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番外編⑤. 第一王子の矛先

 暗い&長い。苦手な方はご注意ください。

 時系列は、本編開始前のどこか。


 フリード・イクス・アロイジアーーー。


 奴のことが、昔から大嫌いだった。










 王城に仕える者たちから、「武官棟」と呼ばれる建物の奥。

 中庭代わりに広がる訓練場で、鉱国が将軍、クレイドル・ヴァン・シュゼイン公爵は、訓練用の剣をさんっ、と地面に突き立てた。




「…しかるべくして」



 夜そのもののような黒い髪と瞳、そして冷たい美貌から受ける印象に違わぬ静かな声で、淡々と言葉を紡ぐ。



「浮浪者であれ、貴族であれ、陛下であれ、人を殴れば犯罪です」


 理解できますね、と念を押す。


「貴方の性質上、心労が溜まりやすいのは存じております。しかし、手足が出るのはいただけない」


 そう断じると、足元をきろりと睨めつけた。


「どうしても抑えられなくなったら私をお呼びくださいと、先日も申し上げたはずですが?」

「……シュゼイン……!」

 足元に倒れていたその人物は、怨みがましい目で顔を上げる。


「何故貴様は、私に物申す時、剣の稽古に呼び出すのだ……!?」




 アロイジア王家特有の紫がかった銀髪に、サファイアのような青い瞳。

 気の強そうな吊り目は母である王妃似、頑固そうなしっかりした鼻梁は国王似。




 第一王子、フランツ・マルクス・アロイジアは、訓練場の地面に這いつくばったまま、唸るようにぼやいた。


「毎度毎度ボコボコにしおって……いい加減、不敬に問うてやっても良いのだぞ!?」

「…できるものならば、どうぞ」

「……〜〜ッ!!」

 平坦な声と表情でバッサリ切り捨てる。フランツは苦虫を噛み潰したような顔をすると、言葉にならない怒声を上げてどかどかと地面を殴った。


 ため息を吐いたシュゼイン公爵は、ピッ、と剣で宙を払う。


「…貴方は、叩きのめされた後でないと他人の話を聞かないでしょう。…自業自得です」

 生まれた時から見ている子どもだ、そのくらいは分かる。二人のやりとりに、訓練場の見張りをしていた武官たちが、居心地悪そうに体を揺らした。




「そもそも!私を侮辱した愚か者を殴った程度、何が悪い!!」


 唐突に叫んだフランツは、バネのように立ち上がり、横薙ぎに剣を振るった。

「伯爵令息の分際で!この私を!『この程度もできぬ間抜けだ』と嗤ったのだ!!」

 中段で受け、軽く弾く。渾身の一撃を軽くあしらわれたフランツは、ぎり、と歯軋りした。

「あんな……あんなつまらん書類のミスで!陰湿な!下々を躾けるのも、王族の務めだろうが!!」

「……そう、言われたのですか?トロヴァン伯爵令息に?」

 シュゼイン公爵が問いかけると、躊躇うことなく断言する。



「あれは、そういう顔だ!!」



「……」


 シュゼイン公爵は片手で剣を構えたまま、無言でこめかみを人差し指でなぞった。



 そんなシュゼイン公爵の様子を尻目に、苛立った様子で地団駄を踏むフランツ。

「あああ、クソ!クソ!!どいつもこいつも私を愚弄しおって!!側近どもも!使用人も!ソラシオも、ウォレスも!」

 叫びながら、めちゃくちゃに打ち込んできた。一旦会話を諦めて、応戦する。



「特にタルヴァだ!あの無礼者ども!!」

 怒りのこもった横薙ぎが叩きつけられた。後退して距離を取る。



「連中がこちらを見るあの目!! まるで、何もかも全て王家のせいだとでも言いたげだ!!」


 第一王子フランツとその婚約者・タルヴァ公爵令嬢の仲は、お世辞にも良いとは言えない。

 タルヴァ公爵令嬢は、いかにも「タルヴァ家の令嬢」という女性だ。父親そっくりの冷めた笑顔でこちらを拒絶し、裏で声高にフランツや王家への悪意を撒き散らす。フランツもフランツで、神経質で怒りの制御が苦手。しかも、悪意や敵意の感知能力もかなり高いときた。令嬢やタルヴァ公爵家との相性は、最悪だ。


 そもそもタルヴァ公爵家は、先の婚約破棄より前から、王家を軽んじている節があった。それに加えて王家の仕打ち。家族を殺された恨みも加わり、両家の関係改善はもはや絶望的と言っても過言ではない。

