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第6話

「一体なんだっていうのよ、陛下や殿下が魔法少女に操られている?冗談じゃない。」

冗談(ジョーク)よりもたちが悪いジョーカーを引いてしまったってわけね。」

「今は黙ってて・・・」


 目くらまし代わりに剣から拡散する光線をあたりにまき散らして、ルシアンヌの追跡を阻むようにしながら、会議室を後にするアンジュリー。その様子をクスクスと笑いながら見るキリエ。

 しかし、そんな妨害をものともせず、ルシアンヌは、見た目の重装備に似合わぬ軽々とした足取りでアンジュリーたちを追ってくる。このままでは追い付かれるのも時間の問題だろう。とにかく今は、走るしかない。宮殿を駆け抜けていく少女たち。


「アン。こっちよ。」


 廊下の曲がり角で、小さな声が、アンジュリーの手を引いた。そのまま、アンジュリーは隠し扉へと連れ去られた。キリエも慌てて、体をアンジュリーの影と同化させてその隙間から滑り込む。


「大事が起こったと聞いたから、心配していましたのよ。ご無事でなによりですわ。」

「リーゼロッテ姫殿下・・・!」

「シッ・・声が大きいですわ。それに、昔みたいに、リーゼでいいのよ、アン。憲兵のルシアンヌ隊長に追われていたけど、何があったのかしら・・?とりあえず、ついてきて。」


 リーゼロッテ=ブリュンヒルデ・フォン・シュテルンベルク=ネルトゥスラント。帝国の王女であり、皇太子ラインハルトの妹である。アンナ=ユリアとは旧知の仲であり、昔は遊び相手でもあった。そんな王女が、ほこりにまみれた隠し通路で、額に汗を浮かべている。彼女に連れられて通路を抜けた先は、王女の控室であった。


「ありがとうリーゼ・・・王宮の隠し通路を通るなんて、子供の時に遊んで以来・・・。」

「ええ、子供の時に戻ったみたいね。あなたは最近王宮に来ないから、寂しかったわ。」


 アンジュリーは、子供のころにこの隠し通路を使ってリーゼロッテと城を抜け出して遊んでは叱責されていたのを思い出した。王女の控室は、主に公務に使われている部屋で、王女の私室ではないが、彼女の趣味に合わせた可愛らしい調度品があつらえられている。変わらないな、とアンジュリーは思うとともに、自分の環境は大きく変わってしまったことを心の中で嘆いた。


「それよりリーゼ、一体、王宮はどうなっているの・・?あの殿下の隣にいた女は何?」

「そうね・・・彼女はマルチェリーナ・フォン・オスカール。オスカール伯爵家の令嬢で、この数か月くらい前に、留学から帰った兄上は、彼女と仲良くなっていたの。」

「オスカール家といえば、うちともたまに交流があったけれど、あんな子いたかしら?」

「最近認知された、伯爵の隠し子・・らしいのだけれど、出自は不確かですのよ。兄上は、留学先でたまたま同郷の貴族と出会って意気投合したと言っていましたが。」

「それは、怪しいですね・・」

「そう。それに、貴女という婚約者がありながら、あのような振る舞いをしているのです。最初は周りも疑っていましたが、兄上は聞く耳を持ちませんでした。それから、しばらくして、父上や周りの腹心たちも私からすると、普段と違う振る舞いをするようになったわ・・・。」

「普段と違う・・・?」

「ええ・・・。オスカール伯爵家のアンバランスな重用に始まり、それを批判する人たちを左遷したり、無意味な施策の発布をしたり。果てには、些細な罪を得たものを厳罰に処したりしました。まるで暴君のように・・・」

「全然そんな話、聞いてない・・」

「ノルトライン公爵は、きっとあなたを悲しませないように隠していたのですわ・・。公爵は、何度か、父上にオスカール家の重用に諫言したようですが・・・。」

「そのために、疎まれて、襲われた・・・?」

「ごめんなさい、そこまでは、わかりませんわね。でも、結果として公爵がお亡くなりになったのであれば、その責任は父上にもありますわ。」


 リーゼロッテは申し訳なさそうに、アンジュリーに応えた。


「おそらく、それはあいつの魔法のせいね・・・。ねえ、キリエ。」

「恒常的に記憶や行動を操作しているとなると、かなりの魔力の持ち主だわ。でも不可能ではないわね。」


 アンジュリーは、彼女の影に隠れる少女に向かって呟くと、彼女もリーゼロッテに聞こえない程度の声で答えた。


「マルチェリーナって女、やっぱり魔法で陛下たちを操っているのね・・。」

「魔法・・・?おとぎ話の?」

「そう、実在するの・・。魔女と契約した彼女たちなら。あのルシアンヌって憲兵もそう。彼女たちなら、陛下たちを思うままに操れるわ。」

「魔女?伝承上の存在の・・?」


 リーゼロッテは、きょとんとした顔で、アンジュリーを眺めた。


「そんな、まるで小説でも読んでいるようなことが・・」

「あるのよ・・。だって・・・私も魔女と契約したのだもの・・。」


 アンジュリーが、手をかざすと、虚空に明かりが浮かんだ。明かりは部屋をぐるりと数回回ると、はじけ飛んで消えた。アンジュリーは、屋敷で起こったことを説明し、何者かに売られそうになったこと、生きながらえるために、魔女と契約したことを話した。


