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「……今すぐその男を置いて失せなさい」
アリシアは静かな声でそう告げた。
「その男を捕まえるためにどれだけ苦労したと思ってるの。四方八方駆けずり回って、おまけにスタンガンまで食らって……」
「ふん、貴様らの結果にともなわない苦労を語られても知らんな。アルストロメリアのハンターも質が堕ちたな」
まくしたてるアリシアに、レイは鼻を鳴らしながら言った。その言葉に、アリシアは激高した様子で銃口をレイに向けた、
「何ですって!? もう一辺言って――」
「一つだけ言えることは――」
アリシアの言葉を遮り、レイは静かな声で言った。
「俺に銃口を向けてタダで済むと思うなよ」
レイはそう言うや否や、両手を素早く動かし、アリシアの持つ銃を左右から叩きつけるようにして挟み込んだ。衝撃で引き金が引かれたのか、乾いた銃声と共に、明後日の方向に弾丸が発射される。それと同時にカシャンと音を立て、銃のマガジンが地面に転がり落ちた。挟み込んだ際に、マガジンのリリースボタンを押したのだ。
「は?」
一瞬にして銃の弾を空にされ、アリシアは呆然と自分の銃を見つめる。そんなアリシアのみぞおち目掛け、レイの拳が打ち込まれた。アリシアの身体が飛び上がるほどに跳ね、呻き声と共に胃の中身がぶちまけられた。そのまま前かがみに崩れ落ちる。
「……おっさん、女にも容赦なさすぎだろ」
一連の流れを見ていたコウは思わず呟く。レイは鼻を鳴らしながら肩越しに振り返った。
「顔は殴っていないだろう?」
「問題はそこじゃねえよ。大男でも一発KOするような一撃をかますなよ」
「こいつらは女の前にプロのハンターだ。この程度でどうにかなるタマでもあるまい」
「女にタマってセクハラだぞ」
「くだらんことを言ってないでさっさと運べ」
レイがあごで車を指し示す。拘束を終えたコウは生返事をしながら男を肩に担いだ。
コウが男を運んでいく様子を、アリシアは肩で息をしながら見ていた。その顔からは涙や鼻水が流れている。口に広がる胃液の味を噛みしめると共に、自分にこんな屈辱を与えた男への殺意がとめどなく沸き上がっていた。
「……九十……一・八……」
アリシアは視線をレイに向け、インカムに呟き始める。だが、その瞬間、鋭い衝撃がアリシアのあごを貫き、呟きが中断された。レイがアリシアのあごに向けて鋭い蹴りを放ったのだ。
「がっ……!!」
首が飛びそうなほどの衝撃にくぐもった悲鳴が漏れる。レイはそのまま流れるようにアリシアの背後に回ると、腕を首に回してアリシアの頸動脈を締め上げた。
「ん? ちょ、おっさん!? 何やってんの!?」
男を車に放り込んだコウは、レイがアリシアの首を絞めていることに気付き、驚きの声を上げる。
「そこまでやる必要ないだろ!? 完全に事案だってこれ!」
コウはそう言ってレイの元に駆け寄ろうとするが、その動きをレイが睨みつけて止める。そして無言のままアリシアの首を絞め続け、やがて意識を奪ったと判断したところでぱっと拘束を解いた。アリシアは糸を失った人形のようにその場に崩れ落ちた。
「コウ、急いでこの場から離れるぞ」
ようやくレイが口を開く。何事も無かったような冷静な態度に、コウは引きつった顔でアリシアとレイに交互に見る。
「……完全に事後の台詞だわ。さすがに引くぞ」
「こいつ、俺達を殺そうとしやがった」
「は?」
「いいから急いで車に乗れ」
レイは車をあごで示し、足早に移動し始める。その有無を言わさぬ態度に、コウも渋々と言った様子で車へと向かった。
鈍いエンジン音と共に車が発進する。後には吐しゃ物の中に倒れこむアリシアが残されていた。
『――アリシア? 何があったの!? お願い返事をして!』
静けさを取り戻した駐車場で、アリシアの傍らに転がるインカムから、姉の悲痛な叫びが響いていた。




