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第2話

 魔女の力を使ってアンナ=ユリアは牢から脱出する。出払っているのだろうか、どうやら、ほかに見張りは居ないようだ。外に出て建物を見渡すと、どこかの見張り棟を改装したと思われるアジトだ。ということは、どこかの城塞都市の郊外だろうか?できれば、帝都の近くだといいが、とアンナ=ユリアは思った。


「復讐・・の前に、まずは、この状況を陛下にご報告に上がらなければいけない。」


 アンナ=ユリアは、あたりを見渡す。町の方向を指すものは何もない。魔女なら知っているのだろうか。


「まずは、帝都に向かわなければ。」

「帝国に皇帝ねぇ・・・。そういった表の権威なんてものは、闇には通用しないものよ。」

「何が言いたいの?」

「助けを求める相手を間違えないでね。魔法少女相手に、国家権力なんてものは何の役にも立たないものよ。」

「助けを求めるわけではないわ。お父様が亡くなった以上、公爵家の当主は私。陛下に顛末の報告義務があるし・・・」

「あら、貴女、意外と義理堅いわね。」

「それに、私は皇太子の許嫁なの・・不本意なことにね。だから、このまま行方不明ってわけにはいかない。」

「なるほどね、もしかしたら今回の事件は、そのあたりが原因なのかもしれないわね。」


魔女が何か逡巡していると、アンナユリアの魔法がとけたようで、純白のドレスが消滅して、ぽろぽろに破けた元の服装に戻った。


「ねえ・・・今日は何曜日?」

「水曜日よ。それがなにか?」

「明後日金曜日は、帝国13家門会議があって、陛下と殿下も出席するわ。」

「それはいい機会じゃない。それまでに帝都につけばいいわけね。」

「そういうこと。ここがどこかわからないから、帝都までどのくらいかかるかわからないけれど。それに、謁見するための服もないね。」

「・・・そのくらいは魔法で用意してあげるわよ。ああ、魔法少女の衣装じゃなくて、ちゃんとした礼服をね。なんならカボチャの馬車とガラスのくつも用意しようかしら。従者の役は、まあ仕方がないから、私がやってあげるわよ。」

「普通の馬車と普通の靴でいいわ・・。」

 

 冗談が通じないなと言わんばかりに、魔女はおどけた表情で首をすくめた。


「そういえば、あなたのことはなんと呼べばいいかな。従者として来てくれるのなら、呼名がないと都合が悪いし。」

「私?そうね・・・私のことは、キリエと呼んで。」

(キリエ)?魔女のくせに不遜な名前ね。」

「通称みたいなものよ。まあ、本名は別にあるのだけれど、魔女はみだりに真名を明かせないのよ。貴族のくせに無法(アンジュリー)っていうのも大概だと思うけどね。」

「それはキリエが勝手に呼んでるだけでしょ。」

「ええ、私は勝手に貴女をアンジュリーと呼ばせてもらうわ。だって、アンナ=ユリアよりも可愛いくない?」

「お母さまからいただいた正統な名前なのだけれど・・・まあ、いいわ。」


 キリエが腕をふるうと、どこからか馬と馬車が出現した。目立つからだろう。商人がよく使うタイプの荷馬車で、その馬も、青白く痩せた馬だ。


「あ、あの・・・」


 二人の後ろから、声がして振り返った。そこには、ラヴィニアと2人の女が佇んでいた。


「あたしらも、街まで連れて行ってくれませんかね・・。」

「そういえば、こんなのもいたわね。証拠隠滅に消しておく?アンジュリーのことを助けなかったわよね?」

「ひっ・・・」


 キリエが、何かの魔法を使おうとするところを、アンジュリーが制止する。


「キリエ、やめなさい。私が彼女と同じだったら、きっと同じ反応をしただろうし。」

「あ、あたし、連れてこられた時の方向感覚を覚えているから、近くの街までどうやって行くかわかると思う。」

「アンジュリーの魔法の練習台にはもってこいだと思うのだけれど、逃げる的に当てる練習、しておいたほうがいいわよ?」

「そんな悪趣味なことを私が許すと?・・・連れていこう。賊の情報を知っているかもしれないし。」

「そう。そっちの二人はどうするの?」

「置いていくわけにいかないでしょ・・。」


――――


 くたびれた荷馬車が、細い道を進んでいく。人通りは無く、寂しく揺られる荷台には、人形のような魔女と、4人の少女たち。魔女は、4人の少女の身なりを整え、普通の旅一座の娘に見えるようにしたはいいのだが、いかんせん魔女自身の容姿が目立ってしまうのではないか?と伝えるのを、アンジュリーは必死にこらえた。

