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第5話

 帝都ネルテシアは辺境の村とは比べるべくもなく巨大な生き物のようにそこに存在した。おそらく古来あったであろう城壁は、異常に発展した街そのものに飲まれて確認できないし、そもそも街の端がどこなのか見当もつかない。ノルトライン公爵領の首都であるフロリンベルクも、ももちろん大きな都市ではあるのだが、その比ではない。


 一行の馬車は、守衛兵に怪しまれることなく街道から、都市へと入っていく。


「まずは、彼女たちを安全な場所に連れていってから、それから王宮に乗り込みましょう。」


 そういってキリエは大聖堂を指した。


「教会の修道女を死なせておいて、大聖堂のお世話になるというの?」


 アンジュリーが疑問に思うが、キリエが即答する。


「修道女一人しかいない辺境の村の教会なんて、帝都の教会が気にするはずないでしょ。たぶんまだ情報すら入ってないわ。それに、貴女は貴女の家名をだせば、疑われることもなく司教が取り合ってもらえるわ。」

「では、あの町の真実は伝えないということ?」

「ええ、そうよ。」

「伝えれば、あの町のカタリナに依存していた防衛体制の問題も明るみになって、武僧や騎士団の護衛でもつけてくれるかもしれないのに?」

「伝えたら、貴女の立場が悪くなるだけだわ。それに、あの町が野盗に襲われて滅んだところで、ノルトライン公爵領の税収や経営に問題がでるわけではないのよ。」

「・・・やはりあなたは、人間とは違う魔女なのね。」

「そうよ。そして、あなたはそんな魔女と契約した魔法少女(スクラーヴェ)。」

「そうだったね・・・。まあ、いいや。とりあえず大聖堂の中に行こうか。」

「・・・申し訳ないけれど、私はここで待つわ。」

「・・?まあいいけれど・・逃げるわけではないよね?」

「契約がある以上、私は貴女から逃げないわ。」


 キリエは、アンジュリーを呼び止めると、一瞬だけ彼女の肩に手を置く。すると、衣装が商人の娘風から、貴族の令嬢風へと変化する。彼女の便利な魔法のうちのひとつなのだろう。「これでいいわ。」というキリエを置いて、アンジュリーとラヴィニアたちは、聖堂へと乗り込み、司教への面会を試みた。ノルトライン公爵の名前を出すと、司教が現れ、アンジュリーの顔を知っていたようで、快く対応してくれた。

果たしてキリエのいうとおりで、ラヴィニアたちが盗賊に捕まっていたこと、ノルトライン公爵の名代として彼らを救出したことを説明すると、現状行き場のない彼女らを、教会に置いてもらえるということになった。

 ノルトライン公爵家が普段から、教会に少なくない額を寄進しているからというのもあり、彼は、ぜひとも公爵によろしくとアンジュリーに頭を下げた。公爵家を襲った悲劇はまだ伝わっていないらしいし、カタリナの村の話もまだ届いていないようだった。


「アンジュリー、少しの間だったけど、世話になったよ。しばらくあたしらはここに居るけど、なんか困ったことがあったらいつでも来るといいよ。せっかく帝都に来たんだ。あたしも、親父の件を自分なりに調べてみるよ。」

「そう、じゃあ、真実が表に出て、あなたが救われることを祈ってる。」

「ありがとう。君も気を付けて。君と、魔女さんの前途に幸あれ。」


 教会のそとには、商人の荷馬車ではなく、2頭立ての貴族の儀装馬車が止まっており、従者姿のキリエが待ち構えていた。おそらく、これも彼女の魔法なのだろう。御者帽からあふれる緋色の髪をたなびかせて、アンジュリーのもとへと駆け寄った。


「アンジュリー、真実は時に、残酷なことがあるのよ。ラヴィニアが求めている真実を明かしたとき、誰かが不幸になるかもしれない。」

「盗み聞きしていたの・・?でも、彼女にとっては、それが重要なら、私はそれを応援したい。貴女には関係ないでしょ。」

「そう、貴女がいいなら、それでいいわ。もし、それで不幸になるのは貴女かもしれないのに。」

「そんなことにはならない。」

「そうだといいわね。じゃあ、王宮に行きましょうか。」


 儀装馬車は、帝都の大通りを進んでいく。ノルトライン家の家紋があしらわれた馬車は、まるで、元々存在していた公爵家の馬車のようにしっくりと馴染んでいた。あつらえられたソファの乗り心地はとても良いが、アンジュリーは緊張して、それをゆっくり味わう暇さえなかった。


