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番外編③. テルセン辺境伯の孤独

長めです。

ざまあと言うより、自業自得。



 何故、こうなってしまったんだ?




 机の上には、妻との離縁を証明する書類が置かれている。その隣には、次男からの絶縁宣言に等しい手紙。


 呆然と呟いた私に、長男セルドランはこう答えた。


 「父上が悪いです」と。

 



 マーシャ様は、美しい方だった。


 彼女とは婚約者だった。従姉妹ではあるが、私は辺境育ちの無骨な田舎者、マーシャ様は都会育ちの生粋の公爵令嬢。所作も、教養も、身につけるものも何もかも違う。


 初めて見た時は、天使かと思った。


 成長と共に、天使は女神へと変貌する。誇らしく思うと同時に、あまりの神々しさに、私などがこの方に相応しいのかという思いが年々強まっていった。不敬だが、婚約が解消されてほっとした。


 ただ愛人がいる男に嫁ぐのは不安だと仰るので、騎士として王城について行った。



 狂ったのは……そう。

 第二王子が三歳か四歳の時だ。


 「王妃陛下の第二王子殿下への扱いが酷い」と、妻子から訴えがあったのだ。

 ことの真偽をマーシャ様に尋ねると、わっと泣き出してしまわれた。

「だって第二王子は……あまりにもあの男そっくりなのよ……!?きつくしつけるしか……っ!」

 そう泣くマーシャ様は、婚約中見たこともないほど儚げで弱々しく、軽率に尋ねたことを深く後悔した。


 第二王子の顔立ちは本当に父王そっくりだが、言動もそうだということか。


 可哀想なマーシャ様、なんとお辛いことだろう。


 マーシャ様をなんとか宥めた後、妻子にこのことを伝えた。よく分かっていない様子の息子にも、丁寧に説明する。

「ミド、フリード殿下は悪い子だから叱られただけだよ。王妃様の邪魔をしてはいけない」

「フリューは、なんにもわるいことしてない!!」

「ミドの見ていないところで、こっそりやっていたんじゃないのかな?」

 いつになく強情な次男に穏やかに教え諭すも、噛み付くように反論される。

「おれ、フリューとずっといっしょだった!!こっそりなんてむりだよ!!」

「嘘はダメだぞ、ミド」

「うそなんか、ついてないよ……!」

 くしゃりとした顔をして妻のドレスに縋り付くミルドラン。妻は彼を抱きしめながら同調した。

「貴方、ミドは嘘を吐いていないわ。私も見ていたもの。あの方は何も悪くないフリード殿下を、いきなり鞭で打ち据えたの」

「そんなわけないだろう。なんだそのメチャクチャな話は」

「だから、『扱いが酷い』と言ったの!!私がいくら止めてもミドが庇っても打ち続けるのよ!?言いたくなかったけど、王妃陛下は異常だわ!!」


 あまりにも荒唐無稽な話だ。あの女神のようなマーシャ様が、そんなことするはずがないのに。


 首を傾げ……ハッと気がつく。


「……まさか君、マーシャ様に嫉妬しているのか?」

「はっ?」


 そうか、あの頃の私のように、神々しいマーシャ様に気後れしたんだな。私は異性だったが同性同士だ、悪口の一つも言いたくなるか。

 優しく声をかけた。

「いくらマーシャ様の煌びやかな美貌に及ばないからといって、子どもにまで嘘を強要してはいけないな。確かに君は地味だし、マーシャ様ほど生まれも育ちも良くないが、私の妻は君だ。卑屈になるな」

 すると、妻はぽかんと口を開けたまま固まった。

「………貴方、私のことそんな風に思っていたの?」

「?事実だろう?」

 交代の時間になったので、マーシャ様の邪魔をしないようにだけ念を押して、仕事に戻った。



 それ以降も、妻子は何度も何度も訴えてきた。最初は誇張しているのかと思っていたが、実際に見て欲しいとまで言われた。

 察するに、第二王子がよほどやらかしているのだな。人間の本質というものは、あんなに幼いうちから分かるものなのか。最初の訴えから一ヶ月後、「乳母と乳兄弟が第二王子を甘やかすから引き離したい」とマーシャ様が仰るので、了承した。