 数刻が経っただろうか。一向に街らしきものは見えてこない。


「そこの死にぞこないの貴女、さっき、道が分かるといったわよね・・なかなか街につかないわよ?」

「酷いなぁ・・あたしはラヴィニア。冤罪で親父を殺された可哀そうな一般庶民ですよ、魔女さん。街に近いところにアジトを置いたらすぐにバレちまいますからねえ、離れた場所にあるんでしょうねえ。」

「いくら人里離れた場所とはいえ、領内のならず者の拠点を放置しているなんて、ここの領主は何をしているの。自分の手に負えないなら、中央から騎士団を要請すればいいのに。」


 アンジュリーは、苛立ちの声を上げる。


「各地で治安が悪化しているから、なかなか騎士団も対処しきれないんすよ。比較的安定しているのは、それこそノルトライン領くらいなもので。それより、あんた、本当にノルトライン公爵のお嬢さんなの?」

「そうよ・・。といっても、今残念ながら、それを証明するものは無いけれどね。だから私は、直接陛下のところに行って、この顛末を奏上しないといけない。貴女のお父様の事件の再捜査も陛下に頼んでみるわ。」

「まあ、冤罪が証明されたところで、あたしの家族は戻ってこないんすけどね。って、まあ、それは、あんたも同じか。」


 荷馬車の前で馬を操っているキリエが、その話を聞いてぼやいた。


「アンジュリー・・・あなたは本当に、帝都に行って皇帝に謁見しても大丈夫なのかしら・・。」

「キリエ、それはどういう・・・あなたは反対なの?」

「いえ・・・まあ、貴女が良いならいいわ。気が済むようにしなさい・・・。」


 万が一の時は、魔法少女の力もあるしね・・と、キリエはぼそりと呟いた。


「あ、そろそろ街が見てて来ましたよ。」


 キリエが何か含みをもった言い方をしていたところに、ラヴィニアが声を上げた。たしかに、街が見えてきた。城壁にかこまれた古い街のようだ。


「ノルトライン領では見たことのない作りの建物だね。こんなのうちの領内だと遺跡くらいだよ。」

「そうね、だいぶ古そうなデザインだけど、石造りの防御建築を改修して使っているってことは、昔よく戦争でもしていた地域なのかしら。」

「そしたら、旧国境の帝国側かもしれない。300年前にノルトライン家が帝国に臣従する前の国境付近。ノルトライン領周辺の貴族だとしたら、ヘルゴラン公か、フリージア侯爵、エムスラント辺境伯かそのあたりの領地かな。領内の賊も掃討できていないなんて、怠慢もいいところ・・・腹立たしいね。」


 くたびれた門に近づくと、ぼろぼろの旗が掲げられている。


「見たことがある。フリージア侯爵の家紋だ。だとしたら帝都まで近いね。この街で一晩休んでからでも間に合いそうだ。」


 不用心なことに、門番も居ないのか、馬車のまま門を抜ける。街は、どことなく陰気な気配に飲まれており、人の気配もあまりない。一向は、馬車を降りるとあたりの様子をうかがう。


「とりあえず、騎士団の詰め所か、役場に行こう。事情を話せば・・・」

「アンジュリー。どうもこの街から歓迎されていないようね。」


 家々の窓から、銃や石弓を持ったものたちが、こちらを伺っているのが見える。ラヴィニアと二人の少女は、アンジュリーとキリエの後ろに隠れている。


「あんたら、どこから来た。」


 初老の男が、武装した数名の男を従えて近づいてくる。


「私は、ノルトライン公爵の・・・」


 アンジュリーが言いかけて、キリエが小突く。ラヴィニアがすかさず補足する。


「あたしらは、ノルトライン公爵領からやってきた旅の商人です。盗賊に襲われて命からがら逃げてきました。騎士団の詰め所か、役場にご案内いただけないでしょうか。」

「ははぁん?お貴族様から見捨てられたこの街に、そんなものはねえ。あんたらが盗賊じゃねえって保障はねぇんだ。よそ者は帰んな。」

「では、自警団の詰め所にでも・・」

「自警団?それも無いね。この街はすべて、聖女様が守ってくださっている。」

「聖女様?」

「ああ、聖女カタリナ様じゃ・・・。不思議な力で、この街を悪い奴らから守ってくれるのじゃ。」


 民衆たちは、そうだそうだと皆口をそろえる。


「皆さま、私を呼びましたか。どうされたのです。」


 聖職者の服装をした、眼鏡をかけた女が現れた。彼女は、アンジュリーたちを見て、微笑んで、お辞儀をした。


「旅のお方、ボルハスタットにようこそ。教会を管理しておりますカタリナ・アレクサンドルと申します。」

「私はアンナ=ユリア。旅の商人です。こっちのは従者のキリエ。」

「あと、あたしはラヴィニア。そっちの二人は、ラーナとミーニャ。」


 ラヴィニアに連れて、あとの二人が会釈した。


「我々、盗賊に襲われて、財産を奪われ、命からがらここまでやってきました。」

「カタリナ様、こいつら、旅の商人と言っているが、怪しい連中じゃ。盗賊の仲間じゃないのかと皆で吟味しておったところですじゃ。」

「そうですか、では私が、彼女たちが危険かお諮りしましょう。主の名に於いて(イン・ノミネ・ドミニ)