 王宮の門番は、ノルトライン家の家紋を見て、少し困惑したような顔を浮かべたが、馬車をのぞき込み、皇太子の婚約者であるアンナ=ユリア嬢の顔を確認して、最終的には門を開いた。衛兵たちは、ノルトライン家の事件を聞かされているのだろうか。


「アンジュリーを見た時の兵士、まるで幽霊を見たような顔だったわね。」

「実際、賊に襲撃されて、一家惨殺、行方不明になっているといわれている令嬢が現れたら、幽霊に出くわしたと思うのが筋じゃない?」

「実際に、貴女はただの人間ではなく、魔法少女(スクラーヴェ)だけれどもね。」


 馬車が宮殿の車付きに到着し、アンジュリーが下りると、馬車はふと霞に消えて消滅した。びっくりして振り返るのはアンジュリーだけで、周りの衛兵たちは気づいていないようだった。これもキリエの魔法の力か。


「さて、その13貴族会議とやらはどこで行われているのかしら?」

「・・・ついてきて。」


 アンジュリーは、小走りに廊下を進む。キリエは一瞬で、御者から護衛騎士のような姿に衣装を変えて、アンジュリーについていく。衛兵たちは、気に留めることもなく、彼女たちを素通りさせる。


「ここよ。」


 アンジュリーは、2人の衛兵が守護する大きな扉の前で立ち止まる。さすがの衛兵も、押し入ろうとするアンジュリーを静止する。


「現在、陛下たちは会議中です。」

「私はアンナ=ユリア・フォン・ノルトライン。ノルトライン公爵が令嬢、ラインハルト殿下の婚約者です。急ぎ、殿下と陛下にお伝えしなければいけないことがございます。」

「アンナ=ユリア様。しかしながら、陛下が許可した者しか入れません。」


 キリエが、ぼそりとつぶやく。


「アンジュリー、夏の夜の夢ゾンマーナハトトラウムと唱えて。」

夏の夜の夢ゾンマーナハトトラウム・・・」


 兵士は、そのまま壁にもたれこんで、動かなくなった。


「まさか、殺したの!?」

「いいえ、すこしの間眠ってもらっているだけよ。それは悪夢かもしれないけれどね。」

「・・・そう、ならいいけれど。行きましょう。」


 アンジュリーとキリエが扉を開け放つ。貴族たちが一斉に扉のほうを振り返る。


「誰だ・・・衛兵は何をしている。」

「陛下!突然の乱入をお許しください、ノルトライン公爵が娘アンナ=ユリアです。」

「アンナ=ユリア!?賊に襲われたと聞いていたが、生きていたのか!?」

「ともかく、君が無事でよかった!」


 中央にいる威厳のある男が皇帝である。そしてその隣にいるのはアンジュリーの婚約者である皇太子ラインハルトだ。彼らは、驚いた表情でアンジュリーを見た。貴族たちも顔を見合わせている。皇帝は、貴族たちの中の一人の男をみた。アンジュリーも、皇帝が見据えた場所、すなわちノルトライン公爵家の座席を見て驚愕とする。そこには、一人の男が座っていた。アンジュリーは、その男に詰め寄る。


「コンラート叔父様・・・!?なぜそこに座っているのです!」

「なぜ、とは?」

「そこはお父様の、ノルトライン公爵家当主の座る座席です。お父様ゲルハルト亡きあと、そこに座る権利があるのは、娘である、公爵家第一継承者の私です。」

「お父様?叔父様?何を言っている。誰か、この気の触れた娘をつまみ出せ。」

「叔父様こと何を言っているのですか。あなたの継承順位第二位。私が戻った以上、当主は私です。」

「アンナ=ユリアは可哀そうに、盗賊に襲われて兄上とともに亡くなったのだ。お前こそ何者だ。」

「コンラート、どういうことだ。お前こそ何を言っている。アンナ=ユリアはお前の姪ではないか。」


 皇帝が困惑した顔で、コンラートに尋ねる。


「陛下。何を言っていますか。アンナ=ユリアは死にました。この目で遺体を確認しましたから。」

「いや、しかし・・」


 皇帝と皇太子が困惑していると、皇太子ラインハルトの隣には、いつの間にか、紫色のドレスの少女が佇んでいるではないか。彼女は、ラインハルトの首筋に手を当てて、にっこりと微笑んだ。


