36.共に
呼び出しに応じて、人垣から二人の男が転がり出た。すぐさまタルヴァ公爵の隣で平伏する。
「やってくれたな」
フリードのその声は淡々としていたが、これでもかと侮蔑と憎悪が凝縮されていた。
「かような場で我が国の恥を晒すとは。貴様らの娘といい、貴様らといい、私の即位に何か思うところでもあるのか?」
「っいいえ!!」
咄嗟に否定するタルヴァ公爵。
「思うところなど、あるはずもありません……!我々一同、王家と陛下に忠誠を誓っております……!」
「ふぅん」
鼻を鳴らすと、びくりと肩を揺らした。フリードは興味なさげに目を逸らし、宣告する。
「タルヴァ公爵令嬢、シーバ侯爵令嬢、ベイン伯爵令嬢、祝いの場を騒がせた咎にて退場を命ずる。王女殿下への不敬については共和国と協議の上、追って沙汰を下す。連れて行け」
近衛騎士が令嬢三人へ退場を促す。非難の視線に晒され震えるタルヴァ公爵令嬢は、大扉付近まで行くと、突然振り返って叫んだ。
「……お前なんか!父親と同じ愚王になるに違いないわ!!王家の色も持たない劣化品が!!」
捨て台詞と言わんばかりの侮蔑の言葉。
ひっ、と息を呑む音が聞こえた。
近衛騎士が慌てて腕を掴んで強制連行しようとするが、フリードは冷たく嘲笑った。
「その劣化品を騙すこともできなかったくせにか。……ああ、今の発言も不敬で加算しておくように」
「…は」
いつの間にかそばに戻ってきていたシュゼイン公爵が首を垂れて応じた。
フリードは、ちらりと三人の父親を見やる。
「……まだ居る気か?」
「っ!」
人垣から真っ青な顔の家人が飛び出してきて、フリードに礼をし、三人を引きずって会場から出て行った。
衣擦れの音が聞こえるほど静まり返る会場。
その中心の、フリードはというと。
(………………やらかした!!)
ーーー内心、焦りまくっていた。
フリードとしては、お茶会の時のような失態を外国の要人に見せつけられれば十分だった。外面を取り繕う理性は残っていたので、それだけ剥がせれば十分と。
令嬢の計画も、そのために利用できればというくらいだった。
しかし、実際はどうだ。
人生で一番大事な行事を台無しにされかけ。
周囲を巻き込んで外国の重鎮に恥を晒され。
愛する婚約者を何度も貶められて。
後悔と失望と怒りと積もり積もったストレスで。
ぷっつん、としてしまったのだ。
ーーーしかし、本人は怒り慣れていないためすぐに冷静に戻り、今に至る。
(ど、どどどどどうしようこの状況……!ミドならこういう時サラッと上手くやるのに……!ミド、ミドの真似を……!!)
脳裏をよぎったのは、今も背後で自分の護衛をしているであろう、陽気な乳兄弟。
ゆっくり息を吸い……パッと顔を上げる。
「……騒がせたな!余興だと思って大目に見てくれると嬉しい」
ミルドランのカラッとした笑顔をイメージして笑ってみせると、張り詰めた空気が少し緩んだ。
アンバレナがさっとフリードに寄り添う。微笑みあって、明るく声を出した。
「お詫びに、王家秘蔵のワインを振る舞おう!宴はまだ続くんだ、楽しんでいってくれ!」
歓声が上がった。音楽隊へ合図を出すと、陽気な音楽が流れ始める。
ワインが行き渡る頃には、会場は完全に元の雰囲気を取り戻していた。
グラスを片手にほっと息を吐き、傍らの婚約者に語りかける。
「……アン」
「はい、陛下」
「わざと?」
アンバレナは微笑んだまま告げた。
「私、自分に牙を向けた者は許さない主義ですの」
「そっかあ……」
あえて止めなかったこちらの意図を汲んでくれた形だと思うが、少しだけ。
「この子も要注意枠だった……」と遠い目をしてしまう。
すると沈黙を誤解したのか、不安そうにフリードの顔を見上げた。
「陛下は、強い私はお嫌いですか?」
「まさか!頼もしいよ」
アンバレナの髪にキスを落とす。
「でもアンは私の大切な人だから、相談だけでもしてくれると嬉しいな。これでも、頼り甲斐のある妻に相応しい、頼り甲斐のある夫になりたいんだよ。……離れてしまってごめん」
アンバレナはくすぐったそうに笑った。
「陛下はもう十分頼り甲斐がありますよ」
「だと良いんだけど」
「陛下!!」
「アンバレナ!」
アカガネ父子が青い顔で人混みから出てきた。どこかに行っていたユランも急いで戻って来たようだ。
「怪我はないか?」
「ええ、お父様、ニノ兄様」
「おそばを離れて申し訳ありません!」
「大丈夫だ」
ユランはさっとフリードの顔と全身を見、安堵した顔をする。
アカガネ親子を横目に、耳元で囁いた。
