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Lawless Hunter 因縁の螺旋  作者: 佐久謙一
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***



 都内から少し外れたその場所は、大通りを中心に路地が放射状に広がっていた。人通りは無く、電気の入っていない電光掲示板がぽつぽつと並んでおり、昼間は通りそのものが寝静まっているかのようだった。

 アメリアは無言でその路地を歩いていた。右へ左へと迷路のような路地を迷いなく進んでいく。そうして五分ほど歩いたところで目の前に目的の建物が見えてきた。

 そこは小さな酒屋だった。ガラスドアを押して薄暗い店内に入り、所狭しと並んだ酒瓶を見渡す。

「大山、いるんでしょ?」

 アメリアが声を上げる。しばらくの間、何の反応も返ってこなかったが、やがて店の奥からごそごそと音が聞こえ、一人の男が姿を現した。

 その男は髪も髭も伸びっぱなしの薄汚い顔をしていた。中肉中背でよれよれのトレーナーの上下を身に着けており、ダメな中年をそのまま絵に描いたような男だった。彼こそがアメリアが個人で雇っている情報屋なのだ。

「カランカラン、ようこそ、姐さん。俺のサビれた酒屋に美しい女神がやってきた」

 大山は両手を広げ、芝居がかった口調で言った。アメリアは不快そうに顔を歪める。

「姐さんはやめなさいって言ってるでしょ。ヤクザの情婦じゃないんだから」

「それじゃあ姐さんも俺の事はビッグマウンテンって呼んでくれよ。舌を絡めてねっとりとした口調でな。それが俺の通り名なんだ」

「あんたなんかピッグで十分よ。それより頼んでた情報は?」

「相変わらず氷みたいに冷たい言葉を言うね。興奮してきた。ほら、こいつだ」

 大山は手に持っていた封筒を差し出す。だがアメリアがそれを受け取ろうと手を伸ばしたところで、すっと手を引き、封筒を遠ざけた。

「…………」

 アメリアが無言で大山を睨む。大山はにこっと笑みを浮かべながら口を開いた。

「電話で言った通り、こいつの情報を集めるのは骨が折れたんだ。いつもみたいにその辺の通りを歩いて手に入るような代物じゃない。過程を脚本に書けばなかなか良いスペクタクル巨編になるんじゃないかと思う。つまり、いつもの料金じゃちょっと物足りないってことだ」

「……中身を見て判断してあげるわ」

 アメリアはそう言って、大山から封筒を取り上げた。

 中の書類はレイとコウの情報だった。出身地からこれまでの来歴などが事細かに載っていた。

「コウ――本名『斉城幸壱』。随分と凝った漢字使ってるわね。ふーん、カタギからのハンター職へ転向。面白い経歴してるけど、今はこいつの情報はどうでもいいわ」

 アメリアは早々にコウの書類を放り、レイの情報に目を通す。

「柏木礼司、通称レイ。ハッキングと狙撃のスペシャリスト。傭兵からフリーの殺し屋、そしてチャイニーズマフィアの幹部。日本でバウンティ法が設立されると共にハンターへ転向。小さな事務所で三年勤務した後に独立し、柏木ハンター事務所を設立。なるほど、ソロでずっと序列二位を維持してたから普通の奴じゃないとは思っていたけど、とんでもない男ね」

「何よりその男が雇ってる情報屋もヤバい奴なのさ」

 大山は肩をすくめながら言葉を続ける。

「まず正体が不明だ。そして噂では政府機関が使ってるエックスキースコアに近い物を持っているらしい。それくらい情報収集能力がイカれてる野郎だ。今回バッティングした賞金首の位置を一時間もかけずに割り出したのもこいつの仕事だ」

「へぇ、あんたでも全く分からなかった奴の位置をそんなに早く?」

 アメリアの嫌みに大山は小さく唸る。

「姐さんには分からないかもしれないが、こいつはヤバいのベクトルが違うんだよ。例えばこの情報屋を調べようと適当にAIチャットとお喋りを始めたとしよう。すると一分と経たずに『何の用だ?』と個人のスマホにSMSが飛んでくる。そういうレベルなんだよ」

「……よく分からないけど、とりあえずなんかすごいってのは分かったわ」

「今回の情報も上手く身元を隠しながら収集したことがどれだけ大変か分かったかい?」

「分かったわよ。報酬はどれくらい欲しいわけ?」

 アメリアがため息混じりに言うと、大山は口元をニヤつかせた。

「そうだな。今度姐さんが一緒に食事でもしてくれるってのはどうだ?」

「は?」

 大山の言葉に、アメリアは呆れたように鼻を鳴らす。

「あんた、私の隣に立てるレベルだとでも思ってるの?」

「ひでえ言い草だ。確かに今は引きごもり気味だからこんなんだが、俺だってちゃんとすればブラピくらいの見た目になるんだぜ? 二人っきりが嫌だって言うなら妹ちゃんも誘えばいい」

「ふざけないで。あんたの視界に入れたらそれだけで妹が汚れるわ」

 アメリアはそう言うと、小切手に雑に数字を書き込み、大山に投げつけるようにして放った。

「はい、これが今回の報酬。いつもの三倍よ。それで十分でしょ」

「……そんなに俺と飯食うのが嫌なのか。さすがにちょっと傷付くぜ」

 大山は足元に落ちた小切手を見つめ、不満そうにブツブツと呟く。

「なんか文句ある?」

「無いですママ」

 大山は小切手をポケットに仕舞うと、ため息混じりに肩をすくめた。

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