 後者に関してはどう足掻いても王家が悪いが、それでも、フランツ個人には無関係の話である。


「ソラシオもソラシオだ!ことあるごとに、金、金、金、カネと!!」

 一通りタルヴァ家への怒りをぶちまけたフランツが、だんっ、と地面が抉れそうなほど強く踏み込み、懐に飛び込んだ。鋭い突きの連打。

「いくらあれば気が済むんだ、俗物め!いっそのこと造幣局にでも住め!!」

 視界の端で見張りをしていた部下が「ぶっ」と吹き出しそうになった。軽く睨み、牽制する。



 その後も、しばらく剣を交わし、ようやく息が切れてきたらしい。一度動きを止め、ふー……と長く息を吐いた。

「………タルヴァとソラシオは、私が王になるための踏み台だ。実際の国政には、まともで有能な連中を揃える。当然だ」

 そう言うと、再び剣を構える。シュゼイン公爵もそれに応じて構えた。


 キン、と互いの剣がぶつかり合って、かろやかな音を立てた。


「大体なんだ?蛮族とは言え、同盟国へ侵攻など……国際的信頼をドブにでも捨てる気か? 適当に話を合わせるにしても、限度があるぞ」

「…表面上であっても、殿下が賛同しているとやりづらいのですが」

「どうせ、フリードと宰相一派が止めるだろう? なに、私が即位すれば、すぐにでも白紙にしてやる」


 先ほどとは打って変わり、理性的な剣だ。刃を合わせる程度に軽くいなす。


「財務はあの平民かルーベンスとして……後ろ盾は貴様で問題なかろう。貴様としても、文官側にパイプができるのは悪くないはずだ」

「…」


 ……癇癪さえ落ち着いてしまえば、聡明な男なのだ。やや腹黒いが……まあ、仕方がない。


「外務大臣には、ガラクの爺のお気に入りを呼び戻し据える。ガラクを手放すのは惜しい。手塩にかけた教え子が後釜なのだ、悪い気はせんだろう」

「…その場合、殿下の御婚約者は?」

 共和国への侵攻を取りやめ、タルヴァ公爵家を切るのであれば、婚約を続ける意味はあまりない。軽く距離を取ってそう口にすると、フランツはわずかに視線を斜め下に逸らした。

「……奴には、二つ下に妹がいたはずだ。才女と名高い……あれでいい」

「……妹……ああ」

 記憶を辿ったシュゼイン公爵は、ひとつ、頷いた。




「…素性を隠して告白した殿下を、完膚なきまでに木っ端微塵に粉砕した、伯爵令嬢ですか」


「それは思い出さんで良いッ!!」




 剣を地面に叩きつける。



 彼女は、フランツが学園時代に出会った令嬢だった。静かな灰色の目に、烈火の如き闘志と凍るような理性と知性を併せ持つ娘。

 格上相手でも臆さずはきはき意見を述べる姿は、さぞ新鮮に映っただろう。諦めきれない気持ちも、分からなくはない。



 政略的にも旨味があるとなれば、なおさらに。真っ赤な顔で必死に弁明するフランツ。

「条件に合っていたから名を出したまでだ!おい!聞いているのか!!」

 しかしシュゼイン公爵は、それをなんともいえない目で見ると、ぼそりと呟いた。


「……もしそうなっても、彼女が殿下の望む感情を殿下に向ける可能性は、限りなくゼロに近いかと……」

「そんなことはない!」

 すぐさま反応したフランツは、悲鳴のような声で叫ぶ。

「今まで以上に功績を上げ、私の優秀さを目の当たりにすればきっと………! ……いや違う!何を言っているのだ、貴様は!!」


 慌てて言い繕うも、シュゼイン公爵の目は変わらない。そもそも、フランツがフラれたのは、彼自身の言動が理由だったはずだ。それを「功績が……」などと宣っている時点で、もう無理だとしか言いようがない。

 フランツが王族でなければ、大衆小説よろしく、平手の一撃で再度フラれて、終わりだろう。いや、たとえ王族相手でも、容赦なくぶん殴りそうな娘ではあるが。

 内心、ため息を吐く。

(……私が上手く立ち回らねば……)


