込み、拳をルッツに向ける。
一方のルッツも、屋根の上で同じようにアレンに向けて、右の拳を突き出していた。
お互いの拳が、直線上で結ばれたのを確認し、アレンは呟く。
『星の精霊よ』
直後、アレンの拳が、ルッツの拳に向かって引っ張られた。両者の間には10m以上の距離があり、拳同士が組まれているわけでもないのに、あたかもそこに何か繋がりがあるかのように、アレンはルッツに引っ張られる。
もしそこに、彼らを見ている者がいれば、間違いなく引っ張り上げたと表現するだろう。
ルッツは自分が動かぬよう後ろに体重をかけながら踏ん張っているし、突き出した右の拳に左手を被せ、まるで人を引っ張り上げるかのように力を込めていた。
そんなわけで、アレンの身体は引っ張られる拳に身を任せるように宙に浮き、彼は軽々と2階の屋根の上、ルッツの身体をも超えて、飛び乗った。
****************
王都エルメガリテは、冬になると雪が降る。
降るといっても、量はそこまで多くなく、どちらかというとチラつくという表現が正しい。地面にほんのり薄く積もる雪は、軽く除ければ通行には支障がないし、人通りの多い中央広場や繁華街なんかでは、通行人によって踏み固められ、あっという間に溶けて無くなる。
2人が陣取ったのは、星祭りのメイン会場である中央広場が見渡せる屋根の上だ。
それなりに距離はあるものの、広場の中央で焚かれている篝火はバッチリ見えるし、イベントを進行している司会の声も彼らが使っている拡声魔法のおかげで十分に聞こえてきた。
「さて。お次は、お待ちかねの告白タイム!今年1番の出会い!もしくは別れを、星に向かって叫びたいって人は手を挙げてくれ!特に『星々のお恵み』を頂いたという諸君はいるかな!?」
「星なんて、全く見えねえけどな。」
空を見上げてルッツはぼそっとつぶやいた。
分厚い雲がかかり、雪がちらついている。月の1つも見えやしない。
「まあまあ、そのうち雲が途切れるかもしれないし。」
「そうかあ?」
星祭りは、1年の終わりに開かれる王国で一番大切とされている行事だ。
国が祀る12体の女神と、その眷属たる星霊たちに、1年間の感謝を伝える日とされていて、朝の夜明け前から、国主導でさまざまな行事が行われる。
が、それは一部の上流階級の習慣だった。
庶民の間に浸透しているのは、星酒と呼ばれる暖かくて甘い葡萄酒を飲みながら、その年の出会いと別れを語らうという風習である。
特に、人生の中で3度訪れるとされる、かけがえのない出会いのことを『星々のお恵み』と呼び、その年に受け取ったと号する者を、皆で祝うのだ。
「お、ではそこの青年!壇上へ!まずはお名前と年を!」
この広場で催されているのは、いわゆる年越しイベントで、日が沈んでから始まり、日付が変わるまで催される。
その中でも毎年盛り上がるのが、この星への告白タイム。
もともとは、皆の前で出会いと別れ、そして『星々のお恵み』について語り、星々に感謝を伝えるというものだ。
「エ、エルメガリデ5番通り!家具職人の、ブランデンっす。明日で19っす。」
エルメガリデでは、誕生日に関わらず、新年の初めに皆等しく1つ歳をとる。
生まれた時は0歳で、次の新年で1歳。さらに1年経つと2歳になる。
アレンは明日で12歳。ルッツも明日で12歳だ。
「オ、オイラは今年、『星々のお恵み』を頂戴したっす!それは…………花屋のハリエットさんに出会えたことっす!」
「それは素晴らしい!お相手は、こちらにきてらっしゃいますか!?」
「も、もちろん!ハリエットさん!」
男は花束を手に跪いた。
「お、お、俺と!結婚してください!」
星祭りで語られる「出会い」とは、何も色恋だけではないのだが、王都の商業ギルドが主催するこのイベントは、夜に大人が集まるせいか、そういった話題に向かうことが多かった。
彼のように公開プロポーズをする男性も少なくない。
