番外編④. 第三王子のバラ
蛇足かなあと悩んで、でもせっかく書いたので、載せます。第三王子殺害の、真実のようなもの。
「お前は、王になるんだよ。この国で一番愛される存在になるんだ」
小さい頃からそう言い聞かされて育った。
僕は、アロイジア国王である父と、側妃である母様の間に生まれた、第三王子だった。兄二人は、王妃が産んだ王子。
「四分の三平民」などとくだらないことを言う者は多いが、まるで気にならない。
王である父に愛される母様から生まれた、最愛の王子である僕にしか、王の資格はない。周りがなんと言おうと関係ない、次期王を決めるのは、他でもない父なのだ。僕の王位は揺らぎない。
なのに、兄二人とその取り巻きが納得せずにごちゃごちゃ言って、僕の立太子を邪魔している。まったく、困った人たちだ。
まあ僕が王になったら、二人は路頭に迷うからな。彼らにとっては死活問題だろう。
そうか!僕が王になったら、二人を臣下にしてやればいいんだ!そうしたら王妃も喜ぶし、僕は兄たちに仕事をやってもらえる。僕は寛大だからな、兄たちが王城に居座っていても気にしない。一石二鳥だ!
そう言うと、父は一瞬だけ嫌そうな顔をしたが、母様はそれはいい考えねと笑ってくれた。
そんなある日のこと。
「フランツ兄上、何か御用ですか?」
一番上の兄……フランツ兄上に手紙で呼び出されて、ガゼボに足を運んだ。「兄弟だけで話したい」ということで、護衛も従者も連れていない。
フランツ兄上は、バラの植え込みの前に座り込んでいた。
声をかけると、立ち上がったフランツ兄上が、うつむいたままふらふらと歩み寄ってきて、僕にぶつかる。体調でも悪いのかな。
そう思った瞬間。
「貴方たちが全てを奪おうとした人間にも心があること、ご存知でしたか?」
この声……!
フランツ兄上じゃ、ない!!
全身から血の気が引いた。
とっさに離れようとしたその時、胸から、ナイフの柄のようなものが生えているのが見えた。
(刺され……)
フランツ兄上の振りをした誰かが、思いっきりナイフを引き抜いた。
視界が真っ赤に染まり、左胸から熱いものが広がっていく。あまりの痛みに立っていられず、膝をついた。足元のタイルに、バラが散るように血が絶え間なく降り注ぐ。
頭の上から声が降ってきた。
『……ったく、せっかくクーデターから逃れて、のんべんだらりと暮らしてたのに……。寝た子を、起こしやがって』
舌打ち混じりにぼやくそいつは、僕の知らない異国語を話していた。昔、軍国語を教えに来ていた教師の話し方に、似ている?かもしれない。
でも、上手く頭が働かない。
血の海に倒れ伏す。
からん、と音を立てて、見覚えのあるナイフが目の前に転がった。
フランツ兄上の、紋章入りの、ナイフ……。
朦朧とする意識の中、そいつはまた鉱国語に戻って、すらすらと語る。
「別に、貴方に恨みはないんですがね。第一王子を潰した後、侵攻賛成派の貴方が残ってちゃ具合が悪いんです。……さようなら、グライド・ディーラ・アロイジア」
侵攻賛成……?
そう言えば、前に、タルヴァ公爵に「余っているものを足りないところへ移動させるのは正しいことですよね?」と聞かれて、賛同した、ような……。
でも僕は、全てを奪え、なんて。
しかし、そいつはそれ以上何も言わず、踵を返した。足音が遠ざかっていく。
どこかから、父と母様の声が聞こえて来たけど、何故か脳裏をよぎったのは、子どもの声。
『グライド……かな?だいじょうぶ?ほら、つかまって』
……ああ、そうだ。
あの人に……フリード兄様と初めて会ったのも、バラの咲く庭園だった。
六、七歳の頃、いつものように授業から逃げていた時。バラの咲く辺りで転んで、泣いていた。
すると、涙で滲んだ視界に、落ち着いた金色の髪の、僕と同じくらいの子どもが見えた。
『グライド……かな?だいじょうぶ?ほら、つかまって』
心配そうな声でそう問いかけると、片手を差し出して、僕を助け起こそうとする。その時の僕は、フリード兄様の顔を知らなかった。
この僕を呼び捨てにするなんて!と思ったけど、その時はとにかく痛くて、情けなくて、その手に飛びつきたかった。
そうだ、僕は優しいのだ。だから、こんな無礼者でも、僕を助ける名誉を与えてやらないと。
そう自分に言い訳しながら手を取ろうとした、その時だった。
『フリュー?』
『フリードでんかー、どちらですかー?』
やはり子どもの声がして、誰かを探している。すると、目の前の子が反応した。
『ああ、ここだよー』
手が止まる。その名前に、父の言葉が耳に蘇った。
『王妃の子、フランツとフリードは、お前の敵だ。近づいてはいけないし、口を利いてもいけない。でないと、いじめられてしまうよ』
こいつ……僕の、敵!!
咄嗟に、ぱしっ、と手を振り払う。
『グライド?』
驚いた声がしたけど、振り向かずに走って逃げた。
それっきり、フリード兄様と言葉を交わすことはなかった。僕の報告を聞いた両親が近づけさせないよう、派閥の者に指示したからだ。
それでも、たまにフリード兄様のことを見かけた。
王子であるフリード兄様のそばには、当然いつも誰かがいた。驚いたのは、誰も彼もが、居心地良さそうなことだった。
生真面目な忠義者も。
マイペースな変わり者も。
派閥違いの相手すら、のびのびと仕事をしていた。僕やフランツ兄上の周囲では、ありえない光景だった。
そしてその中心には、柔らかく微笑んでいるフリード兄様。
『グライド』
今際の際になって思い出すのは、あの優しい声。
あれっきり、一度も聞けなかった、僕を呼ぶ声。
あの日、フリード兄様の手を取っていれば、僕もあの中にいたのだろうか。
こんな終わり方は、しなくて済んだのだろうか。
「たす………フ…ー…兄……」
わずかな視界の先で、ぱさり、とバラが蕾のまま落ちた。それが、僕が見た最後の光景だった。
力ある者の無知ほど、不幸で、恐ろしいものはない。
物語の最初の方、シュゼイン公爵が領地へ帰るきっかけになった第一王子派の侵略行為、「どこに向けて」でしょうか。
直近の出来事にも関わらず、共和国のアカガネ王や教国の皇王はそんな話、一度もしていません。軍国も然り。ということは、彼らの管轄外の小国や、隅っこの小さな村ではないでしょうか。
軍国では最近、クーデターが起きました。それをきっかけに国を捨てた人もいるでしょう。旧体制派の軍人なんかもいたかもしれません。
もしもその中に、シュゼイン公爵不在の王城で、好き勝手できる実力の持ち主がいて。
たまたま、第一王子派の侵攻先のどこかに潜伏していて。
そして、鉱国の内情を知っていたとしたら。
王位争いのどさくさに紛れて、安寧を脅かす元凶を排除しようとする………かもしれません。
……そういえば、冒頭でフリードにお茶を淹れた新入り侍女さん、あれ以降姿を見ないようですよ。
これにて、番外編も完結です。
「面白かった」「次回作も読む!」という方は、☆を塗り塗りしていただけると、作者とフリードたちが喜びます。
お読みいただき、ありがとうございました!




