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多くの車や通行人が行き交う大通り。そこに面した一角に『ガンズヘブン鉄砲火薬店』と書かれた看板を掲げる鉄砲店があった。ショーウィンドウの中には、綺麗に等間隔で展示された銃が並んでおり、店員の几帳面さをうかがわせる。
「――よっと。おいおい、まだあるのか?」
スチール製の大きな箱を抱えたコウは、不満そうな声を漏らした。
コウが今いる場所は、店の隣に立つガレージの中だ。閉め切ったガレージ内では中央に軽のトラックが鎮座しており、その周囲には大小様々なスチール製の箱が置かれている。
「コウちゃん、あとこの弾薬ケースもお願い。一応二つ、多めに積んでおきましょう」
「……赤デブよぉ、もう十分じゃねえの。ちょっと準備が過剰すぎるぞ」
コウの視線の先には、この店のオーナーである、通称赤デブと呼ばれる男がいた。丸々と太った巨漢で、まるでボールに頭と手足をくっつけた様な見た目だった。赤く染め上げたモヒカンと、今にもはちきれんばかりの赤いTシャツに度々視線を奪われる。本名は黒田なのだが、彼を知る者は皆赤デブと呼んでいる。
「せめて黒デブって呼んでほしいんだけどな」
「今のご時世、黒はマズいからな」
そんな軽口を叩きつつ、コウは指示された箱を抱え、トラックの荷台に積んでいく。その傍らでは、レイがテーブルに地図を広げて眉間に皺を寄せていた。
「黒田、デザイア・カルテルの拠点についてもう一度説明してくれないか?」
「はいはい、何でも聞いてちょうだい」
黒田がレイの元に近寄る。そしてレイの見ている地図を指でなぞりながら言葉を続ける。
「彼らが拠点にしているのは海沿いのキャンプ場跡地。平坦で左右を高い山に挟まれている。拠点の周囲は金網とテトラポッドを設置してあるから、車では正面からしか入れない。中央には土嚢で囲われた二階建ての建物があって、そこに武器とか保管してあるよ。キャンプ内の建物はそれだけで、彼の兵隊は周囲のテントやキャンピングカーで寝泊まりしているみたい。そして海方面には小型の船が三台ほどあったよ」
「……海に逃げられると厄介だ。車はともかく船の方は初手で潰す必要があるな」
レイは地図に視線を落としたまま険しい表情で呟いた。
「――しかし、赤デブから殺人の依頼が入ってくるなんてねぇ」
箱を積み終えたコウはため息混じりに言った。その言葉に黒田は困惑した表情で唸る。
「……いやね、まさかね、こいつらがこんなにデカくなるなんて思わなかったんだ」
黒田の言葉に、レイは呆れたように鼻を鳴らした。
黒田から依頼のメールが来たのは二週間前のことだ。依頼内容は非常に簡潔。デザイア・カルテルの主要メンバーを皆殺しにしてほしいというものだった。
元々黒田は所有資格の無いものに銃を流したり、規制された品物を密売したりと裏の稼業にも手を出している男だった。その恩恵は勿論レイ達も受けている。そしてデザイア・カルテルも彼の客の一人だった。
「ただのチンピラの集まりと思って旧式のカラシニコフを五十丁売ったんだ。相場より高く売れたし、儲け儲けと思ってたけど、彼らがその銃でハンターを殺したってのがマズい。しかもそのハンターがドルシアの所属だったってのがさらにマズい」
ドルシアとは序列三位のハンター事務所なのだが、所属ハンターの素行の悪さがとにかくひどいことで有名な事務所だ。所員から賞金首が出ることも多く、ハンターへの風評被害の九割はこいつらが生み出していると言われている。
「デザイア・カルテルが捕まった時に、誰から銃を買ったか漏れると非常にマズいんだ。警察に知られるくらいならいいけど、ドルシアの連中にバレたらどんな仕返しをされるか分かったもんじゃない」
本来殺しの依頼は事務所的にNGなのだが、黒田には装備の調達で何度も世話になったという経緯がある為、レイは仕方なく受けることにしたのだ。
その後は情報屋を通して集めたデザイア・カルテルの犯罪の記録をスポンサー会社に匿名で送り、生死問わずの値段まで釣り上げて独占権を購入という流れだ。
正直レイがやってることはインサイダー取引に近いが、コウはあえて何も言わないことにした。
「――まず取引を装い、中央の建物まで入る。ここを制圧出来るかどうかが作戦の成否に関わるな。ここの二階からはキャンプ場全体を見渡せる。あとは持ち込んだロケットランチャーやグレネードで船や車を破壊して逃げ場を奪う。その後は残った敵を殲滅していく。これで仕舞いだ」
「おっさん、簡単に言ってるけど、割と行き当たりばったりな作戦じゃね?」
「……準備期間からしてこれしか作戦が無い。それに内側から突然敵がわくというのは対処が難しいから案外効くものだぞ。あとはいかに敵に冷静さを取り戻させないかが大事だ」
「……あの、レイちゃん。僕は銃撃戦は苦手なんだけど」
黒田が恐る恐ると言った様子で片手をあげる。レイは地図を畳みながら黒田に向き直る。
「安心しろ。お前を戦力としてカウントしていない。積み荷を降ろしたらそのままトラックを走らせてキャンプ場から離れろ。その後は山の入口で待機だ。一時間待っても俺達が降りてこなければ、そのまま帰っていい」
レイの言葉に、黒田は不安そうな顔を浮かべる。
「え、大丈夫だよね? デザイア・カルテル殲滅に失敗したら、僕も報復の対象だよね? 本末転倒じゃない?」
「まぁ、そうなるな。急いで身を隠すしかあるまい」
レイは鼻を鳴らしながら肩をすくめる。黒田はますます不安そうに顔を曇らせた。
「よし、準備は出来たな? 黒田、車を運転しろ」
そう言ってレイはトラックの助手席に乗り込んだ。黒田はなおも不安そうな顔をしていたが黙って運転席に乗り込む。
「あれ、俺は? 今気づいたらこのトラック二人乗りじゃねえか」
二人が乗り込んだところでコウは声を上げる。レイはコウを一瞥した後、荷台の方を親指で指し示した。
「後ろだ。さっさと乗れ。途中止められないように上からシートを被れよ」
「……おっさん、分かっててさっさと助手席占領しやがったな」
コウは顔をひきつらせ、唸るような声を上げながら荷台に飛び乗った。