番外編②. 酷いわ
フリード母、ざまあ回です。
思えば、わたくしは生まれた時から不運だった。
生家のソラシオ公爵家とその一族は、ところどころに奇妙な、けれど古い伝承が残っている。
その一つに、「一族に生まれる煌めく淡い金髪の子には妖精の加護が宿る」とあった。周囲を見回すと、大体七割くらい煌めく淡い金髪。
艶消ししたような暗い金髪のわたくしは、生まれつき負け組だった。煌めく淡い金髪の両親は、わたくしを軽んじ、道具としてのみ扱った。兄とは不仲ではなかったけど、利害だけの冷めた関係だった。
婚約者のテルセン辺境伯令息は、わたくしを女神のように崇めてくれたけど、結局は別れさせられて、愛人のいる王に嫁がされた。
運命はなんて残酷なの。
でもわたくし、気がついたのよ。
あの男はわたくしとの間に子どもが生まれるまで、愛人と結婚できない。アロイジア王家の王位継承は実力制だけど、それでもやはり王妃の子、先に生まれた子は有利だわ。そしてこの国では、男でも女でも王位や爵位を継げる。
つまり、このままいけば、わたくしは王の母になれる!
元婚約者の彼も近衛騎士としてついてきてくれた。王妃、いずれは王の生母となり、夫を蹴落として、我が子や愛する人と幸せに暮らす。そう考えれば、悪くはなかった。
そうして生まれた第一子は、王家の銀髪と青い瞳の男の子。
やったわ!これでわたくしは、王の生母よ!
名実共に、この国で一番の女になれる!!
でも万が一があるといけないから、兄と生家の力を借りて、もう一人孕む。次は女の子がいいわ、政略結婚に使えるもの。
そうして生まれてきた、第二子。わたくしと同じ、艶消ししたみたいな金髪。
王家の銀髪じゃないし、女の子でもないのね。残念。仕方ない、補佐にして兄を支えさせましょう。
「見せて」
しかし、産婆が見せてくれた我が子に、嬉しい気持ちが吹き飛んだ。
だって、驚くほどあの男そっくりだったのよ?色が違うし、まだ赤ん坊なのに。
しかも、見慣れないヘーゼルの瞳。
何もかも中途半端な外見に、ゾッとした。
「気持ち悪い!さっさとどっかにやってよ!!」
産婆が赤子を抱えて慌てて出ていくのを見送り、泣きじゃくった。なんで、どうして、わたくしがこんな目に遭うの。
名付けも初乳も乳母選びも、何もかもを拒否していたら、乳母にテルセン辺境伯令息の夫人が選ばれたと聞いた。発狂しそうになったわ。
わたくしから彼を奪ったあの女が、あの男そっくりの子を育てるなんて!悍ましい、きっとろくでもない屑に育つに違いないわ!!
死ねば良いと思っていたのに、次男は四歳にまで育ってしまった。忌々しく思っていると、タルヴァ公爵が囁いた。
「おっしゃる通りです。王妃陛下がよく躾けて差し上げないと」
そうよ。これは躾よ。
力いっぱい鞭打つ。蹴っ飛ばす。
その度に泣き叫んで、逃げようとして、許しを乞うあの男の子。
なんでお前が泣いてるの!あの男の顔で生まれてきたお前が悪いのに!泣きたいのはわたくしなのに!もっとちゃんと謝りなさいよ!
乳母のあの女が止めようしたけど、侍女に押さえつけさせた。すると、ぱっと飛び出す小さな影。
「フリューをいじめるな!」
あの女の産んだ彼の子が、目に涙を浮かべながらわたくしを睨む。あの男の子を、身を挺して庇っている。
彼とよく似た姿で、彼の血を引いているはずなのに、どうしてわたくしの味方じゃないの!?
あの女の血筋ね、信じられない!!
「乳母母子をどこかに閉じ込めましょう。その間に、テルセン辺境伯令息が言い聞かせますよ」
そう言われて引き離して、これで安心と思っていたのに。
どうして、次男につけていた侍女が捕まるの?
どうして、彼が近衛騎士をクビになるの!?
困惑しているうちに、次男は宰相に取り上げられて、わたくしは一切干渉できなくなった。
酷いわ、わたくしの子なのよ!?侍女と彼のことも宰相の仕業ね!?
次男をしつけようとしただけなのに、酷いわ!!
悲しいけど、仕方がない。わたくしにはもう長男しかいない。せめて長男は、王に相応しい人間に育てよう。そのためなら、お金は惜しまない。
あの男は当てにならないから、生家から支援を受けて、素晴らしい教師を付けた。未来の王に相応しい、最高級品で身の回りのものを揃え、望んだものはなんでも与えた。うっかりでもあの男の影響を受けないよう、あの男がどれほど愚かな男か、教え込むのも忘れない。
横領がどうのって監査室がうるさいけど、兄は知らないって言ってるもの。難癖つけてるのね、きっと。可哀想なお兄様、わたくしが守ってあげないと。
わたくしの努力の甲斐あって、長男は溢れる才気と力強いリーダーシップを併せ持つ、素晴らしい王子に育った。成人祝いの席では、「愚弟どもと王を退け、母を国一番の女性にする」と熱弁を奮ってくれた。なんて孝行息子なのかしら。
生家のソラシオ公爵家のみならず、タルヴァ公爵家も長男を推している。卑しい女の胎から生まれた中身空っぽの第三王子やあの気持ち悪い子が、敵うはずがないわ!
