第8話
「下っ端の連絡が途絶えたとなると、オブシディアンクラブの奴らが襲ってくるかもしれない。するとこの屋敷にとどまるのもあぶないわね。」
「ええ、奴らを甘く見ていましたね・・。」
「じゃあ、早く出よう。リーゼ、ヴェロニカ。二人とも、気を付けて。」
「アンナ、あなたこそ気を付けて。オフェリア、彼女を頼みましたよ。」
アンジュリーは、リーゼロッテとヴェロニカの馬車を見送った。
「では、我々も参りましょうか。アンナ=ユリア様。」
オフェリアとポーリアに連れられて、帝都でも一番大きいエヴァレット=ウィローズ商会の本部へと足を踏み入れる。
「お嬢、お帰りなさいませ。」
商会の従業員たちが、帰還したオフェリアを見て口々に言う。
「お嬢?」
「この商会は、元々父と母が作ったものなのよ。だから、古くからいる商館員は、わたくしのことをそう呼ぶのですわ。」
「お父様とお母さまは?」
「・・・死んだわ。ファッキンクソ野郎に殺されたの。」
「そう、ごめんなさい。」
「いえ、仇はもう死んだからいいの。わたくしのなかで悲しいフッッキン悲劇は終わったのですわ。」
オフェリアの顔付が変わり、従業員たちに命じた。
「オブシディアンのシャオ・シャオメイに連絡してくださいまし。これから、わたくしが商会の客人とともに行くから、茶でも用意して待っていなさいと。」
「えっ・・・」
「正面から乗り込みますわよ。ファッキン彼らと商会には不戦協定がございますから、貴女に手は出してきませんわ。まずは様子を探りましょう。」
「じゃあ、さっきの人を殺したのはまずかったのでは?」
「見られなければノーカンというやつですわ。」
「うーん・・・オフェリアさん、なぜ私にそこまでしてくれるの?」
「殿下の頼みというのもありますけれど、なんだか、貴女は私と似ていてほっておけないのですわ。」
オフェリアがぼそっと呟いた。
「さ、行きますわよ。」
―――
帝都郊外の歓楽街に、その建物は居を構えていた。巨大な東洋風の意匠が施されたビルである。東洋風の服装の門番が腕を組んでこちらをにらんでいる。
「ポーリア、ここまでで良いわ。」
「お嬢・・・それは・・」
「あなたの強さは彼らにも知られておりますから、連れていたら逆に、カチコミと勘違いされるかもしれませんわ。協定がある以上、戦闘にはなりませんから。」
オフェリアは、馬車の御者を務めているポーリアに、外で待機ように命令する。オフェリア自身も十分強いし、いざとなれば魔法少女の力もある。なんとかなるだろうと、アンジュリーは自分に言い聞かせた。
「ファッキン・オブシディアンクラブの帝国での本部ですわ。」
「帝国でのということは、本当のヘッドクオーターは別に?」
「ええ、総本山の黒曜社は海の向こう、東洋のセリキア国の交易島ガオロンにありますわ。元は、東洋からの違法品の輸出入等を手掛ける出先組織でしたが、100年前の栄誉戦争の際に帝国に火薬武器を提供して、裏社会の中での地位を築いたと言われていますわ。」
「どうしてそんな奴らとオフェリアさんが知り合いに?」
「知り合い?そんなふざけたものじゃございませんわ。奴らは我々からしたら、ダニも同然、違法な手段を使う憎き商売仇ですの。けれども、武装商会でもある我々とは、扱うモノもルートも重複しますから、数年前にちょっとした殺し合いになりまして、不戦協定を結んでおりますの。」
オフェリアが、その重たく閉ざされた扉の前で胸を張って叫んだ。
「おほほほほ。オフェリア・エヴァレットですわ。オブシディアンクラブの皆様、頭が高くてよ。さあ、シャオ・シャオメイに会いに来ましたわ。」
オフェリアの言葉で、門番が渋々その扉を開ける。
―――
「耳障りな声が聞こえますなぁ。花売り女のけったいな勧誘でっしゃろか。」
扉の向こうの大階段から降りてきたのは、まだ少女のようにも見える背格好の、露出の高いチパオ姿の黒髪の女。よもすれば、子供のようでもあるが、眼光は鋭く、朱をさした化粧姿にタバコを食んでおり、おそらく成人していることが伺える。
「あら、オフェリアはんかえ?おひさしゅうやな。」
「シャオ・シャオメイ。わざわざ迎えに来るなんて、わたくしに恐れをなしている証拠かしら?殊勝な心掛けですわね。」
「はんッ。ほんまに上流階級のもんやったら、目上の者が、目下をもてなして、その懐の大きさを示すが流儀やさかい。」
「大きいのは態度ではなくて?」
「駄犬ほどよく吠えますなぁ・・・。あらあらまあまあ、そちらの女は・・・。わざわざ連れてきてくだはったん?うちの若いもんに探させてたのですけども、連絡つかんようになったさかい、心配しとったんどす。」
「この子は、わたくしの商会で保護する客人ですわ。危害を加えたら不戦協定違反でしてよ。その小さなおつむでは、理解できていないかもしれませんけれども。」
