御礼SS 3.俺はスコット
「チャレンジングなバカタレ」こと、スコットくん視点です。
フリード即位前から始まります。
我が国には、三人の王子がいる。
あらゆる意味で言動がド派手な第一王子。
鉱国で三指に入る美男の第三王子。
で、第二王子だ。
王妃と同じ落ち着いた金髪に、黄色味が強いヘーゼルの目。顔はあのクソの国王似……とよく言われているが、あまりそうは見えない。表情がまるで違うせいか?とりあえず印象が薄い。
執務能力は、王族としてまあ普通。普段は執務の傍ら、臣下同士の揉め事を仲裁したり、マイペースな臣下の暴走を止めたり、王家のバカを謝罪したり。
悪い人じゃないんだけどな、どうにも王族らしくないというか、パッとしない。
にも関わらず、城の一部から異様に人気が高い。
上下の二人なら、分かる。良くも悪くも、次から次へと仕出かしてくれるから、仕え甲斐がありそう。
側に侍るのはゴメンだけどな!傲慢な癇癪持ちと我儘小僧なんて、ロクなもんじゃねーわ。
なのに文官たちは、何かと第二王子を頼る。第二王子より優秀な奴らもだ。
暗部からの人気も異様に高い。同期のアリーズとロートスなんかは、第二王子に呼ばれると、他の仕事を放り出して行ってしまう。
なんでだ?
「他人の尻拭いばっかで、楽しくねーじゃねえかよぉぉぉ〜!!」
「スコット、うるさい」
「へぶ」
ベッドの上で転がり回っていたら、向かいのベッドのエリオットに叱られた。ほぼ同時に飛んでくるタオル。
顔を覆ったそれを剥ぎ取り、エリオットのベッドに投げ入れる。エリオットは上半身を起こして本を読んでいた。
「エリオットはどう思う?」
「何が」
「今の陛下」
そう、なんだかんだ色々あって、先日、その第二王子が王位に就いたのだ。
舞台裏で何があったかは気になるが、さすがに寿命を縮める気はない。表向きに発表された内容を、素直に信じておくとしよう。どうせもう三十年もすれば、誰かがどっかに書くだろうし。
本のページをぺらりとめくる。
「お前みたいなどうしようもない連中がいても、国が回るよう尽力してくださる、得難い方。国に必要な御仁」
「なんだよ、お前も陛下信者?」
すると、エリオットはここで初めてこちらを振り向き、青い目を眇めた。
「……お前、軍部と資源部と衛生部と工務部全てを納得させつつ、財務部が許容できる範囲で十分な予算を組ませ、法務部と監査室から文句が出ないように、宰相室と外務部が求める成果を上げられるのか?」
遠回しに「黙れ」って言われてんのかな?
「無理に決まってんだろ」
「あの方は出来る。多大なる時間と労力と引き換えにはなるが」
……流石にギャグだろ?
だってそれ、関係者全員ととことん話し合って、解決法を探して、上手いこと橋渡しできるって意味だろう。話し合える関係性があることが前提のもとで、だ。
そんな思いでじっと見ていると、エリオットは読んでいた本をぱたりと閉じた。
「個の能力は平凡でも、何をするにも誠実で、人望のある、良い王だ。あの癖者連中をまとめられるだけで、価値がある」
「まあ、確かに」
実力と人柄を兼ね備えたドリームメンバーではあるが、どいつもこいつも癖が強い。全員揃えるとか正気か?って思ったけど、意外とちゃんと回っている。
うーん、でもなあ……。
それでも首を傾げる俺に、エリオットは苦言を呈した。
「『理想の王』など、突き詰めればキリがないぞ。そもそも、かの方以外を王に立てるのであれば、どう足掻いても血が流れる。そうまでしてすげ替える意味を感じない」
「自分の子孫のせいで潰れるんなら、国父陛下も諦めてくださるさ」
そう答えた瞬間、頬に鋭い痛みが走る。恐る恐る後ろの壁を見ると、ナイフが刺さっていた。
振り返ると、悪鬼のような顔をしたエリオットと目が合った。
「…………彷徨う我らに安住の地を与えてくださった国父陛下への御恩を、何だと思っている……?こうして温かな床で休めるのも腹を満たすことができるのも穏やかに日々を過ごせるのも全て我らが父祖たる国父陛下のおかげなのだぞ……?ならばその意を汲みかの方が愛した国と民を守らんとするのが我らの」
「そうだよな、ごめん!!」
アカン、エリオットは生粋の国父陛下信者だった。目が怖い、というかヤバイ。
呪詛のような声に、慌てて謝る。
エリオットだと、いまいち陛下の魅力とやらが分からなかったので、件の同期二人に聞いてみた。
「陛下って、何が良いの?」
すこーんと俺の頭にチョップを落としてきたロートスは、こう答えた。
「意外と容赦がないところ」と。
確かに、鉈を振りかざす時は容赦がない。
陛下の即位前後で、王城がずいぶん「綺麗に」なった。