 フランツが王位を継いだ場合すべきことに、「フランツの令嬢絡みの暴走を止める」を密かに追加するシュゼイン公爵である。




「…しかし、ガラクとの繋がりを保つのであれば、第二王子殿下との和解は必須です」

 剣を拾い上げようとした手が、ピタリと止まった。構わず続ける。

「…あれらは、不退転の覚悟でフリード殿下を推しております故」




 フランツの同母の弟、フリード。


 何をやらせても優秀なフランツとは対照的に、能力は王族として及第点程度。近年の王家では珍しい、落ち着いた色の髪と瞳。愚王とよく似た顔立ちを疎む者もいる。

 しかし、その穏やかな性格と面倒見の良さから、人望に厚い。人として、また為政者として正しく誠実であり、交渉や揉め事の仲裁にも長けている。


 フランツが清濁の「濁」寄りならば、こちらは「清」寄り。あらゆる意味で対極にいる王子だ。




(…そういう、自分達に無い要素を好んだのだろうな。ガラクは)

 今はフリードの方針もあって鳴りを潜めているが、ガラクは本来、フランツなど可愛く見えるほど苛烈で、プライドが高い一族だ。自らが認めた主以外に、素直に従うはずがない。あえて言及はしないが、あれは、豊かな自領を抱えて、独立するところまで考えに入れている気配がある。

 もちろん、その時彼らが掲げるであろう王は、フリードだ。

「フリード……」

 虚ろに呟いた次の瞬間、フランツがきっと顔を上げた。



「フリード!奴は、奴だけは許さん!!」



「何をとっても私に劣る分際で、ヘラヘラヘラヘラと!王族の威厳の欠片もない!!」


 目の血走った様は、悪鬼そのもの。狂ったように叫ぶ。


「グライドもだ!! 王族の義務を果たさず、のんきにぬくぬくと! 血税を食い潰す愚か者が!!」

 そう叫びながら、何度も、何度も、がむしゃらに剣を地面に振り下ろす。



「奴らの全てを奪い取り、地に這いつくばらせ、絶望のどん底に叩き込むまでは!我が心が休まる日など、訪れぬのだ!!」


「…殿下」



 口を開いたその瞬間、シュゼイン公爵ははっと入り口の方を振り返った。わずかに眉根を寄せ、忌々しげに呟く。

「……チッ、もう来たか」

 直後。

「シュゼインッ!!」



 甲高いその声に、フランツがびくりと身を震わせた。



 声の主は、艶消ししたような落ち着いた金髪の女。ズカズカと無遠慮に訓練場に足を踏み入れた王妃は、憤怒の表情を隠さず怒鳴った。

「何をしているの!!」

「…第一王子殿下に、剣の稽古をつけておりました」

 対して、いつも通りの無表情で剣を腰に戻すシュゼイン公爵。それが気に食わなかったのか、王妃は金切り声を上げる。

「やり過ぎではないの!?フランツの麗しい顔に、擦り傷ができているわ!」

「…殿下は優れた剣の使い手でありますれば。…半端な手加減では、殿下の成長に繋がりません」

 静かに反論すると、ぐしゃりと顔を歪める。その矛先は、フランツへ向いた。

「フランツ!お前は王になる大事な身なのよ!?」

「……申し訳ありません」

 感情を殺した声で頭を下げるフランツ。シュゼイン公爵は、ぴくりと眉尻を上げた。

「…恐れながら、王妃陛下。王太子位は未だ空位でございます」

「だから何!? フランツ以外に王に相応しい者などいないのよ!!」


「…第二王子殿下も、第三王子殿下もいらっしゃいます」

「あんな気持ち悪い子と、頭空っぽの平民混じりが、王になれるはずがないじゃない」

 フン、と鼻で笑う。

「次の王はフランツよ。二公爵家の支持と高貴な血筋、王家の色に、優秀な頭脳と武勇、強いリーダーシップ! 全てを併せ持つこの子だからこそ務まるの!ね、フランツ。そうよね?」


