4.近くの他人
最後のメインキャラ、登場です。
馬を預けたミルドランは、全速力でフリードの私室へ向かった。息を整える暇もなく鋭くノックすると、中からもう一人の幼馴染の声がした。
「ミドか?」
「嘘つき木箱」
符丁で返し、中の人員を確認する。
「隣人は憂鬱」
「狼の緑」
かちゃりと開いた扉に素早く身体を滑り込ませ、友人二人の安否を確認する。
「フリュー!ユラン!無事か!?」
「無事だ」
「あ、ミド来た……良かった、ちょっと安心……」
青白い顔で椅子に腰掛けていたフリードが、ミルドランの顔を見るなり剣の柄から手を離した。
「早かったね……」
「兄貴の駿馬をパクってぶっ飛ばしてきた」
「おい」
「第二王子殿下のためなら、兄貴は怒らんさ」
ユランが咎めると、ミルドランは肩をすくめる。
「それよりすまん、王城がどえらいことになってんのに、休暇中でいないなんて」
「ミドは悪くないよ……」
「父とも話したが、君がいないタイミングを狙われた様子はない。ただの偶然だ」
「事情を聞いて良いか?但し俺でも分かるように頼む」
いつも通り許可も取らずに適当な椅子に腰掛けると、ユランが要望に応えて端的に説明した。
「第一王子が第三王子を殺して、キレた王に殺された。王はそのまま壊れた」
「分かりやすすぎるわチクショウ!もう少し細かい経緯を挟め!!」
「ユラン……」
見かねたフリードが助け舟を出す。フリードが知る範囲で丁寧に状況を説明すると、ミルドランは驚きの声を上げた。
「ユランのまとめ、マジだったのか……。ざまあみろ、じゃなかった、フリューは……その、大丈夫、か?」
気遣うようにフリードを見つめるミルドラン。苦く笑って首を振る。
「暴言と無視と暗殺者ととばっちり以外、もらったことのない相手だからなあ。そもそも非公式の場で会ったのは……直近で……?」
「五年前の建国記念日に第三王子殿下と廊下ですれ違い、『あ』『うわ』という会話を交わしたのが最後だ」
ユランがすぱっと即答した。
「あー、そうだった。ぶっ壊れるどころか、ぶっ壊れるべき関係もなかったな、そういえば」
ミルドランが遠い目をした。
フリードは、兄と弟をよく知らない。
兄も弟二人を知らないし、弟も兄二人を知らないだろう。
それが正常な関係、良い関係だったとは思わない。話せば分かり合えたのかも、と思わなくもない。
だが、そうするには周囲の影響が強すぎた。
なんにせよ、暗殺者を飛ばし合い、中身空っぽの憎しみばかり向けてくる者たちが、互いに潰しあって自滅したのだ。今後の不安と同じくらい、ホッとしたという気持ちが強い。
ユランが帯剣したまま口元だけで笑った。
「おいおい、ミド。そうお気楽じゃいられないぞ。特に君は」
「?なんで?」
「君にも分かるように説明してやろう」
そう言うと、歌うように続ける。
「我が国は、王の血が濃い順に王位継承権が発生する。すなわち、現国王の息子のフリューがダントツトップ。二位は元王姉でアメシスト大公たる我が祖母。三位がその息子で我が父・ガラク侯爵と、元王弟の娘ウォレス公爵。四位は私たち三兄妹とウォレス公爵令嬢。そのうち祖母と父、私たち兄妹並びにウォレス公爵は、王位継承権を返上済み。ウォレス公爵令嬢は現在三歳、婚約者はいない」
「……つまり?」
じわじわ顔色を変えるミルドランを、ユランが生温かい目で見る。
「フリューが今ここで暗殺でもされてみろ。国が割れて、今度こそ内乱で国は崩壊の危機だ」
震える肩にそっと手を置く。
「この国の未来は君の手にかかっているからな、第二王子専属護衛、ミルドラン・ゾーイ・テルセン」
「素敵な事態だなオイ!」
悲鳴のような声でユランの手を払った。焦って剣の状態を確認するミルドランを、ケラケラと笑うユラン。呆れと安堵の入り混じった声でぼやく。
