第7話
「感謝ついでに、あなたたちに協力してもらいたいことがあるわ。」
キリエは不遜にも、王女とその騎士に言い放った。王女は突然現れた魔女に対して跪いて答える。
「魔女さま。わたしにできることであればなんでも協力します。」
「リーゼ、いけません。この人は、リーゼが跪くほどのものではありません。もっと邪悪な何かです。」
「アンジュリー、私のこと、よくわかっているじゃない。」
アンジュリーが、慌てて王女を諫めるが、王女は構わずにキリエに助けを請う。当のキリエはニヤニヤと笑いながら王女を見下ろしている。
「魔女さま。都合の良いことを言っているという自覚はございます。ここで出会えたのも何かのご縁でございます。ですから、アンナの身と、そしてこの帝国を悪しき陰謀からお守りください。」
「もちろん、あなたがそういった契約を望むというのであれば、貴女に相応の力を与えることは易いわ。貴女が望むのは、隣国を蹂躙し覇王として君臨する力?それとも、すべての国民の記憶を消して、一市民として掴む幸せ?」
「キリエ、やめて。リーゼを惑わせないで。」
アンジュリーが、キリエの王女に対する提案を制止する。
「あら、アンジュリー。嫉妬かしら。私と姫さまが契約して、貴女だけの私でなくなるのが嫌なのかしら?」
「馬鹿を言わないで。この色ボケ魔女。私はリーゼのことが心配なだけ。」
「アンナ・・私の身はどうなろうとかまわないの。今の父上や兄上みたいに、悪しきものに操られている国を取り戻したい。」
「・・・お姫さま。貴女みたいな殊勝な王族、初めて見たわ。ちょっと興味が沸いたわね。でも・・・私のような得体の知れない人外に頼るのは、あなたが絞首台に追い立てられた時までとっておきなさい。」
「魔女さま、私の願いは聞いてはいただけないのですね。」
「今は、ね。あなたたちには、ほかにやってもらいたいことがあるからね。」
残念そうな顔をするリーゼロッテ、安堵で胸をなでおろすアンジュリー、複雑な表情でその場を見つめるヴェロニカの3人は、一様に見つめあう。
「まず、この王宮から脱出して、仕切りなおすための手が欲しいわね。」
「なら、帝都の郊外に、エルブロング家の別邸がある。普段はハウスキーパーと護衛しかいないから、情報の洩れる心配も少ない。」
「ヴェロニカ。じゃあ、そこに行って、彼女を呼びましょう。」
「了解しました。では、馬車の支度をします。」
先にヴェロニカが部屋を後にする。
「リーゼ、ごめんなさい。ここに来なければ、少なくとも貴女を、ノルトライン家のいざこざに巻き込まずに済んだのに。」
「大丈夫よ、アンナ。結果論でいえば、これは貴女の叔父上だけの話じゃないもの。怪しげな女に誑かされる父上と兄上を近くで見ていて止められなかった私の責任でもあるもの。貴女だけに背負わせはしないわ。」
アンジュリーとキリエは姫の影に隠れる。姫は一人で、正面玄関へと降りていく。すると、兵士を連れたルシアンヌが纏わりついてくる。
「殿下、いずこへいかれますかな?暗殺犯がまだ潜んでいるかもしれません。迂闊に動かれては困りますな。」
「貴女には関係ないことでしょう、フルーリエ卿。」
「いえ、もし殿下に何かありましたら、王宮の治安維持を任される我ら憲兵にも類が及びますからね。」
「保身ですか。聞いてあきれますね。」
ルシアンヌは、魔女の力で強引にリーゼロッテを引き留めるべきかを逡巡したが、エルブロング家の馬車と、近づいてくるヴェロニカを見て身を引いた。が、こっそり、側近の兵士に命令することを失念しなかった。
「密偵を尾行させろ。怪しい動きがあったら私か、マルチェリーナを呼べ。」
――
エルブロング家の馬車がの別邸の敷地に入る。馬車の中では、周りを伺いながらアンジュリーが影から身を現す。屋敷の中では、数人の護衛兵と家令以外に、派手ないでたちの女が待ち構えていた。
「ごきげんよう。ご無沙汰ですわ、殿下、ヴェロニカ様。」
「オフェリア、来てくれてありがとう。」
スカーレットのドレスを纏った女は、貴婦人然とした素振りだが、その動きは喜劇のように大げさで、うさんくささも感じられた。彼女は、アンジュリーの存在に気づき、改めて挨拶をした。
