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「――私のヤりたいようにヤらせてベイビー。これだけは分かる。楽しいって。心開いて腕を広げて。ほら行くよ。私を振り回してベイビー。レコードみたいにぐるぐるぐるぐる」
小鳥の囀りと穏やかな風が吹く静かな住宅街の中、小声で歌を口ずさみながら自転車を走らせる女性がいた。年は十代から二十代の間だろうか。髪はショートヘアで透き通るような美しい銀色をしていた。整った顔立ちと前髪から覗くブルーの瞳も相まって、彼女を見た大半の男は思わず見惚れてしまうだろう。だが彼女の服装は黒いデニムジャケットにジーンズと、その容姿に不釣り合いなほど地味な格好だった。
『アリシア、随分古い歌を歌ってるわね』
「うん、昨日映画で流れてたの」
アリシアと呼ばれた女性はそう呟きながら自分の耳元に手を持っていく。そこにはインカムが取り付けられており、通話相手の声が流れてくる。
『どんな映画?』
「人がいっぱい撃ち殺される映画」
『あんたが見るものそんなのばっかりね』
「今度一緒に見ようよ、お姉ちゃん。面白そうなの見つけたの」
『サメとゾンビが出る奴はパス』
「ハズレ。女囚映画だよ」
『……あれAV代わりに見るものなんじゃないの? 私的にはサメ映画なんかと同じ分類なんだけど』
「もう一緒にしないでよ。ツーヘッド女囚なんて無いから」
『何言ってんの?』
「そういえばこの前、サメと女囚が戦う映画を見かけたような」
『いらないわよそんな情報。そういう殺伐としたものは十分よ』
インカムからため息が漏れる。
『現実で散々人を撃ち殺してるんだから』
インカムの呟きに、アリシアは小さく微笑む。
「逆にリアルを知ってるからより楽しめるってない?」
『あんたいつからそんなサイコ染みたこと言うようになったの』
「別に殺しが楽しいって話じゃなくて、悪い奴を撃ち殺すのが楽しいってやつで――」
『もういいから、仕事に集中しなさい』
アリシアの言葉を遮り、インカムからの声は続く。
『ターゲットはその先のマンションの三階五号室。カーテンを閉め切っていて中の様子は見えないわ。ずっと一緒につるんでる仲間が三人いるから、おそらく護衛として中にいるでしょう』
「出前を頼んだのもそいつらの誰かかな?」
そう言って、アリシアは自転車の荷台をチラリと見る。そこにはデリバリー用のバッグが紐で固定されていた。
『えぇ。そこのフードデリバリーの会社がうちと付き合いあって助かったわ。やっとあいつの居場所が特定できたもの』
「まさか一人の賞金首にこんなに時間取られるなんてねぇ。もう大変だったわ」
アリシアは小さくため息を吐きながら、前方に見えてきたマンションを見据える。
そう彼女らの目的はそこに潜む賞金首。彼女たちは賞金稼ぎなのだ。
作戦はいたって単純。アリシアがバイトの振りをして殴り込み、それを姉がサポートするといった具合だ。
「着いたわ」
目標のマンションの前に自転車を止めたアリシアは、バッグを担いで中に入っていく。
『くれぐれもハンターと悟られないようにね』
「はいはい分かってるって」
アリシアは再びため息を吐きつつ、インターホンのボタンを押す。
「お食事お持ちしました~」
明るい声で話しかける。だが返事は無い。ふと視線を感じ、見上げるとマンションの外に面した廊下からこちらを覗き込んでいる男と目が合った。男のいる場所は目標の三階五号室付近だ。
アリシアは男に向かって、にこっと微笑む。男は特にリアクションせずに顔を引っ込め、そして返事とばかりに玄関のオートロックが解除された。
「さてさて行きますか」
アリシアはバッグを担ぎ直し、軽快な足取りで階段を上っていく。そして目的の部屋に着いたところで再びインターホンのボタンを押した。すると一瞬の間を置いて玄関の扉が開いた。
現れたのは上下黒のスウェットの男だった。パーマの効いた髪といかにもガラの悪そうな顔をしていた。
アリシアはデリバリーの決まり文句を言おうと口を開く。だが、言葉を発する前に男がアリシアの腕を乱暴につかんだ。
「え!? ちょっ!?」
アリシアは驚きの声を上げながら、部屋の中へ引っ張り込まれた。そして男が手にナイフを持っていることに気付き、顔を強張らせる。
「おっと、騒ぐなよ。安心しろ。何も変なことはしねえ。ちょっと調べるだけだ」
男がナイフを突きつけながら言った。その様子からバレた訳ではなさそうだった。