ウィル様と定食屋へデートしました
ウィル様は私を泣き止まそうと必死にいろいろと話してくれたが、なかなか私は泣き止まなかった。
「いや、ニーナ嬢、頼むよ。おいしいもの食べさせてあげるから」
「えっ、美味しいものですか?」
食べ物と聞いて、現金なもので急に私のお腹が減ってきたのだ。
「そうだな、お昼ご飯を。この丘の上に老夫婦のやっている定食屋があるんだ」
「本当ですか?」
「ああ」
気付いたら涙が止まっていた。
何か周りから生暖かい視線を感じるんだけど。
いつの間にか部屋の中には店員とか数人の男の人がいたんだけど、何故か前にライラをエスコートしてくれたアスモ様にとても似た人までいた。
その人は私を呆れた者のように見ていたんだけど。
「普通はさ、女の子にはドレスとか宝石とかで釣るのに、食べ物で釣られるなんて」
なんて声も聞こえてくるんだけど……
ふんっ。どうせ私は食い意地が張っていますよ!
私は少しふくれた。
「さっ、ニーナ嬢、行こうか」
他の男の人と何か話をしていたウィル様は私の方に戻って来ると外に連れ出してくれたのだ。
「迷子になるといけないから」
と言って手まで引いてくれたんだけど……良いんだろうか?
歩きながらウィル様はこれまでの経緯を話してくれた。
たまたまこの店に来ていてライラから私が男と二人で個室に入ったって聞いて慌てて飛び込んできてくれたそうだ。
私はライラもいたことを私は初めて知った。
後でライラにお礼を言おうと心のなかで思ったのだ。
話しているウィル様の手はとても暖かかった。
でも、この硬い手の感覚どこかで知っている。
そうだ、会長と同じだ。
ウィル様は茶髪緑眼だけど、会長は銀髪碧眼だ。それを除けば雰囲気はとても似ている。
「ウィル様は会長と親戚なんですか」
思わず私は聞いていた。
「えっ」
一瞬ウィル様は驚いた顔をしたけれど、
「まあ、詳しくは言えないけれど、そんな感じかな」
悪戯っ子のように言ってくれた。
「そうなんですね」
第一王子殿下と親戚ならば絶対に高位貴族だ。
という事は、あり得ないことだが、私とは絶対に一緒にはなれない。
私は改めてがっかりした。
「どうかしたの?」
「いえいえ、何でもないです」
そう言って首を振るとウイル様に笑いかけた。
そうだ。それは元々判っていたことだ。
でも、せっかく今は夢にまで見たウィル様が手をつないで歩いてくれているのだ。
もうこんな機会は二度とこないだろう。
私はせっかくの機会を楽しもうと心に決めたのだ。
店の周りは店に来る馬車以外はあまり人通りは多くはなかった。
その代わりに貴族と思しき馬車が次々に通っていた。
豪勢な衣装を飾った店や、豪華な扉の店など、建物はどれも立派でゴージャスだった。
「どうだ。ここは貴族が良く買い物に来るところだ。あのカフェの場所を中心に100店舗くらいが軒を並べている。どこかに入ってみるか」
「いえ、そんな、平民の私にはムリですよ」
そうだ、私が入るにはどれも敷居が高すぎるのだ。
「まあ、今はそうかも知れないが、ニーナ嬢も王立学園に入ったんだ。王立学園を卒業したらこういう店に入れる待遇になるかもしれないぞ」
ウィル様が言ってくれるが、
「いやいや、それは無理ですよ」
わたしが首を振ると
「何言っているんだよ。王立学園を卒業したら一応この国ではエリートだぞ。王宮魔術師や王宮の女官、文官、高位貴族の侍女等になったらいやでも入ることになるぞ」
「そうなんですか? でも、私はまだ将来の事は何も考えていなくて」
「そうだな。まだ学園に入ったばかりだしな。でも、将来の事を考えるのは大切な事だぞ。君の周りにいるヨーナスやアハティは騎士を目指しているんだろう」
「えっ、ウィル様はヨーナスやアハティの事を何故御存じなんですか?」
私は驚いて聞いていた。
「いや、ヴィルヘルムから聞いていたんだ」
「ヴィルヘルム?」
「この国の第一王子だよ」
なんかムッとしてウィル様が言ってくれてわたしは気付いた。
「あっ、会長の事なんですね。いつも会長って言っているからお名前を良く知りませんでした」
私があっけらかんと言うと、なんか、ウィル様ががっかりしているんだけど、何でだろう?
そして、気づいたら人通りが多くなっていた。
その上今まで見かけなかった、子どもたちが駆け回っている。下町エリアに入ったみたいだった。
「下町エリアもこのあたりは安全なんだが、一歩脇道に入ると急に人通りの少なくなるところもあるから、ニーナ嬢は絶対に一人で出歩かないようにね」
ウィル様に念押しされたんだけど。
でも、私は前世では普通の平民だったし、この世界では田舎では一人で歩いていた。
まあ、前世はでも病弱でほとんど外を歩いたことはないんだ。
考えたらこうした大都会の中を男の人と一緒に歩くのは前世も含めて初めてだ。
それも憧れのウィル様と一緒になんて。
私はそのウィル様との散策というかデートを心ゆくまで楽しんだ。
でも、その散策もあっという間に終わった。
「ここだよ」
そこはオープンテラスのまちなかによくある食堂だった。
庶民的な所に案内されて私はホッとした。
お昼時なので結構混んでいる。
「いらっしゃい」
小綺麗なおばさんが注文を取りに来てくれた。
「ウィル、どうしたんだい。女連れなんて珍しいじゃないか」
おばさんは驚いて言ってくれた。
「何言ってくれるの。おばさん。俺も偶には女連れでいることもあるよ」
「そうかい、そうかい。ウィルにも春が来たんだね」
おばさんは全くウィル様の言うことを聞いてなかった。
「ウィルはいつもの定食でいいかい。そちらの彼女さんは」
「か、彼女さん」
そう言われて私も真っ赤になった。
「だから彼女じゃないって」
ウイル様が恥ずかしがって言ってくれるけれど。おばさんは聞いていなかった。何かのりが大阪のおばちゃんだった。
「あんたも定食でいいかい」
その言葉に私は頷いたのだ。
出てきた定食はとても美味しかった。
それを食べるウィル様の所作はとてもきれいだった。やっぱり高位貴族の方は違うと思い知らされた。
でも、そんなことにもめげずに、私はウィル様とのデートを心ゆくまで楽しんだのだった。