「そないな、怖い顔せんといてな。不細工なお顔がいっそう不細工になりますえ?まあ、そのことについては、中でじっくり話しましょか。」
―――
通された客間は、青色の燈りに照らされており、宝石彫刻の竜や虎が並んでおり、影が怪しくゆれている。香炉だろうか、独特の匂いが立ち込めている。
「オフェリアはん、お客はん、まず座りなはれ。ほれ、おまえたち、お茶や。」
シャオメイが二人をソファに座らせると、部下たちが茶を用意した。
「本国でとれた茶葉やさかい、高級品やよ、飲みなはれ。」
「わたくしは呑気にファッキンティータイムなんてしにきたわけじゃなくてよ?」
「毒なんていれまへんて。あんさんは手配されとる子やな?」
「手配はどうか知りませんが、アンナ=ユリア・フォン・ノルトライン。ノルトライン公爵の一人娘で正当な公爵位継承者です。」
「はあ、本当に本物かえ?死んで、クソ女に成り代わられたという話やさかい・・」
「その子は本物ですわ。リーゼロッテ殿下が認めましたもの。」
オフェリアが、横から補足する。
「父が殺され、あなたたちの人身売買組織に売られたところを脱出してきました。私は、父の死に何があったのかを知りたい。」
「ははあ、ウチらのどこかの末端のバカが、身元確認をきちんとせずに買い取りはったんやろな。えらい迷惑おかけしましたなあ。」
「じゃあ、父の死にはあなた達はかかわっていないっていうことですか?それとも、何かあの事件にもかかわっているんじゃないんですか。」
タバコの煙を吐きながら、シャオメイはため息をついた。
「はぁ。アンナ=ユリアはん、あんさんに真実を教えたところで、うちらに何かええことはありますやろか?たとえば、代わりにあんさんの領地の農民を捕まえて奴隷として売ってくだはるとか?」
「・・・それはできません。」
「せやろな。じゃあもう何も話すことありまへんて。お帰りやす。」
シャオメイは立ち上がり、退出を促す。
「おほほほほほほ、ファッキン・シャオメイ。貴女は何か勘違いなさっているのではなくて?」
「あぁん?」
「わたくしは、あなた達が、数刻前、リーゼロッテ皇女殿下暗殺未遂をたくらんだことを掴んでおりますわ。正確には、アンナ=ユリア様に手を上げようとしたようですが、運悪く、それが皇女殿下の御前でしたので、殿下を危険にさらしたことに変わりはございませんわね。これを刑事庁に告発したら、この100年、帝国に見逃されてきた悪事が次々明るみに出ますわね。」
「・・・何を言いはりますの。言いがかりは大概に・・・。」
「これに見覚えは?」
オフェリアが、暗殺者が持っていたエーテル通信機をシャオメイに見せる。
「な、それが何か・・」
「この通信機、暗殺者の死体から回収したものですけれども、通信先の座標が、ここオブシディアンクラブ本部でございましてよ?」
シャオメイは血相を変えてそれを奪い取ろうとするが、オフェリアが咄嗟にシャオメイの額に拳銃を突き付ける。護衛役たちが武器を取り出し、オフェリアに相対する。
「落ち着いて、手を引っ込めなさいまし。」
シャオメイが悔しそうな顔でオフェリアをにらみつけながら手を引くと、オフェリアも拳銃を引っ込めた。シャオメイは、護衛達に目配せをしている。
「力づくで奪っても無駄でしてよ。これと同じものをもう一つ、商館に保管してございますから、ここで取り上げても無駄ですわ。それに、もしわたくしたちに危害が加えられたら、このビルに火を放つようにうちのポーリアたちに命じておりますの。」
「お・・・オフェリア・エヴァレット・・・・ッ!!!」
「いいですの?わたくしたちは、お前らのようなファッキン・クソ・マフィアと取引をしにきたわけじゃございませんの。あなた達のクソに塗れた100年を終わらせるかどうかの選択を迫りにきましたのよ。」
シャオメイは、机のお茶を一気に飲み干し、
「はあ。お前はんたち。ちょっとの間、外に出といとくれ・・。」
シャオメイが、人払いをしてしばらくしてから話し始めた。
「公爵令嬢のふりをして、貴族たちに危害を加えようとする女の暗殺を頼まれただけやさかい。そいつが、うちの末端の人身売買組織の構成員を殺して、奴隷女を連れて脱走した女だというやろ。そりゃ、組織を挙げて殺そうとしますやろ。」
「言い訳はわかったけど、依頼人は憲兵隊のルシアンヌ・フルーリエ、もしくはオスカール伯爵家のマルチェリーナ・オスカール?」
「信頼商売やさかい、依頼人は言えんのは、オフェリアはんもわかってますやろ。」
「100年の歴史・・・」
「ああ、もう、察しのとおりやて。もう寛仁な。・・・よもや、オフェリアはんがうちのもん殺したんとちゃいますやろな。協定違反ですえ。」
「わたくしは、捕らえようとしたのですが、殿下の護衛のエルブロング様が激高して始末してしまったのですわ。」