「まさか、あなたも・・・彼女たちと同じように、何か企んでいるというの・・・」


 リーゼロッテが後ずさりする。


「リーゼ・・・あなたを驚かせてごめんなさい。私は、たしかに魔女と契約して、こんな力を手に入れてしまった。何か企んでいるというのも、否定できないから、その点は彼女たちと同じかもしれない。でも、貴方やこの国を傷つけることだけはしない。」

「・・・アンナ。」


リーゼロッテは、一瞬たじろぐが、状況を飲み込んだように拳を握りしめた。


「・・・でも、だとしたら、あの優しかった父上や兄上が豹変したのも頷けますわフルーリエ憲兵隊長も、半年くらい前に亡くなった前任の代わりに、オスカール伯爵ら軍関係の貴族の推薦で着任したのだけれど、最初からマルチェリーナの仲間だったのかもしれない。どおりで、簡単に入れるわけですわね。」

「なんにせよ、彼女たちは危ない。早急に排除しなければ、オスカール伯爵に国が乗っ取られるわ。」

「勝算は、あるの・・・?」

「それは・・・」


 アンジュリーは、俯いて、影の中に居る魔女に目配せした。


「現状では、望みは低いわね・・。体制を立て直して、各個撃破なら、あるいは。」


 キリエは、正直にこたえた。アンジュリーはふがいなさに奥歯をかみしめる。リーゼロッテも、アンジュリーの表情で、状況を察知した。そんな沈む空気の途中で、王女の控室の扉が開いた。アンジュリーは、咄嗟に身構える。


「リーゼロッテ様!・・・と、アンナ=ユリア!?」


 女剣士が勢いよく、部屋へと入ってきた。その手には巨大な馬上長剣(コンツェシュ)が握られている。アンジュリーを見て、目を丸くした。アンジュリーは、入ってきた剣士がルシアンヌではなかったことに安堵して、その女に応える。


「ヴェロニカ・・・久しぶりね。」

「フルーリエが探している刺客女の正体は君なのか・・?」


 ヴェロニカ・エルブロング=カミンスカヤ。エルブロング侯爵家の出身であり、侯爵家は、東方護国卿(クニャージ)と呼ばれる職位を代々継承する、帝国東方に位置する、古の国家に由来する軍人貴族の一門である。ヴェロニカも、例にもれず、リーゼロッテ姫の護衛官を務めており、アンナ=ユリアとも旧知であった。


「何が起こっているんだ。ノルトライン公爵が何者かに殺害され、君も行方不明、おそらく殺されただろうと王宮内じゃもっぱらの噂だった。それがなんだ、君は颯爽と王宮に現れ、陛下の会議室から飛び出してきたかとおもったら、暗殺者としてフルーリエに追われているときた。わたしは頭が混乱しそうだよ。」

「ごめんなさい、ヴェロニカ。」

「いや、いいんだ、君が無事なのが何よりだよ。」


 ヴェロニカにも顛末を説明する。彼女も驚くが、納得したようにうなずいた。


「我が一族の歴史の中で、魔剣士と呼ばれ、尋常ならざる力で活躍した者もいたという。詳細は知らないが、きっと君のような者がいたのではなかろうか。」

「そうかもしれないね。」

「私は、殿下とともに君を信じよう。私も、オスカール家の専横は目に余ると思っていたのだ。」


 ヴェロニカは、まかせろ、このコンツェシュにかけて殿下と君を守ろう、と誓う。意気投合した3人であったが、影の中のキリエがぼそりと呟いた。


「アンジュリー、魔力が近づいて来てるわ。」


―――


「殿下、女の暗殺者がこちらに逃げ込んだ模様ですので、お部屋の検分を。」


 憲兵隊長、ルシアンヌ・フルーリエが兵士たちを引き連れて王女の部屋へとなだれ込んできた。部屋には、リーゼロッテとヴェロニカの二人。すさまじい剣幕で、ヴェロニカがルシアンヌに詰め寄る。


