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「座標狙撃?」
警察署に隣接する賞金首の換金所。コウはそこの待合室の椅子にもたれかかりながら、傍らのレイと雑談をしていた。レイは背中を柱に預けた状態で、腕を組んで立っている。
「あぁ、それがガルシア姉妹の狙撃術だ。やってることは三角測量の簡単な応用だがな」
レイはそう言うと、手をピストルの形にし、それをコウに向ける。
「狙撃手である俺の位置をAとしよう。そして観測手であるお前の位置がBだ。俺とお前の距離はざっと一メートル。それじゃあ狙撃目標であるC地点は――そうだな、あそこのカウンターにいる男としよう」
レイが指差した方にコウが顔を向けると、カウンターで職員と揉めているハンターの男が見えた。
「コウ。お前のいる地点からあの男の距離と方角は?」
「んっと、ざっと見て五時の方向。距離は三メートルくらいかな」
「そうだな。これで俺とお前とあの男で三角形が出来上がった。あの男との距離は余弦定理で解く事が出来る。公式に当てはめると三の二乗に――」
「おっさん、数学の授業は余所でやって」
「――まぁ、計算すると俺から見てC地点は左に角度九・六度、距離は約三・九メートルという答えになる」
レイはそう言いながら、手で作ったピストルをカウンターの男に向ける。
「あの男の距離と角度が分かった。これであの男との間に遮蔽物があろうが、目隠しした状態であろうが、狙撃が可能になるという事だ。理論上は、だがな」
「……じゃあ、あの時に妹ちゃんがブツブツ呟いてたのって」
「俺達の座標だ。俺が止めなければどちらかの頭が吹き飛ばされていただろうよ」
レイの説明を聞いてコウの背中に冷たいものが走る。
「バッティング程度でマジで俺達を殺すつもりだったの? あんな可愛い顔してえげつないな」
「だから言っただろ。女の前にハンターだと」
「ていうかおっさんが挑発しまくったせいじゃねえの? あんなネット弁慶みたいな煽り方されたら俺だって銃抜いちゃうよ」
「悪いが獲物を奪おうとしている同業者に下手に出る気はない。一度許せば何度も付け込まれることになるからな」
「……おっさんの言い分も分かるけどさ。さすがに今回の相手はやばすぎると思うんだが――」
コウはチラリと視線を上に向ける。それに釣られてレイもそちらに顔を向ける。その視線の先にはテレビが取り付けられており、ちょうどハンター事務所のコマーシャルが流れていた。
『もう大丈夫、安心してください。身近のちょっとしたトラブルから個人的な悩みまで、まずはご相談を。我々ハンターはあなたの未来に幸福を届けます。ハンター事務所、アルストロメリア』
ナレーションと共に、スーツを着たメガネの女性が笑顔でウインクしてくる。童顔寄りだが吸い込まれそうな青い瞳と妙に色気のある唇に、周囲の荒くれハンター達も思わずテレビに見惚れてしまっていた。
「アメリア・ガルシア。あいつの姉だな」
レイがぼそっと呟く。コウはため息を吐き、小声で言った。
「おっさんも知ってんだろ? ハンター界一の美女と言われるアメリアちゃん。彼女はハンター業だけに留まらず、その美貌からモデル業も兼任していてアルストロメリア内で一番の稼ぎ頭になっている。雑誌の表紙を何度も飾ってるし、この前なんかドラマにも出てたぞ。定期的に配信もしていて、同時視聴者数は常に百万人を超えてる超インフルエンサーだ」
「……やけに詳しいな。フォローでもしてるのか?」
「そりゃ美人が嫌いな男なんかいないからな。ていうか割と同業で彼女のファン多いぜ? ほら、序列四位のハンター事務所『シャーロック』の所長の柊さん。あの人、毎回配信のコメント欄に『あめぴーしゅきぃ……てぇてぇ……』って書き込んでるぞ」
「あのジジイは六十にもなって何やってんだ」
「とにかく彼女はそれだけ世界中にファンがいるってことだ。そして彼女はシスコンとしても有名だ。SNSでは高い頻度で妹ちゃんとのツーショットが上がってて、一部ではデキてんじゃねえかって噂もあるくらいだぜ」
「またくだらん噂だな。双子でそんな感情になるか?」
「双子だからだよ。モデルってのはナルシストが多いだろ? 自分が何よりも大好きだから自分とそっくりな人間に欲情するのも自然な話ってことさ」
「モデルはみんな鏡と交尾してるとは面白い学説だ」
「まぁ、そんな話は置いといてだな――」
コウはレイに身体を近付け、さらに声の音量を落とした。
「そんな超有名人が溺愛してる妹ちゃんに腹パンかまして首まで絞めた、なんてことが世間に知られたら絶対ヤバいって話よ。炎上なんてもんじゃねえよ。どうすんだよ、あの姉ちゃんがファンネル飛ばしたりしたら。事務所の前に変なのがわんさか押し寄せてきて、隊列組んで野糞しだすぞ」
「そうなったらそいつらを片っ端から金に換えるだけだな」
レイは鼻を鳴らしながら言葉を続ける。




