37.凡庸陛下
最終回!
波乱の即位式が終わり、四ヶ月。
フリードは教国から届いた報告書を精査し、満足げにうなずいた。ユランが書類片手に入室してくる。
「失礼します。陛下、タルヴァ公爵家と他二家の当主交代と降爵について……。そちらは?」
「先日教国に依頼した、我が国の農業に関する調査書だ。検証の必要はあるが、とりあえず五十四ページを見てくれ」
そう言って、調査書を差し出す。
ーーー以上のことから、鉱国におけるイネ科植物、マメ科植物の栽培は極めて困難であると結論づける。
その一文に、がっくり肩を落とすユラン。
「……やはり難しいですか。穀物が難しいとなると……」
「続きをよく見てみろ」
珍しく短慮な宰相に笑って促す。
ーーー一方で、一部果樹の栽培には強い適性を示す。過去の農地開拓失敗についてはデータが少ないため憶測の域を出ないが、穀物類のみを対象にしたためにそのような結論に至ったのではないかと考えられる。なお、栽培に適すると予想される土地と果実の一覧は次ページに記載……。
「!……陛下、これは……!」
「うん」
ひとつ頷き、今後の展望を語る。
「農地開拓と果樹の栽培を推奨し、共和国へ売ろう。共和国では果樹の栽培はうまく行っていないが、米や麦の収穫量はかなり多い。この貿易はうまくいく……はずだ」
共和国にとっても、国内ではほとんど手に入らない果実を手に入れることができるチャンスだ。実際に接してみて分かったが、獣の民は穀物より、肉や魚、甘い果実を好む。
「しかし、他国にだけ頼り続けるのは危ないからな。資源部の品種改良と土壌改善が上手くいくといいのだが……」
「国内分を何年か補えるレベルまで引き上げたいところですね」
「ああ。既存の農作物の調理法も、工夫しないと」
ユランが調査書を返すと、真剣な顔でそれを見つめるフリード。即位記念パーティー直後の「もうヤダ、王辞めたい」と枕を濡らして嘆いていた姿とは雲泥の差だ。ユランは苦笑すると、仰々しく礼を取る。
「御意のままに。我らが陛下」
しかし次の瞬間、執務室の扉が勢いよく開け放たれた。
「失礼します!陛下!またアカガネ王からアンバレナ王女殿下宛に大量の食料が!!」
「なんだと!?アンが説得してやめてくれたのではないのか!?」
するとアンバレナが入ってきて頭を下げた。
「申し訳ありません、陛下!納得してくれたと思ったのですけど……!!」
「…お取り込み中のところ、失礼します」
シュゼイン公爵が天井からぶら下がって出てきた。相変わらず音もなく着地し、耳元で囁く。
「…ソラシオ公爵家とその分家のいくつかが、大量の武器を買い込んでおります。…戦支度かと」
思わず苦々しく吐き捨てる。
「ここ最近大人しいと思ったらそれか……!分かった、急ぎ対応を」
「陛下!!」
すると、また新しい厄介ごとが飛び込んできた。
「教国で近く、皇太子の交代があるようです!次の皇太子は、ステラ皇女殿下です!!」
「は!?」
「我が従姉妹どのではありませんか」
「陛下ー、土壌調査の結果を資源部にくださいなのですー」
ただでさえ忙しいというのに、次から次へと。
執務室を見回すと、フリードの指示待ちの者たちがじっとこちらを見つめている。
「……うん、一つ一つ片付けよう。食料だが、備蓄には回せそうにないか?」
「無理です、今までアカガネ王が送ってこられた分で目一杯です」
「だよなあ。では、アンバレナ王女殿下、食堂で格安で提供してしまって構いませんか?片っ端から調理して、消費してしまいましょう。準備ができたら、炊き出しも」
「もちろん構いません」
「ありがとうございます。……よし」
フリードは適当な紙にささっと指示書を作成して、文官に渡した。
「事情を説明しているから、食堂の責任者に渡してくれ。頼んだぞ」
「はっ!」
「私も、手伝いに行って参ります。陛下、またお茶の時間に!」
アンバレナと文官が礼をして出て行った。そわそわしているフロイデンタール侯爵に、調査書を渡す。
「フロイデンタール資源大臣、調査書はこれだ。ただ……」
「ありがとーございますなのですー!!」
「あっ、ちょっ」
受け取った瞬間、最低限の礼儀でぱっと飛び出していってしまった。静かに待機しているシュゼイン公爵に声をかける。
「シュゼイン公爵、フロイデンタール資源大臣に、情報の管理に気をつけるよう釘を刺しておいてくれ。……さっきの話は、その後で詳しく聞かせて欲しい」
「…拝命しました」
礼をし、シュゼイン公爵は天井裏に戻った。
「ヴァーツェン外務大臣、皇太子交代の件、外交筋から真偽も含めた詳細を調べてくれ。ユランも、ガラク侯爵家から皇妃陛下に連絡を」
「「かしこまりました」」
飛び込んできた部下たちがいったん下がると、ミルドランがそういえば、と口を開いた。
「母上、やっと離縁できそうっすよ」
「おめでとう……でいいのかな?」
「結局半年くらい揉めていなかったか」
「なー、驚くほど泥沼だったなー」
結局、ミルドランは兄と婚約者のシュゼイラ辺境伯令嬢の間に子どもが生まれるまでは、テルセン辺境伯家の籍に残ることにしたらしい。
「俺はあの家継がないけど、万が一兄貴に何かあったら、あの馬鹿野郎が何するか分からないからさ」
「まったくもって同感だな」
「お疲れ様……」
ユランとミルドランと苦笑し合う。
そうしているうちに、シュゼイン公爵が戻ってきた。
「…ただいま戻りました」
「ご苦労だった、シュゼイン公爵。報告の続きを聞こう」
背筋を伸ばし、前を向く。
ーーーフリード・イクス・アロイジアは、凡庸な王である。
国父陛下の色は継いでいるが、別段美男でもない、能力面もぱっとしない。
但し、運と、縁と、人望はある。
(こういう王もまあ……アリなのかな?)
ーーーかくして、いずれ鉱国史上最高の賢王と称えられるフリード三世の歴史は、始まったのであった。
ーーーFin?
「…ちなみに陛下。即位記念の劇ですが、『次回作はいつだ』という意見が多数寄せられております」
「何の話!?」
「次は美形宰相と伯爵令嬢の恋物語なんて、いかがです?」
「それ、お前と婚約者殿の話だろ……」
ーーーTo be continued…….
これにて、「凡庸王子の逆襲」本編完結です。お読みくださり、ありがとうございました。ここまで駆け抜けられたのは、温かく見守ってくださった皆様のおかげです。本当に本当にありがとうございます!
「面白かった」「フリードたちにまた会いたい!」という方は、☆を塗り塗りしていただけると、作者とフリードたちが喜びます。
この後、もう四話、番外編があります(うち三話はざまあ中心の後日談)。そちらも楽しんでいただけると感謝感激です。
それでは最後になりますが、ここまでお付き合いくださった皆様に幸多からんことを、お祈り申し上げます!