 結局、もう一年もこんな状態だ。マーシャ様も苦労する。



 ため息を吐いて渡り廊下を歩いていると、放置された庭園の隅で、第二王子を見かけた。


 蜂にでも追いかけられているのか、真っ青な顔で走っている。


 その様子を見て、少しだけ胸がスッとした。最近は、あの方の笑顔を曇らせる第二王子がすっかり嫌いになっていたのだ。ちょっとくらい、怖い目に遭えば良い。

 そう思い、無視して歩き去る。一応担当の近衛騎士には声をかけたから、義理は果たしただろう。



 その日の夕方、将軍に呼び出されて執務室に足を運ぶと、クビを言い渡された。

「何故ですか!?」

「………仕事より先に、人生を辞めるか?」

 額に青筋を立てた将軍の手に、青い刀身の剣が顕現した。

 霊剣だ。あれを振るわれたら勝てっこない。了承だけ告げ、慌てて逃げ出す。


「突然クビにされた?」

「そうなんだ、訳がわからない……」

 逃げ込んだ寮の自室で同僚に愚痴ると、同僚はため息混じりに首を横に振った。

「そんなわけないだろう。なんだそのメチャクチャな話は」

「いや、本当なんだ」

「嘘を吐け。大体もしそうだったとしても、お前が何かやらかしたんだろう。あの将軍がそこまで怒るなんて、相当だぞ。何やったんだ」

「嘘などと……」

 ふと、どこかで聞いたような会話だな、と思ったが、思い出せないまま一人領地へ返された。



 辺境伯である父は、将軍から預かった手紙を読むなり私を殴りつけた。

「第二王子殿下への虐待と暗殺未遂を黙認しただと!?貴様……打首になりたいのか!?」

「暗殺!?なんですかそれは!?」


 そこで初めて、あの時第二王子を追いかけていたのが蜂ではなく、暗殺者だったということを知らされた。


「だ、第二王子殿下の嘘では」

「ない!!かの方をお助けし、不埒者を討伐せしめたのは将軍だ!将軍まで嘘を吐いたと申すか!!」

 だから将軍はあんなに激怒していたのか……。

「それは……申し訳ありませんでした。ですが、知らなかったのです!それに虐待なんかじゃない、母親が我が子をしつけるのは当たり前のことでしょう?」

「まだ言うか!」

 また殴られた。呆然とする私に、父は頭を抱えた。

「儂は……こんな阿呆を大事な嫁と可愛い孫に押し付けたのか……!なんという、なんということだ……!」


 それからすぐ、「反省しろ」と国境近くの砦に押し込まれた。愚痴ついでに砦の同僚にこのことを相談したが、皆私を肯定してくれた。ほら、私は悪くない。

 蜂に追われていると誤解して第二王子を放置したのは、不味かったかもしれない。だが、知らなかったのだ。運が悪かったとしか言いようがない。


 手紙は許されたので、こまめに送った。妻子には、私の代わりにマーシャ様を支えてほしかったので、マーシャ様が如何に素晴らしい方か説明しておいた。「嫉妬に駆られてマーシャ様の邪魔をしないように」「嘘吐きの第二王子を信じないように」などの注意も添えた。返事はないが、忙しいのだろう。



 砦で働き続けて、十年ほど経った頃。父が亡くなり、私が辺境伯家を継ぐことになった。

 葬儀を終え、久しぶりに家に帰ると、乳母の役目を終えた妻と、長男のセルドランがいた。

「ミルドランは?」

「あの子は第二王子殿下の専属護衛として王城に残りました」

 妻の短い言葉に、驚愕する。


 何故だ!?マーシャ様は、あの子が成人したら辺境伯領に帰してくださると仰ったのに!!


 急いで迎えに行ったが、ミルドランは私を拒絶した。それどころか、決闘まで申し込まれた。

 どうやって辺境伯領まで帰ったか、記憶がない。



 その後も、ミルドランとは何度話しても平行線、妻は酷くそっけない。



 極め付けはこれだ。

 妻は去り、次男は寄りつかない。マーシャ様は、もう噂すら聞かない。


 何故だ。私は、家族を愛しているのに。



「……本気で言ってます?」

「ああ」

 グラスを片手に向かいのソファに腰かけるセルドランは、呆れた声でそう応じた。


 王位争いは終わった、解決したのだ。しかも、ミルドランが一番喜ぶ形で。

 私の望む形にはならなかったが、家族の不和の原因は取り除かれたのだ。


 なのに、どうして。


 セルドランは顔立ちこそ妻に似ているが、性格や考え方は私の父に似ている。きっと良いアドバイスをくれるだろう。

 項垂れた私に、セルドランは一口水を飲んで、言葉を投げかけた。

「父上、今から例え話をします。冷静に聞いてください」

「?ああ」

「王太后様は、本当に愚図ですね」

「なんだと!?」

 思わず、立ち上がった。

「外見で我が子を差別し虐げる一方、気に入った相手の悪行を助長する、典型的な性格ブス。虚飾好きの嘘吐きで、悲劇のヒロインぶった顔だけ女。そんな女を信じて疑わない父上も、とんだ色ボケ脳筋ですね。本当に情けない」