「王妃」というどでかい枷で繋ぎ止められていた監査室とガラク一族は、お預けを食らっていた犬みたいに阿呆どもを食い散らかした。この結果は分かっていただろうに、にこやかに「よし」を出したあの人は、なかなかにえぐい。
とはいえ、多少血が流れても天誅を、という気はないらしい。多少内戦で荒れても、将軍と俺たちがついているのに、お優しいことだ。
……静か過ぎるほどの静観は、怖いといえば怖いけど。
一方で、アリーズの方の理由は、分かりやすかった。
「影一人一人を労ってくださることかなあ」
確かに、名前を呼ばれた時は、心底驚いた。
影を道具だと思っている輩は多い。シュゼイン一族は大事にしてくれるけど、それ以外じゃそもそも人間だと認識されているかも怪しい。影なんてそんなもんだ。
なのに陛下は、顔を半分隠した状態でも個人をきちんと見分け、一度しか教えていない名前を正確に呼び、褒める。
俺たちみたいな下っ端が、王族……王直々に名指しでお褒めの言葉を賜ったなんて、一生自慢できるエピソードだ。そう思うと、つまんねえ仕事も、ちょっとは楽しくなるな。
「もうちょい真面目に仕事しようかな〜」
「普段からそうしろよ」
なんてのんきに過ごしていたら、とんでもないことが起きた。
御屋形様が、戴冠式でフリード陛下を「国父陛下の正当なる後継者」であると宣言したのだ。
「国父陛下の正当なる後継者」という言葉は、俺たち吸血族には特別な意味を持つ。
ガラクとシュゼインが認めた、国父陛下の思想を継ぐ王であるということと、もう一つ。
吸血族のことを知ってなお受け入れた、という意味。
当然、吸血族の間では、激震が走った。
「我らを民として認めてくださったということか?」
「なんと懐深いのか……!」
「自分も不老長寿、いずれは不老不死になれるとでも思ってるんじゃないのか」
「せっかくお付きに選ばれたのに、正体を知られたら気味悪がられるかも……」
「そのうち、吸血鬼狩りに売られるんじゃないだろうな……」
普段は「御屋形様万歳」の連中も、こればっかりは警戒しきりだ。「陛下万歳」のメンツも、反応は真っ二つ。
そりゃそうだ。俺たちは、化け物だ。
外見は、ほとんど人と変わらない。心も。
だが夜闇に赤く光る目も、まるで構造の違う歯も、老いない身体も、他人種にとっては酷く不気味なものらしい。
ああ、一番はアレか。固形物が食えないから、肉の代わりに血を啜ることか。一族の名前の由来だもんな。
だが餓死寸前とかならまだしも、衣食住に困っていない以上、そんなことはまずしない。ちょっと市場に出れば、血よりも美味くて、楽に手に入って、栄養の摂れるものなんて、たくさんある。固形物でも食べられるようにできる調理法だって、たくさん。
……まあ、他人種にそんな事情なんぞ、伝わるはずがない。迫害に遭って家族や故郷を失ったなんて話、掃いて捨てるほど聞く。俺自身は違うが、俺の父親も知り合いの人間に吸血鬼狩りに売られて、シュゼイン領に逃げてきた人だ。
信じた結果裏切られるのは、恐ろしい。
あれから、三ヶ月が経った。
意外なことに、俺たちの暮らしは何も変わらなかった。いや、吸血族のことを明かせない以外は平穏無事に過ごしているから、変わっちゃ困るんだけど。
陛下の考えが、読めない。
「陛下はその辺り、ぶっちゃけどう思ってんの?」
俺たちの他には誰もいない宰相室で、知人文官に聞いてみる。遠縁でもあるそいつは、心底嫌そうに応えた。
「なんで俺に聞くんだよ……」
「一族の中じゃ、お前が一番陛下に近い文官だろ?」
陛下は文官肌なので、武官ばかりの親族たちは、いかんせん接触が少ないのだ。ため息を吐いて、書類の角を整える。
「御屋形様かミルドラン様に聞けばいいじゃないか」
「ミルドラン様は完全に陛下側だろ?聞き辛ぇよ」
あの人は気さくだけど、陛下への友愛と尊敬の念だけははっきり感じる。陛下関連で下手なこと聞いたら、さすがに殺される。御屋形様に聞くのは、疑っているみたいに思われそう。
「そこでお前だ。仕事上、陛下と顔合わせるだろ?」
「俺だって、そうほいほい陛下とお話しできる立場にはないぞ」
「ほら、仕事のついでに、サラッとノリでさ」
「ノリで聞ける内容か!!」
うん、今のは俺でもだいぶ無茶のある発言だったと思う。肩に置いた手を振り払われた。
「そもそも、あの御方は誰がそうなのかまでは知らん!下手に引っ掻き回して、万が一あったら困る!!」
「そう言わず!この国で生きる、同族たちの未来のために!!」
「お前っ……年下のくせに烏滸がましいぞ!?」
「それを言ったら、お前こそ姪孫の分際で!」
ぎゃいぎゃい騒ぎながら、押し問答を繰り返す。
「そんなに気になるんなら、直接聞いたらどうだ!?影の仕事で、御前に侍るだろう!」