「はあ、まあ、そら仕方あらへん・・・もうええわ・・。うちらは、この件からうちは手を引かしてもらいます。」
「じゃあ、この念書にサインをしてくださいまし。オブシディアンクラブとその関係者は、二度と、商会が保護するアンナ=ユリア嬢に手を出さない、彼女を害する如何なる依頼も受けない。」
シャオメイは、オフェリアが出した証書に嫌々、サインをする。
「もう、あんさんらの顔は見たくあらへんわ。」
―――
憔悴した顔のシャオメイに半ば追い出されるように見送られ、オブシディアンクラブを出たところで、アンジュリーたちの前に、クラシカルドレス姿の女が現れた
彼女は、その格好に似つかわしくないような、長剣を構え、隠せていない殺気が一行に向いている。外で待機していたポーリアも、ナイフを抜くが、その異様な殺気に気おされている。オフェリアが、その顔をみて叫び声をあげた。
「エレナ・ヴィジランテでして!?ファッキン・シャオメイ、謀りましたわね・・・。」
「さあ、なんのことですやろな。うちらも不戦協定と証書は守りますけど、うちの敷地の外で、うちの構成員以外に襲われても、それはあずかり知らぬことでっしゃろ?ほな、うちはここで。」
「ファッキンクソビッチ!!」
オフェリアが、エレナなる女を再び睨みながら、唇をかみしめた。シャオメイは、八重歯を見せて不敵な笑みを浮かべ、手を振りながら、門番たちを引き連れて建物の中に消えていき、扉も固く閉ざされた。
「知っているの、オフェリアさん・・・。」
「孤高の狂刃と呼ばれる殺し屋。できれば、会いたくなかったですわね・・・。」
「孤高の・・・?」
「ええ、傭兵団等にも所属せず、一人で行動するからそういわれていますわ。それにも関わらず、その報酬は傭兵団を雇うくらいかかる裏社会では名の知れた奴ですの。でも、殺し方が残虐すぎるから、マトモな商会は雇ったりしませんわね。オブシディアンクラブが自ら雇ったとも思えないから、シャオメイから連絡を受けた、どこぞの憲兵隊あたりのファッキンサノバビッチが派遣したのでしょうね。奴にターゲットにされて逃げおおせた悪党は一人もいないわ。」
「そんな奴が、ここに・・?!」
オフェリアの紹介を聞いて、エレナは、にこりと笑いお辞儀をした。
「ふうん、私を知っているんだ、賢いね。」
「そんな傭兵エレナ・ヴィジランテさまが、オフェリア・エヴァレットに何の用ですの?ここがエヴァレット=ウィローズ商会の軒先と知っての狼藉ですの?」
「場所がどこだろうと、依頼を遂行するのが私よ。」
「殺し屋に狙われるような悪行は・・・わたくし、ほんのちょっとしかしておりませんわよ・・。」
「私は殺し屋じゃない、ただの傭兵。まあ、お金をもらってウジ虫どもを殺しているという点ではおなじだけどね。」
オフェリアは打開策を探しているが、混乱するかのように、頭をかきむしる。
「貴女、ファッキン・フルーリエからの依頼をお受けになったのね?」
「さあ、依頼人の名前なんていちいち覚えてないけれど、ファッキンなんて名前ではなかったのは確か。まあ、あなたに明かす義理もないしね。」
「依頼内容は、アンナ=ユリアさんの暗殺?」
「それより、エレンディラはあなたたちの血を吸いたいと、悲鳴を聞きたいと言っているの。死体の状態は問われてないから、腕や足をそぎ落として部位によってどんな悲鳴の違いがあるのか、試すのもいいわね。」
「あなたたちってことは、わたくしもターゲットということですわね。じゃあ、依頼人はオスカール伯爵かしら。鉄道敷設の件を逆恨みされてるってことかしら。」
「肉塊になってしまえば、人は等しく同じ。誰を殺すか、なんで殺すかなんて、こだわるところじゃないよ。」
「狂ってる・・」
エレンディラと呼ばれた剣を愛おしそうに見つめるエレナを見て、キリエがアンジュリーの影の中から告げる。
「彼女も、魔法少女だわ・・。あの剣からも魔女の力を感じる。」
「であれば、手加減せずに吹き飛ばしてしまってもいいってことだね。」
「アンジュリー、あなたもこの世の理がだいぶわかってきたわね。」
「オフェリアさん、少し下がっていてください!」
アンジュリーは、純白のドレス姿に変身して、レイピアを抜く。すると、エレナはそれを見て驚き、嬉しそうに笑った。
「そっか、貴女もこっち側なんだ。」
「だから、退いて。わかるでしょ。私と戦えば、貴女も無傷では済まないよ。」
「そっか、そっか!!うふふ・・・。」
「何がおかしいの・・・?」
「やっと、思う存分殺し合える相手に恵まれたってことね。」
エレナが、エレンディラを天に掲げると翡翠色の魔法少女姿へと変貌する。彼女が次にエレンディラを振るうと、アンジュリーの横の道路の石畳が数十メートルほど吹き飛んだ。
「さあ、命の取り合いっこをしましょうか。」