「戻りがてら、会場の反応を見て参りましたが、悪くありません。影を多めに配置していたのも幸いしたようです」
「良かった……!つい感情的になってしまって」
「いや、あれは怒んなきゃダメだろ……」
三人でボソボソ話していると、落ち着いたらしいアカガネ父子が近づいてきて、頭を下げた。
「事の経緯はアンバレナから聞きました。娘の名誉を守っていただき、ありがたく存じます」
「とんでもない!我が国の者が、申し訳ない」
首を横に振る。
「あの者どもの態度が鉱国の総意ではないということは、陛下の誠実なご対応を見ていれば分かります」
「そうですわ。タルヴァ公爵令嬢とその仲間の仕業ですもの」
ふんわりした口調で話に入ってきたのは、ミラ皇妃だ。出てきた方角からして、共和国と商談でもしていたらしい。相も変わらず、皇王と幸せそうに腕を組んでいる。
「お恥ずかしい、お二方と来賓の方々には、誠に申し訳なく……」
「あらあら、謝罪は不要でしてよ。だって、面白かったですもの!」
弟や甥とそっくりに笑う皇妃に、やはりガラクの血筋を感じさせる。
「唯一」以外にはほとんど興味が無いはずなのに、何故こういう揉め事には面白がって首を突っ込むのか。
と、歳を重ねてなお美しい皇妃は、妖しい紫の瞳で、フリードの目を覗き込んだ。
「ふふ、愚弟と甥が主君と見込んだ器、楽しみにしておりますわ」
「……お手柔らかに」
戦わなければならない相手は、何も、国内だけではない。今は同盟を結び、友好的な関係になっているとしても、過去、教国と戦争になったことは一度や二度ではない。それは、同盟を結んでいる共和国にも言えるし、軍国は言わずもがな。
何か一つでも間違えれば、いつでもバランスは崩れうる。そしてその責任は全て、フリードの双肩にのしかかっているのだ。緊張を押し隠して微笑む。
くい、と袖を引かれた。
振り返ると、アンバレナが力強い琥珀色の目で、フリードの目をまっすぐ見つめていた。
「共に」
とん、と左右の踵を誰かが蹴った。
位置的に、ミルドランとユランだ。
一歩下がって様子を見ていたシュゼイン公爵も、軽く目を伏せて礼をする。
「……ええ、共に」
敵が一人でないように、フリードも一人ではない。
彼ら彼女らと一緒なら、最後の最後までフリードは戦い続けられるだろう。
笑顔で頷き返し、頬にキスをすると、真っ赤になりながら尻尾をぶんぶん振るアンバレナ。
「あらあら!お熱いこと」
ミラ皇妃がころころと笑うと、招待客たちは次々乗っかった。
「これはなんとも初々しい」
「鉱国の未来は安泰ですな」
揶揄い混じりの祝福を一身に浴びながら、フリードは内心で悲鳴を上げた。
(もうこれ以上、誰も問題を起こさないでくれ!!頼む!)
ーーーしかし四半刻後、その願いは儚く散る。
「…陛下、タルヴァ公爵令嬢たちの牢の番から報告が。タルヴァ公爵夫妻が令嬢二人の親たちと一緒になって、『娘を返せ』と騒いでいるそうです」
シュゼイン公爵がこっそり報告してきた。その事実に怒りが蘇ったフリードは、冷え冷えとした声を出す。
「……大人しく帰るなら見逃したが……もういい。親たちも牢に叩き込め」
「…承りました」
シュゼイン公爵が下がると、欠席のはずの外務官が早足で近づいてきた。
「陛下、共和国のクロガネ王から『やっぱり自分も祝いに行きたい』と早馬が……」
「今!?」
先ほどまでの怒りが、綺麗さっぱり吹っ飛ぶ。
「もう参加は無理だ、その旨を伝えて断ってくれ」
「それが、もう出立してしまったようです……」
「う、嘘だろう……!?あの方はもう……!」
思わず頭を抱えそうになったが、そうも言っていられない。
「もてなさないと……!到着時間を逆算して、客室と料理の準備を!パーティーが終わったら私も合流する!」
「は」
その後も、次々とトラブルが報告される。
「陛下、不味いです。ウォレス公爵と皇妃陛下が、一触即発状態です……!」
「陛下、アカガネ王が貴族に囲まれてかなりお困りのご様子ですが、お助けした方が?」
「陛下、あそこの男、教国の大使に絡み酒してる気がするんですけど。我が国の貴族ですよね、アレ?」
……パーティーはまだ始まったばかりだった。
ミルドラン「……アレかな。フリューって、『キレると将軍ばりに怖い』って自覚、ないんかな」
ユラン「ないんじゃないか。先日も、私たちの反応にきょとんとしていたし」
ミルドラン「マジかあ……」
次回、最終回です。
お読みいただき、ありがとうございました。