「すごい勇気。こんなたくさんの人の前で。」
「アホくさ。よく見ろ、あそこ。女の方、嫌がってんぞ」
群衆の一角に、慌てふためいている女性がいるのを、ルッツは指差した。
しばらくすると彼女は「ごめんなさい!」と叫び、女性たちのグループの中に隠れてしまった。
「残念!でもどうか気を落とさないで!『星々のお恵み』は人生に3度あると言われてる!またいつか、チャンスが来るはずだ!さあ、会場の諸君、哀れな彼のために星々に向かって皆で祈ろうじゃないか!『星の精霊よ!』」
そう司会が呼びかけると、会場全体が祈り始めた。『星の精霊よ』と。
「かわいそう。僕らもやろう。『星の精霊よ』」
「やめとけ。魔力の無駄遣いだ。」
「いいじゃない、少しくらい。ちゃんとセーブしてるから。」
「あんなダセぇやつのために?お前も物好きだな。」
そう言って、ルッツはカップに入っていた飲み物を飲み干すと、2人の間に置かれていた水筒を手に持った。
それを見ていたアレンは、自身の左手を、ルッツに差し出す。
「僕も飲みたい。『水の星霊よ』」
ルッツはその手のひらに、とくとくと、水筒の酒を注ぎ始めた。注がれた酒は、アレンの手のひらに触れる直前、ぷかぷかと宙に留まり、球を形成していく。床には一滴たりとも流れ落ちていかない。
「こんなもんか?『炎の星霊よ』」
「うん。良い感じ。『風の星霊よ』」
アレンの手のひらの上、宙に浮かんだ葡萄酒色の球体。
その球に、ルッツが両手を添え、アレンが遅れて右手を添えた。すると、しばらくして中の酒がポコポコと泡立ち、沸騰を始める。
「けほっ…………酒くせ」
球の上部から漏れてくる蒸気をまともに嗅ぎ、ルッツは顔を顰める。
星酒は、普通の葡萄酒にハチミツとスパイスを入れて、温めた飲み物だ。
エルメガリテでは、飲酒に関する年齢制限は特にない。習慣的に幼い子にはあまり与えることをしないが、好奇心の強い子がいれば、飲んでみろと大人が差し出すのはよくある光景だったし、金さえあれば子供が酒を買うことも難しくなかった。
ところが、まだ一般的に子供と言われる年頃のアレンとルッツは、酒の味も匂いも苦手だった。
「よく、こんなもん飲むよな。大人って」
「大きくなれば美味しくなるって言うじゃない?」
「嘘だな。どうせ子供を見下すために、不味いのを隠して飲んでるだけだって。」
そんな彼らが思いついたのが、魔法でもって星酒を煮詰め、酒臭さを飛ばしてしまおうという作戦だ。
しっかり煮立たせると、アルコールがマシになるだけでなく水分も減り、より蜂蜜の甘みが増すという、子供の彼らには嬉しい効果もあった。
もはや星酒というより、星酒もどき、あるいは星ジュースと呼ぶ方が正しい。
「家だと、無理矢理飲まされてたんだろ?」
ルッツは、出来上がったばかりのジュースに、ふーふーと息を吹きかけながら呟く。
「無理矢理というか…………飲まないっていう選択肢がなかった。だって星酒だし。君はなかったの?そーゆーの。」
「昨年はちょうど、ババアと喧嘩して家出中。その前の年ってなると船の上だけど…………酒なんて、俺みたいな子供には、ゼッテー回ってこなかった。星祭りの日なんかは、大人たちは夜通し酒盛りすっから、俺みたいのはマストで見張り役するんだ。一晩中。」
「一晩中?それは大変だね。加護、ないでしょう?」
「お前と会う前だぜ?あるわけねえじゃん。途中で居眠りしちまって、首領に殺されかけ…………おい、あれ。」
急に話をやめたルッツが顎で指し示した方角を見ると、曇天の夜空に白い何かが舞っていた。
それは鳥を模った紙で、アレンがよく知る魔術の1つだった。紙鳥はくるりと2人の周りを旋回し、アレンが差し出した手のひらに着地した。
「あいつらか」
折られた紙を開き、中に書かれたメッセージを確認するアレンに、ルッツは呟いた。
「うん。下に場所をとったみたい。来いってさ。」
