8.支持層と現状確認
怒涛の一日をどうにか終え、翌朝。
いつものように自室のベッドで目を覚ましたフリードは、人が起こしにくるまで上半身を起こしてぼーっとする。しばらくすると、ノック音がした。
「おはようございます、殿下」
「おはよう、ミド。今朝は何人?」
「三割増ってとこだな、後で報告書出すわ」
さらりと流れたが、使用人ではなく護衛のミルドランが起こしに来た時点で、襲撃か何かがあったのは明らかだ。もっとも、ここ数年は使用人が起こしに来る方が珍しいが。
ミルドランは手慣れた様子で、朝の準備を手伝う。
「飯はどっちで食う?今日は大食堂を独り占めだぜ」
「あ、そっか……」
いつもは、家族と鉢合わせるのが面倒で、自室か、城に仕える者たちの食堂で食べていた。結局、あの後も監査室の判断で王妃は謹慎させられたままだし、国王と側妃は幽閉が決定して軟禁中だ。現在、王族専用の食堂を使えるのはフリードのみ。
「……じゃあ、そっちで摂ろうかな」
「了解!」
そう答え、食堂で朝食を摂ったはいいものの、広すぎてなんとなく落ち着かない。
あともう一回堪能したらいいかな……と朝食を詰め込む。
「なんともったいない。九代国王陛下、フリーディア女王時代の名建築家バウディの設計で、天井画は巨匠ガルダードですよ。美しいうちに見てやってください」
朝食の話を執務中宰相にこぼすと、そう叱られた。
「ただでさえここ二代ほど、芸術の分からない無骨者しか利用していないのですから」
「じいや?」
「まあ、それはさておき」
「…」
一言多い宰相と無口な将軍は、フリードが眠っている間の状況を説明してくれた。
国王は変わらず壊れたままだそうだ。時々思い出したように暴れたり暴言を吐いたりする以外は、ずっと呆けているらしい。
「…幽閉後、適当なタイミングで処分します」
あっさりと言ってのけた将軍と頷く宰相。ため息を吐く。
(……こうなると、先のことも考えないとな)
「宰相。第二王子派の重鎮を集めてくれ」
午前中は第一王子と第三王子の葬儀の打ち合わせの続きで時間が潰れた。
昼食をとり、シュゼイン公爵を退室させた会議室で、臣下たちを前に切り出す。
「即位後の人事案を固めたい」
ざわり、とさざなみのように動揺が広がった。
「殿下、それは、つまり」
「そういうことだ」
重々しく頷いてみせると、おお、と控えめな歓声が上がった。真っ先に手を挙げたのは宰相だった。
「敵対派閥は一掃なさいますかな?」
「いや……まともに仕事をしている者は残す。目的は国政の正常化だ、執務を滞らせたら意味がない。どうせ人手不足なんだ、小物は放っておけ」
「承りました」
「よくできました」と言わんばかりに微笑む宰相に、苦笑する。
現状は、本当に、酷い。
歳入の半分以上が会計処理をしているうちに行方不明になり。
同盟国へ、鉱国の公的文書の形を取った怪文書やら脅迫状やらが送りつけられ。
民の暮らしを守るための緊急政策の議論が、数年後に見送られ。
かと思えば、特定の一派が私腹を肥やすためだけの法案が、半日で議会を通る。
(勘弁しろぉぉぉ!!)
何故金が消えるんだ、説明しろ。
誰だ、バカな文書に国章を入れるバカ。
緊急の意味は分かっているか。
私腹を肥やすのはいいとしても、せめて国に良い影響を与える範囲にしろ!!
……とまあ、そんな訳で。
どうにか国を守ろうと必死の文官たちが、フリードの主な支持層だった。支持層が軒並み過労死する前に、ことを進めたいところである。
辞書のように分厚い書類の束をどすん、と置いた。
「……というわけで、各部署で行われた・行われている不正と犯人及び黒幕のリスト、その証拠(シュゼイン公爵調べ)がこちら」
「厚みに怒りを感じますね……」
国への忠義故に厳格なシュゼイン公爵。にも関わらず、不正を発見しても発見しても、王家によって不問にされてきたのだ。とっくに堪忍袋の緒が切れていたに違いない。
「やっぱりこいつだったか………」
「あっ、これ証拠集めに苦労してたんですよ」
「……何件か知らない不正がある」
「まあ、粛々と処分したいところなんだが……」
「何か問題でも?」
分厚い書類を配られ、皆口々に感想をこぼす中、フリードは遠い目をした。
「リストに従って公正に処分すると、財務と外務の九割が王城から消えるんだ……」
「そんなにヒデェの!?」
「酷い」
「金庫守」ソラシオ公爵家。
「外交家」タルヴァ公爵家。
代々将軍位に就くシュゼイン公爵家のように、財務大臣はソラシオ公爵が、外務大臣はタルヴァ公爵が代々務めている。違いは、シュゼイン公爵は毎回きっちり下積みから実力で将軍位に這い上がるが、彼らはそうではないことか。
そのせいか、特に財務部の腐敗が酷い。
「分家のルーベンス伯爵ですら日常的に横領の証拠を持ち込んで、『どうにかしてくれ』と泣きつく始末だぞ。どうなってるんだ」
「うちの部署の連中が、ご面倒をおかけしまして……」
財務部の数少ないフリード派のクロッグ財務官がため息を吐いて頭を下げる。とにかく、横領常習犯は見過ごせない。
「人員の補充先に心当たりはあるか?」
「………あー……殿下」
クロッグ財務官がおずおずと答えた。
「……財務部は、ルーベンス伯爵含む、ごく少数のまともな財務官のみで回っておりまして……。九割馘首でも、さほど変わりないかと」
しぃん……と会議室が静まり返る。
「……そこまで腐ってるのか……。分かった、その方針で頼む」
「はい……」
「アレ、自分の母方一族なんだよなあ……」と心底ガッカリしつつ、次を促す。
「外務は?」
「タルヴァ派を一掃すれば、どうにでもなるかと。あちらには愚父がおりますので」
外務部には、宰相の父でユランの祖父、ガラク翁がいる。優秀なガラク侯爵家の前当主らしく、十二言語を流暢に操る、外務部の生き字引きだ。彼は現宰相の前に宰相をしていたが、王の婚約破棄騒動の責任を取りーーー実際には徒労を感じてーーー宰相職を辞した。そのまま隠居しようとしたのをヴァーツェン外務官が引き止め、今日まで外交を支えている。
……無理に引き止めたせいか、最近はいつも「いい加減隠居したい」とぼやいているが。
(……仕事を増やしてすまない……!)
フリードが内心ガラク翁に詫びる一方で、身内の扱いが雑な宰相はさらりとこう進言した。
「とりあえず、うちの分家から使えそうなのを放り込んでおきますかな?しっかりした人員補充は、後ほど行えばよろしい」
「ヴァーツェン外務官、それでいけるか?」
先ほどからずっと俯いて動かないヴァーツェン外務官の様子をそっと窺う。
「……どうにかなる当てがあるなら、もうそれで……」
彼は絞り出すように応えた。
「相談も無しに同盟国に攻撃的な親書を送りつける外務官でなければ、どうとでもなります。いえ、どうとでもしますから……ッ!」
「……な、なんというか……すまん……」
そういえばタルヴァ派の暴走の尻拭いは、主にヴァーツェン外務官の仕事だった。気まずい空気になる会議室。
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