すると、がちゃりとドアノブの音した。
「宰相補佐、この資料………おや、一人ですか?話し声がしたと思ったのですが」
「……独り言です。どの資料ですか、宰相閣下」
ドアが開き切る前に天井裏に逃げた俺は、文字通り足元の会話を聞きながら、一つ頷く。
なるほど。あいつの言うことにも、一理あるな。
というわけで。
「陛下は吸血族についてどうお考えですか?」
聞いてみた。
報告ついでにそう尋ねた俺に、陛下が一瞬だけ目を見開いた。
ミルドラン様が「マジかお前」って顔で見ている。斜め上から、御屋形様らしき殺気もガンガン飛んでくるけど、仕方ない。
だって気になるんだもの。
陛下は不思議そうに首を傾げた。
「……何か不安になることでもあったか?」
「そういうわけでは」
ないから、怖いんだよ。
するとそれを察したのか、陛下はちょっと苦笑した。
「どう、とは?」
「恐ろしくありませんか。だって、吸血鬼ですよ?血も飲むし、老いないし、暗いところで目が赤く光りますよ?」
「知っている。……ああ、だから、サングラスが標準装備なのか。見辛くないか?」
「……耳が良いので、大丈夫です。牙もごっついのありますよ、ほら」
顔の下半分を覆う覆面を外し、あー、と口を開いて歯を見せると、ようやくぎょっとした顔をした。
……と思いきや、いきなり肩を掴まれた。
「……君たち、犬歯しかないの!?すまない、全く気が付かなかった、食事はどうしている!?ちゃんと摂れているか!?」
「く、口元は極力見せないようしています。御屋形様たちの歯は、陛下とほとんど同じなので、気が付かないのもご無理はないかと」
陛下の危機感は仕事をしろ。気遣いは休暇でも取って来い、頼むから。
俺がおかしいのかと思うだろうが。
結局、食事はペーストとスープ、十分栄養は摂れていることまで説明するハメになった。心配そうにこちらを見つめていた陛下は、それでようやく俺から手を離した。
「なら良かった。……体質ひとつでガタガタいうほど、狭量な王ではないつもりだ。気遣うつもりではいるけどね」
体質。
思わず目をぱちくりさせる。
俺たちは、化け物だ。
人のつもりではいるけれど、バレればいつ一族郎党滅ぼされてもおかしくない、御伽話の怪物。
でも陛下にとっては、「体質のちょっと違う連中」程度なのか。
器がデカ過ぎる。
思わず笑った口元を、隠すように覆面を戻す。
「まあ、大禍無いなら何よりだ。秘密はきちんと守るし、困ったことがあれば、私でも将軍でも遠慮なく……」
ちょうどその時、うんざりした顔の宰相様が執務室に入ってきた。
「……失礼します。陛下、フロイデンタール資源大臣とクロッグ財務大臣が、また研究予算の件で揉めておりまして……」
「……あれだけ私のいる場でやれと言ったのに……」
深くため息を吐く。
「仲裁をお願いしたく」
「今行く」
がたりと立ち上がり、陛下と宰相様が部屋を出て行った。
やはり宰相様が入ってくる前に天井裏に退避した俺は、待機していたロートスに声をかけた。
「陛下って、思いの外面白ぇ御仁だな!?」
「だろ!?」
そう言った瞬間、後ろから将軍にどつかれた。いかん、忘れてた。
どうせヒトより長い寿命なんだから、退屈なんてしたくない。
短い人生なら、その全部に楽しいことを詰め込みたい。
(少なくとも、あの御仁のそばにいりゃ、退屈しなさそうだな!)
御屋形様に引きずられながら、ウンウンと頷く。
ちなみに俺はその後、御屋形様とアトキンス副将と宰相様に、三人がかりでめちゃくちゃ叱られた。
ある意味、すこぶる貴重な経験だった。
吸血族の歯は、ヒト族と同じ位置(上下に一対ずつ)に犬歯があるだけです。つまり、四本のみ。
本来、血を吸うため肌に噛み付くだけの牙なので、食べ物は一切噛み砕けません。
将軍たちは混血なので、犬歯以外の臼歯などもきちんと揃っています。
「どうもネイバーです。
国父陛下について質問をいただきましたので、吸血族の古参連中に聞いてきました。
国父陛下は、アロイジア様とおっしゃいます。名か姓か、本名かどうかも分かりません……子孫は姓として名乗っていますがね。初代ガラクと出会うまでの経歴は、一切不明、初代シュゼインと初代ガラクからは『アーロン』と呼ばれていました。
お顔とお色と、懐深いところは陛下そっくりだそうです。ただ、アクティブで向こう見ずで、振り回される側ではなく振り回す側の人間だったとか。そこは真逆なんですね。
自分や盟友たちの子孫が「まったり生きられる場を作りたい」と建国したそうです。……子孫、全然まったりできてませんが」
リクエスト、ありがとうございました!
これで、今回のリクエスト企画は終了です。お楽しみいただけたら、感謝感激です。