「…………………………はい、母上」



 すると、王妃は一転、上機嫌になって、フランツを抱きしめた。

「良い子!フリードとは大違い! 貴方はお母様の自慢よ」

「……はは……もちろんです……。私は、優秀、ですから……」



 先ほどまで暴れ回っていたとは思えぬほど、血の気の引いた顔。


 青い瞳はどこか虚ろだが、王妃が気がつく様子はない。



「早く王になって、お母様をあの愚物から解放してね」

「はい、母上……」



「うふふ、絶対よ。さ、傷の手当てをしましょうね。痕でも残ったら、大変だわ」

 るんるんと音がしそうなほど機嫌良く踵を返す王妃。後をついて行こうとしたフランツに、声をかける。

「……殿下。……最初の話題は、覚えていらっしゃいますね?」

「……慰謝料でも払えばいいんだろう」

「……まあ、良いでしょう」

 気不味そうな目からして、恐らく反省はしている。頷いたシュゼイン公爵は、フランツにしか聞こえないほど小さく、本当に小さく囁いた。



「………その道は、お辛いと思いますよ」


「ッ。……失礼する」



 訓練場から出ていく母子の背中を見つめるシュゼイン公爵は、ちっと小さく舌打ちした。


「…………毒婦めが」



◆     ◆     ◆     ◆



 武官棟を出たフランツは、王妃に連れられて、彼女の自室に足を踏み入れた。

 救急箱を持ってきた侍女を下げ、頰に手を当ててぼやく王妃。

「それにしても、シュゼインには困ったものね。剣聖だからといって、政治に口出しばかりして……」

 そう言いながら、救急箱の蓋に手をかける。

「フランツが王になったら、すぐに領地に帰してしまいましょう。武人なら武人らしく、命令通りに剣だけ振っていれば良いのだわ。それと……」

「……母上」

 いつも通り勝手な妄想を語る母を遮り、声をかける。

「もし、私が……王になりたくない、と言ったら……」



「ーーーは?」



 刹那。




 王妃の顔が、悪鬼のように歪んだ。




「何を馬鹿なこと言ってるの!」

「っ」


 そう叫ぶやいなや、救急箱を掴んで投げつける。

 咄嗟に身を強張らせるも、非力な王妃の腕で投げられた救急箱は、フランツの手前の床に落ちた。


 中に入っていた薬品や手当ての道具が、神経に爪を立てるような音を立てて、床にぶち撒けられる。



「お前は王になるんでしょう!! お母様をこの国で一番幸せな女にするために生まれてきたんでしょう!! わたくしの期待を裏切るというの!?あの気持ち悪いフリードのように!!」




 母お気に入りのカップ、ソーサー、お気に入りのガラス細工、フランツが誕生日に贈ったペン……。手元の物を片っ端から掴んでは、投げつける。


「王になれないお前に、一体何の価値があると言うの!? ならばいっそ死ね!死ねェ!!」

「き、聞いただけです!王になりたくないなどとそんなこと、あるはずがありません!!」

「……あらそう?」

 ぴた……と王妃が動きを止めた。


 先ほどまでの凶行など嘘のような、たおやかな声と表情。


 わずかに引き攣った笑みを浮かべながら、控えめに頷いた。

「もちろんです。………私は愚弟どもを退け、愚王を廃し、母上を国一番の女性にするのですから」

「うふふ、そうよね。いやあね、驚いちゃったじゃない」

 わずかに乱れた髪を美しい所作で直しながら、歩み寄る王妃。

「フランツはあの子と違って、母親想いの優しい子だもの。そんなこと、言うはずないものね?」

 念を押すようにそう告げると、壊れ物に触れるかのようにそっと、フランツの首に腕を回して抱きしめた。

「可愛いフランツ、早く……お母様を、国母にしてね……?」

「……はい」




 知っている。



 母が愛しているのは、「王の母になる『自分』」だ。



 フリードでもなければ、フランツでもない。




(……もしも)


 もしもフリードが、「王になりたくない」といえば、どうなるだろう。


 突然の予定変更に、周囲は怒って、呆れ果てて。


 しかし結局は「しかたないな」と許してくれるのではないだろうか。普段フリードが周囲に向けているような、ふぬけた笑顔で。




(……ずるい)



 フリードは、なんでも持っている。



 実の母のように愛情深い乳母。


 父のような厳しくも優しい剣の師。


 心許せる乳兄弟、いつもそばで諫め支えてくれる友。


 導いてくれる大人、利害抜きで慕ってくれる配下、全部、全部、全部!!





 同母の兄弟なのに!自分の方が遥かに優秀なのに!何故、何故フリードだけ!!







(これ以上……良い思いをさせてたまるか)



 甘ったるい香水の香りの中、フランツは静かに目を閉じた。


 本当に、剣を、向けるべきだったのは。



 シュゼイン公爵は、中立の誓いを立てているからこそ、派閥のしがらみ無しに三王子に接することができました。しかし中立の誓いを立てているからこそ、彼らを後ろ盾から引き離すことは難しいです。


 思えば、第一王子メインの話は書いていなかったなーと思って書きました。蛇足だったかもしれませんが、彼には彼の主張があったと思うので。

お読みいただき、ありがとうございました!

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