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「いやぁ、すまなかったねぇ」
そう言ってクラークは巨体を震わせながら陽気に笑った。彼は今、柏木ハンター事務所の応接用のソファーに座っていた。一応三人は座れるものなのだが、彼が座っていると一人用ソファーに見えてくる。
「ガルシア妹がいきなり建物に入ってきて、狙撃をしろと言ってきた時は驚いたぞ」
そんな彼に向かい合う形で、レイもソファーに腰を下ろしていた。クラークは笑みを浮かべたまま口を開く。
「座標狙撃でアメリアくんのスコープを正確に撃ち抜いてくれたようだね。アリシアくんのサポートもあったんだろうが、初めての座標狙撃を本番一発で成功させるとはさすがレイだ」
「失敗したら私も死んでやると言われたな。あんな依頼は初めてだよ」
レイはため息を吐きつつ、チラリと隣に座るコウに視線をやる。同様にソファーに腰掛けているコウは、クラークが持ってきたお詫びの茶菓子に目を奪われているようだった。
「おいおい。この饅頭、いつも行列が出来てる店の奴じゃねえか」
そう言いながら、何の断りもなく封を開ける。そして中から掌サイズはあろう巨大な饅頭を取り出し、一心不乱にかぶりついた。
そんなコウを呆れたように横目で見つつ、レイは口を開く。
「あの姉妹、元々俺達に喧嘩を売るつもりでバッティングを仕掛けてきたらしいな」
「あぁ。アリシアくんが個人で雇ってる情報屋を使ったようだ」
「……社員の教育はしっかりしておけ。ただでさえお前のとこのハンターは手加減出来る連中じゃないんだからな」
「一応何度も言ってるんだがね。まぁ、今回の件で彼女らも他の所員もこういうことはやめてくれるだろう」
「そうなる前にちゃんと指導するのがお前の仕事だろうが」
「……だってアメリアくん、怒ると怖いんだもの」
クラークのしょんぼりした様子に、レイは苛立たし気に息を吐いた。
「まぁ、今回はたまたまこっちの助けになったから、特に追及はしない。デザイア・カルテルのリーダーが思った以上に頭のキレる奴だったのは想定外だった」
「本当だぜ、おっさん。だから行き当たりばったりすぎって言っただろ!」
「……確かにな。別件の依頼の関係で時間が無かったとはいえ、言い訳はせん」
コウの言葉に重いため息を吐きつつ、レイは再び口を開く。
「……それで姉の容体は?」
レイの言葉に、クラークは、あぁと前置きしつつ、自分の右目を指差した。
「お前さんのライフルがスコープを撃ち抜いた際、砕けたレンズの破片がいくつか彼女の眼球を傷付けたみたいでね。失明、とまではいかないがほぼ何も見えないレベルまで視力が下がったようだ」
「そう、か」
「まぁ、現代の医療技術なら視力回復は出来るんだが、アメリアくんが治療を拒否していてね。これは私のミスが招いたものだから、この傷を背負っていく、と言っていた。私としては大人しく手術を受けてほしいんだが」
「……よく分からんが、奴なりに何か譲れない物があるんだろうな」
レイの言葉に、クラークはほっとしたように息を吐く。
「しかし安心したよ。命に別状無くて。もしレイの狙撃が失敗してアメリアくんの頭を吹き飛ばしてたりしたら――」
クラークの顔から笑顔が消える。
「――けじめとしてお前さんを殺さなくちゃいけないところだった」
そう言うクラークからは先程まであった穏やかな雰囲気は完全に消え失せていた。
「…………」
肌を切り裂くような殺気に、コウは思わず食事の手を止め、ごくりと饅頭を飲み込んだ。
「ハッハァ! 柏木ハンター事務所とはずっと仲良くありたいものだな!」
クラークは再び顔をほころばせ、穏やかな口調で言った。先程まであった張り詰めた空気が一瞬で緩やかなものになる。
「……そうだな」
レイは小さく返事をした。顔は無表情のままだったが、その額には脂汗が浮かんでいた。
「それじゃあそろそろお暇させてもらうよ」
クラークは穏やかな笑みを浮かべたままゆっくりと立ち上がった。そして視線をチラリとコウに向け、顔をレイに向ける。
「俺は嬉しいよ、レイ。お前さんが新しい相棒を見つけてくれて。あの事件以来、お前さんはずっと一人で殻にこもっていたからな」
その言葉に、レイは唸るような声を上げる。
「帰るんだろ。とっとと失せろ」
「ハッハァ。優秀な人間は、ちゃんと後続を育てないとな!」
そう言いながらクラークはコウに向き直る。
「コウくん。レイは不器用な奴だが、優秀な男だ。しっかり支えてやってくれ」
「……は、はぁ」
まるで息子の事を話す父親のような物言いに、コウは戸惑いながら小さく返事を返した。