「はじめまして。わたくしは、オフェリア・エヴァレット。エヴァレット&ウィローズ商会のおマーヴェラスな支配人ですわ。ゴージャスな絹織物からクレイジーな香辛料、ギャラクシーに燃え滾るフロギストンやエーテルといった鉱物、ファッキンホットな蒸気式機械器具、レジェンダリーな東方の医薬品まで幅広く扱っておりますの。とくにクールな装飾品やファビュラスなお化粧で、ファッキンキュートな殿下には、おクソ贔屓にしていただいております。えー、マドモワゼル・ノルトライン。」
「えっ!私はあなたに会ったことが無いとおもうけれども、そのとおり、私はアンナ=ユリア・ノルトラインよ。どうも、公式には死んだことになってるみたいだけど。」
「たしかに、帝都には今、貴女がおっ死ん・・お亡くなりになったとファッキン不謹慎な噂がながれておりますけれど、それはクレヴァ―な商人であるわたくしには事実ではないと見抜いておりましてよ。」
独特の言い回しをするオフェリアは、何かを確認するようにリーゼロッテに目配せする。
「大丈夫よ、オフェリア。彼女にはすべて話していいわ。」
「では、改めまして。わたくし不肖、オフェリア・ファッキンクール・エヴァレットめの商会は、殿下のいわば、『目』をも務めさせていただいておりますの。」
「目?」
「ええ、おファッキン貴族たちが暗躍する帝国の実情を、つぶさに知るための情報網。それをクールでナイスな商品とともに、殿下にお届けするのが、わたくしどもの役目ですわ。」
「なるほど。目ってそういう。それで、私が死んでいないということもつかんでいたと?」
「そのとおり。どうにも、最近ファッキン・オスカール家の動きが怪しく、どうにもお小水臭・・いえ、きな臭いと目を付けていたところに、ノルトライン家のおファックな事件。しかも死体の見つからなかったアンナ=ユリア嬢に似た少女が、オブシディアンクラブという非合法組織に拉致されて売り飛ばされたというところまでは掴んでいたのですけれども。まさか、ご本人から殿下のところにおいでになるとは。」
「私もびっくりよ。」
オフェリアの勢いに圧倒されながらも、状況についてアンジュリーは納得した。
「なるほど、これがリーゼの最強の盾ということね。」
「そうよ。ヴェロニカの護衛部隊と、オフェリアの諜報部隊。これで私は、陰謀から身を守っているの。これがあればアンナのことも守れるわ。」
アンジュリーは、少し考えこみながら、姫に意見する。
「リーゼ。でも今回は守るだけでは何も解決にならない。相手は刻一刻と動いているから。こちらから先手を打たないといけないね。まずは今ある情報を整理しよう。」
「たしかに、アンナの言うことは一理あるわね。」
「では、私の書斎へいこう。」
ヴェロニカが2階へと一行をいざなった。
――
「どうして、お父様は殺されなければならなかったのか・・私はその真実が知りたい。そして、殺した奴らを同じ目に合わせなければならない・・。」
アンジュリーの声には、怒りの色がこもっていた。
「そして、どうして短期間の間に、マルチェリーナに父上と兄上が篭絡されてしまったのかという問題があるわね。そして、オスカール家は何を望んでいるのかと。」
リーゼロッテも頭を抱えた。そこで、ヴェロニカが切り出す。
「もともと、オスカール伯爵家は、北部出身の貴族だが、北部平定の功績で広大な領地を下賜され、地元では事実上公爵相当の権能を与えられている。尤も、わがエルブロング家と同様に、100年前の栄誉戦争以降に加わった外様ゆえに13家門には名を連ねていないが。」
「やはり、魔法の力で操って、ラインハルト殿下の婚約者の地位を奪い、ゆくゆくは帝国を乗っ取ると、そういうことかな。」
アンジュリーの意見に、リーゼロッテとヴェロニカはうなずくが、オフェリアが「魔法?」と訝し気な表情を浮かべた。アンジュリーが軽く説明すると、オフェリアは狐につままれたような顔をしたが、アンジュリーが一瞬で変身し、軽い魔法を見せると、首をひねりながらも納得したようだった。
「魔法、に関係があるかはわかりませんけれども、オスカール領は、最近では、蒸気機構の研究も盛んですわね。」
「蒸気機構?」
「ご存じありませんか、アンナ=ユリア様。蒸気機構は、フロギストン鉱石を発火させて得られる莫大な蒸気を、動力機構によって様々なファッキンパワーに変えるものですわ。ここ数年で急速に発展してきております技術ですの。」
「フロギストン鉱石は、ノルトライン領でもよく採掘されるけれど、暖房くらいにしか使い道がないものと思っていたわ。」