なのに、あの子は殺された。
あの男に、殺された。
悲しみに暮れる暇も無く、「第一王子が第三王子を殺した」なんて話が聞こえてくる。
「そんなわけないじゃない!!人目のあるところで堂々人を殺す愚か者が、どこにいるの!!」
「国王陛下がそうでしたが」
「あの男とわたくしの息子を、同じにしないでよ!!」
食器や花瓶を投げて暴れ、何度訴えても、誰も聞いてくれない。それどころか、蔑んだ目でこちらを見てくる。軟禁中、わたくしの世話をしていた侍女は、こう嘲笑った。
「第一王子殿下は、気に食わないことがあると、すぐ権力や暴力に訴えておられました。傲慢で、短慮で、父君そっくりです」
どうしてそんなこと言うの?酷いわ、そんなの嘘よ!!
しかし結局何も覆らず、長男は王族の罪人として葬られた。
葬儀の後、押し込められた離宮で泣き暮らしていると、甥っ子から手紙が来て「貴方の子を説得してほしい」と頼んできた。
そうだわ。わたくしの子はまだいた。わたくしと同じ、金髪の子が。
子どもは結局、親が恋しいものよ。王になったこと、めいっぱい褒めてあげて、愛してあげましょう。きっとすぐにここから出してくれるわ。
そうなれば、全部元通りよ。
……手紙の返事が来ないわ。どうして?
あんなに送ったのよ、一ヶ月もすれば返事くらい届くはずだわ。
本当にあの子は出来損ないね。きっちり叱ってあげないと。あの頃のように。
「奪ったのではなく、前ソラシオ公爵が国庫から横領していた分を返還させたのです」
「もし親として子に愛されたかったのなら、貴方は親として子を愛するべきでした」
「貴方と貴方を虐げた方々は、同類ですよ」
……誰?この男。
宰相のような薄笑いに、将軍のような冷たい目の男が、わたくしを拒んで蔑む。
こんなの、わたくしの息子じゃない。
何もかも違う中で、わたくしと同じ、艶消ししたような金の髪が酷く不気味だった。
「王太后様はお疲れのご様子だ。丁重に静養先にお送りするように」
その言葉を最後に、引きずられて外に出され、馬車に放り込まれる。
誕生日がどうのこうのって言われたけど、知らない。あんなの、わたくしが産んだ子じゃない。
わたくしが産んだあの子は、小さくて、非力で、鞭で打たれても足蹴にされても、泣き叫ぶしかできない子。
わたくしそっくりの、弱い子。
どうして、こんなことになったのかしら。
今頃は、王の生母として幸せに暮らしていたはずなのに。
あの後押し込められた離宮は、今までいたところよりずっと狭くて、質素で、そのくせ堅牢で。面会どころか、手紙も禁じられてしまった。
なんて酷いの。
今日も今日とてテラスでボーッとしていると、侍女が紅茶のカップを差し出した。
やけに苦い紅茶に、眉を顰める。ずいぶん品質の低い茶葉ね。ここはお茶くらいしか楽しみがないのに、嫌になっちゃうわ。
下げさせようとすると、お茶を持ってきた侍女が、許しも得ず向かいの席に着いた。不遜な態度を咎めようとしたその時、ぐるりと視界が回転する。
床に叩きつけられる衝撃で、ようやく自分が倒れたことに気がついた。
上手く息ができない、苦しい。
目の前に転がったスプーンが、床に零れた紅茶に触れて、気持ちの悪い色になった。
毒だ。
苦しむわたくしを他所に、侍女は悠然と新しい茶を飲んでいる。
なんの変哲もないと思ってた侍女は、よく見ると恐ろしく整った顔立ちに、妖艶な体つきをした若い女だった。
「じゅ、ぜ、ぃん……っ!」
その瞬間、胸に凄まじい違和感を感じて、血を吐いた。夜そのもののような漆黒の目が、わたくしを見下ろした。
「……愚かな。……大人しくしていれば、子の結婚式くらい、見られたのに」
苦痛はどんどん強まり、意識は霞んでいく。静かな声がわたくしに言い渡した。
「…これで最後だ。言い残すことはあるか」
どうして。
どうして、わたくしの人生は、こんなに惨めなの。
「神様、酷いわ」
……わたくしの意識は、それっきり途絶えた。
ユランが合流したのは、宰相がフリードと乳母母子を庇護するようになった頃です。
フリードはそれまでのことは薄ぼんやりしか覚えていません(この頃高熱を出したせいで、記憶が曖昧)。はっきり覚えているのは「ミドが守ってくれた」ということと、王太后に対する嫌悪感のみ。ミドはガッツリ覚えているので、フリード以上に王太后を嫌っています。
次話で出てきますが、テルセン辺境伯(ミド父)はこの頃まだ爵位を継いでいないので、「辺境伯令息」です。
お読みいただき、ありがとうございました。




