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死より賜らん傀儡に心を

作者: 炎華 焔

 目を開けると、いつもの天井。窓の外に視線を向けると、朝とは思えない暗さと、窓につく水滴。向こう側に見える紫陽花が雨を受けてキラキラと輝いて見えた。

降られた後の草花の濡れた香りが漂ってきそうな雰囲気の中、今日も試してみる。

 肩までかけられている布団の中、体の様子を窺う。

最初は腕。力は入っても、重く、動かす事も出来ない。次は脚。こっちは力を入れてみても、そもそも、その感覚がない。

やっぱり、ダメなのかな。

空と同じくらいに淀んだ心に音が迫る。

カチ、カチ、カチ、カチ。

部屋の向こう側から聞こえてくる。

 ゼンマイ仕掛けの機械の音みたい。

 音の先に視線をやると、とても美しい女性の姿が目に映る。

 深紅のリボンで束ねられ、肩から垂れるプラチナブロンドに緋色の瞳、桜のように色付く頬と唇。白いシャツに青く輝く長いスカートを翻しながら、こちらへ歩む。

「おはよう。今日はもう起きたのね」

 優しく透明な声に、私は微笑んで返事をする。

「うん、おはよう。なんかね、目が覚めちゃって」

 彼女はカチッと音を立てて、首を曲げると、マーガレットの花みたいに笑う。

「そうなの。じゃあ体、起こすわね」

 布団を腰の位置まで下げ、腕を動かし、腹上へ。彼女の腕が肩の下にするりと入り、カチカチと鳴らしながら、彼女は私の体を起こしていく。背にたっぷりのクッションを置いて、真横に居る彼女が聞いて来る。