「だから急ぎで呼び戻されたのか俺……。兄貴のセグノオー借りてきて良かったわ」
「セルドラン殿には申し訳ないが、そうだね、ほっとした」
「まあ危うそうな家には影をつけたからな。何かあればシュゼイン将軍から伝」
「…失礼」
耳元で、低い声がした。
反射的に前に飛び退いて抜刀する。いつのまにか背後まで接近していた黒髪の美丈夫は、悠然と口を開いた。
「…殿下とテルセンの倅は及第点ですな。宰相補佐、護衛を増やすか?」
「……シュゼイン公爵!?驚かせないでくれ!?」
思わず抗議の声を上げる。
将軍、クレイドル・ヴァン・シュゼイン公爵。
軍部の長で、暗部の主。四家しかない公爵家の当主で、国内全ての武人の頂点。
その実力は、一兵士としても指揮官としても、また影としても超一流だ。やろうと思えば今のように、王族の私室にも散歩の感覚で侵入できる。
シュゼイン公爵はすらりとした長身を折り曲げて礼をした。
「…ご命令に従い、国王陛下と王妃陛下、側妃を軟禁いたしました。それと…我が部下たちがソラシオ公爵家を連行して参りましたことを、ご報告いたします」
「将軍直々に報告に来たのか?」
剣を鞘に収めながら問いかけると、光すら呑むような黒の瞳で淡々と述べる。
「…軍部と暗部は、第一王子殿下並びに第三王子殿下の死亡を確認しました」
(ああ、やっぱり)
第一王子についてはフリードの目の前で為されたことで、第三王子に関してもあの国王が彼の生死確認を軽んじたとは思えない。
けれども、どこか遠いことのように感じていた。
「…陛下もあの状態では…。この状況で、殿下に万が一のことがあってはいけません。今後は可能な限り、私も護衛に入らせていただきます」
シュゼイン公爵の静かな声に我に返る。
「それは頼もしい!よろしく頼む」
王を嫌い、祭典などの必須の時以外、決して自ら護衛などしなかったシュゼイン公爵。思わずはしゃいだ声を上げると、シュゼイン公爵はほんの僅かに微笑んだ。対照的に、苦いものを食べたような顔をしたのはミルドランだ。
「うぇぉぉぅ……将軍と仕事っすか……」
「…嫌なら、私より強く、信頼のおける護衛を探して来い」
「将軍より強い武人なんざ、国内にいないっしょ……冗談キチィっすわ……。つーか、単騎で部隊一つ壊滅させられる人間が一国に二人もいるとか、どんな確率っすか。世界征服でもする気ですか」
「…ただの武人に王はできんから、三年で破綻するな。私には領地の経営が限度だ」
しれっと応じたが、シュゼイン公爵は国外にも名を轟かせる、鉱国最強の武人だ。あながち冗談とも言い切れないのが怖い。
「…戯れはさておいて…今からお会いになりますか?」
「ああ。案内してくれ」
「…御意のままに。…では参りましょう」
「あ」
すると止める間も無く、シュゼイン公爵は扉を開けた。
扉の前にいた、護衛や侍女の悲鳴が響き渡る。
「……あーあーあー……」
「オイオイ、アレくらいでビビんなよ」
「いや、無理でしょう」
ミルドランが苦言を呈するが、扉が一つしかない部屋で、見張りが通していない者が通ったら驚くに決まっている。とことん心臓に悪い公爵閣下だ。
「だってあんなことでいちいちびびってたら、あの将軍サマと付き合えねーぞ。あの御仁、たまに天井からぶら下がって声かけてくるから」
「…聞こえているぞ、テルセンの倅」
「あっヤベ」
「貴方、何故そんなに軽率なのです?」
「あ?」
「は?」
「やめなさい」
いつもどおり乳兄弟と幼馴染の間に挟まりながら、シュゼイン公爵の後ろを歩くフリード。
(ああ、でも……安心するなぁ)
お読みいただき、ありがとうございました。