アンジュリーは、自分の勉強不足を恥じた。結局、魔法による膨大な力があるとしても、知識というものが無いと、結局はそれを生かせないだろう。
「ええ、フロギストン鉱石は、帝国内では南部の、特にノルトライン領でその70%が採掘されておりますわね。わたくしも、この商売に一部噛ませていただいておりますわ。」
「蒸気機構の馬車と鉄路の実験路線が、北部地域と帝都近郊まで敷かれていて、実用化が進んでいるの。東部と南部は未だに馬車がメインだから、知らなくても仕方ないわ。」
「なに、輸送はフツルポニー、戦闘はエルブロング家の有翼騎兵がある。だからわれら東部地方には、そんな得体の知れぬ機械は不要だと、そういう有力者が多い。」
残念そうな表情をのぞかせるヴェロニカをしり目にオフェリアが話を続ける。
「作物が育ちにくく、ファッキン極寒になる北部地方では、産業が殆ど無くて、錬金術研究が盛んでしたの。これが高じて、陛下の振興策もあり科学研究が進み、蒸気機構が開発されたのですけれど、そこで問題が起きましたの。北部では全くフロギストンが取れないのですわ。」
「国内で融通するとなると、ノルトライン領からもらうしかないと。」
「もしくは、エルブロング領を経由して、東方のワシリア大公国から高値で輸入するか。」
「ええ、ですから、オスカール伯爵は、ノルトライン公爵に、フロギストンの優先的な融通を交渉いたしましたの。しかし、ノルトライン領は隣国ルテティニア王国との国境地域。しかも鉱山の大多数は国境付近にありますわ。採掘量を増やせば、ファッキン・ルテティニアから要らぬそしりを受ける可能性もある・・しかも、輸送馬車の最短距離だと治安が悪いフリージア侯爵領を通過して、帝都に抜ける必要がありますの。」
「だから、拒絶した・・?」
「いえ、最初から物別れではなかったのですけど、どちらが警備をするか、輸送の責任を負うかで揉めたのですわ。特に公爵領の軍権をあずかる公爵の弟君が猛反発したとか。」
「・・・コンラート叔父様が・・・。」
オフェリアは書斎の地図に、自らの扇子で線をなぞりながら説明する。
「それで、わたくしどもの商会が仲介に入りまして、双方の間にあるヘルゴラン公の土地の一部を皇帝直轄地として買い上げ、帝都を経由せず直通する鉄道を敷設する、警備の責は帝国と我が商会が共同出資する公社が負うということになったのですけれども・・・」
「また揉めた・・?」
「ええ、建設地の利権と、建設の工法をめぐって。着工を早めたいオスカール伯爵の息のかかった連中が、ノルトライン領民から地上げを行ったとかで、公爵の怒りを買い、それが決定打になり、破談になったのが半年前ですわ。わたくしも、公社への出資がパーになり、影響をうけましたけれど、保険をかけていたのでむしろ焼け太りさせていただきましたが。」
「さすが商人だわ・・。」
オフェリアがにっこりとする。そこで、議題についてアンジュリーが話を整理する。
「つまり、オスカール家が狙っているのは、ノルトライン領のフロギストンの独占・・?それに同調したコンラート叔父様がお父様を裏切った・・。」
「しかし、フロギストン採掘にはコンラート殿が反対していたのだろう?それなのに協力する意味がわからない。」
「いえ、叔父様は、公爵家当主として採掘の利益を独占できるのであれば、もはや反対しないでしょう。あの人は昔、公爵家の財政を私物化して、お父様に予算管理権をはく奪されていまして、そのままでは彼に利益が無かったけれど、お父様が死んだことで、その障害がなくなったんだ。」
「お父様を殺したい奴らの動機があるのはわかったわ。でも、証拠もなにも無いし、皇帝陛下やラインハルト殿下まで操る理由の説明にはなってないね。」
「・・・とりあえず、私は王宮に戻って、ヴェロニカと、何か手掛かりになりそうなものを探してくるわ。アンナ。あなたは、コンラート卿とオスカール家の繋がりを探って。オフェリアと商会に貴女を全力でサポートさせるわ。」
オフェリアがにっこりと微笑んだが、アンジュリーは納得できていないようだった。
「ッ!しかしそれじゃ、リーゼにとって危険では・・・」
「私は王女よ。オスカール家もフルーリエも簡単に危害を加えてはこないわ。だからこそ、貴女のために動くわ。」