「ラインハルトさま。アンナ=ユリアは死んだのです。あなたの可哀そうな婚約者は、そう、死んだのです。復唱ください。死んだのです。」

「アンナ=ユリアは・・・しんだ・・。アンナ=ユリアはしんだ。」

「そして、あの女はアンナ=ユリアではなく。暗殺者なのです。そう、あの女は、アンナ=ユリアを殺して、悪しき術を使い、成り代わろうとしているのです。」

「アンナ=ユリアをころした・・あんさつしゃ・・・」


 紫の女は、さらにラインハルトにほほを寄せて、その様をアンナ=ユリアに見せつけるようにして言う。


「そして、あの女は、わたくしも亡き者にしようと襲ってきたのです。どうか、わたくしをお守りください。愛しき殿下。」

「おまえを・・・まも・・・る・・。」


 どうも様子がおかしい。まるで魔法で操られているかのように、皇太子をはじめ、皇帝や貴族たちまでも、アンジュリーのことをにらみつけている。


「貴女は、なんだっていうの・・・殿下になにをしたの。」

「わたくしですか?偽アンナ=ユリアさん。わたくしは、マルチェリーナ。ラインハルトさまの新しい婚約者です。可哀そうに、アンナ=ユリア様を亡くした悲しみを、わたくしが癒してさしあげているのよ。」

「つまり、あなたは、あいつらの仲間ってことね・・。そして、悪しき魔法少女・・・!」

「悪しき魔法少女?いいえ、これは、殿下の心を癒す聖なる力。」

「偽の聖女は聞き飽きたッ!」


 アンジュリーは、咄嗟に、魔法少女(スクラーヴェ)の姿へと変身し、剣を抜いた。


「ま、マルチェリーナ、はやくその女を片付けろ!」


 慌てたコンラートが、マルチェリーナに指示をだした。その一言を聞き逃すアンジュリーではない。


「叔父様・・・そうですか、あなたは操られているわけではなくて、その女の仲間なのですね。つまり、あなたは家の乗っ取りを企てていたと。」

「何を言っているのかわからんな。」

「父の仇、覚悟ッ!」


 アンジュリーが、魔力を込めた突きをコンラートに向けて繰り出すが、直前で魔力の壁のようなものに阻まれた。次いで、アンジュリーはその壁に突き返されて、後ろに吹き飛ばされる。


「魔法ッ!?」


 アンジュリーとコンラートとの間に、マルチェリーナとは別の、赤い軍装の女が割って入った。壁の主はどうやら彼女らしい。


「これはこれは、ご令嬢。暴力による解決はよろしくない。」

「貴女は・・・二人目の魔法少女(スクラーヴェ)・・・!?」

「私はルシアンヌ・ド・フルーリエ。憲兵団の騎士。正義と断罪を司るもの。」

「そこをどいて。その男が、私のお父様を殺したの。」


 ルシアンヌは、やれやれという顔付きで、アンジュリーに対峙する。彼女の剣からは魔法が迸り、コンラートや、貴族たち、そして紫の魔法少女(スクラーヴェ)を守るように、アンジュリーそしてキリエと彼らとの間に大きな壁を作っている。


「陛下、殿下、そして皆さま方、ここは私に任せて、避難してください。」


 ルシアンヌの声に促されたのか、マルチェリーナの洗脳に促されてか、皇帝たちは、裏口から脱出を試みる。コンラートも、それを見て遅れじと逃亡を図る。


「逃がさないッ!」


 アンジュリーはコンラートを追おうとするが、キリエが止める。


「どうして・・!」

「二人の魔法少女(スクラーヴェ)を突破して、あいつを追うのは難しいわ。」

「じゃあ、あなたも手伝ってよ!」

「私の力で魔法少女(スクラーヴェ)を倒してしまうのはたやすいけれど、それで貴族たちの洗脳が解けるかはわからないし、盾にされるかもしれないわ。あなた、操られている貴族たちが襲ってきたとしたら、彼ら全員を皆殺しにできる?」

「それは・・・」

「だから、ここは一旦退きましょう。」

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