 カタリナが、手をかざすと、光がアンジュリーたちを撫でた。その一連の動作を見て、キリエは何かを感じ取ったようだった。


「皆さま、大丈夫、彼女たちは盗賊ではなさそうです。せっかくですので、教会でおもてなしさせていただきますわ。」

「聖女様がそういうなら・・・」


 いきり立っていた住民たちは、皆納得したようにすぐに解散した。


「申し訳ございません、皆さま。この付近は盗賊が多く、領主様もお忙しいのか何もしてくれません。ですから、住民の皆様はひどく気が経っておりますの。」

「さっきのは魔法?」

「これは、主から与えられた力ですの。その方が害意を持ってこの街に来たかどうかを見抜くことができます。もし、害意があるようでしたら、主の御力によって成敗させていただきます。」

「カタリナさんは、すごい力を持っているのね・・。」

「いいえ、すべては主の思し召しです・・・。」


 こっそり、キリエがアンジュリーにささやきかける。


「この子もたぶん魔法少女(スクラーヴェ)だわ。きっと契約した魔女が近くにいるはずよ。やっかいなことになるかもしれないから、極力、正体はバレないようにしたほうがいいわ。」

「というか、よく貴女が魔女だって見抜かれなかったね・・・。」

魔法少女(スクラーヴェ)の使う魔法を騙すくらいは魔女にとっては造作もないことだし、そもそも私に、人間に対する害意なんて無いわよ。」

「でも、魔法少女(スクラーヴェ)ってことは悪い奴・・・」

「とは、限らないわよ・・。貴女だって別に悪人ってわけじゃないでしょ。とりあえずは様子を見ましょう。」


 カタリナに連れられて、教会へとたどり着いた。石造りの古い建築で、おそらく城壁と同じかそれよりも古い時代のものではないかという雰囲気があった。

 教会で育てている孤児だろうか。子供たちが、こちらを覗いていた。


「みなさん、お客さんです。お部屋の準備をお願いできますか?」

「はい、カタリナさま。」


 子供たちが、カタリナの指示によって、準備にとりかかる。


「今日は、こちらにお泊りください。お食事も、私たちと同じものでよければお出ししますよ」

「そんな、お気遣いいただかなくても・・・」


 アンジュリーが固辞しようとしたところで、ラヴィニアのおなかがぐうと鳴った。


「盗賊に襲われて、手持ちが無いのでしょう。困ったときはお互いさまですから、遠慮しないでよいのですよ。」

「ありがとうございます、カタリナさん。」

「その代わり、今度、道中で困っている人がいたら、助けてあげてくださいね。」

「ええ、もちろん・・。」


 甘んじて受ける4人を尻目に、キリエが考え込んでいる。


「この教会、なんだか変ね・・・。」

「どういうこと?」

「魔女の私が、何も無く入れているのよ。」

「それが何か問題でもあるの?」

「魔女ってのはね、聖なるものと相性が悪いのよ。特に教会のような聖別されている場所に入るには、それなりの魔力がいるのだけれど、全然それを感じないというか。むしろ、強い魔力を感じる。」

「つまりどういうことなの?」

「ここは教会じゃなくて、魔女の領域なのかもしれない。注意したほうがいいわ。」

「やっぱり、悪い奴・・・」

「か、どうかは何とも言えないわね。何もなければ、お世話になって明日の朝そのまま立ち去りましょう・・。」


 教会の屋根裏から、キリエとアンジュリーを見下ろしている影がひとつ。ふと、キリエが見上げるが、すでに誰もいなかった。


「見られているわね、たぶん契約先の魔女だわ。」

「えっ・・・?」

「私はちょっと見てくるから、あなたは皆と食事をしていて。」

「一人で大丈夫なの?」

「何を言ってるの?私は魔女よ?心配しないで、先に寝てなさい。」


 すでに日が傾いている。子供たちが、食事の準備を始めていた。質素なパンやスープが用意されていた。


「こんなものしか用意できませんでしたけれど、お召し上がりください。」

「ありがとうございます。」


 子供たちとともに、アンジュリーとラヴィニア、そしてラーナとミーニャが席に着いた。最後にカタリナが座るが、キリエの姿はあたりに見当たらない。


「あら、キリエ様がいらっしゃいませんけれども・・・」

「気にしないでください。あの人は、そういう奴なんで。きっと後で余りものをいただきますから。」

「そうですか、では、今日この糧を与えてくれた、天に益しますわれらが・・・」


 カタリナが食前の祈りを捧げる。彼女の声が鳴り響く教会で、アンジュリーは、得体の知れぬ胸騒ぎを覚えていた。

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