「私も、傍で殿下を守る。信頼してくれ、アンナ=ユリア。」
「・・・わかった、リーゼ、ヴェロニカ。しばらく別行動だね・・。」
「ええ、特に貴方は狙われているから、気を付けて。さ、一度、戻りましょうか、ヴェロニカ。」
アンジュリーはそれでも、完全には納得はしていなかったが、仕方なく皆とともに階段を降りた、しかしそこで、オフェリアが足を止めた。
「・・・ポーリア。ネズミが二匹ほど紛れ込んでいましてよ。駆除してくださいまし。」
「あいさ、お嬢。」
いつのまにか、屋敷の影から現れたポーリアと呼ばれたメイドが、自らのフリルスカートをめくり、太ももに隠されたナイフを抜き、投げ放った。すると、階段下の広間の影から男の死体が転がり出てきたではないか。そして、ポーリアが、再びナイフを投げ、闇に飛び込むと、しばらくして手足にナイフを刺された別の男の首根っこを掴んで引きずって現れた。男が悲鳴を上げている。
「ぎゃああああああっ!!!!?」
「誰っ!?それに何・・?」
「おそらく、フルーリエ卿が雇ったファッキン無法者ってところですわね・・・。ああ、あとこの子はポーリア・サン=イレール。わたくしの部下ですから、ご心配なく。」
「・・・っス。」
「いや、そうではなくて、この男たちは・・どこから・・」
「お嬢、まだ殺してないっス。」
「そうですわね、どこからきたかは、ファッキン侵入者さんに直接聞きましてよ。」
「は、話すことは何も・・・」
オフェリアが目配せすると、ポーリアが男にナイフをぐりぐりとねじりこむ。
「ぐあああああ!!わかった、わかった!!話す。俺はオブシディアンクラブの下っ端だ。姉御のとこに来た依頼人から、この屋敷に忍び込めと。」
「姉御?それはオブシディアンクラブの女幹部・曹小梅のことね?忍び込んで何をしろと命じられたのかしら?」
「そ、それは・・・」
「ポーリア。」
「・・・ッス。」
ポーリアが男の頭に膝打ちした。男は苦痛でのたうつ。
「あ、姉御のところに人相書きを持って来た奴がいて・・・この屋敷に潜入して、その女を見つけたら、始末、できなければ連絡しろと・・」
男はアンジュリーを指さした。ポーリアが、男の懐をまさぐる。淡い光を帯びた機械が発見される。渡されたオフェリアは、目盛りと数値を確かめる。
「お嬢、こいつ、エーテル連絡機を持ってたっス。こいつでボスに連絡する気だったみたいっスね。」
床に這いつくばっている男の首根っこをオフェリアが乱暴に掴む。
「ほかに知っていることは?」
「し、知らねぇよ!・・・知らねぇから解放しろ!」
「じゃあ、もう用は無いわね・・・。」
「・・お、俺を殺したら、オブシディアンクラブの連中が乗り込んでくるぞ・・」
「あら、それは怖いですわね。でも、だとしたら、もう既に乗り込まれていてもおかしくないですわよね・・」
「くッ・・・」
パッとオフェリアが、男の拘束を解くと、咄嗟に男は靴下に手を伸ばす。武器を仕込んでいたようだ!
「オフェリア・エヴァレット!こちとら、お前のせいで商売あがったりなンだよォ!」
静かなホールには、バァン・・・と軽快な音が響く。
「それは、フェアトレードをしていないからですわね。」
男が取り出した暗殺用拳銃よりも先に、オフェリアが懐から抜いた拳銃が、男の頭を吹き飛ばしていた。
オフェリアはにっこりとアンジュリーに微笑む。
「殿下を人質にとるとかしていれば、0.1%でも逃げるチャンスもあったかもしれませんのに、よほどわたくしを恨んでらしたのね。ざまないですわ。ああ、ヴェロニカ様、お屋敷を汚してしまいましたわ。クリーニング代は商会に請求してくださいまし。」
「それは気にしなくて良いが・・。」
アンジュリーは、訝しがりながらも、オフェリアの手を握り返す。
「あなた、本当にただの商人なの?」
「拳銃決闘術は商人の嗜みですのよ。それに、わたくしはただの商人ではありません。わたくしはオフェリア・ファッキンクレイジー・エヴァレット・・・。貴女の復讐を手助けする者。」
「・・・わかった。とりあえず、殿下の顔も立てて、貴女を信じる。」
「賢明な判断ですわ。ここから先は、ただのエクストリームな殺し合いですわ。さあ、ノルトライン様。わたくしの商会に参りましょう。ご令嬢向きの復讐指南書を格安でお取り扱いしておりますわ。そして、まずはオブシディアンクラブのシャオメイを尋ねるとしましょうか。」