「下がりたまえ、ルシアンヌ・フルーリエ。ここはリーゼロッテ殿下の執務屋だ。いくら憲兵大尉の身分でみだりに入っていい場所ではない。分をわきまえなさい。」


 コンツェシュの柄に手を伸ばし、今にも抜刀しそうな構えを見せると、兵士たちは後ずさる。しかし、ルシアンヌはそれに物おじせずに、口を開く。


「東方モノの貴女でさえ部屋にいるのに、純粋に帝国出身の私が部屋にいることを許されない道理はないのではないですかな、辺境貴族のご令嬢。」

「それは、我がエルブロング家に対する侮辱か。」

「いえ、憲兵はこの王宮において、絶対の権限を与えられています。ただの護衛が大きな顔をしないでいただきたいと、そう言いたいだけです。」

「調子に乗りおって・・・」

「私は、殿下に聞いているのです。」

「黙れ!!」


 エルブロング家の領地である東方は、もともと帝国領ではなく、数百年前に帝国に臣従した土地であり、いわば外様である。それを揶揄して、ルシアンヌはヴェロニカをけしかける。ヴェロニカは、眉間にしわを寄せる。


「抜きますか?あなたは殿下の警護という前に、軍に所属する軍人。つまりは我ら憲兵に従う義務がある。その憲兵に剣を向けるということが、どういうことかお判りでしょう。」

「お前らのような腐った憲兵等に指図される軍ではないわ!」


 二人の間に、リーゼロッテが割って入った。


「やめなさい、二人とも。いいでしょう、ルシアンヌ。怪しい女はここには居ないわ。調べてもらって構いませんわ。」


―――


憲兵たちが、リーゼロッテの控室を検分する。


「なるほど、部屋の家具には隠れてはいないようですね。」

「フルーリエ・・・殿下に恥をかかせたこと、後で覚えておくがいい。」

「おお、これだから田舎貴族は怖い怖い。」


 リーゼロッテが不機嫌そうに、ルシアンヌをにらみつけた。


「フルーリエ卿。あなたのヴェロニカへの言動、非常に不愉快です。ヴェロニカは私の剣、そして盾です。彼女に対する振る舞いは、私に対する振る舞いです。あなたが憲兵隊長でなければ、不敬の廉で、重罪は免れないでしょうね。」

「それはどうでしょうね。それは陛下がおきめになること。それに、殿下。たとえ殿下だとしても、皇帝陛下を暗殺した者を匿ったとしたら、それこそ重罪は免れないでしょう。」

「つまり、私が、父上を殺そうとしたと、そうおっしゃりたいのですか?」


 ルシアンヌは、隠し通路の入り口を見つめた。リーゼロッテが不安そうにヴェロニカの顔を見た。


「憲兵隊長の私が、この王宮の隠し通路の場所を存じていないとお思いで?」


 息をのむリーゼロッテに、にやりと微笑むルシアンヌは、書棚の影にあるスイッチを押して、壁に埋め込まれた隠し通路の扉を開く。


「お前たち、この中も捜索しろ。」


 兵士たちに隠し通路を探索させるが、誰もいない。安堵の表情を浮かべるリーゼロッテをしり目に、ルシアンヌは床に落ちている髪の毛を発見し、つまみ上げる。


「おやァ?この長い金髪は何ですかな?殿下は銀髪ですし、田舎貴族は短髪ですよね。では誰のものでしょうか。たしか、下手人は長い金髪だったような。」

「きっと友人のものよ。昔、隠し通路でよく遊んだのよ。」

「ほう、友人。金髪で長髪の。」

「そうよ。かけがえのない友達ですわ。きっと、何年も前のものが残っていたのよ。隠し通路なんてそうそう掃除しないもの。」

「そうですか。今は、そういうことにしておきましょう・・。お前たち、隠し通路の向こう側を探しに行くぞ!」

「フルーリエ卿。二度と顔を見せないで。」

「ははは。嫌われたものですな。ああ、そうそう、殿下。我々は、陛下から、貴女を含む皇族に対する特別捜査権を付与されていることもお忘れなきよう。また、お会いましょう。」


 ルシアンヌは高笑いを残して去っていった。


「本当に嫌なやつね。益々、倒さないといけない相手だね。」


 リーゼロッテの影から、アンジュリーの声がする。


「アンナ、もう出てきてもいいわ。」


 リーゼロッテの影がふわりと実態を持ち、アンジュリーが現れる。咄嗟に、キリエが彼女を姫の影に隠したのだ。次いで、人形のような魔女が影から現れる。


「どうも初めまして、殿下。エルブロング卿。私は羞明の魔女キリエ。以後お見知りおきを。」

「あなたが、アンナを救ってくれた魔女さん・・・。彼女を、私のお友達をありがとう。」

「私からも礼を言う。」


 姫とその騎士は、魔女に一礼をした。だが、それはあまり賢い行為とはいえない。なぜなら、魔女に弱みを見せてはいけないのだから。魔女は、その好意を利用することに長けているのである。

 キリエは、アンジュリーにだけ見えるように、にやりと笑った。


「感謝ついでに、あなたたちに協力してもらいたいことがあるわ。」

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