「無視無視。どうせ、たらふく飲んでんだろ。酔った大人、相手すんのめんどくせえよ。おまけにあの人混み。気軽に魔法使えねえし。」
「星酒作れなくなるもんね。」
アレンはガサゴソと荷物を漁って携帯用の筆記具を取り出すと、四つん這いになって地面に紙を置き、返事を書き始めた。
「律儀なやつだな。別に返さなくたっていいじゃんか。」
「心配させちゃ、悪いからさ…………よし、書けた。『風の星霊よ』」
アレンは書き終わると立ち上がり、紙飛行機でも飛ばすかのように、投げて飛ばした。紙鳥は宙にふわっと浮き、再び空に舞い上がる。
その先に、雲の切れ目が見えた。その隙間から、青白く光る一番星が、顔をのぞかせる。
(ああ、"標星"だ。)
篝火の明るさに負けず、存在を主張するその星の名を、アレンは知っていた。
「なんか、懐かしいな。たった1年のはずなのに。」
「何が?」
「ちょうど1年前なんだ。僕が、アレンだってことを思い出したの。」
飛ばした白い紙鳥が、広場に向かって大きく円を描きながら飛んでいく。
「言ってたな。星祭りん時、倒れたって。」
「うん。転生魔術なんて、最初は半信半疑だったんだけどね。星空を見て、間違いないって思ったんだ。あの日は、今日と同じ。"標星"が、すごく綺麗だった。」
「ある意味、『星々のお恵み』なんじゃねえの?今のお前と、1000年前のお前とが出会ったんだ」
「面白いこと言うね。ルッツ。でも、それは違うよ。『お恵み』は、子供のうちは1度しか貰えないものなんだから。」
アレンはそう言うと、再び座り、星酒に口をつけた。
「僕にとっての『お恵み』は、間違いなく君だよ、ルッツ」
その時だ。
『水の星霊よ』という呟きと共にバシャンと水が飛んでくる。
「ちょ…………なにすんの…………!」
水の正体はルッツが作り出した魔法だ。
「飽きた。水遊びしようぜ。かかった方が負けな。」
そう言って、カップに残った星酒を飲み干し、立ち上がるルッツ。
「この寒いのに何言ってんのさ!」
「なら『炎』でも纏えよ!『水の星霊よ!』」
「っ広場から見えちゃうって!『水の星霊よ!』」
「見られたら逃げりゃあいいだろ!」
聞かぬルッツに、慌てて応戦するアレン。
アレンはルッツが飛ばしてきた水を、自身の魔法で操り、逆に飛ばし返す。
最初は対応に困っていたアレンも、次第に楽しくなり、夢中になって、遊び始めた。
次の瞬間。
「ぅわっ!」
「っ!」
ルッツが自分でぶちまけた水に、足を滑らせた。
ただの地上ならまだしも、ここは狭い屋根の上。
建物から落ちそうになったルッツの腕を、寸のところでアレンが掴んだ。
「っぶねー、死ぬかと思った。」
「もう。こんな狭いところで始めるからだよ。」
アレンは文句をブツクサ言いながら、親友の腕を引っ張り上げる。
「お前だって途中から楽しんでただろーが」
「最初に仕掛けたのは君でしょ」
ああ言えばこう言う。
くだらぬ言い争いをしながら、星祭りの夜は、騒がしく更けていく。
アレンとルッツ。
大変に気心が知れた仲の彼らであるが、その出会いは今年に入ってからだった。
これは訳アリ少年2人の、友情冒険譚。
数ある作品の中から見つけていただき、そしてここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
スマホの記録によると、書き始めは2020年。なんと4年前!
悪癖の完璧主義が発動し、納得する作品が仕上がってから投稿しようと、ずっと温めておりました。
案の定、推敲するたびに気になる箇所が見つかり、何度も何度も書き直して、一向に完成の気配を見せません。
兎にも角にも、ひとまず世に出してみて、「人様に見ていただいている」というプレッシャーに背中を押してもらおうと、お試し投稿してみた次第です。
今後、続けられるかどうかわかりませんが、出来る範囲で頑張っていきたいと考えています。
どうぞよろしくお願いいたします。