「貴様!!」

 さすがに我慢ならない。制止しようとした、その時。


「今父上が感じておられるのが、ミルドランの気持ちです」


 胸ぐらを掴もうとした腕が、ぴたりと止まる。


「は……」

「散々、侮辱してきたじゃありませんか。ミドも、ミドが敬愛する陛下も、何年にも渡って」

「あれは、第二王子殿下が……」

「国王陛下です、父上。私は今、感情の話をしています。内容の真偽は関係ありません」

 私が伸ばした手を、セルドランはいとも簡単に押し戻した。


「大体真偽にしたって、母上もミドもずっと王太后様の嘘だと言っていましたよ。確かめもせず、ミドが傷つけられてもなお、王太后様の言い分『だけを』、信じたのは、父上です。……本来、自分たちを守ってくれるはずの父上が、そんな有様なのですよ?父上は、大穴が空いた盾をそのまま後生大事に抱え込みますか?捨てるなり修理するなりするでしょう?修理しても直らないと分かってなお、そのまま持ち歩きますか?役に立たないと分かっているのに?」


 息子の説明は至極、シンプルで。

 痛いくらいに、分かりやすかった。


「それだけではありません。父上貴方、砦で『相談』と称して、母上とミドの悪口を言いふらしましたね?」

「え?」 


「『自分が劣っているのを棚に上げて、夫の元婚約者の悪口を吹き込む下劣な女』、『親に構って欲しいが故に悪辣な嘘を吐く次男』でしたか?」


 押し戻された手は宙ぶらりんになったまま、だらりと垂れた。ふらふらと二、三歩後退する。


「これでも私とお祖父様で、だいぶ消した方なんですよ?信じてくれない、自分と自分の大切な人が傷つけられても何もしてくれない、その上、悪口を言って貶める。そんな相手と、残りの人生を共に過ごしたいと思いますか?」


 そんな噂になっていたなんて。

 悪口を言いふらしたつもりなんて、なかった。ただ酒の席で、面白おかしく愚痴っただけなのに。

 知っていたら、きちんと否定した。


「手紙……」

「あれでは不信感を煽るだけですよ。九割王太后様の賛辞で、母上とミドには『元気か』の一言もないのに」

 そう言われて手紙の内容を思い出す。


 ……そういえば、マーシャ様への誤解を解かねばと、そればかりだった、かもしれない。


 震える唇で何とか言葉を紡ぐ。

「それでも……それでも、愛しているんだ……」

「ならば離縁が成立する前に、一度くらいはシュゼイラ辺境伯家に行って、母上とミドに謝罪すべきでしたね。まあ、今更ですが」


 話は終わりとばかりに立ち上がったセルドランを、必死に引き止める。


「ま、待て!どこへ行く!?」

「もちろん執務です。領地経営に、辺境伯家の管理……仕事は山積みですから」

 執事と共に出ていこうとしたセルドランは、扉のところで顔だけ振り返り、平坦な声で言った。

「父上は、書類仕事がお得意ではないでしょう?砦に行くか、軍の取りまとめをお願いします」



 そう、言われても。



 砦に、かつて相談に乗ってくれた仲間はいない。離婚だなんだと辞めてしまったり、声をかけても、ものすごい目で睨まれるようになってしまった。

 軍の者たちも、半年ほど前からなんだか余所余所しい。もし私に武人としての実績がなければ、従ってくれなかっただろう。



 順風満帆な人生だと思っていた。

 辺境伯家嫡子として生まれ、多くの武勲を打ち立てた。愛情深く気立ての良い妻を娶り、軍師の才能を持つ長男と、優れた武人である次男に恵まれて。

 



 それなのに、私に寄り添ってくれる者は一人もいない。どこにも、居場所がない。



 どこで間違えたのか。

 これから、どうすればいいのか。



 第二王子が悪いのか、マーシャ様が悪いのか。それとも、私が悪いのか。

 


 そんなことをぐるぐると考えながら、私は辺境で独り、生きている。


 セドさんはお祖父様に育てられましたが、ちょくちょく母親や弟にも会いに行ってました。


 ミド父がクビで済んだのは、幼いフリードから乳母と乳兄弟を奪わないようにという、シュゼイン公爵の配慮です。正式な処罰だと、ほぼ確実に連座なので。

 部下が余所余所しいのは、領地の経済を丸無視して、王城への武器の不売を実行しようとしたことがバレているからです。本人は、大したことではないと思っているようですが。


お読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後まで自分がおかしかったと言う正解に辿り着けないのが、なんとも、現実にも居そうな感じです。 [気になる点] 気持ち悪いオッサンですが、戦場の武人としては、ガッツリ優秀だったりするんですか…
[一言] このおっさん処罰すると親友とばあやとその息子·兄であるまともな後継者にまで火の粉が飛ぶので、 兄貴が落ち着いたら隠居と言う名の幽閉処置になるんだろうな感
[良い点] 本編を読んでて思うミドの父親の気持ち悪さが一人称視点でさらに増してる! 読んでて良い意味での不快感を表す表現、素晴らしいです。
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