「大丈夫? 痛くはない?」

 さらりと一束、金糸のような髪が垂れた。

「大丈夫だよ、痛くないよ」

 そう言って、笑顔を見せた。

 彼女は一歩下がる。ふわりと髪とスカートが揺れた。その瞬間は、絵画に閉じ込めたい程に綺麗なもので、彼女はすぐこちらに朝の日差しの様な視線を落として言う。

「朝食、持ってくるわね」

「うん、ありがとう」

 今日は何が食べられるかな? なんて考えていると、トースト一枚にキラキラの真っ赤なジャム、それと牛乳が出て来た。

 トーストにたっぷりのジャムを乗せて、一口。ぐずぐずに煮込まれた苺が口いっぱいに甘酸っぱさを広げていく。

甘くて、おいしい。

 彼女が一生懸命、私に食べさせてくれるけど、私が食べられるのは、精々半分程度。

 いつも「ごめんね」の気持ちでいっぱいになってしまう。彼女は「大丈夫よ」と言ってくれるけど、それは彼女が人形だから、そう言うだけ。

きっと、彼女が本当の『人』だったら、そうは言ってくれないだろうな。

彼女はナプキンで私の口元を拭う。

「どうしたの? そんなに暗い顔をして」

 緋色の瞳が視界を占領する。

「ううん。何でもない」

 不安そうに見つめて来た彼女に返した言葉。私の見せた顔はどうにも明るくないようで、彼女は悲しげに微笑む。

「そう。食器、片づけて来るわね」

 カチカチ、機械音さえもどこか悲しげに聞こえた。

 私、どんな顔していたのかな。

 窓を見ると、少し引き攣っている顔が映っていた。

 こんな顔、してたんだ。

 窓に映る自分の向こう側に見える紫陽花がポタポタと雨を受け、その内ゆっくりと雫の様に落ちていた雨がシャワーの様に降り注ぎ始める。

 カチカチカチカチ。

 戻ってきた彼女は私を過ぎて、窓の前へ。カチ、外の様子を窺うように片手を窓につけて首を傾げていた。

「カーテン、閉めましょうか?」

カチカチカチ。

こちらをゆっくりと向いた彼女が瞬きをして言った。

私は首を横に振って、彼女に伝える。

「外を見ていたいから、いい。そのままにしておいて」

「分かったわ」

 彼女は音を鳴らしながら、傍に来て、いつものように私の足元に腰かけて、微笑む。

「今日もお話、しましょうか?」

 首をかしげて、嬉しそうな顔を浮かべる彼女。

「うん」

 この時間が一番好き。彼女の話は、いつ聞いても、何度聞いても、何故だか心に残って、離れない。心地の良い物語。

「最初から?」

 聞いてくる彼女に「もちろん」楽しみを抑えきれない幼子のような声を出す。

「いいわ、最初からね」

 彼女は目を瞑り、嬉しそうに、そして静かに話し始める。


 昔々、一人の幼い女の子ととても優しいお父さんが居ました。

 女の子はお父さんが大好きで、お父さんも女の子が大好きでした。

 ですが、お父さんは仕事が忙しく、女の子はいつも寂しい思いをしていました。

 お父さんは、何をしてあげれば女の子が喜ぶのかと考えます。

 色々な所に連れて行ってあげる? 美味しい物を沢山食べさせてあげる? どれをしてみても、女の子の寂しさは消えません。

 そんな時、お父さんは思いつきました。

 そうだ、お友達を作ってあげよう、と。

 そして数か月後、お父さんはプレゼントがあると、女の子にとても大きな人形を贈りました。

 女の子が不思議そうに人形を見ると、今まで目を瞑っていた人形が目を開け、話しかけてきました。

 女の子は大喜び。お父さんにありがとうと言い、お父さんも女の子の様子を見て、とても嬉しそうでした。

 それから、女の子はさみしい思いをする事は減り、とても楽しい日々が過ぎていきました。

 ですが数年後、とても優しかったお父さんは亡くなってしまったのです。

 女の子は何度も何度も泣きました。涙が枯れてしまうほど涙を流して、それでも涙は止まりません。

 女の子は人形と過ごしていく内にゆっくりと立ち直り、また楽しい日々を送れるようになりました。

悲しみが薄れてきた頃、女の子は病にかかってしまい、女の子はまた泣きました。

どんなに腕のいいお医者様に聞いても、治す事が出来ないと言われてしまったからです。

 そして、女の子の体はドンドン腐って行き、その度に体は機械へと変わって行きました。

 最初は右腕、次は左腕。その次は左脚、そして右脚。カチカチと音を鳴らし、動く手脚に女の子は涙を流します。

 機械へ変わって行く女の子を見て、人形は嬉しそうに言いました。

お揃いだ、と。

 女の子は人形ににっこりと笑顔を見せました。

 体の調子を見てもらうために病院に行くと、お医者様はもう病が広がる事は無いだろう、そう言いました。

 ですが、病は女の子の心を蝕み始めました。お医者様は、今度は変えるものが無いと言い、女の子は死を待つのみとなってしまいました。

 その時でした、人形は自分の心を取り出して、お医者様に言います。

「彼女にこの心臓を渡せば、彼女は生きられますか?」

 人形の心を見たお医者様は驚き、こんな見事な機械は初めてだ、そう言って、心を女の子に移しました。

心を失くした人形は動けなくなってしまい、女の子はずっと一緒だった人形も失ってしまった、と泣きました。

 人形の心によって元気になった女の子は、お父さんの部屋で人形をもう一度動かす方法はないかと探します。

 何日も、何ヶ月もかけて、やっとまた人形を動かす方法を見つけ、女の子は人形をゼンマイ仕掛けに作り直しました。

 今までは人形からカチカチと音がする事がありませんでしたが、ゼンマイ仕掛けに直した時になる様になっていたのです。

 ですが、人形も女の子も全く気にしていませんでした。

 お揃い、だね、そう女の子は言いました。人形は嬉しそうににっこりと笑います。

 こうして、女の子は寂しくなくなり、幸せに暮らしていました。


 彼女の話が終わり、口を開く。

「もし、私も同じ様になったら、きっとエミリーを直すだろうな」

 だって、私一人じゃ寂しいもん。

 彼女に言うと、彼女は視線を落として、微笑んだ。

「ありがとう」

 緋色の瞳には何故か寂しさが映っているように思えた。

 どうして? 考えていると、まだ昼前だと言うのに、とてつもない眠気に襲われる。

「あ、どうしてだろう。凄く、眠たい」

 口にすると、彼女は私を横にして、肩まで布団をかけた。

「眠いのなら、もう眠っていいのよ。後でまた起こすわ」

 優しい笑みが返って来る。

 眠ってもいいの? 頭に疑問が浮かんだけど、気に留める事無く眠りに就く。

「おやすみ」


「おやすみ」

 あぁ、眠ってしまった。彼女が、もう眠ってしまった。まだ昼も迎えていないと言うのに。

眼前に見えるのは、漆黒の輝く長く伸びる髪に青白く変わっていく肌。

もう輝く事のない青い瞳をもう一度、その長い睫毛の合間から見せて欲しい。だが、どんなに願っても、もうその瞳が向けられる事は無い。

 どうして。どうして、どうして? どうしてなくしてしまったの? 私と貴女が過ごしてきた日々を。

 メモリーに刻まれているはずの記憶は、何度話しても戻らない。もし、じゃない。確かに彼女に起こった事で、私と彼女の想い出。

 体が動かなくても、見えていた。彼女が一生懸命私を動かそうとする姿。私がまた喋って、動けるようになった時の貴女の涙。

 まだ私にあの心臓が入っていたのなら、きっと私だって泣いていた。涙を流せていた。でも、失ってしまった。

私を動かすたった一つの理由さえも。

この体が動いても、あの時に手に入れた心が動く事は決してない。一度目は失って手に入れられた。けれど、この二度目は、もう手に入れる価値があるモノなんてない。

 冷たい人形へと変わっていく彼女を連れ、憎らしい空を見上げ、燦燦と輝くそれに流れもしない涙を見せる。

 カチカチカチ、カチカチカチ。

 森の奥、種類もばらばらで色とりどりの花畑。

 その真中に花が敷き詰められている、人が二人入るだろうガラスのケースが飾られている。

「もう少しで、ゆっくりと眠れるから。待っていて」

 雨が降り、ぬかるんでいるはずの地面は何故か乾いていて、ケースには水一滴たりともついてはいない。蓋をずらし、彼女を寝かせる。髪を整え、花を持たせる。

 マーガレットの花。彼女に似合う花。

 機械仕掛けの四肢が白いワンピースから出て見える。花で埋め尽くして、見えないようにする事も出来るけれど、それはしない。

『お揃い、か。そうだね、お揃い、だね』

 彼女との想い出を否定するようで、嫌。

私は体温を感じる事など出来ないけれど、鉄の指で彼女の頬を撫でる。

もうゼンマイが巻かれる事は無い。ただゆっくりと朽ちていくだけ。

それなら……私は。

私は彼女の太陽の様な笑顔を見ながら瞼を下した。

「おやすみなさい」

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